平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 論文題目 クリックケミストリーのケミカルバイオロジーへの応用 Application to the Chemical Biology of Click Chemistry 薬品製造学研究室 4年 09P175 豊岡 主麻 (指導教員:北川 幸己) 要 旨 タンパク質に非天然型アミノ酸を導入することで、タンパク質工学の飛躍的な発展が期待 できる。そこで、本研究では酵母のサプレッサーtRNA および大腸菌チロシル tRNA 合成酵 素を基に、非天然型アミノ酸をタンパク質に導入する技術を考案した。酵母のサプレッサー tRNA に非天然型アミノ酸である p-プロパルギルオキシフェニルアラニンや p-アジドフェニル アラニンを選択的に結合させるために、大腸菌チロシル tRNA 合成酵素の改変を行った。そ の後、スクリーニングを行い、非天然型アミノ酸を特異的に tRNA に結合させる変異体を特 定した。 さらに、この変異酵素を用いて、非天然型アミノ酸を含んだタンパク質を発現させ、その後 クリックケミストリーにより、非天然型アミノ酸と蛍光色素を効率的に結合することに成功した。 キーワード 1.非天然型アミノ酸 2.発現タンパク質 3.Click Chemistry 4.[3+2]環化付加反応 5.終止コドン 6.tRNA 合成酵素 7.サプレッサーtRNA 8.スクリーニング 9.スーパーオキシドジス ムターゼ 10.酵母 論 文 1. はじめに 細胞内でタンパク質を発現させる遺伝子組み換え技術は、タンパク質を扱う生化学研究 に大きな貢献をしてきた。同時に医薬品として重要なタンパク質の大量生産にも利用され ている。一方この技術には、グルコシル化やリン酸化などの翻訳後修飾が困難であること や、20 種類の天然型アミノ酸の利用に制限されるなどの制約がある。 タンパク質の機能の改変を目的として、非天然型アミノ酸をタンパク質に組みみ込むこ とは非常に魅力的な手法であるが、改変タンパク質を化学合成で調製することは極めて困 難である。拡張型コドンを用いて非天然型アミノ酸を遺伝子工学的に発現させたタンパク 質に組みみ込むことができれば、自在にタンパク質の機能改変を行うことが可能となる。 Schultz らのグループは、下に示すような非天然型アミノ酸を発現タンパク質に組み込 むシステムの構築を報告している。今回、発現タンパク質に Click Chemistry により機能 性分子を導入するために、非天然型アミノ酸 1 のタンパク質への組み込みシステムの構築 を行った。 Fig. 1 非天然型アミノ酸 1 の構造 (Ref. 1 より改変) アルキンを付与したフェニルアラニン誘導体である。 1-1. 以前の研究 発現タンパク質に Photocrosslinking するための機能を導入するため、アジドやベンゾ フェノンといった光反応性基をもつ非天然型アミノ酸 2 または 3 を組み込んだ。また、タ ンパク質中に部位特異的にアミンと Schiff 塩基を作るカルボニル基をもつ非天然型アミノ 酸 4 を組み込んだ。このことでビオチンなどのレポーター基を発現タンパク質中に部位特 異的に結合させることができる。1,2,3 1 3 4 Fig. 2 非天然型アミノ酸 2, 3, 4 の構造 2 : アジド基を付与したフェニルアラニン誘導体である。(Ref. 1 より改変) 3 : ベンゾイル基を付与したフェニルアラニン誘導体である。(Ref. 2 Figure 1 より転載) 4 : アセチル基を付与したフェニルアラニン誘導体である。(Ref. 3 より転載) 1-2. クリックケミストリーとは? クリックケミストリーは簡単かつ安定な結合を作る反応を用い、新たな機能性分子を高 速で創り出すことである。代表的な反応として、アルキンとアジド誘導体との Huisgen [3+2] 環化付加がある (Fig.3)。この反応は、周囲の環境・条件にほとんど影響を受けず、 水中・生体適合条件下でも進行する。 Fig. 3 Huisgen [3+2] 環化付加反応 銅触媒によるアルキンとアジドの環化反応を示す。 2 1-3. 非天然型アミノ酸の調製 Fig.4 非天然型アミノ酸の調製 Tyrosine に Propargyl bromide を反応させ、アルキンを付与し、非天然型ア ミノ酸を生成する。 Tyr の N 末端を Boc 基で保護した Boc-Tyr-OH を出発物質として、K2CO3 (3 g, 21 mmol, 3 equiv. ) の存在下に Propargyl Bromide を反応させ、フェノール性水酸基とカルボキシ ル基の両方に Propargyl 基を導入した。次いで 5 M HCl in MeOH によりアミノ保護基と して用いた Boc 基を除去した。さらに 2 M NaOH in MeOH でカルボキシル基に導入した Propargyl 基を除去し、Tyr 水酸基に Propargyl 基が入った Tyr 誘導体を得た。 3 2. 発現タンパク質に非天然型アミノ酸の組み込み 2-1. 非天然型アミノ酸の導入原理 タンパク質の非天然型アミノ酸を導入したい位置のコンを終止コドン UAG に置換してお き、一方で UAG コンを認識する人工 tRNA に非天然型アミノ酸を付加してく(Fig.5)。こ れらを細胞抽出液を利用した細胞外タンパ質合成系に加えると、目的の位置が非天然型ア ミノ酸で置換されたタンパク質を発現させることができる。 Fig.5 非天然型アミノ酸の導入原理 終止コドン UAG を認識する tRNA を導入する。 2-2. 非天然型アミノ酸 tRNA 合成酵素の創製 Fig.6 非天然型アミノ酸の tRNA への結合 人工 tRNA に非天然型アミノ酸を結合させ、タンパク質に組み込む。 非天然型アミノ酸を tRNA に結合させるには、合成酵素が必要である(Fig.6)。酵母の Tyr-tRNA 合成酵素ではなく、大腸菌 Tyr-tRNA 合成酵素を改変する。その理由として、 4 酵 母 の tRNA が 人 工 的 に 生 成 さ れ た サ プ レ ッ サ ー tRNA だ か ら で あ る 。 B. Stearothermophilus 由来の Tyr-tRNA 合成酵素の結晶構造を基にして、Tyr37、Asn126、 Asp182、Phe183、Leu186 の 5 残基を他のアミノ酸に改変するため、上記の5種類のアミノ 酸のコドンをランダム化して、~107 個の変異体を作成する。 2-3. スクリーニング 改 変した合成 酵素のライ ブラリーか らの選抜を 行う。転写 活性化因子 GAL4 の Thr44/Arg110 の 2 か所のコドンを終止ナンセンスコドン(TAG)に変換し、この位置で 1 あ るいは 2 の非天然型アミノ酸が取り込まれるかどうかを調べ、変異体の酵素機能を評価す る。また、Thr44/Arg110 の 2 か所の終止ナンセンスコドン(TAG)を、非天然型アミノ酸に 対応するコドンとして認識する能力を持った tRNA (サプレッサーtRNA)であるかどうか を評価する。GAL4 により活性化される適当な reporter gene を選ぶことで、合成酵素 (RS:tRNA Synthetase)の活性と supressor tRNA の活性を positive/negative に選択する ことができる (Fig.7)。4 Fig.7 スクリーニングによる選抜 (Ref. 4 Figure 1 より改変) 転写活性化因子 GAL4 の 2 か所のアミノ酸のコドンを TAG に 変換し、合成酵素とサプレッサーtRNA の活性を評価する。 5 2-4. スクリーニングにより選抜された改変合成酵素 選抜された変異体は、顕著な相同性が見られた。特に Asn126 残基の重要性が示唆される。 アルキンを含む非天然型アミノ酸 1 に対して選抜された変異体 pPR-EcRS-2 とアジドを含 む非天然型アミノ酸 2 に対して選抜された変異体 pAZ-EcRS-6 は、アミノ酸配列が全く同 一のものであった。またこの変異体は、tRNA に 1 あるいは 2 は選択的にアシル化し、20 種類の天然型アミノ酸は tRNA 上にアシル化しなかった。従って、pPR-EcRS-2 と pAZ-EcRS-6 は非天然型アミノ酸 1 および 2 にのみ選択性がある(Table.1)。 Table.1 改変合成酵素 スクリーニングにより改変された合成酵素を選抜する。 2-5. SOD の発現 ヒトのタンパク質であるヒトスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)の Trp33 に対応する コドンを TAG に改変し、この位置に非天然型アミノ酸 1 あるいは 2 を導入する。また、 発現後のタンパク質の精製を容易にするため、SOD の C 末端に His-タグ(Hisx6)を付けて 発現させる(Fig.8)。 発現した SOD を(a)ゲルコードブルー染色、(b)抗 SOD 抗体を用いたウエスタンブロッ ト、(c)抗 His タグを用いたウエスタンブロットにより確認した(Fig.9)。 6 Fig.8 プラスミドによるタンパク質発現 SOD の Trp33 のコドンを TAG に改変し、非天然型アミノ酸を 導入する。また、His-タグを付けて発現させる。 Fig.9 SOD 発現の確認 (Ref. 1 Figure 1 より転載) (a) ゲルコードブルー染色 (b) 抗 SOD 抗体を用いたウエスタンブロ ット (c) 抗 His タグを用いたウエスタンブロ ット 2-6. [3+2]環化付加によるタンパク質ラベリング アルキン(3 or 5)あるいはアジド(4 or 6)をもつ色素と、非天然型アミノ酸 (1 or 2) を導 入した発現タンパク質との間で Click Chemistry を行い、トリアゾール環を介してタンパ ク質と色素が結合することを確かめた。 Fig.10 タンパク質のラベリング (Ref. 1 Figure 2 より転載) SOD と蛍光色素を Click Chemistry により結合させる。 7 Fig.11 タンパク質への蛍光色素の導入 (Ref. 1 Figure 2 より転載) 蛍光反応とタンパク質の発現を確認する。 8 3. 結果 すべての組み合わせで蛍光が見られ、ゲルコード染色でも発色したため、発現したタン パク質に蛍光色素を導入できたことを示す (Fig.11) 。酵母のサプレッサーtRNA とスク リーニングにより改変した大腸菌の合成酵素を用いて、非天然型アミノ酸をタンパク質に 導入し、クリックケミストリーを行えるシステムの構築に成功した。 9 4. 考察 クリックケミストリーのケミカルバイオロジーへの応用例の1つとして、in situ クリッ クケミストリーがあり、5 それはクリックケミストリーの不可逆性を利用して、生体成分 をターゲットとした阻害薬を開発する方法である。本研究は、これらの技術の発展に繋が ると期待できる。 10 5. 謝辞 本卒論研究Ⅰにおいて随時ご指導頂きました新潟薬科大学薬学部 北川 幸己 薬品製造学研究室 教授に深く感謝致します。 本卒論研究Ⅰにおいて多くのご指導と御助言を賜りました新潟薬科大学薬学部 製造学研究室 浅田 真一 助教に心から感謝致します。 最後に、ご指導頂きました薬品製造学研究室の皆様に感謝致します。 11 薬品 6. 引用文献 [1] Schultz, P. G., Chin, J. W., Cropp, T.A. et al, J. Am. Chem. Soc., 125, 11782-11783 (2003) . [2] Schultz, P. G., Chin, J. W., Martin, A.B. et al, PNAS. 99, 11020-11024 (2002) . [3] Schultz, P. G., Wang, L., Zhang, Z. et al, PNAS., 100, 56-61 (2003) . [4] Chin, J. W., Cropp, T. A., Chu, S. et al, Chem. Biol., 10, 511-519 (2003) . [5] Manetsch, R., Krasinski, A., Radic, Z. et al, J. Am. Chem. Soc., 126, 12809-12818 (2004) . 12
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