251213006:河川堤防の豪雨時における間隙空気の噴発

河川整備基金助成事業
「河川堤防の豪雨時における間隙空気の
噴発現象の発生メカニズムと安全性に
及ぼす影響」
助成番号:25 - 1213 - 006
岐阜大学
准教授
工学部
神谷浩二
平成 25 年度
様式6・2
1.調査・研究
助成番号
25-1213-006
[:概要版報告書]
所属・助成事業者氏名
助成事業名
河川堤防の豪雨時における間隙空気の噴発現象の
発生メカニズムと安全性に及ぼす影響
岐阜大学・神谷浩二
助 成 事 業 の 要 旨
〔目 的〕
不飽和な河川堤防が豪雨時に急激な浸水を受けたとき,堤防内部の間隙空気が地表面から噴出する現象
が指摘されている.この現象は,堤防に亀裂等の損傷を与えるため,洪水に対する堤防の弱体化に繋がる
ことが懸念される.しかしながら,浸水時の間隙空気の挙動は十分に明らかにされておらず,また,間隙
空気の封入・噴発現象の発生機構は未だ解明されないままである.
本事業は,河川堤防を想定した模型地盤について降雨や河川水を浸水させる実験に基づき,堤防が浸水
を受けたときの噴発現象の発生メカニズムとそれによる堤防の安全性への影響を基礎的に明らかにする
ことが目的である.これによって,従来の間隙水挙動のみを評価する堤防設計に対して,間隙空気挙動の
作用を導入する新たな設計の重要性を明確にできる.
〔内 容〕
河川堤防を想定した不飽和な模型地盤(直径が 15cm で高さが 200cm の円柱体)について,鉛直一次
元方向で,上面から人工降雨を浸水させ,また,下面から河川水を想定した浸水をさせ,そのときの飽和
度,間隙水圧,間隙空気圧のそれぞれを測定する実験を行った.この浸水実験では,木曽川堤防から採取
した砂質土と市販の珪砂 8 号の 2 種類を用いた.また,降雨量は 40mm/hr~100mm/hr の範囲で設定し,
河川水位の上昇速度は 100cm/hr に設定した.そして,浸水時の飽和度,間隙水圧,間隙空気圧の経時変
化に基づき,土の種類,降雨量と河川水位の境界条件のそれぞれによる間隙水と間隙空気の挙動への影響
を分析した.更に,間隙空気圧やそれによる噴発現象の発生原因,噴発現象に伴う地盤の破壊現象の特徴
を考察した.
〔結 果〕
得られた主な事項は次のとおりである.
(1) 飽和透水係数が 10-3cm/sのオーダーをもつ不飽和土について,降雨量が 80mm/hrを超えるときに顕
著な間隙空気圧が発生することが認められた.
(2) 降雨によって地表面付近の飽和度は高くなり透気性が低下して,それが降雨や河川の浸水に伴う間隙
空気の排出を阻害するため,間隙空気が圧縮を受け圧力が高まる原因であることが考えられた.
(3) 間隙空気圧の増大に伴って,地表面から間隙空気が泡状に噴出するとともに,内部で亀裂が発達する
特徴的な破壊形態が観察された.
調査対象水系・河川
木曽川水系
データベースに登録
するキーワード
部門
調査部門
大分類
防災・地域連携
中分類
治水
小分類
堤防
※データベースに登録するキーワードは、本冊子P.41 の表から代表的なものを一つ記入して下さい。
様式6・3
1.調査・研究
助成番号
25-1213-006
助成事業名
河川堤防の豪雨時における間隙空気の噴発現象の
発生メカニズムと安全性に及ぼす影響
[:自己評価シート]
所属・助成事業者氏名
岐阜大学・神谷浩二
助 成 事 業 実 施 成 果 の 自 己 評 価
〔計画の妥当性〕
河川堤防の浸透に対する照査・設計では,従来から飽和・不飽和浸透流解析法を用いて間隙水挙動のみ
が評価される.しかしながら,近年のゲリラ豪雨等もあって,不飽和地盤である堤防内部での間隙空気の
挙動を無視できない事態があり,間隙水と間隙空気挙動を連成させた解析法・評価法の確立するニーズが
高い.このような現状に対して,間隙空気の作用に着目した本テーマ設定は妥当なものであったと考えら
れる.不飽和地盤が浸水を受けたときの間隙空気の挙動,特に間隙空気圧や噴発現象の発生メカニズムを
究明し,更には堤防の安全性に及ぼす影響を明らかにする当初計画であったが,研究遂行の中で浸水時の
間隙空気の挙動を基礎的に解明することの重要性を認識したため焦点を絞った.なお,研究は,代表者が
当該研究室学生 2 名の実験補助を受けながら遂行したが,適切な体制であった.
〔当初目標の達成度〕
本事業の目的の一つである浸水時の間隙空気の挙動の解明については,模型実験に基づいて,間隙空気
の封入とその圧力発生のメカニズムを考察し,噴発現象の発生条件等について成果を得たとの認識である.
しかしながら,噴発現象によって地盤の破壊現象に繋がることが判明したが,堤防の安全性への影響を明
らかにするには至らなかった.模型実験を継続して実施してデータ蓄積を図るなどして,安全性評価に資
する検討を行う必要がある.
〔事業の効果〕
本事業では,不飽和地盤が浸水を受けたときに間隙空気圧が発生して地盤の破壊現象に至ることがある
ことを得て,堤防設計において間隙空気挙動を考慮すべき場合があることを明らかにした.このことは,
今後の堤防設計のあり方に寄与すると考えられる.
本事業で得られた成果の一部である間隙空気の封入とその圧力発生のメカニズム等については,土木学
会の平成 25 年度中部支部研究発表会(岐阜市)で口頭発表した。その他,地盤工学会の第 49 回地盤工学
研究発表会(北九州市)や土木学会の 2014 年度河川技術に関するシンポジウム(東京都)にて発表する
予定である.その他,実験等による検討を継続して行い,土木学会等に論文投稿する計画である.
〔河川管理者等との連携状況〕
国土交通省・木曽川上流河川事務所には,間隙空気圧発生が懸念されると想定された砂堤防の試料採取
の協力を得た.今後,河川堤防の安全性向上に資する成果を得るため,河川管理者との連携を継続したい
と考えている.
1.はじめに
河川堤防などの不飽和地盤が豪雨時に急激な浸水を受けたとき,地盤内部の間隙空気が
封入されその圧力が増大して,更に,封入された空気塊が地表面から噴出する現象が指摘
されている 1),
2)
.特に,近年の多発するゲリラ豪雨によって噴発現象が顕在化している.
噴発現象は,地盤に亀裂等の損傷を与えるため,土構造物としての不安定化に繋がること
が懸念される.従来の不飽和地盤の浸透流に関する理論的扱いでは,Richards式に従って
間隙水挙動のみが評価される.これは,一般に土の透気性は透水性に比べるとかなり高い
ため,間隙水の浸透現象は,間隙空気とのスムースな置換によって生じると考えられたた
めとみられる.しかし,上述のように間隙空気の挙動を無視できない現象が存在するため,
間隙水と間隙空気を連成させたときの浸透挙動の評価・表現法が検討されている 1),
3)
.し
かしながら,浸水時の間隙空気の挙動は十分に明らかにされておらず,また,間隙空気の
封入・噴発現象の発生機構は未だ解明されないままである.
本研究の全体構想は,河川堤防の浸水時における間隙空気挙動とそれによる透水性への
影響を究明しつつ,間隙空気の噴発現象の機構を解明して,噴発現象による堤防の損傷や
安全性への影響を評価・表現する手法を開発するものである.これによって,従来の堤防
設計に対して,間隙空気挙動の作用を導入する新たな設計の重要性を明確にできる.
本事業では,河川堤防が浸水を受けたときの噴発現象の発生メカニズムとそれによる堤
防の安全性への影響を基礎的に明らかにすることが目的である.河川堤防を想定した模型
地盤について降雨や河川水を浸水させる実験に基づき,浸水時における間隙水と間隙空気
の挙動を調べた.そして,間隙空気圧の発生原因を究明するとともに,間隙空気圧による
地盤の破壊現象等について考察した.
2.不飽和な模型地盤の浸水実験
2.1
実験装置
図 2.1 と写真 2.1 は,降雨と河川水による地盤への浸透を想定した浸水実験の装置を示
したものである.装置は,試料を充填する試料管(内径φ15cmで長さ 200cmのアクリル製の
円筒管),その試料層の上面から降雨浸水させるための散水装置,河川水を想定して試料層
下部から浸水させるための貯水管(内径φ10cmで長さ 200cmのアクリル製の円筒管),試料層
内の飽和度S r (%),間隙水圧u w (kN/m 2 ),間隙空気圧u a (kN/m 2 )のそれぞれを測定するため
の水分計,間隙水圧計,間隙空気圧計によって構成されている.
散水装置は,密閉された円筒容器(内径φ15cm)に注射針 32 本を取り付けたものであり,
水道水を流量ポンプによって一定流量でその円筒容器に送水し,注射針から試料層表面に
所定量R (mm/hr)で散水するものである.また,貯水管では,水道水を流量ポンプによって
一定流量で送水することによって,その水位を速度v H (cm/hr)で上昇させることができる.
一方,水分計には試料の誘電率を測定することによって含水量を求める市販のADR(写真
2.2 参照)を用いた.間隙水圧計には,サクションを測定するために市販されているマイク
ロテンシオメータ(写真 2.3 参照)を用いた.これは,図 2.2 に示すように,先端にセラミ
ックフィルターの付いたステンレス管と圧力変換機によって構成される.ステンレス管お
1
散水装置
水分計
(4箇所)
定流量
ポンプ
10 5
定流量ポンプ
間隙水圧計
(4箇所)
30
95
試料管
試料層
60
貯水管
貯水管
試料管
間隙空気圧計
(3箇所)
水
図 2.1
単位:cm
水
模型地盤の浸水実験装置の概要図
写真 2.2
写真 2.1
模型地盤の浸水実験装置
水分計(ADR)
よびセラミックフィルター部分が脱気水で満たされた状態で,その水と間隙水をセラミッ
クフィルターを介して接触させることによって,間隙水圧を圧力変換機で受圧させる構造
である.間隙空気圧計には,図 2.2 のマイクロテンシオメータのステンレス管およびセラ
ミックフィルター部分の脱気水を空気に置き換え,セラミックフィルター部分に防水スプ
レー(市販の衣類用) を塗布したものを用いた.セラミックフィルターに撥水性をもたせる
2
写真 2.3
図 2.2
マイクロテンシオメータ
マイクロテンシオメータ
ことによって,試料内において間隙水の間隙空気圧計の内部への浸入を防ぎ,また,セラ
ミックフィルター周囲の間隙空気の圧力のみが圧力変換器で受圧できるようにしたもので
ある.
2.2
実験方法
炉乾燥試料を図 2.1 の試料筒に所定の間隙比 e になるように充填して,試料層を作製す
る.なお,試料層は,試料を投入した後に試料筒の側面を打撃することによって締め固め
て作製した.次に,貯水管の水位を上昇させることによって試料層の下部より浸水させ,
試料層上面に浸潤面が達した後,貯水管の水位を試料層下端の位置に低下させ維持させな
がら重力排水させ,24 時間程度放置して試料層の飽和度の分布がほぼ平衡状態になったと
きのものを初期状態とした.なお,水分計,間隙水圧計のそれぞれは,試料層表面からの
深さ z = 5,15,45,105cm の 4 箇所に設置し,間隙空気圧計は z = 5,15,45cm の 3 箇所
にそれぞれ設置した.
上記手順で作製した試料層について,その地表面において降雨を先行して所定量Rで降
らせ,深さz = 15cmに降雨による浸水が達したときに(水分計の応答で判断),貯水管の水位
(初期は試料層下端に位置)を速度v H で上昇させることによって,試料層下部から浸水を開
始する.このとき,浸水開始からの時間t (min)における試料層内の飽和度,間隙水圧,間
隙空気圧のそれぞれを測定した.そして,貯水管水位が試料層表面と同じ位置に達したと
きに実験を終了した.
3
通過質量百分率 (%)
100
硅 砂8号
80
60
木曽川堤防砂
40
20
0
10-2
10-1
100
101
粒径 (mm)
ケース
図 2.3
試料の粒度
表 2.1
実験ケース
試料
降雨量 R (mm/hr)
A
速度 v H (cm/hr)
40
98.7
58
99.4
C
79
100.8
D
59
98.4
80
101.0
100
99.0
B
E
硅砂 8 号
木曽川堤防砂
F
2.3
貯水管水位上昇
試料とケース
試料には,硅砂 8 号と木曽川堤防砂の 2 種類を用いた.図 2.3 は,試料の粒度を示した
ものである.試料層の間隙比は,硅砂 8 号ではe = 0.904,木曽川堤防砂ではe = 0.880 にそ
れぞれ設定した.そして,表 2.1 に示すように,試料の種類と降雨量Rや貯水管水位上昇
速度v H による 6 ケースの実験を行った.
2.4
浸水実験の結果
図 2.4 は,表 2.1 の実験ケースA~Fのそれぞれについて,降雨や河川水の浸水に伴う飽
和度S r ,間隙空気圧u w ,間隙空気圧u a のそれぞれの経時変化を示したものである.
ケースA,BやケースD,E,Fでは,図 2.4 の(a),(b),(d),(e),(f)のように浸水に
伴って間隙空気圧の発生は認められず,降雨や河川水による間隙水は間隙空気とスムース
に置換しながら浸透したと考えられる.また,降雨は地表で湛水せずにすべてが浸水した.
なお,実験終了時間あたりにおいて間隙空気圧が増加する場合があるが,これは,下部か
らの浸水によって飽和度が高まって局所的に間隙空気が封入されたことによると想像され
る.それに対して,ケースCでは,図 2.4(c)のように,試料層下部からの河川による浸水
を開始した後に,z = 5,15,45cmのいずれにおいても間隙空気圧がおよそ 2kN/m 2 ま
4
100
飽和度 Sr (%)
80
60
40
20
下部浸水開始
0
0
実験終了
60
120
180
120
180
120
180
時間 t (min)
間隙水圧 uw (kN/m2)
5
0
-5
-10
-15
0
60
時間 t (min)
間隙空気圧 ua (kN/m2)
10
5
z =
z =
z =
z =
5cm
15cm
45cm
105cm (uaは無し)
0
0
60
時間 t (min)
100
貯水管水位
200
80
60
100
降雨量
40
20
0
0
60
120
貯水管水位 H (cm/hr)
降雨量 R (mm/hr)
120
0
180
時間 t (min)
図 2.4(a)
飽和度,間隙水圧,間隙空気圧と降雨量,貯水管水位の経時変化(ケース A)
5
100
飽和度 Sr (%)
80
60
40
20
下部浸水開始
0
0
実験終了
60
時間 t (min)
120
180
120
180
120
180
間隙水圧 uw (kN/m2)
5
0
-5
-10
-15
0
60
時間 t (min)
間隙空気圧 ua (kN/m2)
10
5
z =
z =
z =
z =
5cm
15cm
45cm
105cm (uaは無し)
0
0
60
時間 t (min)
100
貯水管水位
200
80
60
降雨量
100
40
20
0
0
60
120
貯水管水位 H (cm/hr)
降雨量 R (mm/hr)
120
0
180
時間 t (min)
図 2.4(b)
飽和度,間隙水圧,間隙空気圧と降雨量,貯水管水位の経時変化(ケース B)
6
100
飽和度 Sr (%)
80
60
40
20
下部浸水開始
0
0
地表面湛水 空気噴出・亀裂発生
60
時間 t (min)
実験終了
120
180
120
180
120
180
間隙水圧 uw (kN/m2)
5
0
-5
-10
-15
0
60
時間 t (min)
間隙空気圧 ua (kN/m2)
10
5
z =
z =
z =
z =
5cm
15cm
45cm
105cm(uaは無し)
0
0
60
時間 t (min)
100
貯水管水位
降雨量
200
80
60
100
40
20
0
0
60
120
貯水管水位 H (cm/hr)
降雨量 R (mm/hr)
120
0
180
時間 t (min)
図 2.4(c)
飽和度,間隙水圧,間隙空気圧と降雨量,貯水管水位の経時変化(ケース C)
7
100
飽和度 Sr (%)
80
60
40
20
下部浸水開始
0
0
実験終了
60
120
180
120
180
120
180
時間 t (min)
間隙水圧 uw (kN/m2)
10
5
0
-5
-10
0
60
時間 t (min)
間隙空気圧 ua (kN/m2)
10
5
z =
z =
z =
z =
5cm
15cm
45cm
105cm (uaは無し)
0
0
60
時間 t (min)
100
貯水管水位
200
80
60
降雨量
100
40
20
0
0
60
120
貯水管水位 H (cm/hr)
降雨量 R (mm/hr)
120
0
180
時間 t (min)
図 2.4(d)
飽和度,間隙水圧,間隙空気圧と降雨量,貯水管水位の経時変化(ケース D)
8
100
飽和度 Sr (%)
80
60
40
20
下部浸水開始
0
0
実験終了
60
120
180
120
180
120
180
時間 t (min)
間隙水圧 uw (kN/m2)
10
5
0
-5
-10
0
60
時間 t (min)
間隙空気圧 ua (kN/m2)
10
5
z =
z =
z =
z =
5cm
15cm
45cm
105cm (uaは無し)
0
0
60
時間 t (min)
100
貯水管水位
降雨量
200
80
60
100
40
20
0
0
60
120
貯水管水位 H (cm/hr)
降雨量 R (mm/hr)
120
0
180
時間 t (min)
図 2.4(e)
飽和度,間隙水圧,間隙空気圧と降雨量,貯水管水位の経時変化(ケース E)
9
100
飽和度 Sr (%)
80
60
40
20
下部浸水開始
0
0
実験終了
60
120
180
120
180
120
180
時間 t (min)
間隙水圧 uw (kN/m2)
10
5
0
-5
-10
0
60
時間 t (min)
間隙空気圧 ua (kN/m2)
10
5
z =
z =
z =
z =
5cm
15cm
45cm
105cm (uaは無し)
0
0
60
時間 t (min)
100
降雨量
200
80
貯水管水位
60
100
40
20
0
0
60
120
貯水管水位 H (cm/hr)
降雨量 R (mm/hr)
120
0
時間 t (min)
図 2.4(f)
飽和度,間隙水圧,間隙空気圧と降雨量,貯水管水位の経時変化(ケース F)
10
で増加し,そして,地表で降雨の湛水が生じ始めてからz = 45cmでの間隙空気圧が更に増
大して 5kN/m 2 程度に達したとき,地表面付近で亀裂等(後述の4.の写真 3.2 を参照)が観
察された.
一方,試料が同じであるケース A~C について,図 2.4 の(a),(b),(c)の飽和度の経時
変化を比較すると,間隙空気圧が発生していないケース A と B では,下部からの浸水によ
って z = 105cm に浸潤面が至るまでに約 50 分間を要しているが,間隙空気圧が発生したケ
ース C では,70 分程度を要していて時間的遅れがみられる.即ち,この遅れは,発生した
間隙空気圧が間隙水の移動を抑制していることによると考えられる.
3.間隙空気圧の発生条件
3.1
水分特性曲線
図 3.1 は,2.2 で上述したように試料層の初期状態を作製する過程(炉乾燥試料層の下部
より浸水させた後,重力排水させて平衡に至るまでの過程)において得られたz = 5cmでの
飽和度S r ,間隙水圧u w ,間隙空気圧u a ( =0)のそれぞれの値を用いて,吸水過程(炉乾燥試
料層に浸水する過程)と排水過程(重力排水させる過程)での飽和度S r とサクションs ( = u a u w )(kPa)の関係を示したものである.図中の破線と実線はそれぞれ,次のvan-Genuchten 4)
による式(3.1)をフィッティングさせたときの関係を示したものである.
Se
=
S r − S r0
1
=
S rs − S r0 1 + (α s )n* 1−1 n*


(3.1)
ここで,S e は有効飽和度,S rs (%)は最大飽和度,S r0 (%)は残留飽和度,αとn * は未知パラメ
ーターである.図 3.1 にはフィッティングによって推定されたS rs ,S r0 ,α,n * のそれぞれ
の値を併記した.図 3.1 の飽和度とサクションの関係による水分特性曲線に対して,浸水
実験で得られた図 2.4 の飽和度,間隙水圧,間隙空気圧の経時変化のそれぞれの値を用い
て,z = 5,15,45cmのそれぞれにおける吸水(浸水)過程での飽和度S r とサクションsの関係
を重ね合わせて示したのが図 3.2 である.降雨や河川水の浸水時における飽和度とサクシ
ョンの関係は,図 3.1 の主曲線とみられる関係の排水過程と吸水過程の間にある走査曲線
による関係にあることが確認される.
3.2
地表付近の透気性
図 3.3 は,図 2.4 の地表付近である z = 5cm での飽和度の経時変化において,降雨の浸
水によって,飽和度が増加した後に横ばいになり定常浸透流が生じたときの値を降雨量に
対して示したものである.降雨量の増加に伴い,地表付近の飽和度も増加する傾向にある.
また,粒径が小さめの珪砂 8 号では,粒径の大きめの木曽川堤防砂に比べると,同じ降雨
量のときの飽和度が高くなる.
降雨によって定常浸透流が生じたときの飽和度は,降雨の浸水速度に不飽和透水係数が
等しくなるように決まると考えられている 5) .このことを確認するため,次のMualem 6) モ
デルによる式(3.2)によって不飽和透水係数k w (cm/s)を求め,そのk w を降雨量Rに置き換え
た(単位換算した)ときの値と飽和度の関係を調べ,図 3.3 の関係と比較する.
11
20
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
式(3.1)による関係
Srs = 83.4%,Sr0 = 17.7%
α = 0.100,n* = 5.9
式(3.1)による関係
Srs = 83.4%,Sr0 = 17.7%
α = 0.171,n* = 6.0
10
排水過程
吸水過程
測定値
0
0
20
図 3.1(a)
飽和度とサクションの関係(珪砂 8 号)
40
60
飽和度 Sr (%)
80
10
5
式(3.1)による関係
Srs = 87.4%,Sr0 = 10.0%
α = 0.507,n* = 2.9
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
4
3
吸水過程
排水過程
2
1
式(3.1)による関係
Srs = 87.4%,Sr0 = 10.0%
α = 0.982,n* = 2.2
測定値
0
0
図 3.1(b)
20
40
60
飽和度 Sr (%)
80
飽和度とサクションの関係(木曽川堤防砂)
12
10
20
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
式(3.1)による関係(図3.1(a))
測定値
z = 5cm
z = 15cm
z = 45cm
10
排水過程
吸水過程
0
0
図 3.2(a)
20
40
60
飽和度 Sr (%)
80
10
飽和度とサクションの関係(ケース A)
20
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
式(3.1)による関係(図3.1(a))
測定値
z = 5cm
z = 15cm
z = 45cm
10
排水過程
吸水過程
0
0
図 3.2(b)
20
40
60
飽和度 Sr (%)
80
飽和度とサクションの関係(ケース B)
13
10
20
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
式(3.1)による関係(図3.1(a))
測定値
z = 5cm
z = 15cm
z = 45cm
10
排水過程
吸水過程
0
0
20
図 3.2(c)
40
60
飽和度 Sr (%)
80
10
飽和度とサクションの関係(ケース C)
5
式(3.1)による関係(図3.1(b))
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
4
測定値
z = 5cm
z = 15cm
z = 45cm
3
吸水過程
排水過程
2
1
0
0
図 3.2(d)
20
40
60
飽和度 Sr (%)
80
飽和度とサクションの関係(ケース D)
14
10
5
式(3.1)による関係(図3.1(b))
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
4
測定値
z = 5cm
z = 15cm
z = 45cm
3
吸水過程
排水過程
2
1
0
0
20
図 3.2(e)
40
60
飽和度 Sr (%)
80
10
飽和度とサクションの関係(ケース E)
5
式(3.1)による関係(図3.1(b))
サクション s ( = ua - uw ) (kPa)
4
測定値
z = 5cm
z = 15cm
z = 45cm
3
吸水過程
排水過程
2
1
0
0
図 3.2(f)
20
40
60
飽和度 Sr (%)
80
飽和度とサクションの関係(ケース F)
15
10
100
硅砂8号
木曽川堤防砂
80
飽和度 Sr (%)
8号
珪砂
60
砂
堤防
川
木曽
式(3.2)に基づいた関係
40
20
0
0
20
図 3.3
80
60
40
降雨量 R (mm/hr)
10
降雨量と地表面付近の飽和度との関係
{
}
1−1 n* 2
1 1−1 n*)

k w k ws Se 0.5 1 − 1 − Se (
=

(3.2)
ここに,k ws (cm/s)は飽和透水係数である.室内での飽和透水試験によれば,硅砂 8 号では
k ws = 3.0 × 10 -3 cm/s,木曽川堤防砂ではk ws = 1.8 × 10 -2 cm/sであった.式(3.2)では,式(3.1)
の未知パラメーターのn * 値を必要とする.図 3.1 の水分特性曲線の主曲線の整理によって
得られたn * 値に対して,図 3.2 に示した走査曲線について式(3.1)をフィッティングさせて
n * 値を求めたものを用いて式(3.2)に基づいた降雨量と飽和度の関係を調べた.図 3.4 は,
図 3.2 のz = 5cmでの飽和度S r とサクションs関係を再掲したものであり,図中の破線は,
式(3.1)をフィッティングさせたときの関係を示したものであり,フィッティングによって
推定されたS rs ,S r0 ,α,n * のそれぞれの値を併記した.図 3.1 の吸水過程では,珪砂 8 号
でn * = 6.0,木曽川堤防砂でn * = 2.2 であるのに対し,図 3.4 の整理では,珪砂 8 号でn * = 4.0,
木曽川堤防砂でn * = 1.9 である.そして,図 3.4 のn * 値を用いて,式(3.2)に基づいて求めた
降雨量と飽和度の関係を図 3.3 に破線によって重ね合わせて示した.図 3.3 において,式
(3.2)に基づいた破線による関係は浸水実験で得られたRとS r の関係にほぼ合致する.地表付
近の飽和度は,式(3.2)に基づくと,降雨量と土の飽和透水係数,水分特性曲線によって決
定される.即ち,透水性が低く保水性が高いほど,同じ降雨量のときの飽和度は高くなる.
次に,土の透気係数k a (cm/s)を求めるため室内透気試験 7) を実施した.図 3.5 と写真 3.1
は,透気試験の装置を示したものである.この装置は,試料を充填する試料容器(内径 6cm,
16
サクション s (= ua - uw) (kPa)
20
式(3.1)による関係
Srs = 82.8%
Sr0 = 34.9%
α = 0.189
n* = 4.0
10
吸水過程
深さz = 5cm
ケースA
ケースB
ケースC
0
0
図 3.4(a)
20
40
60
飽和度 Sr (%)
80
10
地表面付近の飽和度とサクションの関係(珪砂 8 号)(図 3.2 の再掲)
5
サクション s (= ua - uw) (kPa)
4
2
1
0
0
図 3.4(b)
式(3.1)による関係
Srs = 75.9%
Sr0 = 8.5%
α = 0.829
n* = 1.9
3
吸水過程
深さz = 5cm
ケースD
ケースE
ケースF
20
40
60
飽和度 Sr (%)
80
10
地表面付近の飽和度とサクションの関係(木曽川堤防砂)(図 3.2 の再掲)
17
図 3.5
透気試験装置の概要図
空気圧力調整器
試料層
空気流量計
空気圧計
写真 3.1
透気試験装置
高さL = 5cmのアクリル製の円筒管),空気圧力調節器,空気流量計,空気圧力計によって
構成されている.空気コンプレッサーから供給される圧縮空気を空気圧力調節器によって
所定の大きさの空気圧力に調節して試料容器に送気し,空気を試料層に鉛直上向きに透過
させる.そのとき,試料層の下面側に与えた空気圧力水頭h a (cm)を空気圧力計により,透
過した空気の流量Q a (cm 3 /s)を空気流量計によりそれぞれ測定する装置である.試験では,
幾つかの含水比の異なる試料層を用意して,透気試験を行った.なお,試料層の間隙比e
は,2.3 で上述した浸水実験の間隙比に同じになるように設定した.さて,土の透気係数
k a は,ダルシー則に従って,次式(3.3)によって算出される 8) .
ka =
Qa A
( ha − ha 0 ) L
(3.3)
ここで,A (cm 2 )は試料層の断面積,h a0 (cm)は試料層上面での空気圧力水頭であるが上面
は大気に解放されていてh a0 = 0 である.図 3.6 は,透気試験によって得られた飽和度S r
と透気係数k a の関係を示したものである.図中の破線は,次のMualemモデル 6) , 9) による式
18
(3.4)
101
式(3.4)による関係
kad = 3.3cm/s
透気係数ka (cm/s)
100
10-1
式(3.4)による関係
kad = 2.3×10-1 cm/s
10-2
木曽川堤防砂
硅砂8号
10-3
0
20
図 3.6
40
60
飽和度 Sr (%)
80
10
飽和度と透気係数の関係
の関係をフィッティングさせて示したものである.
ka =
kad (1 − Se )
0.5
1 − Se1 (1−1 n*) 


2 (1−1 n*)
(3.4)
ここで,k ad (cm/s)は炉乾燥土の透気係数であるが,本報告では未知パラメーターとしてフ
ィッティングにより求めた 9) .また,式(3.4)に含まれるS rs ,S r0 ,n * の値は図 3.4 の整理で
得られたものを用いた.図 3.3 の地表付近の飽和度に対応する透気係数の値を図 3.6 と式
(3.4)に基づき調べると,硅砂 8 号のケースAではk a = 2.1 × 10 -2 cm/s,ケースBではk a = 1.3 ×
10 -2 cm/s,ケースCではk a = 3.5 × 10 -5 cm/sであり,木曽川堤防砂のケースDではk a = 6.5 ×
10 -1 cm/s,ケースEではk a = 5.2 × 10 -1 cm/s,ケースFではk a = 4.8 × 10 -1 cm/sである.空気圧
が発生したケースCでの透気係数の値は,他のケースでのものに比べるとかなり小さい.
即ち,ケースCでの間隙空気圧の発生は,その試料が降雨によって地表付近の飽和度がよ
り高まる条件にあり,また,それによって透気性が大きく低下したことが原因の一つであ
ると考えられる.
3.3
浸水時の間隙水移動
図 3.7 は,降雨量と貯水管水位上昇に伴う試料層への浸水量の値を求め,それに基づい
て算出した試料層全体の飽和度の増加量ΔS r (%)の経時変化を示したものである.木曽川堤
防砂に比べると,硅砂 8 号では飽和度の増加する速度が小さくなる.そして,その経時変
19
化の最大勾配βを求め,浸水速度v w = βnH(nは間隙率,Hは試料層高さで 200cm)を算出
飽和度増加量 ΔSr (%)
50
硅砂8号
ケースA
40
ケースB
ケースC
木曽川堤防砂
30
ケースD
ケースE
ケースF
20
10
0
0
120
60
18
時間 t (min)
図 3.7
浸水に伴う試料層全体の飽和度の上昇量
したところ,硅砂 8 号のケースAではv w = 1.6 × 10 -3 cm/s,ケースBではv w = 2.3 × 10 -3 cm/s,
ケースCではv w = 2.2 × 10 -3 cm/sであり,木曽川堤防砂のケースDではv w = 4.6 × 10 -3 cm/s,
ケースEではv w = 5.4 × 10 -3 cm/s,ケースFではv w = 5.7 × 10 -3 cm/sである.上述の図 3.3,図
3.6 に基づいて求めた地表境界での透気係数と比較すると,ケースA,BとD~Fではk a > v w ,
間隙空気圧が発生したケースCではk a < v w の関係にある.間隙水のv w は間隙空気の地表か
らの排出速度に相当するため,ダルシー則に従って動気勾配i a (= v w / k a )を試算すると,ケ
ースA,BとD~Fでは 0.01~0.1 程度の微小な大きさであるが,ケースCでは 60 程度の値に
なり透気の圧力勾配がかなり大きい.即ち,間隙空気圧の発生は,浸水に伴って間隙水移
動によって間隙空気が排出されようとするが,その排出速度に対して地表境界の透気に対
する抵抗が大きいため,間隙空気がスムースに排出されず圧縮を受けたことによると考え
られる.
4.間隙空気圧発生による破壊現象
写真 3.2 は,ケース C について,間隙空気圧の増加に伴う試料層の変化の様子を示した
ものである.上述の図 2.4(c)を参照して,間隙空気圧が増加し始め,z = 45cm において
5kN/m2 程度の空気圧に達したとき,写真 3.2(a)のように試料層表面から間隙空気が泡状
に噴出し始め,更に,地表面付近で局所的な亀裂や土粒子の流動化が生じた.その後,破
裂音とともに写真 3.2(b)のような大きめの亀裂に発達した.この破壊の様子は,間隙水に
よる浸透破壊と異にする特徴があり,その機構解明は今後の課題である.
5.おわりに
本事業では,河川堤防が浸水を受けたときの間隙空気圧の発生原因を究明するため,不
飽和な模型地盤の浸水実験に基づいて,浸水に伴う間隙空気の挙動を考察した.その結果,
20
主に次述する事項が得られた.
空気噴出
写真 3.2(a)
地表面からの間隙空気の噴出
亀裂
写真 3.2(b)
地盤内部の亀裂
(1) 飽和透水係数が 10 -3 cm/sのオーダーをもつ不飽和土について,降雨量が 80mm/hrを超
えるときに顕著な間隙空気圧が発生することが認められた.
(2) 降雨によって地表面付近の飽和度は高くなり透気性が低下して,それが降雨や河川の
浸水に伴う間隙空気の排出を阻害するため,間隙空気が圧縮を受け圧力が高まる原因
であることが考えられた.
(3) 間隙空気圧の増大に伴って,地表面から間隙空気が泡状に噴出するとともに,内部で
亀裂が発達する特徴的な破壊形態が観察された.
21
参考文献
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会論文報告集,No.262,pp.91-100,1977.
2) 田中
正:雨水浸透と地下水涵養(4.地下水の自然涵養
4.1 自然涵養のプロセス),地
下水学会誌,Vol.38,No.3,pp.195-204,1996.
3) Meiri, D. : Two-phase flow simulation of air storage in an aquifer, Water Resources Research,
Vol.17, No.5, pp.1360-1366, 1981.
4) van-Genuchten, M. T. : A closed-form equation for predicting the hydraulic conductivity of
unsaturated soils, Soil Science Society of America Journal, Vol.44, pp.892-898, 1980.
5) 中野政詩:土の物質移動学,東京大学出版会,pp.23-26,1991.
6) Mualem, Y. : A new model for predicting the hydraulic conductivity of unsaturated porous
media, Water Resources Research, Vol.12, pp.513-522, 1976.
7) 地盤工学会:不飽和地盤の挙動と評価,丸善,pp.33-34,2004.
8) 宇野尚雄,杉井俊夫,神谷浩二:比表面積測定に基づく土粒子物性と透気性・透水性の
考察,土木学会論文集,No.469/Ⅲ-23,pp.25-34,1993.
9) 神谷浩二,井上光弘:水分特性曲線を用いて不飽和土の透気係数と飽和度の関係を推定
する関数モデルの考察,土木学会論文集 C,Vol.64,No.3,pp.650-661,2008.
22