平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
コラーゲンの変性について
Studies on denaturation of collagen
薬化学研究室 4 年
08P158
原 瑞穂
(指導教員:杉原 多公通)
1
要 旨
美容関連分野で注目されているアンチエイジングの 1 つは、皮膚の老化を防ぐこと
にある。タンパク質の変性により皮膚に変化が起こることで、老化現象であるしわや
たるみの原因となる。人体を構成するタンパク質の中で最も多いものはコラーゲンで
あるため、コラーゲンの変性が皮膚の老化を引き起こしているのではないかと考え、
コラーゲンの変性について文献の調査を行った。
コラーゲンは現在までに 28 種類が報告されており、ヒトの体のあらゆる臓器に分
布している。皮膚の老化にもコラーゲンの変性が大きく影響していると考えられる。
コラーゲンの変性は主に熱によるものと架橋形成によるものがある。皮膚の老化に関
与しているのは、架橋の形成、すなわち、コラーゲンの分子内外に形成される結合に
よるものである。コラーゲンの架橋は主に 3 種類に分かれる。まず還元架橋と成熟架
橋と呼ばれる架橋は、生体内酵素によって引き起こされる反応であり、コラーゲンの
構造を堅固に保つ役割を担っている。一方、老化架橋と呼ばれる架橋は活性酸素等が
関わる非酵素的な反応であり、主にリシン残基とアルギニン残基間で起こるメイラー
ド反応により最終糖化生成物と呼ばれている物質の形成を介した架橋である。コラー
ゲンは代謝回転が非常に遅く、この老化架橋は生体内酵素によっては分解されないた
め、架橋は加齢により増加し続ける。コラーゲン線維同士の結合が増加しコラーゲン
の構造が堅固になることで皮膚本来の弾力が失われ、しわなどの原因となる。架橋形
成を防ぐには体内の活性酸素を減らし、メイラード反応等の進行を抑えなければなら
ない。最終糖化生成物の形成を阻害するものとして、アミノグアニジンが注目されて
いる。また抗酸化剤の服用も有効である。今後は、未だはっきりと特定されていない
老化架橋の構造が断定されることで、より具体的に架橋形成を阻害する方法や予防法
を提案することができるようになるであろう。
キーワード
1.コラーゲン
2.変性
3.加齢
4.架橋
5.リシン
6.ヒスチジン
7.アルギニン
8.皮膚
9.AGEs
10.メイラード反応
11.活性酸素
3
本 文
1.文献調査の目的
美容関連分野で注目されているアンチエイジングの 1 つは、皮膚の老化を防ぐこ
とにある。タンパク質の変性により皮膚に変化が起こることで、老化現象であるし
わやたるみの原因となる。人体を構成するタンパク質の中で最も多いものはコラー
ゲンであるため、コラーゲンの変性が皮膚の老化を引き起こしているのではないか
と考え、コラーゲンの変性について文献の調査を行った。
2.調査結果
1)コラーゲンとは
人体を構成するタンパク質の中で最も多いタンパク質であり、総量の約 30%を
構成している。ヒトでは全身のあらゆる臓器に存在し、特に皮膚・軟骨・骨・血管
壁などに多く分布している。コラーゲンは現在までに 28 もの分子種が知られ、
発見された順に I 型、II 型、III 型…と名付けられている。型の違いは主として
アミノ酸配列とその長さの違いにより分類されている。皮膚には 11 種類のコラー
ゲンが存在する。1)
基本的なアミノ酸構造は Gly-X-Y という繰り返し配列を多数持つのが特徴で
ある。X の位置にはプロリン、Y の位置にはヒドロキシプロリンが多く存在する。
水酸化されたアミノ酸はコラーゲンに特徴的なアミノ酸である。2)
図 1.I 型コラーゲン分子の模式図
300nm
α1
α1
α2
1.5nm
N‐テロペプチド
ヘリックス領域
重合・線維化
図 2.線維状コラーゲンの模式図
40nm
4
64~67nm
C‐テロペプチド
コラーゲンは真皮に存在し、主に繊維芽細胞によって生合成される。合成された
ペプチド鎖は小胞体内で修飾反応を受けた後、集合してプロコラーゲンを形成する。
それはゴルジ体によって細胞外に分泌され、プロペプチドの切断、線維の形成、
架橋の形成が起こる。
2)コラーゲンの変性について
コラーゲンの変性は主に、熱による変性と架橋形成による変性の 2 つに分けられ
る。
熱による変性では、水素結合が切れて 3 本鎖がほどけ、1 本 1 本のポリペプチド
鎖が溶け出してくる。これがいわゆるゼラチンである。コラーゲン自体は不溶性だ
が、ゼラチンは可溶性である。ゼラチンを冷却するとある程度元のような 3 本鎖が
形成される。つまり熱による変性は可逆的な反応である。3)
一方架橋形成による変性は、加齢によって進行するものと言われている。コラー
ゲンが強靭な構造を維持するためにはある程度の架橋は必要だが、加齢によりそれ
が形成されすぎてしまうと肌の弾力は失われてしまう。架橋は分子内架橋と分子間
架橋の 2 種類に分けられる。前述した、プロペプチド部にできる架橋は分子内架橋
であり、コラーゲンの構造を維持するために必要な架橋だが、加齢による架橋は
3 本鎖らせんの分子間同士にできる架橋のことで、様々な部位に形成される。これ
は不可逆的な反応である。
架橋ができる過程には 3 つの段階がある。還元性架橋・成熟架橋(非還元性架
橋)・老化架橋である。2) 架橋ができる最初の反応として、コラーゲンのα鎖中の
Lys 又は HyL のε-アミノ基が、リシルオキシダーゼという酵素によって酸化的
脱 アミノ反応を起こし、アリシン又はヒドロキシアリシンという生成物になる
(図 3)。これが別の Lys 又は HyL と反応することで、組み合わせにより様々な架
橋が形成される。またヒドロキシリシンが関連した反応生成物がアマドリ転位反応
を起こすことにより以下の架橋が形成される。これが還元性架橋である。4)
5
図 3.リシルオキシダーゼによる反応
リシルオキシダーゼ
RCH2NH2 + O2 + H2O
Lys
RCHO + NH3 + H2O2
HyL
アリシン
Lys+アリシン
ヒドロキシアリシン
Lys+ヒドロキシアリシン
⇒リシノノルロイシン
⇒リシノヒドロキシリシノノルロイシン
HyL+アリシン
⇒デヒドロヒドロキシリシノノルロイシン
同アマドリ転位化合物
6
HyL+ヒドロキシアリシン
⇒デヒドロジヒドロキシリシノノルロイシン
同アマドリ転位化合物
成熟架橋は、還元架橋から形成される架橋である。皮膚のコラーゲンで形成され
るのは Lys と HyL から生成されたシッフ塩基架橋に His が反応して生成されるヒ
スチジノヒドロキシリシノノルロイシンという化合物である。2)
Lys
HyL
His
+
+
ヒスチジノヒドロキシ
リシノノルロイシン
7
老化架橋は加齢と共にコラーゲンの分子間に非酵素的に形成される架橋で、これ
が皮膚にしわができる要因とされている。この架橋が形成されたコラーゲンは通常
の分解酵素では分解されなくなる。老化架橋の構造は未だ特定されていない。現在
までで主要な架橋と考えられているのは主にリシン残基とアルギニン残基間で起
こ る メ イ ラ ー ド 反 応 に よ り 最 終 糖 化 生 成 物 ( AGEs : advanced glycation
end-products)と呼ばれている物質の形成を介した架橋である。現在最も有力な架
橋はグルコセパンと呼ばれる化合物である。2,5,6,7)
Lys
グルコース
1,4-Dideoxy
アマドリ生成物
5,6-glucosone
Arg
グルコセパン
その他架橋物として候補に挙がっている AGEs の構造と名称は以下の通りである。
Lys
Arg
アマドリ生成物
GODIC
MODIC
DOGDIC
8
ペントシジン
DOGDIC-Ox
3)老化架橋の要因
架橋が形成される要因はまだ不明だが、架橋形成の要因として注目されているの
がメイラード反応である。シッフ塩基が転位することにより不可逆的な化合物が形
成される。シッフ塩基の形成にはリシンやアルギニンが関わっており、これらは糖
化を受けやすい。老化架橋と考えられている生成物にはリシンやアルギニン、ヒス
チジンが含まれている。全コラーゲンのリシン・アルギニン・ヒスチジンの含有量
は表 1 の通りである。2,8)
表 1.三重らせん構造における Lys,Arg,His の組成(%)
型
Lys
Arg
His
計
I
3.4
5.1
0.5
9.0
II
4.5
4.8
0.5
9.8
III
4.2
4.1
1.0
9.3
IV
5.3
3.2
0.9
9.4
V
4.7
4.1
0.9
9.7
VI
5.1
6.1
1.5
12.7
VII
3.2
7.4
1.0
11.2
VIII
5.8
2.1
1.4
9.3
IX
4.8
5.0
0.9
10.7
X
5.1
2.8
1.5
9.4
XI
4.7
5.1
0.8
10.6
XII
5.1
5.1
1.0
11.2
XIII
6.4
4.9
1.5
12.8
XIV
4.8
4.1
1.6
10.5
XV
3.7
3.4
1.8
8.9
XVI
5.4
3.9
1.2
10.5
XVII
4.0
4.5
1.5
10.0
XVIII
2.4
5.2
2.1
9.7
XIX
6.7
4.1
1.4
12.2
XX
3.0
6.6
2.2
11.8
XXI
7.1
4.0
1.1
12.2
XXII
5.4
5.2
1.2
11.8
XXIII
6.5
3.9
0.6
11.0
XXIV
6.1
4.3
2.2
12.6
XXV
7.6
6.3
1.5
15.4
XXVI
2.7
5.4
1.6
9.7
9
XXVII
5.1
3.6
1.7
10.4
XXVIII
8.1
3.6
0.6
12.3
Lys 含量が多いもの…XXVIII 型・XXV 型・XXI 型
Arg 含量が多いもの…VII 型・XX 型・XXV 型
His 含量が多いもの…XX 型・XXIV 型・XVIII 型
3 つのアミノ酸の合計が最も多いもの…XXV 型
分布場所はそれぞれ、VII 型…皮膚、膀胱、口腔粘膜、へその緒、羊膜
XVIII 型…基底膜、腎臓、肝臓、肺
XXI 型…血管壁、心臓、胃、腎臓、骨格筋、胎盤
XXIV 型…骨、角膜
XXV 型…脳、心臓、精巣、眼
XXVIII 型…後根神経節、末梢神経
(XX 型…ヒトには存在しない)
その他皮膚の老化を促進する要因として活性酸素と紫外線が挙げられる。活性酸
素は紫外線があたると皮膚に発生する。メイラード反応により生ずるアマドリ反応
生成物は、酸素の存在下で種々の AGEs を生成する。構造は解明されていないが、
ヒドロキシラジカルをコラーゲンに作用させると架橋が生成する。皮膚の中でも顔
や掌は特に、常に酸素に触れている状態である。また紫外線の影響も大きい部位で
ある。このことがよりメイラード反応を促進する要因となっている。5)
4)加齢に伴う変化
コラーゲンは代謝回転が非常に遅いため、ゆっくりと進行するメイラード反応の
影響を受けやすいと言われている。老化架橋は生体内酵素によっては分解されない
ため、架橋は加齢により増加し続ける。コラーゲンの弾力性は、ゴムと同じように
年齢とともに弾力が失われていく。コラーゲンは繊維質であり細胞では無いため表
皮細胞のようにターンオーバーすることはない。繊維芽細胞で合成され、古くなり
劣化したものは酵素によって分解され代謝が行われているが、スピードは非常にゆ
っくりで、皮膚のコラーゲンが全て代謝されるまで数年かかると言われている。そ
の間に老化架橋が形成されていき、架橋は酵素では分解されないため、代謝される
ことなく架橋が形成されたコラーゲンが残り、加齢と共に新しいコラーゲンは合成
されなくなる。このことから、コラーゲンの架橋形成と老化は関連があると考えら
れる。9)
10
3.まとめ
皮膚の加齢に伴う変化は、主にコラーゲン分子間で AGEs と呼ばれる化合物の
架橋が生成されることにより起こり、この架橋によりコラーゲンの質の低下が招か
れることが分かった。架橋形成を防ぐには体内の活性酸素を減らし、メイラード反
応等の進行を抑えなければならない。活性酸素の過剰な働きを防ぐため、抗酸化剤
の服用が効果があると考えられる。また AGEs を分解したり、生成を阻害するも
のを体内に取り入れるといいのではないか。AGEs 形成抑制剤としてはアミノグア
ニジンが注目されている。アミノグアニジンは臨床ではまだ適応が無いが、メイラ
ード反応で生成するアマドリ化合物などの分子内に形成されるカルボニル基に、ア
ミノグアニジンの分子内のアミノ基が結合し、それ以降の反応の進行を阻止する作
用を持つ。8)
コラーゲンに特有の老化架橋構造は未だ解明されておらず、構造が解明されるこ
とで更なるアンチエイジング効果が期待される。
4.謝辞
論文の作成に当たり直接ご指導いただいた、本学薬化学研究室の杉原多公通教授、
有益な御助言をいただいた、副査である本学薬品製造学研究室の浅田真一助教授に
深く感謝致します。
5.引用文献
1) Exposito JY, Valcourt U, Cluzel C, Lethias C Int J Mol Sci Vol.11, No.2,
pp.407–426, 2010
2) 藤本大三郎 コラーゲン物語 第 2 版 東京化学同人
3)Gary Walsh タンパク質ハンドブック 丸善
4)須山享三 仙台大学紀要 Vol.39, No.2, pp.145-160, 2008
5)Masamitsu Ichihashi, Masayuki Yagi, Keitaro Nomoto, Yoshikazu Yonei
Anti-Aging Medicine Vol.8, No.3, pp.23-29, 2011
6)David R. Sell, Klaus M. Biemel, Oliver Reihl, Markus O. Lederer, Christopher
M. Strauch, and Vincent M. Monnier THE JOURNAL OF BIOLOGICAL
CHEMISTRY Vol.280, No.13, pp.12310–12315, 2005
7)David R.Sell and Vincent M.Monnier THE JOURNAL OF BIOLOGICAL
CHEMISTRY Vol. 264, No.36, pp. 21597-21602, 1969
8)J.Brinckman, H.Notbohm, P.K.Muller TOPICS IN CURRENT CHEMISTRY
247 Collagen Springer
9)堀川博朗 東女医大誌 Vol.74, No.12, pp.667-672, 2004
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