各職種が互いの領分に踏み込むことで 伱間のないチーム医療が可能に

施設取材&インタビュー
沢井製薬 医療関係者向けがん情報サイト
「sawai oncology」では、
がん治療における地域や施設の取り組みをご紹介しています。
第 13 回
相互理解を軸に
互いの領域に浸潤し
伱間のない
チーム医療を目指す
順天堂大学医学部附属順天堂医院
乳腺科
各職種が互いの領分に踏み込むことで
伱間のないチーム医療が可能に
癌研究会付属病院(現・がん研有明病院)で7年半にわたり乳腺外科医として研鑚を積んだ齊藤
光江氏が、東京大学院医学系研究科講師を経て順天堂大学乳腺内分泌外科に籍を移したのは
2006年2月のこと。大学病院という同じ組織形態で、
しかも同エリアの施設に移るにあたっては、
自身はもちろん患者さんにとっても何らかのメリットがなければならない。そこでダメで元々と、
かねてからの夢であった「乳腺診療のセンター化」を提案した。すると思いがけず当時の院長、
理事長の賛同が得られ、大学附属病院としては初の乳腺センター設立にこぎつけた。診療拠点の
開設に先立ち、診療科名も乳腺外科から乳腺疾患の診療全般を手掛ける
「乳腺科」へと改めた。
「ここにはどんな人がいて、
どんなことに時間を費やしているのか――を知ることから始めました」
長年あたため続けてきたセンター化構想。理想形はあるが、
このときの齊藤氏はいわば新参者。
無理を通そうとせずに、既存の人材の活用によって体制を作り上げて、足りない職種については
非常勤で補った。
こうして誕生した順天堂乳腺チーム。目指すのは「患ったこと以外は納得のできる医療の
提供」だ。実現には「多職種がさまざまな視点から、各々リーダーシップをとって医療を展開
すること」が不可欠だと齊藤氏は考える。
MITSUE SAITO
齊藤 光江氏
(順天堂大学医学部附属順天堂医院 乳腺科 教授)
とはいえ、齊藤氏自身、それが意味するところを心底理解できたのは、看護師や薬剤師とともに
米国MDアンダーソンがんセンターに短期留学をしたときだ。早くからチーム医療の重要性を
唱え、わが国のがん医療に少なからず影響を与えてきた米国屈指のがん専門病院。そこで齊藤氏
らが学んだことは「理想のチーム医療」
というよりむしろ
「自分たちは何者か」
ということだった。
「薬剤師が何のために存在し、看護師がどんなことを学んできたのか。一緒に働いてきた人た
ちのことをそれまでまったく知らなかったことに気づかされました」
チームメンバーを心から尊敬し、信頼し、それぞれの職能を活かすためには、
まず互いに「何が
できて、何をすべき人なのか」を理解する必要がある。相手を知らなければ、何を求めたらよい
のかわからないし、往々にして要らぬ遠慮が生じてしまう。
「チーム医療は決して分担・分業ではありません。境界を乗り越え、互いの領分に浸潤しあう
ことによって初めて、隙間のない、きめ細かな、患者さんのための医療が可能になるのです」
−1−
同じ時 間に同じ集まりを持 つ――
チーム内の情 報 共 有はf a c e t o f a c eで
多職種ががっちり組み合った医療を実践するには、チーム内の情報共有が欠かせない。ところが通常、問題・課題と認識している事柄は職種
ごとに大きな隔たりがある。電子カルテに記載されたとしても別枠で括られていて、なかなか目にすることができない。それらをつなぎ合わせる
にはface to faceのカンファレンスが最良の機会であり、そこでは各職種が臆することなくそれぞれの立場や視点、スキルを生かした発言が
できなければならない。
センター開設以来続いている月1回の「看護師主導のチームカンファレンス」はそうした取り組みの一つだ。外来の看護師が「問題を抱えて
いると感じる症例」を挙げ、医療面はもちろん、家族背景や心理面に配慮した医療が行われているかを皆でディスカッションする。
また、当初は入院患者全例について話し合っていた教授回診も、現在は、再発例や合併症の多い手術例など特別なケースに絞っている。
しかもいわゆる大名行列ではなく、あらかじめ病棟薬剤師、看護師、緩和ケアチーム、医師が集い、1例1例に対して各職種が意見を述べる
「カルテ診」を行なった上で、少人数で病室を回るスタイルだ。
「実際に患者さんのベッドサイドを訪れるのは私を含め2∼3人の医師ですが、カルテ診を踏まえ、これまでの状況、現在の状態、次の回診
までに何をするか、退院に向けて何をすべきか、家族背景はどうか――など各職種の視点を必ず入れるようにしています」
病棟では、教授回診のほかに、退院カンファレンスや骨転移カンファレンスを実施し、多職種で意見を出し合う機会を設けている。
しかし、医師を相手に自分の意見が言えるスタッフはどのくらいいるのだろうか。
「患者さんに寄り添い、ときに患者さんの代弁者ともなり得る看護師は、どんなに相手が偉そうでも、はっきりものを言います。一方、薬剤師は
通常、別室にいることが多く、医師に対して遠慮があります。どこまで踏み込んでよいか、
という迷いが常にあって、それがまだ克服できずにいます」
齊藤氏は、臨床薬剤師の育成カリキュラムの作成のために、連携校である東京理科大学薬学部の院生に診療に臨席してもらったことがある。
彼らは「できたこと」
「できなかったこと」
「やるべきこと」を書き出して、医師がそれらに費やした時間と、彼らに任された仕事について、件数と
時間を記録して、それらが経時的にどのように変化し、彼らや医師がどう変わったかをまとめている。
「その報告からは、医師も薬剤師も徐々に成長していくさまが見て取れます。そして、2015年2月からはようやく院内の薬剤師が診療に
立ち会うようになりました。外部の人たちとの取り組みが起爆剤となって、院内も動きつつあります」
もう一つ、特筆すべきは技師との関係だ。乳腺疾患の診断に極めて重要な意味を持つ超音波検査。検査を担当する技師は常勤3名、非常勤
1名の計3.5名だ。彼らと医師との連絡は密であり、気になる所見があれば直ちに医師のもとに知らせに来る。技師は、朝の術前カンファレンス、
−2−
夕方の術後カンファレンス、病理カンファレンスに必ず参加し、病態のすべてを把握している。
こうしたチーム医療を実践するための条件の一つとして、齊藤氏は「患者数」を挙げる。
「当科では現在、年間400例の手術を手掛けています。われわれのチームでは全員が術前・術後カンファレンスに参加し、治療方針を皆で
共有し、問題の処理もチーム全体で取り組んでいます。そのため、手術件数はこれが適正だと考えています」
最大でも500件。これを超えると流れ作業になって目が配れなくなる。仮にスタッフの数を倍に増やしたとしても、患者数を倍にできるわけ
ではない。これは一施設としての適正患者数でもあるという。
必ず同じ時間に同じ集まりを持つ。ただし、
1回あたりの時間を長くしないこと。学会などで参加できなかった人とも掲示板や医局会、
スタッフ
会議を利用して情報を共有すること――チーム運営をスムーズにするための必須事項だ。
講演などでこうした取り組みを話すと、
「物理的に難しい」という反応が返ってくることもしばしばだ。
「毎週1時間ずつは無理でも、月に10分、週に10分ならばどうでしょう?
ことが大切だと思います」
−3−
不可能ではないはずです。まずはできるところから始めてみる
実 態を知る看 護 師と知 識 豊 富な薬 剤 師 ――
両 者の連 携 がより良いケアへとつながる
チームメイトとの留学をきっかけとして、他職種のスキルに開眼した齊藤氏だが、各職種に対してどのような期待を持っているのだろうか。
「看護師は患者さんの自己管理能力を高めることができます。日本人は『人任せ』が多く、治療に関してよく勉強している人でも『医療はして
もらうもの』
と思っているところがあります。医療は自分で『治ろう』
とするのをお手伝いするだけ。なかには治らないものもあります。そうした
認識が育まれていないなかでの啓発は非常に根気のいる仕事ですが、それをコツコツ1対1でできるのは看護師しかいません」
( 齊藤氏)
ただし、看護師にも弱点がある。研究手法の選択や深く掘り下げて検索することが苦手なところだ。
「時間的制約もありますが、訓練を受ける機会が少ないことにも原因があります。一方、そうしたことに長けているのが薬剤師です」
薬剤師の持つ薬の知識量は、医師にも到底及ばない。非常に情報収集能力が高く、
どの薬剤師も信頼に足ると齊藤氏は評価する。
ただ、彼らに足りないのは薬の行方を追うということ。処方された薬が本当に口に入ったのか、薬が代謝されるまでに実際何が起こって
いるのか、その過程を見守った経験に乏しく、次の処方を受けたのかさえ確認できていない。
「添付文書に書かれた有害事象については、その発現頻度に至るまで事細かに、迅速に教えてくれます。けれども、実際に使った患者さんを
みていないので、報告と実態との間にギャップがあることを知らず、ときどき驚くべき誤解をしていることがあります」
添付文書にはグレード2以上の有害事象しか記載されておらず、主観的なものについては記録にも挙がっていない可能性がある。薬物
療法のフォローアップは薬剤師が適任だが、現場に立たないとわからないことも多い。
しかし、物理的にも時間的にも制約があるので、
「 ぜひ
看護師と連携してほしい」と齊藤氏は考える。
「もっとも患者さんの近くにいる看護師は、どんな副作用もすべて知っています。経験と知識――看護師と薬剤師が連携することで、互いに
高め合うことができれば、もっと良い発信ができるようになるはずです」
これまで、医師と薬剤師、医師と看護師、各職種と患者さんをつなげようと努力してきた同氏だが、今後は職種間のつながりの強化にも力を
入れていくという。
診断技術や治療成績の向上にともない、治療と生活、治療と仕事を両立しながら、病気と向き合う人が増えてきている。チームによる患者
支援の取り組みはどのようなものなのだろうか。
「初期治療の場合、そこまで踏み込まずに終わることも少なくありませんが、再発の方や初期治療でもさまざまな理由で思惑通りの治療が
受けられない方など、時間をかけなければならないケースについては、まず、何がそうさせているのか、看護師あるいは医師が特別に時間を
取って背景を探ります」
すると、家族関係や経済的な問題、心配事が浮かび上がってくる。そこから別の支援が始まる。
ときには、地域の福祉担当者を巻き込んだ、個人の事情に踏み込んだ支援さえもいとわない。金銭面の問題についてはソーシャルワーカーが
入ることもあるが、基本的には治療の必要性と選択肢を理解するチームメンバーが中心となって対応にあたる。
「ただ治療を提供したり説明したりするだけでなく、治療がスムーズに運ぶように、それを妨げている問題についても深く掘り下げていって、
解決の手助けをしています」
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次 世 代の育 成も、診 療・教 育・研 究を
三 本 柱とする大 学 病 院の醍 醐 味
チームの根底に流れる熱い思いは、言ってみれば、異国の地で課題に追われ、夜を徹して語り合うなかで得られたもの。その場にいなかった
人々との共有は簡単ではない。また、看護師のように診療科をローテートする職種は人の入れ替わりもあり、スタッフ間の温度差はどうしても
避けられない。
それならば、若い世代に直接伝えようと、2008年から文科省の「がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン」の助成金で、医学部・薬学部・
看護学部の大学院生、他大学の理学部物理学科の大学院生を対象とした合宿を実施している。
「医療は一人ではできないのだということを知ってもらうためのものです」
診療や震災時医療など、毎年テーマに沿ったシナリオを作り、
「この状況でどんな医療を提供できるか」を考えたり、臨床試験のプロトコールの
作成に取り組んでいる。
ここでは、各自がどこかでリーダーシップをとらないといけないが、医療になじみの薄い物理学科の学生は黙り込んでしまうことも少なく
ない。
「誰でも患者さんの立場にはなれます。自分が患者だったらどう思うか、この会話で満足するか――ならば誰でも発言できます。わからな
いということもとても大事です。あるいは、もしも薬剤師が医師に遠慮して何も言えなければ、
リーダーシップをとらせない医師の責任でも
あります。そうした介入を行ないながら、夜を徹してともにもがき苦しむことで、関係性はさらに深まります」
次代を担う若者の意識改革ができるのも、診療・教育・研究を三本柱とする大学病院ならではの醍醐味だ。
学びと実践――バランスよく取り組むことは簡単ではない。
しかし、齊藤氏は十分に手ごたえを感じており、乳腺領域はますます良くなって
いくと期待を膨らませている。
ただ、ひとたび別の診療科に目を向けると、20年前のパターナリズムがそのまま残っているところもあるのだという。
「乳腺科の患者さんが別の病気を患ったとき、時代錯誤な医療に戸惑うことのないよう、乳腺チームで育ちつつある気運をほかの診療科
にも広めていきたい」――齊藤氏はその方策についても思案中だ。
(2015年8月取材)
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