1 森のふしぎ...No15 森の樹木の生きる場所 ①:タブノキ たけ みか ずち 青森県岩崎村・武甕槌神社 タブノキ北限地 ♤ 葉裏は白緑色、下から望遠で 森林には広葉樹林と針葉樹林があり、また不都合な時期に全ての葉を落とす落葉樹林、 常に葉をつけている常緑樹林に分けられる。 ♤ 日本の落葉樹は、寒い冬に向かって落葉するが、熱帯や亜熱帯で雨季と乾季のあるとこ ろでは、乾季に葉を落とし活動を休止する森林がある。また常緑樹でも 3~5 年目位の葉 が、常に落葉していて新葉と入れ替わるが、更に葉の耐久年数が長い樹種もある。 ♤ 森林の中を覗くと、草本類・小低木・低木・亜高木・高木たちがさまざまな階層構造を 創り出している。そのことが草食動物・肉食動物、鳥類、無数の昆虫類など多くの森林動 物に棲みかと生息場所を提供している。そして林床の腐植層は、落葉落枝や動物の遺骸な どを粉砕する土壌動物や、それらを分解する微生物の生活場所となっている。 日本では陸生動物のほとんどが森林を棲みかとしており、人間も遥か昔はそこに棲んで いた。 〔 いや、今もアマゾンの奥地に原始の生活をしているヒトがいる。〕 〔森林の成立〕 この地球を眺めてみると、年間の降水量が森林の姿を決めていることが分かる。 ✧ エジプトのカイロは年間降水量 20 ㍉で、アスワンダムでは 0.5 ㍉。 ➯ そこは砂漠であり、植物は育たない。 ✧ もう少し湿ると、東ヨーロッパ・中央アジアのステップ、北アメリカのプレーリなど。 ➯ イネ科草本を主とした草原。 ✧ 少し降水量が多くなると、アフリカの猛獣映画の背景となるサバンナ。 ➯ 草原の中に木々が点在し、ライオンの休息場所となる。 ✧ 日本、東南アジアなどは年間降水量 1000~2000 ㍉。 ➯ 日本の照葉樹林、夏緑林、東南アジアの雨緑林となる。 〔森林 帯の 水平 分布 〕 森林が成立するところでは、気温が森林帯を決めることになる。 ✧ 日本は南北 3 千㌔の長い列島で、北に向かうと亜熱帯林から暖温帯林,冷温帯林,北海 道中部・東部の亜寒帯林へと気温の低下に伴い森林帯が変化していく。 また裏日本は、 多量の降雪による雪圧と降水量のため、表日本とは異なる植生が生じる。 2 (以下の樹木は、亜熱帯林を除き、登山などで出会ったものたちです。) * 亜熱帯林;沖縄や奄美の島、(アコウ,ガジュマル,サキシマスオウ) * 暖温帯林;九州・四国・近畿・海岸沿い東北(シイ・カシ類,クス,タブ,ツバキ,タラヨウ) * 暖温帯・冷温帯林;中部・東北・北海道西部(クリ、コナラ、クサギ、シキミ、アブラチャン、 シデ類、コアジサイ、ダンコウバイ、ナツツバキ、クロモジ、コクサギ、マンサク、タカノツメ、ヒメ シャラ、ホオ、コブシ、ヤマボウシ、ミズキ、マルバ・ガクウツギ、アワブキ、フサザクラ、サワシバ、 アセビ、リョウブ、コシアブラ、ハクウンボク、シオジ、ヤマ・ウワミズザクラ、ハリギリ、カシワ、 トチ、カツラ、サワグルミ、バッコヤナギ、ケヤマハンノキ、オオカメノキ、キハダ、ミヤママタタビ、 イワガラミ、ウリハダ他・カエデ類、ウラジロ他・カンバ類、ブナ、ミズナラ、ツガ、ウラジロモミ、 ハリモミ、サルオガセ(地衣類)他 〔多雪の山地〕マルバマンサク、オオバクロモジ、オオツリバナ ヒロハツリバナ、エゾユズリハ、チシマザサ、クマイザサ、アスナロ、クロベ、キタゴヨウ) * 亜寒帯落葉広葉樹林;本州の高標高地(ミネカエデ、タカネザクラ、ミヤマハンノキ、 オガラバナ、ナナカマド、ダケカンバ、ハクサン・アズマシャクナゲ、ヤハズハンノキ、) * 亜寒帯常緑針葉樹林;本州の高標高地(シラビソ、コメツガ、トウヒ、オオシラビソ、) * 針広混交林;北海道渡島半島以北・以東(イタヤ、カシワ、シナノキ、ハルニレ、オヒョウ、 ハリギリ、ミヤマハンノキ、ダケカンバ、エゾマツ、トドマツ) 〔森林帯の垂直分布〕 ✧ 日本は山国で、内陸に向かって低山帯、山地帯、亜高山帯、高山帯と標高が上がり、 気温は低下していく。樹木たちはそれぞれが好む森林帯(気象域)に棲んでいる。 従って、登山を〔垂直〕しても北に旅を〔水平〕しても、どちらも似た気象域に至 れば、少し姿の異なった同種の、例えばブナ、またダケカンバに出会うことができる。 中部域で、普通ブナは 1,300m前後の山地帯で見られるが、北に向かって谷川連峰・ 白毛門の南尾根では、末端 700m(冷温帯)でブナ林を見る。また白神岳の登山口・ 岩崎村では標高 100m前後(冷温帯)からブナ―オオバクロモジ群落が始まる。 さらに 1,800m前後の亜高山帯から、一部高山帯でも矮小化して生きるダケカンバを、 北海道東部の羅臼では、海岸沿いを走る87号線から真近に見ることができる。 《別項で、海水が浸りくる海抜0mにダケカンバとナラが生きる様子をお伝えします》 ✧ 列島中部域では、亜高山帯と高山帯の境(2,500m付近)が森林限界になるが樹木限 界ではないため、上部の高山帯にはハイマツ、ミヤマハンノキ、コケモモ、ガンコウラン、 クロマメノキ、などが身を低くして生きている。冬季そこは風雪の世界になる。 駒津峰「2,740m」から甲斐駒(後方) を望む 手前 ミヤマハンノキ、ハイマツ 甲斐駒「2,967m」山頂から摩利支天を見下ろす 右手 ミヤマハンノキ、ハイマツ 3 ➯ 例えば、南アルプス・甲斐駒ケ岳(2,967m)の山頂にはハイマツとミヤマハンノキ が 1mほどの樹高で仲良く並んでいる、同じく聖岳(3,013m)ではミヤマハンノキと ハイマツが強風を避けるように、山頂直下で生きている。 〔 温 か さ (温量 )指数 〕 各森林帯には、そこに適した生理・生活様式の樹木たちが棲んでいる。 この様子を眺めるときには、温量指数が指標として利用される。 《 当該地の指数は、平均気温 5 度℃以上の月を選びだし、その月の平均気温から 5度℃を引いた値を求め、それら各月を合計した数値。》 ✧ 北半球の森林帯では、概ね次のような指数となる。(50 は 45~55 の幅がある) 寒帯ツンドラ:0~15、 亜寒帯林:15~50、 暖温帯林:85~180、 冷温帯林:50~85、 亜熱帯林:180~240 熱帯林:240以上 ✧ 以下に各地の気温を基に指数を算出してみた。➯《気温は 2008 年、四捨五入で整数に》 「北海道」: 稚内56 「東 五所川原84 八森96 酒田104 鶴岡105 新潟116 八幡平61 雫石79 米沢89 尾花沢89 桧枝岐63 郡山98 二本松95 釜石86 水上84 草津59 奥日光54 熊谷172 所沢119 小河内92 輪島110 富山120 甲府122 北」: 「関 「中 東」: 部」: 宇登呂53 羅臼47 納沙布44 旭川68 小国87 函館75 山田(岩手)81 黒磯93 前橋122 水戸110 銚子128 白馬79 松本96 軽井沢68 韮崎109 白川89 高山93 浜松136 「近 畿」: 大津126 京都134 奈良123 姫路129 白浜131 「中 国」: 出雲120 米子124 倉敷132 広島139 「四 国」: 高松141 松山140 高知148 〔香川〕池田115 〔高知〕本川94 「九 州」: 福岡146 阿蘇山78 都城139 鹿児島164 屋久島176 「沖 縄」: 那覇220 西表島225 萩 129 σ 各地点はほとんどが低地また低山帯だが、山地帯の所がいくつかある。 σ 年平均気温(2008 年)は:稚内7,1・網走6,9・宇登呂6,3・羅臼6,1・納沙布 6,2・根室6,5・函館9,5・尾花沢11 ・酒田12,2・草津7,3・水上10,4・ 所沢14,6・甲府14,8・松本11,9 浜松17・米子15,2・広島16,4 高知17,3・鹿児島18,7・那覇23,4 σ 北海道東部、知床半島などは亜寒帯林です。 σ 北海道西部は冷温帯林で黒松内町(63)はブナの北限地です。 σ 岩手,山形,福島など内陸のポイントも、周囲の山は冷温帯林です。 σ 日本海を北上する暖流の対馬海流は輪島、富山、新潟、酒田、八森などの海岸線 を暖温帯域にし、太平洋側の暖流・黒潮は釜石付近までを暖温帯域にしている。 σ 東北はほぼ冷温帯域であるが、暖温帯の常緑主要樹種であるタブノキが、日本海 沿いを北上し八森の先、青森県岩崎村と太平洋側を北上し岩手県釜石の先、山田町 にまで北上している。 岩崎村の近辺には、暖地系のヤブツバキやエノキ、カラスザン ショウ、イイギリなどが生育し、白神岳に向かって高度を増すにつれブナ―オオバクロ モジ、ミズナラ、クロベ―キタゴヨウ、ダケカンバ―ミヤマハンノキ群落に変わっていく。 ( ブナは 100m~1200m 付近まで一番広範囲に分布している ) 4 〔日本海の海面水温〕 《「日本の森林植生・築地書館」の表1.日本各地の気候資料(理科年表・1975)に酒田の 温量指数が 92,7 とある、昨年は 104 であった。気温は確実に上昇していた。 酒田の年平均気温をみると、昭和の 40 年間は 11~12 度台で推移したが、平成に 入って 13 度を超えた年が 10 回もある。日本海中部(佐渡から渡島半島・奥尻島)の 年平均海面水温は、2008 年までの 100 年間で 1,7 度上昇していた。》 〔 タブノキの話 〕 武甕槌神社 タブノキ 2 本 後方中央、淡い緑色のタブノキ 暖温帯常緑樹木のタブノキは、「イヌグス、タモ、タブ、ダモ」などさまざま別称を 持ち「霊(タマ)」に由来する「霊木」といわれている。 → 青森県に限らず東北地方では、広くヤチダモなどのトネリコ属の樹種と ハルニレ、オヒョウニレのニレ属の樹種がタモと称されている。 (倉田悟) о そのタブノキが、水上勉の代表作「飢餓海峡・昭和38年」で、舞台となる下北半島 の中央部に「たもの木」として登場する。(もう 1 か所は京都・奥丹波の山中) o しかし、そこはタブノキの北限を超えている。けれど対馬暖流が北上し、津軽海峡を 抜けているので、そこにはタブノキが存在したのだろうと考えてみた・・・。 о しかし、東北森林管理局・青森事務所に照会した結果、下北森林管理署の回答として 〝下北半島一帯の国有林にタブノキはない、民有林にもないと思う…〞であった。 о 青森県自然保護課から戴いた資料「青森県史・自然編(生物)」には、北限のタブ たけみかづち ノキとして、白神岳の登山口である岩崎村の武甕槌神社の境内と、1㌔離れた沢辺集落 寄りの山中、国道 101 号線沿いの深浦町・脇ノ沢の斜面などに天然分布している旨、 説明されていた。 ✫ 映画「飢餓海峡」では、殺された女主人公・杉戸八重の郷里(下北半島中央部・畑部落) を二人の刑事が遺品調べに訪れる、 → 川沿いの岸辺に、点々と石置き屋根の貧しい部落が見え始めた。 ・・・対岸の傾斜面に、大きいたもの木の林があり、 その陰に小さな家が建っている。(杉戸八重の実家)と記されている。 (主演、三国蓮太郎「樽見京一郎」、左幸子「杉戸八重」、刑事:伴順三郎「函館署」、高倉健「東舞鶴署」) 5 o 青森県に限らず東北地方では、ヤチダモやハルニレなどの樹種がタモと称されるが、 下北半島は冷温帯なのでタブノキはない。 → 八重の家の裏山に続くのはヤチダモの林だったのだろうか、いや傾斜面の林と あるから、ハルニレの木立だったのかもしれない。 二つのタモノキを求めて、私もいつの日か奥丹波や下北へ 旅をしてみたいものである。 と 森林植物学・民俗学の倉田悟先生(東大・農)は樹木民俗誌で述べている。 o きっと水上勉は、現地の呼称を使って、ハルニレをたもの木と称したのだろう。 ♤ 「飢餓海峡」から たもの木の北限を知ったのち、平 21 年 7 月に、白神岳登山を兼ねて 北限のタモノキを探しにいった。 海岸沿いの国道 101 号線を走り、小さな漁村で訪ねながら。 ・・・急な細い坂道を 5 分程上がってゆくと神社の鳥居が見えた。 神社の境内は整備され深閑とし、若木や幼木たちの育っている様子が 確かめられた。 社の背後にはタブノキが高く大きく枝葉を広げていた。 まさに天然更新している北限の世界に出会うことが出来た。 たけみかずち 武甕槌神社の鳥居 ①タブノキ 2mほどの若木 天然更新 終了 ✫ 参考にした資料は ② ダケカンバ で記します。 平21.11.30 森林インストラクター 岡安正一
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