﹁侍 り ﹂ 及 び ︿﹁ 候 ふ ﹂ ﹂ 森 瀬 代 士 枝 二九 頁 ︶。 お お き く は 、 こ の よ う に把 握 さ れ て い る 国 語 史 の 流 れ の中 に あ って 、﹃撰 集 抄 ﹄は 会 話 文 に も地 の 文 に も﹁ 侍 り ﹂ う ら ふ ︶ が 盛 ん と な り 、 一 方 、﹃侍 り ﹄ は古 め かし い 語 感 を も つ 語 と し て 用 法 も 限 定 さ れ る﹂︵ 国 語 学研 究 事 典345 平 安 時 代 に は 、 ま ず ﹃侍 り ﹄が 謙 譲 語 か ら 転 ず る 。 院 政 鎌 倉 時 代 に は 、同 じ く謙 譲 語 か ら 転 じ た ﹃候 ﹄︵ さ ぶ ら ふ← さ 丁寧語 は、 ﹁ 成 立 は 謙 譲語・尊 敬 語 よ り も 遅 く 、平 安 時 代 以 降 、こ れ ら の語 の 用 法 の拡 大 によ っ て 生 じ た も の で あ る 。 本 稿 で は 、 丁 寧 語 の ﹁ 侍 り ﹂ 及 び ﹁ 候 ふ ﹂ を取 り 上 げ る 。 し 注 視 し た い 。両 書 の 使 用 語 の 種 々 相 を 比 較 す れ ば 、﹃撰 集 抄 ﹄ の 特 色 が見 え て く る の で は あ る ま い か 。 ﹃撰 集 抄 ﹄ と ﹃ 春 日 権 現 験 記 絵 ﹄ 詞 書 ︵ 以 後 ﹃春 日 験 記 ﹄ と 略 称 ︶ と に 類 似 ・ 関 連 の 箇 所 が あ る と い う 事 を 、 今 少 い て 指 摘 さ れ て い る 。 そ れ ら 指 摘 の ほ と ん ど は、 他 の 問 題 を 論 ず る 際 に 言 及 さ れ て い る も の で あ る 。 ﹃撰 集 抄 ﹄ に ﹃ 春日 権 現 験記 絵 ﹄ 詞 書 と 類 似 ・ 関 連 す る 箇 所 の あ るこ と は 、 既 に 、 複 数 の 論 者 によ り 複 数 箇 所 に つ はじ めに ﹃ 撰 集 抄 ﹄ と ﹃ 春 日 権 現 験 記 絵 ﹄ 詞 書 と の 使用 語 比 較 『撰 集抄 』 と「春 日権現 験記 絵」 詞 書 との使用 語比較 を 多 用 し 、﹁ 候 ふ ﹂ を 圧 倒 し て い る 。 ﹃春 日 験 記 ﹄ の場 合 は 、 ど う で あ ろ う か 。 | ま た 、﹃撰 集 抄 ﹄ へ の影 響 を 認 め ら れ て い る ﹃閑 居 友 ﹄ で は 、 丁 寧 語 の 使 用 状 況 は ど う で あ ろ う か 。 三〇 まず、﹃春日 験記﹄に見ら れる﹁侍り﹂と﹁候ふ﹂の用例 を掲 げる︵用 例番号 巻話 説話題 用例 地の文 か会 話 文 かの別 の順 に記 した︶。 ①巻一第二 話 承平 詫宣事 千 良中け るは、 ﹁ 菩薩の御名 をば いかゞ中 侍覧﹂ と申せ ば、﹁慈 悲万 行菩 薩﹂ と 会 ②巻一第四 話 金峯 山御幸事 龍顔逆鱗 の気ありて おほせら る ゝやう﹁ 春日山 の逡 に侍お きな ゝり。 会 ③巻二第二 話 永久 衆徒闘乱 事 ﹁君 い七 けなく 御坐せし時、 御殿の天井 に振動 事侍き。大 にあやしみ を 会 ⑤巻四第二 話 永久春日 詣時 神詫事 随 喜の涙 のところせ きをもしらせ たてま つらんとて 託宣し侍り 。 永久春目 詣時 神詫事 こ の童の申 様﹁我は是 春日第三神 也。こ のた び見参 はこ とにう れし く侍 り。会 ④巻三 第三 話 信 経事 あま りに心うく 侍れ ば、 ねてもさ めて もな げくこ と、た ゞこ れ ばかり也﹂と 申て 会 ⑥巻四第二 話 ⑦巻八第一 話 清 涼寺本尊事 ﹁わ が身 はもと南京 菩提 山の逞 にすみ 侍し 程に、 つねに春日 社に参し に、 ⑧巻八第四 話 壹和 僧都事 ﹁おもひ もよ らぬ 仰かな。 か ゝる乞食修行 者にな にのうらみ か侍 べき。 ⑨巻十第一 話 林懐 僧都事 神慮に かな ふ べしとこ そ心をや り侍に、 ⑩巻十一第 一話 恵暁法印事 ゆえを とへば﹁我、 炎魔王宮よ り請 ぜら れて むかひ侍つ れば、 会 会 会丿会 会 J 醗 ⑥巻十二 第三 話 ⑩巻十二 第三 話 ⑩ 巻十二 第三 話 ⑩巻十二 第三 話 恩従事 ﹁いかに あの僧を ばめし を かれて候や覧 。我もとに とし ごろ 侍て 恩愛事 我もとにとし ごろ侍で 修学稽古 の道も抜群して 侍し かば、 恩愛事 返t 不便に お ぼえ侍し かども 浄業すでに 純熟し て順次 に都率 の内 院に 恩従事 順 次に都 率の内院に 生 べき者 にて 侍り。富 貴の報を 得な ば上 生のさまた げ 恩従事 上 生のさま たげあ るべきによ りて わ ざと福 分をあたへ 侍 ざりし に、 恩愛事 順 生はあく 道の報 のがれ がたし 。不便に も侍こと かな﹂と 隆覚僧正事 ﹁寺中 に我 ばかりなる寺僧 の有 がたく 侍に、思食 はな つ事こ そ口 おし けれ﹂と 会 会 会 会 会 会 ⑩巻十二 第三 話 ⑩巻十二 第三 話 ⑥巻十四 第二 話 ﹃唯識論﹄ 安置屋遁 火災事 かのな げし にいかな る事か 侍ら ん﹂ と いふ 。 紀伊寺主事 このよし を いひ つかはす返 事に﹁ず いぶむ寺僧 の御事は忠 を存侍。 紀伊寺主事 ﹁夜 べの御返事 あし く申た る、返; を それ覚侍 ば、 いそ ぎま いりた るなり﹂ 璋円 事 こ の方便によ りて漸; にうか びいで ゝ侍な り。 璋円 事 ま のあたり大 明神 の御説法 聴聞 するこそ、 かたじけな くは べれ﹂ と語け る。 明恵上人事 御房 の唐 へ御わ たり の事、 きわめてな げかしく 侍れ ば、 一 会 会 会 ⑩巻十四 第四 話 ⑩巻十五 第四 話 ⑩巻十五 第四 話 ハ第 二 話 ⑥巻十六 第二 話 ⑩ 巻 土 ⑩巻十 七第一話 ⑩巻十 七第一話 明恵上人 事 ﹁何と もし らず 。わらはも 身のかう ばし く畳て見 参のした く侍つ る也。 ⑩巻十 七第一話 明恵上人 事 ﹁た かき所に侍、 無礼な れどもノ 我等 がとも がら は、本よ り ⑩巻十八 第一話 同 事 鹿 の膝を ゝりし 事は、われ三日 さきだちて 御迎にま いりて侍しし るしな り。 ⑩巻十八 第一話 同 事 聴聞し て、礼 盤より左 の方 すこし 仏前によりて三 尺許 あ がりて 侍し 也。 ⑩巻五第一 話 俊盛卿事 社壇にまう で ゝ侍け るに、夜雨 蕭t として 、松嬬寂 ヽたりけ れば、 一 一 一 会 会 会 会 会 会 会 会 地 詞 書との 使用 語比較 『春 日 権 現 験 と 『撰 集 抄 』 ⑩巻五第一 話 一 俊盛 卿事 随喜 の涙 いかばかりかと おもひや る袖さへ今 もし ほれ 侍り。 ⑩巻七第二 話 開蓮房 夢事 興福寺に尊 遍侍従と いふ僧 の母 に開蓮房と中 比丘尼 侍けり。 ⑥巻七第三 話 近真 陵王 事 幣 殿の前 の藤のもとに 侍て、御殿 の方を拝す れ ば、 三二 ⑩巻七第三 話 近真 陵王 事 範 顔や がて 禅定院に 侍ける俘 の本 様を申出て 、其ま ゝに作て錦 の袋に人て 、 ⑩巻十第二 話 永超 僧都事 同人 僧都と 申けるころ 、洛陽法 成寺の僧 房にすみ侍 けるに、 ⑩巻十第二 話 永超 僧都事 垂紺のうへ に率川 の大 明神 の銘ありと中説 も侍にや 。 ⑩巻十一第一 話 恵 暁法印事 書寫山にす み侍て、 とし ををく りけれ ども ⑩巻十二第三 話 恩 愛事 八 幡の宮寺に なに がし の入寺と かや 申ける社 僧に同宿し てすみ 侍けるほ どに、 ⑩巻十三第二 話 勝 詮僧都事 勝詮僧都 安元 年中 維摩会 の講 師をつとめ ん がため に中 室にう つりゐて 侍ける時、 ⑩巻十三第三 話 増慶 事 さて も ﹃唯識 論﹄の見文 は﹁由不 放逸、先除 雑染﹂と 侍。 ⑩巻十五第三 話 大乗 院僧正事 脇足に か ゝりな がら聊ま どろみ給け るが、を どろきて前 にはべ る頼憲 と申僧に ⑩巻十五 第三 話 大 乗院僧正 事 尊遍得 業と いふ 僧をなじく 菩提山に 侍ける夢に も﹁房中を 見めぐ るに、 ⑥巻十六 第二 話 璋円 事 無 仏の導 師付属 の薩 埋也。本地 垂跡い づれ もたのもし くこそ侍 れ。 ⑩巻十 七第一話 明恵上人事 その かみ、高尾牢龍 の事侍し かば、し ばし 紀伊國 白上と いふ所にお はし けるに、 ⑩巻十 七第一話 明恵上人事 上人か たじけなくこ の仰を かぶり侍 れば﹁渡海を と ゞむ べし ﹂と中さ る。 ⑩巻二十第 一話 嘉元 神火事 衆徒神人 など おほく召とら れて 、営國 に地頭をを かる ゝ事 侍き。 O巻三第三 話 信 経事 や ゝひさしくして ﹁けふ はすでに百 舟日にな り候ぬ﹂と 申せ ば、 @ 巻三第三 話 信 経事 日; にめのと がふところ に いだ かせて 、みやま をふます ﹄と中 候き。 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 会 会 @ 巻七第一 話 経通卿事 忽 に神恩を かぶりて 、 か ゝるよろこ びをこ そして 候べ﹂とて 涙を ゝさへてま かりい づ。 ○ 巻七第三 話 近 真陵王事 ﹃家にっ たふる梓 の候はね ば、え っ かふま っ右じ﹄ と申也。 @ 巻七第三 話 近 真陵王事 ﹁たI しこ のよしを 仰候とも近 真承引し候 はじ﹂ と申せ ば、 @ 巻七第三 話 近真 陵王 事 ﹁ た ゞしこ のよしを 仰候とも近真 承引し 候はじ﹂ と申せば、 @ 巻十二第 一話 蔵俊贈僧正 事 ﹁学問 っかまっ るはおなじこ とにや 候﹂と申せ ば、 @ 巻十二第三 話 恩 従事 ﹁ いかにあ の僧を ばめし をかれて 候や覧。 、 @ 巻十五第 一話 唐 院得業事 っやく 思わす れて ﹁こは何 事に候ら んサ と申 ければ、 較 m @ 巻十七第 一話 明 恵上人事 三 人と 申は御房と 解脱房七、又京 に一人 候なり 。 四 @ 巻十七第 一話 明 恵上人事 解脱轡 房は、不思議 にあは れに候人な り﹂と四五 度おほせら れても い @ 巻十七第一 話 明 恵上人事 ﹁龍居 の事、我等う けず。 かく と申と御 物語候 べし ﹂とのたま ふ。 書 詞 @ 巻十八第 一話 同 事 ﹁こ の見参にす ぎたる かたみゃ 候 べき。 J 諧 e巻[ 第二 話 承皿に詫宣事 神殿守なら びに預な どをめしあっ むれ ば、 おのく っ ヽしみ おそれて 候。 皿 @ 巻一第二 話 承平 詫宣事 又 、今月 廿三 日より 御讃経に 候興福寺僧 勝圓をめす 。 04@ 巻一第四 話 金峯 山御幸事 大 納言 師忠 中宮 大夫 雅賓など候は れけるを 御覧じま はし て、 春 r @ 巻二 第二 話 永久 衆徒闘乱 事 修 理大夫 顕季 卿 仙洞 の近臣にて 候ける が、恐な がち 奏申け るは 捌 @ 巻四第一 話 天 狗参入来三 條事 そ の御聾にっ きて春日 神主 時盛ま いりて候 けり。 皿 @ 巻四第五 話 後徳大 寺左府事 若宮 の御前にみこ ども候て、 神楽 のほどなり けるに、 r @ 巻七第一 話 経通 卿事 春日 に参龍し て、夜は楼 門の下 に候て、よ もす がら 神楽をうた ひ 三二 会 会 会 会 会 会 会 会 会 会 会 地 地 地 地 地 地 地 三四 @ 巻 七第三 話 近真陵王事 範顔 かしこ まりて 承候ぬ 。 ﹁だ ゞし 地 @ 巻 十六第一 話 解脱上人 事 若宮 の御前にま いりて拝 殿に候ほ どに、 地 以上 、 ﹁ 侍り﹂四四 例︵会 話文二 七、地 の文一七︶、﹁候ふ﹂二二 例 ︵会 話文一三 、地の文 九︶を調査 対象とす る。 ㎜ 恵 上 入 神 現 伝 記 ﹄﹃高 弁 記 ﹄︶ な ど が 見 ら れ た 。 ・﹃春 日 験 記 ﹄の﹁ 侍 り ﹂使 用 文 が 、 類 話 で は﹁ 候 ふ ﹂使 用 と な っ て い る場 合︵ ①﹃ 続 教 訓 抄 ﹄、 ⑩ ﹃教 訓 抄 ﹄、 ⑩ ⑤﹃明 集 ﹄、 ○ ∼ @ ﹃フ リ ア 本 ﹄、@ ﹃ 続 教 訓 抄 ﹄︶ ・ 在 っ て も ﹁ 侍 り ﹂﹁ 候 ふ ﹂ 不 使 用 の 場 合 ︵⑩ フ リ ア 本 ﹃地 蔵 菩 薩 霊 験 記 絵 巻 ﹄、 ⑩ ﹃ 教 訓 抄 ﹄﹃フ リ ア 本 ﹄、 ⑥ ﹃沙 石 教 訓 抄 ﹄︶ ・類 話 に 相 当 文 の 無 い場 合 ︵⑧ ⑨ ﹃雑 談 集 ﹄、 ⑩ ∼ ⑤ ⑩ ⑩ ﹃明 恵上 人 神 現 伝 記 ﹄﹃高 弁 記 ﹄、 ⑩ ⑩ ﹃俊 盛 卿 因 縁 ﹄、e ﹃ 続 石 集 ﹄、@ ∼ @ ﹃明 恵 上 人 神 現 伝 記 ﹄﹃高 弁 記 ﹄︶ の 場 合 が あ る 他 に 、 そ の 結 果 、﹃春 日 験記 ﹄で も類 話 で も 同 じ く﹁ 侍 り ﹂﹁ 候 ふ﹂使 用︵ ⑤ ⑥ ⑧ ﹃撰 集 抄 ﹄、○ ∼@ @ ﹃教 訓 抄 ﹄、 ⑨ ⑩ ﹃沙 めぐ る 因 縁 と言 説− 貞 慶 と ﹃春 日 権 現 験 記 絵 ﹄ に 関 す る 新 資 料− ﹂ に 示 さ れ た ﹃俊 盛 卿 因 縁 ﹄ を 調 査 し た 。 示 す る 、 文 章 の 細 部 に 至 る ま で 強 い 類 似 性 を示 す 説 話 ︵同 時 代 な い し 先 行 文 献 ︶ に 限 り 、 加 え て 、 近 本 謙 介 ﹁ 春 日 を ﹁ 候 ふ ﹂使 用 状 況 を見 比 べて み た い。 類 話 は 、 竹 居 明 男 ﹃日 本 古 代 仏 教 の 文 化 史 ﹄︵287 ∼291 頁 ︶ に ゴチ ッ ク表 最 初 に 、 同 文 的 類 話 の あ る 話 に つ い で 、﹃春 日 験 記 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂﹁ 候 ふ ﹂ 使 用 文 に 相 応 す る 文 で 、 類 話 で の ﹁ 侍 り ﹂ ㎜ 同 時 代 な い し 先 行 文 献 所 載 の 類 話 と は 相 違 す る ﹁ 侍 り ﹂﹁ 候 ふ ﹂ の 使 用 が あ る こ と か ら 、﹃春 日 験 記 ﹄ は 、 独 自 に丁 寧語を選 択使用し てい るものと考えて よいと思 われる。 つ ぎ に 、 会 話 文 の ﹁ 侍 り ﹂﹁ 候 ふ ﹂ 使 用 状 況 と 、 判 明 し て い る説 話 設 定 年 代 と を 見 比 べる と、﹁ 侍 り ﹂ 使 用 例 は 、 九 三 七 年 ︵ 承平 七 年・巻 一 第二 話 ︶ ∼ コ 三 一 年 ︵ 寛 喜 三 年 、 寛 喜 の 大 飢 饉・巻 十 五 第 四 話 ︶ の間 の 話 に 現 れ る 。﹁ 候 ふ﹂ 使 用 例 は 、 一 〇 九 七 年 ︵ 法 性 寺 殿 生 年 ・ 巻 三 第 三 話 ︶∼ 一 二I 七 年 ︵ 建 保 五 年 ・ 巻 七 第 三 話 ︶ の 間 の 話 に 見 ら れ る 。 ﹁ 侍 リ ト は 、 説 話 設 定 年 代 の 幅 広 く 現 れ 、﹁ 候 ふ ﹂ は、 中 間 的 年 代 設 定 の 説 話 に 現 れ て い る。﹁ 中 古 に お いて 盛 ん に 使 △ 三五 日 明 神 ⑩ 京 に焼 け 残 り た る一 宇 の 隣 家 の 人← 人 々 ⑩ ⑩ 紀 伊 寺 主← 中 室 の 法 鳥 房⑥ ⑩ 璋 円 ︵ 女 に つ く ︶← 人 々 ⑩工 人 ︵ 春日 権 現 ︶ ⑩ 恵 暁 法 印← 修 南 院 の 人 々 ︵ 弟 子 ︶ ⑥ ∼ ⑩ 恩 愛 の 夢 の う ち の 客 人← 恩 愛 ⑥ 隆 覚 僧 正 ︵ 半 夢 半 醒 ︶← 春 公← 嵯 峨 の 憚 迦 堂 の 仁 雅 法 眼 ⑧ 壹 和 僧 都← け し か る 聖 = 飛 ︵ 憑 依 ︶ ⑨ 林 懐 僧 都△ ︵ 微 睡 ん で い た ︶← 笏 も ち た る高 貴 の 中 宮 大 夫 雅 宵 ︶ ③ 修 理 大 夫 顕 季 卿← 白 河 上 皇 ④ 信 経← 法 性 寺 殿 ⑤ ⑥ 童 ︵ 春 日 第三 神 憑 依 ︶← 知 足 院 殿下 ⑦ 京 に あ る尼 ① 天 台 山 修 行 の 僧 千 良← 橘 氏 女 ︵ 春 日 大 明 神 憑 依 ︶ ② 太 上 天 皇 白 河 院 ︵ 例 な ら ぬ 御 け し き ︶← 人 々 ︵ 含 大 納 言 師 忠 ・ ﹁侍 り﹂使用 では、 く で あ る ︵← の 上 方 は 話 者 、下 方 は 聞 き 手 ︶。 聞 き手 が 憑 依 状 態 か 半 夢 半 醒 で あ る場 合 も 多 い ︵ ① ② ⑤ ⑥ ⑧ ⑥ ⑥工 ﹃春 日 験 記 ﹄に は 、 登 場 人 物 の 夢 の中 が 会 話 場 面 と な っ て い る 例 が 多 く 見 ら れ る︵⑨ ⑥∼ ⑩ ○ ∼ @ ︶。 ま た、 話 者 か 例 で あ る 。 一 三 世 紀以 降 に設 定 さ れ た 話 で は 、﹁ 侍 り ﹂ 十 例 、﹁ 候 ふ ﹂ 八 例 が見 ら れ る 。 ︵ 講 座 日 本 語 学9 敬 語 史177 頁 ︶ の で 、 コ ー 世 紀 末 ま で の年 代 設 定 の 話 で 用 例 を 見 る と 、﹁ 侍 り ﹂ 十 例 、﹁ 候 ふ ﹂ 三 用 さ れて い た丁 寧 語 の﹃侍 り ﹄は 、 お およ そ コ ー 世 紀 末 ま で に は 口頭 語 の 世 界 から は消 え て い っ た と 考 え ら れ て い る ﹂ 『春 日権 現験記 絵 』詞書 との 使用 語比較 と 『撰 集 抄 』 < 氏 女 ︵春 日 大 明 神 憑 依 ︶← 明 恵 上 人 ﹁ 候 ふ ﹂ 使 用 で は 、 ︿ - J 一 < こ の よ う な ﹁ 侍 り ﹂ と ﹁ 候 ふ ﹂ の 共 ︵混 ︶ 用 は 、 夢 の 中 で の 会 話 ・ 話 者 が 憑 依 状 態 で の 会 話 の み な ら ず 、 通 常 の会 ⑩ ∼ ⑤@ ∼@ ︶。こ れ ら の 例 で 話 者 と聞 吝 手 と の関 係 は 、﹁ 侍 り ト 使 用 時 と言 候 ふ ﹂ 使 用 時 と で 変 化 は 見 ら れ な い 。 同 君 話 者 か ら同 じ 聞 き 手 へめ 会 話 文 に﹁ 侍 り ﹂ も﹁ 候 ふ ﹂ も 共 に使 わ れ る例 が二 例 な ら ず あ る︵④O @ 、 ⑩ ∼ ⑩@ 、 の研 究 ﹄10 、1 ︰ 頁 1︶。 五 ︶、 内 大 臣 に至 っ て い る 。こ れ は 、 上 皇 と 同 じ く 最 高 の段 階 に 属 す聞 き手 と 考 え ら れ る︵桜 井 光 昭﹃今 昔 物 語 の 語 法 忠 通 ご は 、 摂 政﹃ ・ 関 白 藤 原 忠 実 の長 男 で あ り 、 権 中 納 言 、 権 大 納 言 を 経 、 当 該 説 話 の 設 定 年 代 内 の 永 久 三 年 ︵一 一 一 ﹁ 侍 り ﹂ の 使 用 対 象 上 限 は 白 河 上 皇 ︵③ ︶、﹁ 候 ふ ﹂ 使 用 対 象 上 限 は 、 法 性 寺 殿 で あ る ︵0 @ ︶。 上 記 法 性 寺 殿 ︵藤 原 の う ち の 客 人← 恩 覧@ 唐 院 得 業← 巫 女 ︵春 日 大 明 神 憑 依 ︶@ ∼@← 橘 氏 女 ︵ 春 日 大 明 神 憑 依 ︶← 明 恵 上 人 O@ 信 経← 法 性 寺 殿@ 経 通 卿← 寺 僧 達 ④ ︵近 真← 束 帯 の 俗 ︶ ⑤ ⑥ 範 顕← 束 帯 の 俗@ 蔵 俊 贈 僧 正← 春 日 一 宮 @ 恩 覧 の 夢 iA ノ \ 話 ︵ ④O @ ︶ に も 現 れ て い る 。 地 の 文 を 見 て も 、 同 一 話 の 地 の 文 中 忙﹁ 侍 り ト と ﹁ 候 ふ ﹂ 共 存 の 例 が あ る ︵ ⑩@ ︶。 ㎜ ㎜ 本稿 のま とめとす る。 ﹃春 日 験 記 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ も 、 右 の ご 論 考 と同 じ 観 点 か ら 見 て ﹃撰 集 抄 ﹄ と比 較 し 、 同 時 に ﹃閑 居 友 ﹄ に も 言 及 し て 、 ﹃撰 集 抄 ﹄ に つ いて は 、 二 撰 集 抄 の 侍 リ ﹄︵ 桜 井 光 昭 國 語 學99 昭 和 四 九 年 ︶ に 調 査 研 究 が な さ れて い る 。 ㎜ 『撰 集抄 』 と 『春 日権 現験記 絵』 詞書 との使 用 語比較 使 用 数 か ら い う と 、﹃春 日 験 記 ﹄ で は ﹁ 侍 り ﹂ の方 が ﹁ 候 ふ﹂ よ り 多 い ︵ 二 倍 ︶。﹁ 侍 り ﹂ 優 勢 と いう こ と で は 、﹃春 日 験 記 ﹄ と ﹃撰 集 抄 ﹄ と は同 傾 向 と い う こ と が で き る 。し か し ﹃春 日 験 記 ﹄ の ﹁ 候 ふ ﹂ は ﹁ 侍 り ﹂ の な お半 数 使 わ れ て い る の で 、﹃撰 集 抄 ﹄ に ﹁ 侍 り ﹂ が 圧 倒 的 多 数 用 い ら れ て い る こ と と は違 い を 見 せ て い る 。﹃閑 居 友 ﹄ で は 、﹁ 侍 り ﹂ 四 三 二 例 に 対 し て ﹁ 候 ふ ﹂ 一 例 と な っ て い る 。﹃撰 集 抄 ﹄ は 、﹁ 侍 り ﹂ が 圧 倒 的 に 多 い点 で ﹃閑 居 友 ﹄ に 近 似 す る 。 試 み に 作 品 の 総 字 数 を 概 算 し て 、 何 字 ご と に一 回 の 割 で ﹁ 侍 り ﹂ の出 現 が あ る か を 求 め て み る と 、﹃撰 集 抄 ﹄︵ 松 平 文 庫 本 ︶で は 約 五 四 字 、﹃春 日 験 記 ﹄は 約 七 三 八 字 、﹃閑 居 友 ﹄︵ 尊 経 閣 文 庫 本 ︶で は 約 九 八 字 ご と 、 と い う こ と に な り 、 ﹃撰 集 抄 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ の 出 現 頻 度 の 高 い こ と が分 か る。 ﹃撰 集 抄 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ は 、 尊 敬 語 を 受 け る 。 ﹃春 日 験 記 ﹄ に は 、 尊 敬語 を 受 け る ﹁ 侍 り ﹂ は 見 ら れ な い 。﹃閑 居 友 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ も 直 上 の 尊 敬 語 を受 け な い 。 ﹃撰 集 抄 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ は 、 命 令 形 の用 法 を 持 つ 。 ﹃春 日 験 記 ﹄ で は 、 命 令 形 の 用 法 が見 え な い 。﹃閑 居 友 ﹄ は命 令 形 の 用 法 を 持 つ ︵ 七 七4 ・ 一 四 三5 ︶。 ﹃撰 集 抄 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ は 、 約 四 ・ 五 対 一 の 割 で 地 の 文 の 用 例 の 方 が 多 い。 ﹃春 日 験 記 ﹄ で は 、 約 〇 ・六 対 一 の 割 で 会 話 文 の 用 例 の 方 が 多 い 。﹃閑 居 友 ﹄ で は 、 約 二・二 対 一 の 割 で 地 の 文 の 用 例 の 方 が 多 い 。地 の 文 の方 に 多 く ﹁ 侍 り 寸 の現 れ て い る点 で ﹃撰 集 抄 ﹄ と ﹃閑 居 友 ﹄ と は 似 る。 ﹃撰 集 抄 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ は 、 話 し 手 よ り 聞 き手 上 位 の 場 合 の 使 用 対 象 の 上 限 は 最 高 段 階 に い た って い る 。 ﹃ 春日 験 記 ﹄︵③ 修 理 大 夫 顕 季 卿← 白 河 上 皇 ︶、﹃閑 居 友 ﹄︵下 の 八 尼← 後 白 河 法 皇 ︶ の 場 合 も同 様 で あ る 。 ﹃撰 集 抄 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ は 、 話 し 手 の 方 が聞 き 手 よ り 上 位 の 例 は 少 な く な い 。 ﹃春 日 験 記 ﹄ に も 、 下 位 の 者 へ の 使 用 例 が あ る ︵ ⑩ 恵 暁 法 印← 修 南 院 の 人 々︿ 弟 子 ﹀︶。﹃閑 居 友 ﹄ で は 、 空 也 上 人 が 三七 弟 子 へ ︵上 の 四 ︶、 男 が供 へ ︵下 の 五 ︶﹁ 侍 り ﹂ を 用 い て 話 し て い る 。 三八 右 の 比 較 を ま と め る と 、﹃ 撰 集 抄 ﹄﹃春 日 験 記 ﹄﹃閑 居 友 ﹄ 三 書 の ﹁ 侍 り ﹂ に 共 通 す る の は 、﹁ 使 用 対 象 の 上 限 が最 高 段 階 に い た っ て い る﹂﹁ 話 し 手 の 方 が聞 き 手 よ り 上 位 の 例 が あ る﹂ と い う こ と で あ り 、﹃撰 集 抄 ﹄ の ﹁ 侍 り ﹂ の み に 見 ら れ る 特 徴 は 、 直 上 の ﹁ 尊 敬 語 を 受 け る﹂ と い う こ と で あ る 。 いただ い た。 書 、続日 本 絵巻 大成14・15﹃春日 権 現験記 絵 上下 ﹄︵中 央公 論社 一 九八二 年 ︶久保 木彰 一編 詞 書 釈文 を参 照 させ て 点・ カギ カッコ は私 に付 し た。上 掲 書 詞書 釈文 、日 本 絵巻物 全集15 巻 ﹃春日 権現 験記 絵﹄︵角川 書店 一 九六 三年 ︶詞 ・用 例本 文は 、続日 本 の絵 巻13・14 ﹃春日 権現 験記 絵 上下 ﹄︵中央公 論 社 一九 九一 年︶ に見 え る詞書 に拠 り、 句読 点・濁 典 文 学 大 系 ﹃閑 居 友 ﹄︵小 島 孝 之 校 注 ︶ も 参 照 し た 。 ︵4 ︶ ﹃閑 居 友 本 文 及 び 総 索 引 ﹄︵ 峰 岸 明 ・ 王 朝 文 学 研 究 会 編 16頁 4︶。 中 世 の 文 学 ﹃閑 居 友 ﹄︵ 美 濃 部 重 克 校 注 ︶、 新 日 本 古 候 欺﹂ とな って い る。 ︵3 ︶ ﹃ 校 本 閑 居 友 ﹄︵ 演 千 代 清 16頁 8︶。 尊 経 閣 文 庫 本 と 岩 瀬 文 庫 本 に﹁ 候 ﹂が 一 例 あ る 。 こ の 箇 所 、 他 の 伝 本 で は﹁ 御 ﹂、﹁ 御 ︵2 ︶ ﹁ 金 沢 文 庫 研 究 ﹂30号 2 一 九 九 九 年 と 読むこ と とし た。 全例 を丁 寧語 とし て扱 う 。 ︵○ @ Φ ︶﹁ へ ﹂︵@ ︶ で あ る 。﹃ 春 日 験 記 ﹄ は 読 み 仮 名 を 付 さ な い 。 本 稿 で は 、﹁ 侍 ﹂ は ﹁ は べり ﹂、﹁ 候 ﹂ は ﹁ さ ぶ ら ふ ﹂ T ︶ ﹁ 侍 ﹂は 、﹁ は べ れ ﹂︵ ⑩ ︶﹁ は べ る﹂︵ ⑩ ︶と 仮 名 表 記 が 見 ら れ る 。﹁ 候 ﹂は 、 全 例 漢 字 表 記 で 、 見 え て い る 送 り 仮 名 は﹁ は ﹂ 注
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