〈那 須 通 信 〉 静かなうちに… 加藤文子 夕方のかぜにひそむ微かな冷たさだっ 八月も半ばを過ぎると、秋の気配が漂いはじめる。それは、 たり、葉かげから穂をのぞかせるススキや、赤くなった姫リンゴや西洋カマツカの実にも認めるこ とが で き る 。 蒸 し 暑 さ は あ る と は い え 、 気 配 は 気 配 。 台風十三号は大型だと報じられた。そんなに大きいのなら、盆栽を避難させなければならない。 外の棚に残せるものも、鉢を寄せ合わせて風雨に負けないように団結させる。 大きくて重さはあっても、背が高くて風の抵抗を受けやすいものは壁際へ、小さな鉢は温室の中 へし ま う 。 庭は殺風景になり、温室は満員になった。まるで民族の大移動だ。 準備万端、いつおとずれても心配ないよう整えた。 32 展景 No. 79 24 いよいよ接近か、ラジオから注意警報がくりかえし流れる。 翌朝、屋根や窓をたたきつける雨の音で、目がさめる。激しくなったり、弱まったり、緊迫した 気分 に な る 。 周囲の木立から落下した枝が散乱する庭の光景が脳裏にうかぶ。 そんな情況を思い描いたものの、事態は予期せぬ方向に進んだ。 空を仰いでは、考え込む。何するでもなく、家と外を行ったり来たりする。 朝の七時をまわる頃には、雨も風も止んでいた。妙に怪しい静けさ、まやかしのように思えてな らな か っ た 。 如雨露に水を汲んで棚を洗い流しながら、タワシでゴシゴシこする。 思った以上によごれていた。 もったいないので、静かなうちに棚洗いでもしていようと思いたつ。 普段は棚を洗うために盆栽を移動させなければならないところ、避難させている今なら都合よく 作業ができる。空いた棚を洗うのは、たやすいことだ。 ラジオは変わらず警戒の必要を報じている。 ひと通り洗い終えても、来る気配はない。とはいえ、 そんな中、気がつけば水も乾きはじめている。如雨露を持って一巡すれば、植え替えの必要なも のにも出合う。ローズマリー、ボケやバラはちょうど良い乾き具合で、植え替えするのに土がほぐ れやすくなっている。このタイミングを生かして、さっそく三つ一緒に植え替えることにした。 それから、ウツボグサやヒメトクサなど、古葉 の目 立 つ 野 草 の 手 入 れ も 行 な っ た 。 棚洗い、水やり、植え替え、手入れ等、たくさ ん仕 事 を し て い た 。 夕方になって、雲を押しひろげるように光が射 して き て 、 空 が 明 る く な っ た 。 鳴りを潜めていた小鳥たちもチュンチュン鳴き なが ら 木 立 を 渡 る 。 台風に備えて閉めきっていた温室の窓も全開し て風 を 通 す 。 新 鮮 な 空 気 が 流 れ 込 む 。 とうに消えていた。 静かなうちにという思いは、 34 展景 No. 79 展景 No. 79 35 く も り が ち の 一 日、 よ く 働 く こ と の で き た 一 日、すがすがしい夕方を迎えることのできた一日 にな っ た 。 色づきはじめたハツユキカズラとテイカカズラ。直径 10㎝ ほどの鉢の中で混生して 13 年が経過。
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