自分の体力を客観的に把握する 走行データの収集

第 1 章 パワートレーニングとは
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客観的な実力の把握:パワーデータのなかには、重要で示唆に富むデータが
たくさん含まれています。これらのデータから、あなた自身の得意分野や苦手
分野を、数字で客観的に把握できます。
データ共有による練習の効率化:コーチやチームメイトとパワートレーニン
グのデータを共有することで、より効率的な練習が実現できます。
重点課題を集中的にトレーニング:パワートレーニングのデータをもとに、
適切に目標を設定し、その達成に向けて的を絞ったトレーニングができます。
ピーク・パフォーマンスの向上:質の高いデータをもとにしたコーチやチー
ムメイトとの緊密な連携や、的を絞った質の高いトレーニングによって、あな
たの体力は着実に向上するでしょう。
これら 4 つの要素は、互いに密接に関連しています。ただ、まずは正確な
データがなくては、データの分析もコーチや仲間とのコミュニケーションもト
レーニング計画も、しょせんは「あてずっぽう」の域を出ないものとなってし
まいます。ですから、パワーデータを集めることこそが、すべての基礎になる
のです。
ここで敢えて忠告するとすれば、現在、他のサイクルコンピューターや心拍
数計を使っていない選手や、
「今の練習方法を変えたくない。」と思っている選
手は、パワーメーターを導入するのは見合わせたほうがよいかも知れません。
というのも、パワートレーニングを始めるには、多少時間と努力を要するか
らです。加えてパソコンを使っての作業や従来行ってきたトレーニング方法を
修正する必要も出てくるでしょう。しかし、
「真剣にトレーニングに取り組ん
で、もっと速くなりたい!」と願うシリアス・レーサーにとって、パワーメー
ターは、その実力を伸ばす上で最高のツールとなります。
それではデータの収集について、より詳しく説明していきましょう。
自分の体力を客観的に把握する
走行データの収集
パワーメーターは走行中に膨大な量のデータを記録し、帰宅後、パソコンに
データをダウンロードできます。文字通り 1 秒ごとのあなたの走行記録が収
集され、
「山岳コースでどの程度の強度で踏んでいたか」「もっと補給食をとる
べきだったのか」「
『100㎞の壁』に突き当たった際、適切なギア比で走ってい
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章
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パワー トレーニング バイブル
たのか」といったことを、あとで正確に検証することができます。
パワーメーターは、心拍数(循環器系)とワット(筋肉系)の両方を記録し
ます。「ワット」は、どれだけの推進力を生み出したかを表します。「心拍数」
はペダルにかけた “ 力 ” に対する体の反応であり、トレーニングが体に与えた
影響を数値で表示します。これらの数値を見れば、トレーニングやレースの全
体像をよりよく理解できます。またトレーニング中に、ワットで定めた各ト
レーニング・ゾーンの「どの領域」で「どの程度の時間」練習したかをチェッ
クできます。さらにあなたが最も力を入れて練習しなくてはいけない部分にだ
け焦点を絞って結果を表示することができます。例えばインターバル・トレー
ニングの各インターバルや、山岳、スプリント、レース中のアタックなどがそ
の例です。それらのデータを検証すれば、
「トレーニング目標を達成できたの
か」それとも「トレーニング方法を見直さなければならないか」を正確に判断
できます。
心拍計との関係
心拍計だけを使ってトレーニングしても、自分の実力がどの程度伸びたのか
を確認するのはやや難しいのが現状です。というのも、心拍計は「心臓がどれ
ほど速く鼓動したか」ということしか教えてくれないからです。心拍数は実際
のパフォーマンスにも影響されますが、心拍計のみに頼っていると現在の体調
や体力に対して事実誤認してしまったり、ミスリードしてしまったり、最悪の
ケースでは自信喪失につながったりしてしまうリスクがあります。
心拍数には、体内に蓄えられた水分量や、気温、体温、前夜の睡眠時間、仕
事のストレスなど多くの要因が影響します。そのため、練習やレース中は心拍
数を見ないで「主観的運動強度」を参考にしたほうがよいケースもあります。
心拍計はもう 20 年以上も選手が使用してきた便利なツールであり、実際に多
くの選手の実力アップに貢献してきた実績がありますが、パワーメーターが広
く普及しつつある現在では、それほど重要ではないというのが私たちの結論で
す。
「どれほど速く心臓が鼓動するか」というのは、刺激に対する反応でしか
なく、極論すれば「森で鉢合わせした熊から必死で逃げている時」でも「仕事
で重要なプレゼンの直前で猛烈に緊張している時」でも「レース終盤に逃げ集
団の最後尾で必死にペダルを踏んでいる時」でも関係ないわけです。# 4 心
第 1 章 パワートレーニングとは
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拍数は、いわば自動車のタコメーターのようなもので、アクセルを踏み込むと
回転数が急激に上がるのと同じです。
パワーメーターを使って、心拍数に意味をもたせ、体力アップにつなげる方
法はあるのでしょうか?パワーメーターは、あなたが「ペダルを踏んだ “ 力 ”」
をパワーとして計測します。パワーは 96㎞ / 時で巡航する時に、車のエンジ
ンが出す馬力の量です。あなたは「自転車を進めるためのエンジン」で、パ
ワーメーターはあなたが出している “ 力 ” を「ワット」という数値で表すので
す。心拍数とパワーの両方を見ながらトレーニングをしていると、心拍数は
「もっとゆっくり走れ!」とサインを出しているのに、パワーは「目標の練習
強度より低いぞ。もっと速く走れ!」と真逆のメッセージを発することがあり
ます。また 7 日間連続でハードトレーニングを続けた時、前と同じワットを
出しているのに、心拍数がいつもより低くなることがあります。例えば、通常
280 ワットで心拍数 165bpm の選手が、7 日間連続でハードトレーニングを
したところ、同じ 280 ワットを出しているのに、心拍数が 158bpm までしか
上がらないケースを考えてみましょう。これは「心臓が疲れているからトレー
ニングを止めて休みなさい」ということではなく、トレーニングの効果が出て
きていることも意味しています。つまり「7 日後には、練習前のまったく疲れ
ていない状態の低い心拍数で 280 ワットが出せていた」ということです。で
すから、休息をとるタイミングを見きわめる目安としても、
「ワット」はかな
り有効と言えるのです。
体力の変化を見る
体力の変化を実際に目で見られることが、パワートレーニングの、最大のメ
リットでしょう。これまでは「自分の体力がどの程度上がっているのか」を正
確に知る手段はありませんでした。
「今まで積み重ねてきたハードトレーニン
グは本当に効果があったのか」
「果たして本当に速くなっているのか」「あの苦
しいインターバル・トレーニングは、
『火曜晩のチーム練習の最後の丘で、足
が終わってしまわないようにする。
』ために役立つか」パワートレーニングは
そういった疑問を解消してくれるのです。
パワーメーターを使えば、練習後データをパソコンにダウンロードし、先週
やそれ以前のデータと比較することで「体力がアップしているかどうか」また
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パワー トレーニング バイブル
「どの程度向上しているのか」を簡単に確認できます。体力が徐々に上がって
きていて、1 ヶ月前とくらべて強みや弱みに変化が現れていれば、シーズンを
通した計画の中で、どの辺りまで来ているかを把握できます。また、パワー
データを見れば、乳酸閾値(LT 値)や無酸素運動容量が向上しているかも確
認できます。そして、その最新のデータをもとに、トレーニング強度を適切な
レベルに調整することができます。また、過去のデータから、更に一段階上の
レベルに辿り着くまでに、どれだけの日数がかかったのかを調べ、今後の目標
を再設定することもできるでしょう。オーバー・トレーニングを避けるため
に、どのタイミングで休息を取るべきかを知っておくことも大切です。これも
パワーメーターを使えばとても簡単にわかるのです。こう言ったことがパワー
メーターを使用するメリットなのです。# 5 トレーニング全体でかかったス
トレスを点数化した指標である「トレーニング ストレス スコア(TSS)」を使
えば、適切なトレーニング負荷を決めることができます。
レースの分析
レースでパワーメーターを使い、レース後にそのデータを分析するのは、客
観的にレースを振り返る最高の方法です。データを解析すれば、
「そのコース
で必要なパワーのレベル」や「もっと上位に食い込むにはどこを強化すればよ
いか」がわかります。実際、普段のトレーニングよりもレースのほうが、自己
ベストのパワーが出ることがかなり多いのです。
そして、逆説的に感じられるかも知れませんが、完走できなかったレースか
らこそ、いちばん興味深いデータが得られるのです。サッカーの監督が、試合
をビデオで振り返って「同じ失敗を繰り返さないためには、どうすればよい
か」を検討するように、パワーデータでレースを振り返り、今後の対策を立て
ることができます。一例を挙げましょう。私がコーチしていた選手が、あるス
テージ・レースの山岳地帯の特にきつい部分で先頭集団から脱落してしまい
ました。レース後に、先頭集団から脱落した局面と、以前その選手が他のレー
スでやはり先頭集団から脱落した際のデータを、ピンポイントで比較して選手
と一緒に見てみました。そこでわかったのは、彼が先頭集団から脱落した際、
いずれも「70rpm(回転 / 分)以下というケイデンスで乳酸閾値(LT 値)の
ワット数を 5 分以上出していた」ということです。また、この選手はケイデ
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ンスが 95rpm 上であれば、LT 値もしくはそれを多少超えても、もっと長い時
間耐えられるケースが多いことも確認できました。この結果を踏まえ、この選
手は後輪のギアを 23T から 27T に交換しました。それ以降、彼は山岳のきつ
い局面でも、ケイデンス 100 回転 / 分以上で回せるようになり、結果として、
生理学的な観点からも、今の体力で出せる最大のワットを出せるようになりま
した。そして彼は、それ以降すべてのレースで常に先頭集団に残ることができ
たのです。
レースのパワーデータを詳細にひも解くことで、レースのどの局面でエネル
ギーをムダに使ってしまったのかを調べることもできます。
「ひょっとしたら
ペダルをムダに踏みすぎたのではないか」これは誰にでも十分に起こり得る
ことです。膨大なパワーデータを分析していくなかで、堅実に勝利を重ねる選
手は「集団の中で他のどの選手よりもペダルを踏んでいない。
」という特徴が
浮かび上がってきました。ですが、これをどうやって実現すればよいのでしょ
う?最強のロード選手は、集団の中にいて、周りの動きをよく観察し、じっと
待ち、そして風の抵抗を避け、エネルギーの節約に徹しているのです。こう
いった選手は、集団の先頭を引くことはありません。勝利する選手は、普段は
まるで休んでいるかのようにペダリングをしませんが、いったんペダルを踏み
始めると、他の誰よりも激しく踏むのです。
似た話になりますが、レースでのパワーデータを活用すれば、
「どの時点で
限界近くまでハードに踏んだか」や「勝負を決定づける局面でもないのに、エ
ネルギーを浪費してしまっていなかったか」をチェックできます。
「戦術的な
ミスを犯していたのに、本人は自覚していない」ということは往々にして起こ
りえます。データを分析すれば、頭の中でレースを再現しながら、
「決定的な
逃げに乗るために何が足りなかったのか」をきっちり理解できるでしょう。
# 6 これらの情報を使えば、より重点課題に集中して練習ができるようにな
ります。
自分の得意分野と苦手分野を明らかにする
簡単なテストやレース、そしてトレーニングのパワーデータを解析すれば、
各選手特有の得意分野や苦手分野を明らかにできます。パワーメーターが普及
する前は、自分の得意分野や苦手分野を「何となく推測する」他なく、しかも
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