シルバーウィークのタイ&カンボジア漫遊8日間 大変遅くなりましたが、第2段となる今回も上村が担当します。 自分ばかり遊んでいるような誤解を与えがちですが、今後は他のスタッフの旅行記も 増やしていきますのでよろしくお願いします。 今回は9月20日(日)∼27日(日)の8日間で、個人的にはアジア発となる タイ・カンボジアへ行ってきました。 1日目、今回は航空券がギリギリまで取れなかったため、台北経由のバンコク行きとなり ました。 (スワンナプーム国際空港) バンコクにあるスワンナプーム国際空港です。2006年に開港し、昨年は反政府団体に よる占拠事件のあった場所としても有名です。この空港はバンコク市街への鉄道路線が無 く、現在建設中なのですが2008年完成予定が延びに延び、いまだに完成していません でした。残念。 今回は更にここからアンコールワット観光のゲートシティ、シェムリアップへ向かいます。 国内を含め、人生発のプロペラ機。翼の近くだったので音が凄かったです。連休とあって か日本人が目立ちました。 (バンコクエアウェイズ) 2日目、本格的な観光がスタートです!…が、あいにくのスコール。どしゃ降りの中、ア ンコールワットの日の出を見学に行きます。この日はトゥクトゥクを1日チャーターし、 アンコール周辺遺跡群もめぐりました。 (日の出) (第三回廊) アンコールワットは日の出の時間を過ぎると、ツアー客はさっさと退散。お陰で人気のな い荘厳な姿を見ることが出来ました。なお、有名な第三回廊は現在立ち入り禁止…のはず ですが、欧米人数名が顔を出しています。 どうやら、警備員に賄賂を渡すとこっそり上がれるようです。とはいえ、くれぐれも皆さ んはマネしないようお願いします。 しばらくして太陽が顔を出すころ、バイヨンも顔を出してきました。アンコール・トムは アンコールワットよりも規模が大きい遺跡で、四面に微笑みを浮かべた人面塔が数十個も 連なっているのが大きな特徴です。 (バイヨン) この後も像のテラス、タ・ケウなどを周りました。ガジュマルで覆われたタ・プロームは 修復工事中の箇所もありましたが、人気のある遺跡のため、欧米からの観光客も多くいら っしゃいました。 (タ・ケウ) (タ・プローム) 郊外のバンテアイ・スレイとロリュオス遺跡群は午後に回りました。 バンテアイ・スレイは、 「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァター像があることで有名です。 ここへ来るまでに見た家々は藁葺き屋根の隙間だらけの小屋でした。地方と都市部の貧富 の差は思った以上で、現実を目の当たりにしました。 (デヴァター像) (道中) (ロリュオス遺跡) 翌日からは友人と別れ、一路タイの国境へ向かいました。以前は泥と埃と凸凹の道で通称 「ダンシング・ロード」と呼ばれ世界的な悪路として有名でしたが、今年の夏に全線舗装 工事が終了していたので、快適な(と言ってもバンコクまで約半日)移動でした。また、 なぜか国境で食べたパッタイ(タイ風焼きそば)が今回の旅で一番おいしい食事でした。 今夜はバンコク発の夜行列車で東北部の町、スリンへ向かいます。 (国境) (パッタイ) バンコク・ホアランポーン駅は日本で言う上野駅のような感じで、旅情を誘います。しか し、当日申し込みでは寝台が満席だったため、2 等座席となりました。ガラガラの車内は、 上下左右とかなりの揺れ。こりゃ寝台でもまともに眠れたか疑問です。ともあれ 5 時を回 った頃、ほぼ定時でスリン駅へ到着。まだ周囲は真っ暗です。 (車内) (スリン駅) スリンの街はあまり大きくないのですが、これから向かうパノムルン遺跡の移動に便利な 街です。 駅から歩いて数分のところにバスターミナルがあるので、ここからバーン・タコへ向かい ます。この辺は英語があまり通じませんが、ガイドブックの遺跡の写真を見せパノムルン と連呼しておけば、間違いなく下ろしてくれます。 (バーン・タコ) 街道沿いの停留所で下ろされると、バイクタクシーのおっちゃんが近づいてきます。この 停留所で降りる外人はほとんどがパノムルン遺跡と近郊のヴァンタナム遺跡目的です。他 に交通手段が無いためかなり強気な金額を言ってきますが相場は高くても350バーツと いったところでしょうか。中には200バーツで言った強者もいるとか。 そんなこんなでノーヘルの状態でかっ飛ばすおっちゃんは慣れた運転でグングン山道を進 んでいきます。出発して約 20 分、パノムルン遺跡へ着きました。朝早いこともあり、ほぼ 無人。するとなにやら話し声が…なんと日本人!バンコクならまだしも、こんな田舎で会 うとちょっと嬉しくなって、しばらく一緒に観光しました。ここパノムルン遺跡はタイに ありますが、当時カンボジアを中心に隆盛を極めたクメール遺跡の一つで、アンコールワ ットや、バンタレイスレイ等と類似した造りとなっています。 (パノムルン) ムアンタム遺跡は、大きな建物は残っていなかったのでぐるっと一回りして戻りました。 ここで予定より早く 2 箇所の見学が終わってしまったので、ピマーイ遺跡も回ることにし ました。ピマーイ遺跡はタイ東北部の最大都市「ナコーンラーチャシマー」までいったん 戻る必要があります。またまたバスで移動です。 ピマーイ遺跡周辺は学校が多いのか、中学生くらい制服のこどもが大勢いました。ちょう ど下校時間と重なったようです。 この遺跡もクメール王朝のもので、かなり整備が行き届いています。アンコールワットの 建造に先駆けて建てられただけあって雰囲気はとても似ています。 (ピマーイ) 夕方になり、翌日の観光を朝から行えるよう、アユタヤ入りするためさらにバスに乗るこ とにしました。今日は観光の時間より移動時間のほうが伸びそうです。ここから約五時間 の今日四度目のバスの旅… バスの車内で隣に座るおじいさんと仲良くなり、身振り手振りを交え会話していると、ど うやらアユタヤでおりる様子。しかし街の中心街ではないようで、宿探しに苦労しそうだ なぁ…と思っていると、「息子が車で迎えに来ているから、途中まで送ってあげよう」と、 思いがけない答えが!ちょっと不安もありましたが、どちらにしても停留所からのことを 考えると、それ以上に不安だったのでお言葉に甘えることにしました。バスを降りると、 ピカピカの日本車からこちらに手を振る男性が。どうやら心配は無さそう。 結局、ご親切に宿の目の前まで送っていただきました。旅の醍醐味は、こういった出会い にありますね。 翌朝は少し遅めの朝食をとり、観光へ。アユタヤは狭いエリアに名所が集まっているので、 便利です。午前中だけトゥクトゥクをチャーターし郊外の寺院を回った後、午後は宿から も近い中心部を見学。ビルマにより滅ぼされたアユタヤ王朝は廃墟のような寺院が多く見 られ、場所によっては頭のない仏像など破壊の限りを尽くされています。 (陽気なドライバーさん) (アユタヤ) 夜にはライトアップされた寺院群を見にツアーに参加しました。日中とは違い、とても幻 想的でした。 (アユタヤ夜) 翌日はバンコクへ戻り、午後友人と合流予定。高速バスでバンコクバスターミナルに二時 間で着きました。 バンコク市内をちゃんと観光出来ていなかったので、有名なワット・ポーなどを見ようと 周囲を見渡すとバス・バス・バスの群れ。地元の人に確認すると、指さす先にボロボロの バスが…床が木って。 世界的に有名な交通渋滞にどっぷりはまり、一時間弱かかりやっとワット・ポーへ到着。 ここには黄金でピカピカに輝く涅槃像があることで有名で、早速写真を…しかし全体が入 る角度は決まっていて、結局定番のこの位置から。 (ワット・ポー) そこからすぐのワット・プラケオも入場。タイ全般の寺院で言えることですが、中でも服 装に厳しいのがここで、ハーフパンツやスカートなど、露出の高い服装は男女問わず検査 に引っかかります。ただ、腰巻きなどを借りたり、着替えるスペースも完備されています のでご安心を。 (ワット・プラケオ) どこを見ても目に眩しい宝飾品の数々に黄金の建造物。 お次は王宮。何でもヨーロッパの建築家に依頼して、屋根が出来上がる寸前で王様が「屋 根だけタイ風に!」と急遽変更しこんなデザインになったとか…ほんまかいな。 (王宮) 暁の寺、三島由紀夫で有名な「ワット・アルン」は今回は外観のみ。バンコクもしっかり 観光するにはもう数日必要ですね。 (ワット・アルン) 昼過ぎに地下鉄の駅で待ち合わせというアバウトな約束で友人と奇跡的に合流でき、最終 目的地、チャトチャック市場へ向かいました。 この市場、別名「ウィークエンドマーケット」ともいい、週末のみ開かれるもので、お土 産から洋服、食事、日用品からペットに植木まで何でも揃うこの市場は、15000 件の屋台 が軒を連ねる世界でも有数の規模を誇ります。 何せ広いこの市場、いいなと思ったら買うべきです。戻ってこれる自信があれば別ですが、 地図を見ながらでもかなり大変でした。 (チャトチャック市場) 買い物も終わり、最後の夜はバックパッカーの聖地、カオサン通りへ向かいました。行く 前から色々な話は聞いていましたが、想像通りかなり雑然としていて、欧米人が目立ちま した。激辛タイ料理と甘∼い氷菓子とフレッシュジュースで、締めました。 (カオサン通り) (最後の食事) 駆け足で回った 2 カ国でしたが、まだまだ見足らないところも多く、リベンジが必要のよ うです。 最初は食の、言葉の、治安の不安がありましたが、物価も安く、見所も多いのでおすすめ できる両国でした。
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