総合東京病院通信 Vol.15

Southern TOHOKU Healthcare Group.
Tokyo General Hospital
南東北グループ 医療法人財団 健貢会
総合東京病院通信
〒165-0022 東京都中野区江古田3-15-2
TEL. 03-3387-5421
( 代)
2014.1
Vol.
15
南東北グループ 医療法人財団 健貢会
総合東京病院通信 Vol.15
●平成26年1月発行
●編集・発行/総合東京病院
特 集
磁
気
刺
激
療
法
と
ボ
ツ
リ
ヌ
ス
療
法
総合東京病院
リハビリテーション科
角田 亘
脳卒中後遺症に対するリハビリテーション(以
下、リハ)の分野で、ここ数年非常に注目されて
いるものとして、経頭蓋磁気刺激(transcranial
magnetic stimulation。以下、TMS)治療と、A 型
ボツリヌス毒素治療(以下、ボツリヌス治療)が
あります。当院では、いずれの治療を受けること
も可能ですが、以下にこれら 2 つの治療を簡単に
説明します。
(A)TMS 治療
TMS と は、 頭 皮
の上から非侵襲的
(身体に傷をつけず
に)かつ無痛性に、
大脳を局所的に刺
激する装置です(図
1)
。頭皮上に置か 図 1:TMS の施行の様子。患者様
れた黒い刺激コイ は椅子に座っているだけで、特に
痛みや不快感は感じません。
ルから発せられた
磁力が、頭蓋骨を通り抜け、大脳局所の神経活動
性を「高めたり、低めたり」します。
上肢麻痺や失語症に対して適切なリハを行う
と、障害された機能が回復することは珍しくあり
ませんが、このような機能回復のメカニズムとし
ては「ダメージをのがれた脳組織が神経活動性を
高めて、障害された機能を代償する(補う)」と
いうことが考えられています。よって、脳卒中後
遺症の治療としては「機能代償を担う脳組織の神
経活動性を、さらに高める」ように TMS を用いる
ことが望まれます。
脳卒中後上肢麻痺の場合、重症でない限りは「病
側大脳(脳卒中が発生した側の大脳)の病巣周囲
の脳組織が、運動機能を代償する」とされていま
す。これより、脳卒中後上肢麻痺の治療としては
「病側大脳の神経活動性を高めるように」TMS を
用いるべきとなります。実際には、健側大脳(脳
卒中が発生していない側の大脳)に、神経活動性
を低める低頻度 TMS(1 秒に 1 刺激を与える 1 ヘ
ルツ刺激)を行う方法が最も有効とされています。
健側大脳の神経活動性を低頻度 TMS で低める(抑
制する)と、健側大脳から病側大脳にかかる大脳
半球間抑制も低くなり、結果的に「大脳半球間抑
制から解放されることで」健側大脳の神経活動性
が高まります(図 2)。
このような低頻度 TMS の治療的応用は 2005 年
頃から海外で報告されていましたが、それによる
上肢麻痺改善の程度は決して顕著ではありません
でした。これより、TMS の有益効果をさらに高め
ようと慈恵医大リハ医学講座は、2008 年から低頻
度 TMS と集中的作業療法の併用療法を「NEURO」
と名づけ、脳卒中後上肢麻痺患者様を対象に開始
しました。すると、これによって、上肢麻痺の回
復が明らかに促進されたため、その後に同講座グ
ループの関連病院で NEURO は広く行われるよう
になりました。
肛 門外 来 開設
消化器外科 篠田知太朗医師が診察 毎週木曜日 午後
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いらっしゃいませんか?当院では毎週木曜日の午後に肛門外来を開設しています。
専門医による診察、治療をおこなっておりますので、お気軽にお問い合わせください。
※この冊子は左開きが「総合東京病院通信」、右開きが「江古田の森だより」です。
特 集
磁 気刺 激療法とボツリヌス療法
低頻度TMS(1ヘルツ)
=抑制性
病側
大脳
健側
大脳
1:健側大脳の神経活動
性が抑制される。
2:健側大脳から病側大脳にかかる、
大脳半球間抑制が弱まる。
3:大脳半球間抑制から解放される
ことで、病側大脳(機能代償部位)
の活動性が高まる。
:脳卒中病巣
:機能代償部位
図 2:健側大脳に低頻度 TMS を適用する考え方。結果的に、
大脳半球間抑制から解放されることで、病側大脳の病巣周
囲組織の神経活動性が高まります。
2013 年 12 月現在、全国ですでに 2000 人以上の脳
卒中後上肢麻痺患者様が、併用療法 NEURO を「2 週
間の入院治療」として施行されています。これまでの
成績として、まず、NEURO は安全性が高い治療であ
ることが証明されています。そして、その効果も特筆
に値するものであり、NEURO を施行された患者様の
うち、約 7 割の人で上肢麻痺の明らかな改善が確認さ
れています。しかしながら、残念なことに現時点では
NEURO は、脳卒中後上肢麻痺患者様全員に対して効
果がみられる治療とはなっていません。現状として、
適応基準(図 3)を満たさない場合には、NEURO の効
果は期待しにくいため、
「適応外」として治療を行っ
ていません。
が存在すると上下肢の動きが大き
く制限され、痛みを生じることも
あります。その痙縮に対する新し
い治療として、欧米に遅れながら
も、ようやく 2010 年にその使用
が本邦で認可された治療がボツリ
ヌス治療です。
ボツリヌス菌という細菌が作り
出す毒素は、筋肉を弛緩させる(緩
める)作用をもっています。ボツ
リヌス治療では、この毒素を人工 図 4:典型的な痙縮
の例。右片麻痺に加
的に精製したものを、硬くなって えて、痙縮のため右
いる筋肉に直接注射して筋肉を弛 上肢が屈曲、右下肢
緩させます。本治療は、細菌その が伸展しています。
ものを注射するわけではなく、精製も安全に行われ
ているため、全身に害をおよぼすものではありませ
ん。実際には、上肢の痙縮では、肘を屈曲させる筋肉、
手指を屈曲させる筋肉などに注射をし、下肢の痙縮
では、足関節を底屈させる(下向きに曲げる)筋肉
などに注射をします(図 5)。ボツリヌス治療は外来
治療として行われ(入院の必要なし)、その筋弛緩作
用は、通常は注射後 3 ∼ 7 日で顕著となり、約 3 か
月間持続します。
肘を屈曲する筋肉
(上腕二頭筋)への注射
NEURO の適応基準
1:麻痺側上肢の手指 で、
「グー・パー(握ったり、開いた
り)」ができる。
2:年齢が、
(原則的に)18 歳から 90 歳。
3:病変は、左右いずれかの大脳・脳幹に限局する。
4:認知機能低下がない。
5:治療を必要とする身体的・精神的疾患がない。
6:心臓ペースメーカー、頭蓋内金属が入っていない。
7:痙攣の既往がない(脳波検査で異常がない)
。
図 3:NEURO の適応基準。これら基準をすべて満たした場合に、
NEURO を行うことができます。
慈恵医大リハ医学講座グループは、脳卒中後失語症
や歩行障害(下肢麻痺)に対する TMS 治療の臨床応
用も進めており、徐々に TMS 治療のもつ可能性がひ
ろがりつつあります。
(B)ボツリヌス治療
脳卒中などで片麻痺(一側の上下肢の麻痺)が生じ
た患者のうち、その約 4 割の人では、麻痺した上下肢
の「筋肉が過剰に緊張する(筋肉が硬くなる)」こと
があります。典型的には、麻痺した上肢は全体的に屈
曲する(曲げる)ように、
下肢は全体的に伸展する(伸
ばす)ように筋肉が硬くなります(図 4)
。このような
異常な筋緊張の高まりは「痙縮」と称されます。痙縮
2
手指を屈曲する筋肉
(浅指屈筋)への注射
×:ボツリヌス毒素
注射部位
(これらの部位から、
数か所が選択される)
図 5:ボツリヌス毒素の注射部位。上肢の痙縮では、典型的
には「関節を屈曲する筋肉」に注射をします。
ボツリヌス治療によって、ほとんどの患者様では
注射した筋肉が弛緩し、硬くなっていた筋肉が柔ら
かくなることが実感されます。しかしながら、注射
後にリハを併用することで、本治療の効果はさらに
高まります。例えば、日々の自主トレを自宅で励行
していただくことで、ボツリヌス治療の効果は最大
限に発揮されるはずです。
以上、脳卒中リハにおける新しい 2 つの治療を概
説しました。いずれの治療にも適応があり、全ての
患者様に行えるわけではありませんが、回復の可能
性がある患者様にはこれら新しい治療をぜひ試して
いただきたいと思います。脳卒中後に「上肢麻痺」
もしくは「痙縮」と診断されている患者様は、ぜひ
一度、当院にご相談ください。