11. バイオテクノロジー (PDFファイル: 1.8MB)

11. バイオテクノロジー
バイオ研究で利用される技術とその進歩
この章では、実際のライフサイエンス研究や医療の現場で使われている基
本的な研究手法を、バイオテクノロジーの歴史や最先端の話を交えながらご
紹介します。
ウェル
11-1.「核酸」
アガロースゲル
DNA と RNA の化学的性質は似ているので、これからご紹介する研究手法
バッファー
はどちらの解析にも使うことができます。RNA は一本鎖のため色々な二次構
電気泳動
造をとりますが、RNA 分子を変性させて二次構造を壊すと DNA と同じよう
な分析が可能になります。
DNA が流れる方向
DNA 断片
核酸の分離
短い
DNA が流れる方向
電流の向き
核酸の電気泳動
DNA は水中で負に荷電するリン酸基をもつため、分子全体として大きく負
長い
陽極
陰極
に帯電しています。DNA を含む溶液に電場を加えると、DNA 断片は陽極の
方へ移動します(電気泳動)。寒天の主成分であるアガロースを溶かして固め
電流の向き
蛍光色素による可視化
たゲルを作り、切断した DNA 断片の混合液を陰極側の穴(ウェル)に入れて
電圧をかけると、短い DNA 断片ほどアガロースゲルの網目構造を早くすり抜
大
けて移動します。長さが分かっている DNA 断片を分子量マーカーとして同時
に電気泳動すれば、染色後、試料中の DNA のサイズを推定することができま
DNA 断片のバンド
DNA 分子量
す。DNA は二本鎖 DNA に結合する蛍光色素の臭化エチジウムを添加し、紫
外線照射することにより可視化できます。蛍光の相対的な強さから、混合液
中での濃度や純度も推定できます。
112
小
分子量
マーカー
核酸の電気泳動
核酸の電気泳動
DNA 試料
標識 DNA プローブ
シールバッグ
緩衝液
-
ペーパータオル
ニトロセルロース膜
ゲル
スポンジ
電気泳動
強塩基溶液
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
+
ゲル
塩類溶液が毛細管現象で
ゲルとニトロセルロース膜を
通過し、ペーパータオルまで移動
標識した DNA プローブで
ハイブリダイゼーション
標識物を可視化
サザンブロッティング
核酸同士の相補的な結合を利用した実験手法
サザンブロッティング
目印をつけた短い DNA ※ 1 で相補的な DNA 配列を検出する方法です(図.
サザンブロッティング)。1975 年にエドウィン・サザンは電気泳動したゲル
※ 1 DNA を検出することを目的に用いられ
る短い DNA を「 プ ローブ」 と呼 び ます
(probe: 探り針)。
をつかって、DNA を検出する方法を考案しました。二本鎖 DNA を水酸化ナ
※ 2 サザンを讃えて、サザンブロッティング
トリウムで変性させ、一本鎖にしてからゲル電気泳動をします。電気泳動後、
ゲルを強塩基溶液に浸してゲル内部の DNA の断片をニトロセルロース膜やナ
イロン膜に吸着させます。放射性同位体、ジゴキシゲニンや酵素で標識した
DNA プローブと反応させると、相補的な配列をもつ DNA に特異的に結合し、
検出ができます※ 2。
を RNA に応用した手法はノーザンブロッ
ティング、タンパク質に応用した手法は
ウェスタンブロッティングと呼ばれていま
す。
※ 3 逆転写酵素は mRNA を鋳型として DNA
を合成するために使われます。1970 年
にテミンとボルチモアによって RNA ウイ
ルスの一種(レトロウイルス)から発見さ
れました。
DNA マイクロアレイ
サザンブロッティングの原理を応用して、多くの遺伝子の発現を一網打尽
に把握できるようにした方法です(図.DNA マイクロアレイの原理)。
スライドガラスの上に数万から数十万種類の DNA プローブを非常に小さな
マイクロスポットとして整列させて固定した「DNA マイクロアレイ」に、細
胞から抽出した mRNA を、逆転写酵素※ 3 で相補的 DNA(cDNA)※ 4 に変換し、
蛍光標識して加えると、発現していた mRNA に対応するスポットだけが蛍光
※ 4 逆 転写 酵 素によって合成され た一本 鎖
DNA は cDNA(complementary DNA:
相補的 DNA)とよばれます。cDNA はタ
ンパク質をコードする構造遺伝子の情報
を持っています。
※ 5 個人のゲノムを、ヒトの標準的な塩基配
列と比べると、一塩基だけが違って多様
性(多型)が生じていることがあり、これ
を SNP(スニップ、一塩基多型)といい
を発するので、スポットの位置と蛍光強度から発現している遺伝子とその発
ます。これが遺伝的な個人差を生じさせ
現量を知ることができます。この手法を使うと、細胞内でダイナミックに発
個人別のテーラーメイド医療や先制医療
現を変化させる遺伝子群を同定することができます。また、遺伝病の原因遺
る場合もあります。SNP の解析により、
への可能性が広がると期待されています。
伝子の同定、SNP ※ 5 の解析など、様々な研究に応用されています。
PCR(Polymerase Chain Reaction; ポリメラーゼ連鎖反応)
PCR は、1980 年代に特定の DNA 配列を検出可能な量まで短時間で増幅
させる方法として開発されました(次ページ図.PCR の原理)
。材料となる
のは鋳型となる DNA、2 種類のプライマー(20 〜 30 塩基のヌクレオチド)、
113
コントロール組織 B から
mRNA を抽出、逆転写酵
素で cDNA を調製
1
サイクル目
目的組織 A から mRNA を
抽出、逆転写酵素で cDNA
を調製(例えばがん組織)
5’
3’
3’
5’
5’
3’
3’
5’
5’
5’
3’
緑色蛍光色素で標識
3’
5’
5’
3’
3’
5’
3’
5’
2
サイクル目
5’
3’
5’
5’
3’
5’
5’
3’
5’
5’
5’
3’
3’
5’
5’
3’
3’
5’
5’
3’
3’
5’
3’
〜 サイクル後
DNA マイクロアレイの原理
30
40
5’
3’
3’
5’
1 本のチューブに必要な試薬をいれ
温度を上げ下げするだけで目的の
領域が 10 億倍以上に増幅する
PCR の原理
耐熱性 DNA ポリメラーゼです。二本鎖 DNA を高温で 2 本に解離させ、温度
を下げてプライマーを結合させ、DNA ポリメラーゼで相補鎖を伸長させます。
右図に示すように、このサイクルを専用の装置(サーマルサイクラー)で 30
〜 40 回繰り返す反応(PCR)で、理論上特定の DNA 断片を最初の量の 10
億倍以上に増幅することができます。ここで肝心なのは 100℃近い温度でも
活性がある耐熱性 DNA ポリメラーゼです。アメリカのイエローストーンの自
噴泉に生息している超好熱菌から Taq DNA ポリメラーゼが発見されました。
この画期的な技術を開発したマリスは 1993 年にノーベル化学賞を受賞して
います。
リアルタイム PCR
リアルタイム RCR は PCR に定量性を持たせる方法です。新しい二本鎖
DNA が合成されたときに、合成量に比例して蛍光を発するような仕組みを加
えておき、蛍光量を PCR 反応中即時的に測定し、増幅の様子を定量化します。
また、RT-PCR(逆転写 PCR)と組み合わせて少量の mRNA を定量するこ
ともできます(定量 RT-PCR)。この手法は、特定の時間の細胞や組織での遺
114
伝子の発現を調べる際に使われます。
DNA 合成
5’
3’
5’
赤色のスポットは組織 A のみで発現している遺伝子
緑色のスポットは組織 B のみで発現している遺伝子
黄色のスポットは両組織で発現している遺伝子を表
します。
プライマー結合
5’
3’
コンピュータで発現パターンの重ね合せ
熱変性
5’
3’
緑色蛍光で組織 B で発現する
mRNA を検出
DNA 合成
72℃
5’
3’
赤色蛍光で組織 A で発現する
mRNA を検出
プライマー結合
50~72℃
3’
5’
ハイブリダイゼーション
熱変性
92~97℃
3’
5’
5’
赤色蛍光色素で標識
2 本鎖 DNA
(鋳型)
プライマー配列
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
電気泳動方向
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGGACCCCTA -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGGACCCCT -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGGACCCC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGGACCC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGGACC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGGAC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGGA -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGGG -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCGG -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACCG -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCACC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCAC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACCA -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGACC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGAC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACGA -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGACG -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGAC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACGA -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCACG -3’
5’- AGA……ACGA AGACGCAC -3’
5’- AGA……ACGA AGACGAA -3’
5’- AGA……ACGA AGACGA -3’
5’- AGA……ACGA AGACG -3’
5’- AGA……ACGA AGAC -3’
5’- AGA……ACGA AGA -3’
末端の塩基だけが蛍光標識
5’- AGA……ACGA AG -3’ 3’
されている。
5’- AGA……ACGA A -3’
早く反応が止まった塩基数の少ないヌクレオチド鎖
ほど速く移動し、順に蛍光色素の種類を読み取って
いく。相補的な塩基が配列になる。
求める塩基配列
5’TCTTGCTGCTGGTGGTGGCCCTGGGGAT 3’
サンガー法の原理
塩基配列の解析
サンガー法
蛍光色素で標識した 4 種類のジデオキシリボヌクレオチド ※ 1(ddATP、
ddGTP、ddCTP、ddTTP) を 用 い て、DNA 合 成 を 行 い、DNA の 塩 基 配 列
を決定する方法です。DNA 合成では、dNTP がヌクレオチド鎖の 3' 末端側
※ 1 ジ デ オ キ シ リ ボ ヌク レ オ チド 三 リン 酸
(ddNTP) は デ オ キ シ リ ボ ヌ ク レ オ チド
(dNTP)の 3' 位の水酸基を水素で置換し
たものです。
の水酸基にホスホジエステル結合で連結され、DNA 鎖が伸長していきます。
ddNTP をこの反応に少量加えておくと、ddNTP が取り込まれた位置で伸長
反応は止まります。例えば、50 塩基の長さの鋳型 DNA と 15 塩基長のプラ
イマーを使うと、1 塩基ずつ長さが異なり、3' 末端が蛍光標識された 35 種
類のヌクレオチド鎖ができます。この反応液を DNA シークエンサーにセット
したゲルを詰めた細長い管(キャピラリー)で電気泳動し、短いものから順
に何色の蛍光色素が結合しているかを調べれば、鋳型 DNA と相補的に合成さ
れた DNA 鎖の塩基配列を決定することができます(キャピラリーサンガー
法)。現在は、高速かつ大量処理が可能な新しい原理の次世代シークエンサー
による DNA 塩基配列決定に移行しつつあります。
次世代シーケンサー
キャピラリーサンガー法では同時処理できる DNA 断片は 800 〜 1,000
程度なのに対し、次世代シーケンサー(NGS)では数千万の DNA 断片を平
115
行処理できます。解析に必要なコストの低減も、技術の進歩とともに進めら
れています。
① DNA 合成・光検出によるシーケンシング
目的の DNA を断片化し、DNA 断片をガラス表面などに固定して、感度を
上げるために PCR 法で DNA を増やし、それぞれクラスター化しておきます。
その上で DNA 伸長反応を行わせます。DNA が 1 塩基伸長する毎に塩基に標
識した蛍光色素が発光するように工夫して、発光の様子をカメラで撮影して
検出します。DNA 断片から得られる情報は短いものですが、これらの DNA
配列情報を計算機でまとめて解析することにより、ひとつながりの DNA 情報
を再構築していきます。塩基をつないでいくという化学反応と、蛍光を解析
するという光学を組み合わせたものです。DNA 増幅などを含めたサンプル調
製や、光検出を行うための試薬や検出器を必要とするため、コストが高くな
りがちです。
② 1 分子の DNA からの検出
DNA1 分子を鋳型として DNA 合成を行い、蛍光などで 1 塩基ごとの合成
反応をリアルタイムに検出できる技術も開発されています。DNA 合成速度と
同じ速度で配列を決定することが出来ます。
③ 光検出以外の検出
光検出を行うための試薬や検出器を必要としない方法として、ナノポアシー
ケンサーがあります。電圧をかけたナノサイズの穴(ナノポア)を DNA 分子
が 1 塩基ずつ通過する際の電流の変化で塩基配列をきめるものです。DNA が
通るナノポアの作製には半導体チップ技術が基本的に用いられています。こ
の方法では DNA 分子を正確にナノポアにいれ、速く通過させるかという課題
に様々な技術が投入され、低コスト化、スピードアップが可能になっています。
これらの次世代シーケンサーの開発により、すでにヒトのゲノム解析が
1,000 ドル程度で可能になっています。また、次世代シーケンサーは医療機
器として FDA で認証され、遺伝性疾患の診断に既に使われています。
11-2.「タンパク質」
タンパク質の分離・精製
遠心分離
遠心分離機で溶液を高速で回転させて大きな遠心加速度を加えると、溶質
の大きさや溶媒との密度差などによって、タンパク質などの生体高分子やミ
トコンドリアなどの細胞内小器官を分離することができます。
① 分画遠心法
回転速度を段階的に上げて大きな粒子から小さな粒子へと順に沈殿させる
ことができます。
② 密度勾配沈降平衡法
密度勾配溶液の上に試料溶液を載せて強力な遠心力をかけると、粒子間の
116
密度差で分離できます。
Pick Up from MBL
MBL は次世代シーケンス解析の受
託を承っております。詳細は MBL
ラ イ フ サ イ エ ン ス サ イ ト(http://
ruo.mbl.co.jp/jutaku/) を
ご覧ください。
左端は分子量マーカー
SDS-PAGE によるタンパク質の分離
③ 平衡法
上から下に向かって密度が高くなっている密度勾配溶液の上に試料溶液を
載せて強力な遠心力をかけ、粒子径や沈降係数の違いで分離する方法です。
タンパク質の電気泳動
SDS-PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル※ 1 電気泳
動法)は、タンパク質の分子量の差を利用して分離するタンパク質分析法です。
タンパク質には相互作用によって複雑な四次構造をとっていたり、脂質膜や
※ 1 ポリアクリルアミドゲルは DNA の分離で
もちいたアガロースゲルよりも、もっと目
の細かい編み目状のゲルです。
核酸などに結合しているものもあります。そこで、SDS という陰イオン性界
面活性剤で前処理することにより、個々のタンパク質に分離させるとともに
分子量に応じて SDS を結合させて負に荷電させます。更に、電気泳動用の試
料を調製する際、b- メルカプトエタノールや DTT(Dithiothreitol)などの還
元剤を添加してシステイン残基間の S-S 結合(ジスルフィド結合)を還元し、
S-S 結合によるタンパク質間相互作用も切断します。前処理でばらばらに分
散されたタンパク質をポリアクリルアミドゲル中を電気泳動させると、小さ
なタンパク質ほどゲルの網目にひっかからずに早く移動するので、分子量の
順にタンパク質を分離することができます。ポリアクリルアミドゲルの編み
目を通り抜ける速さは、個々のタンパク質の分子量だけでなく、高次構造や
電荷などの影響を受けます。
SDS-PAGE は、目的タンパク質の分子量の測定や精製タンパク質の純度の
確認だけでなく、ニトロセルロースのような丈夫で疎水的な膜に写しとるこ
とによって、後述のウェスタンブロッティング(p.120)にも使われています。
また、等電点ディスク電気泳動で展開した後に、スラブ(平板)ゲルで SDSPAGE によって分子量に基づいて分離する二次元電気泳動法もあります。多
種多様なタンパク質を一度に展開分析するプロテオミクスの分野では頻繁に
利用されています。
117
Pick Up from MBL
タグ融合タンパク質精製キット
MBL では高品質の抗 Tag
■ タグ融合タンパク精製キット
抗体を多種類取り揃えて
: Tag融合タンパク質
: 細胞内タンパク質
おり、それを使用したタ
ペプチド溶出液
洗浄液
抗Tag抗体ビーズ
ンパク質精製キットを販
売 し て い ま す。 詳 細 は
MBL ラ イ フ サ イ エ ン ス
サ イ ト(http://ruo.mbl.
co.jp/product/tag/)でご
覧下さい。
Tag融合タンパク
質を発現させた
細胞を破壊
抗Tag抗体ビーズと
細胞抽出液を混合
インキュベーション
■ DDDDK-tagged Protein
PURIFICATION KITを用いた
タンパク質の精製
(kDa)
250
1
2
3
DDDDK- tag融合
β-galactosidase
100
75
Lane 1: 精製前 細胞抽出液
Lane 2: DDDDK-tagged Protein
PURIFICATION KIT (ペプチド溶出)
Lane 3: 酸溶出
Lane 4: アルカリ溶出
50
1
2
3
150
100
75
50
37
4
各フラクションのX-gal呈色反応
クロマトグラフィー
クロマトグラフィーは物質間の相互作用を利用して物質を分離する方法で
す。 固定相または担体と呼ばれる物質の表面あるいは内部を、移動相と呼ば
れる溶媒が通り抜ける過程で、固定相の物質と移動相内の物質(溶質)の性
質によって固定相に吸着したり、排斥したりする力の強さで物質が分離され
ます。
① イオン交換クロマトグラフィー
電気的な性質(電荷)でタンパク質を分ける方法です。タンパク質は全体
として電荷をもっています。この特徴を利用し、正電荷を示す塩基性タンパ
ク質は負電荷をもつ陽イオン交換体に、一方、負電荷を示す酸性タンパク質
は陰イオン交換体に結合します。試料をイオン交換体を詰めた管(カラム)
の上部に加え、上から塩濃度の低い溶液から高い溶液へと順に流すと、イオ
ン結合が弱いタンパク質から順に外れて流れ出てくるので、タンパク質を電気
的な性質で分離することができます。
② アフィニティークロマトグラフィー
結合親和性でタンパク質を分ける方法です。酵素、受容体、抗体などの特
定の物質(リガンド)に強い結合親和性をもつタンパク質は、リガンドを固
定化したビーズを利用して選択的に分離することができます。遺伝子組み換
えタンパク質を発現・精製する際に、目的遺伝子の 5' 端または 3' 端にタグ
と呼ばれるペプチド配列やタンパク質を発現させる塩基配列を融合させてお
くと、タグを利用して目的タンパク質を容易に検出・精製することができます。
タグには、蛍光タンパク質、糖結合タンパク質、金属結合タンパク質由来の
118
Tag融合タンパク質
溶出・回収
2
3
4
5
250
150
1
インキュベーション
■ His-tagged Protein
PURIFICATION KITを用いた
有血清培養上清からのタンパク質の精製
(kDa)
4
洗浄、遠心
遠心
ペプチド、抗原タンパク質のエピトープ配列などが利用されています。
His -tag融合 タンパク質
Lane 1: 精製前 培養上清
Lane 2: His-tagged Protein
PURIFICATION KIT (ペプチド溶出)
Lane 3: 酸溶出
Lane 4: アルカリ溶出
Lane 5: Co2+キレートアガロース
抗原
脾臓またはリンパ節
免疫した抗原に対する
抗体産生B細胞
ミエローマの
変異細胞株
B細胞
細胞融合
107~8 B
•mRNA
•cDNA
•
(
500
109~11
ハイブリドーマのみが
増殖できる選択培地で
培養
ファージディスプレイ法
希釈して1つ1つの細胞を培養し
培養上清中の抗体の活性をスクリーニングする
モノクローナル抗体作製(細胞融合法)
抗体
モノクローナル抗体の作製
免疫グロブリンの遺伝子の構造は、個々の B 細胞によって異なっており、
Pick Up from MBL
抗体メーカー MBL
MBL は、日本で最初の抗体作製メー
カーとして設立された会社で、抗体
ヒトやマウスなどの脊椎動物が抗原に応答して産生する抗体は、複数の抗体
の品質や技術には高い評価を得てい
の混合物(ポリクローナル抗体)です。免疫応答をしている個々の B 細胞を
ます。診断薬、分子生物学的研究試
増殖させることができれば、タンパク質として、単一の配列と特異性を持つ
抗体(モノクローナル抗体)を得ることができます。1975 年、ケーラーら
薬だけでなく、ヒト抗体作製技術と
あわせ抗体医薬の分野で注目されて
います。
によって細胞融合でモノクローナル抗体を作製する技術が確立されました。
ある抗原に応答している動物から得られた B 細胞を免疫グロブリン遺伝子を
ファージディスプレイ法による
持っていないがん化した B 細胞変異株(ミエローマ)と融合させ、特定の抗
抗体作製
体遺伝子を維持して永久に増殖できるハイブリドーマを作製します。これら
MBL ネットワークの株式会社抗体
のハイブリドーマをスクリーニングし、結合親和性や交叉反応性で優れた有
研究所では、1011 の多様性をもつ
用なモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを選択します。
ナイーブヒト抗体ライブラリーを保
有し、抗腫瘍活性を持つ抗体単離な
どに成功しています。また、ボツリ
ファージディスプレイ法
抗体ファージディスプレイ法は、抗体の結合能を決める H 鎖と L 鎖の可変
領域(VH と VL)を短いアミノ酸配列で繋いでファージ上に提示させたライブ
ラリー※ 1 を用いて、標的分子に対して親和性を有する抗体を選択する技術で
ヌス毒素や HCV に対する中和抗体
を、ワクチン接種者や中和抗体を持
つ罹患者の抗体ライブラリーから作
製しています。さらに、免疫したウ
サギなどの動物から抗体ライブラ
す。抗体遺伝子の由来は様々であり、健常人の B 細胞から作製したナイーブ
リーを作製し、特異抗体を単離して
抗体ライブラリーや、特定の抗原に対して作用効果の高い特異抗体を作製す
います。
るために、病原体や毒素などに対して高い中和活性を示す抗血清をもつ患者
や罹患者の B 細胞から作製する抗体ライブラリー、免疫動物から確立された
ライブラリーも使用されています。さらに、現在では、抗体に留まらず様々
な分子に結合活性を持つ機能性ペプチドなどを利用した抗体様分子ライブラ
リーも報告されています。
※ 1 抗体ライブラリーは抗体遺伝子ごとにプ
ラスミド DNA に挿入して保管しておき、
必要なときにファージの表面に発現させ
る、抗体の図書館のようなものです。
119
Anti-His-Tag
HRP-DirecT
Sample 1 2 3
間接法
1
2
3
抗体希釈倍率
Anti-Myc-Tag
他社
HRP-DirecT HRP標識抗体
Anti-Myc-Tag
HRP-DirecT間接法
x1000 x2000 x4000 x8000 1000 2000
210
140
210
140
210
140
95
95
70
70
55
55
43
43
43
36.5
36.5
36.5
28
28
28
19.3
19.3
19.3
16.2
16.2
16.2
Tag 融合タンパク質のHRP-DirecT標識抗体による
高感度検出
95
70
55
IgG H鎖
Myc
免疫沈殿させたTag 融合タンパク質のHRP-DirecT標識抗体
によるさせた低バックグランド検出
直接標識一次抗体によるウエスタンブロッティング
直接標識一次抗体によるウェスタンブロッティング
基質
吸
光
度
0
ELISA: サンドイッチ法
抗体
目的タンパク質
タンパク質の同定方法
ウエスタンブロッティング
抗体で、膜に転写したタンパク質を同定する方法です。電気泳動後のポリ
アクリルアミドゲルにニトロセルロース膜などを密着させ、分離したタンパ
抗原量
酵素反応
Pick Up from MBL
HRP-DirecT シリーズ
HRP-DirecT シリーズは定評のある
MBL 抗 体 に HRP を 直 接 標 識 し た
製品です。従来の標識方法では、二
ク質を電気泳動でゲルから溶出して膜に吸着させる手法をウエスタンブロッ
次抗体を使用する場合のようなシグ
テイングと呼びます。転写した膜に、一次抗体(目的とするタンパク質に対
ナルの増幅が期待できないため、シ
する抗体)を反応させ、洗浄後、酵素で標識した二次抗体(一次抗体に対す
グナルの不足やシグナルを強くしよ
る別の動物由来の抗体)を反応させると、酵素反応で目的とするタンパク質
を着色して検出することができます。また、実験手法の簡略化や二次抗体の
うとすることによってバックグラン
ドが高くなるという問題がありまし
た。MBL では長年の抗体開発の経
影響を減らすために、一次抗体を直接標識する方法もありますが(図.直接
験を元に標識方法を改良することで
標識一次抗体によるウエスタンブロッティング)、一次抗体の活性が低下する
この問題を解決し、高感度な製品を
おそれなどがあります。
ELISA
抗体とマイクロカップを用いて、微量タンパク質の検出・定量を行う方法
です。試料中に含まれるさまざまなタンパク質の中から特定の微量タンパク
開発することに成功しました。
ELISA 法による臨床検査試薬
「MESACUPTM シリーズ」
MBL では ELISA 法による自己免疫
疾患関連、腫瘍マーカー関連の臨床
質を検出するために、特異性の高い抗原抗体反応を利用し、酵素の呈色反応
検査試薬「MESACUPTM シリーズ」
で可視化します。サンドイッチ法と競合法があります。
を 開 発・ 販 売 し て お り ま す。 詳 細
① サンドイッチ法
は MBL 臨床検査薬サイト(http://
抗体を固相化したマイクロカップに試料を添加し、抗原・抗体反応をさせ
ます。さらに酵素標識抗体を添加し、抗原・抗体反応をさせます。洗浄後、
酵素基質と反応、発色させ、吸光度を測定して試料中の抗原量を測定します。
120
酵素標識抗体
検体中に抗原が含まれていると、固相抗体+抗原+酵素標識抗体のサンドイッ
ivd.mbl.co.jp/measurement/index.
html)をご覧下さい。
基質
目的タンパク質が
少ないとき
吸
光
度
0
抗原量
基質
抗体
目的タンパク質が
多いとき
目的タンパク質
酵素標識抗原
酵素反応
ELISA: 競合法
発光試薬
チの構造をとり、抗原がなければ固相抗体のみとなりますので、酵素の量に
応じた発色は前ページ図右端(図.ELISA: サンドイッチ法)のようなグラフ
を示します。 標準物質を測定した検量線と比較して測定値を求めます。
酵素標識抗体
目的タンパク質
抗体
② 競合法
抗体結合磁性粒子
抗体を固相化したマイクロカップに試料と酵素標識した目的タンパク質(抗
原)を添加し、抗原・抗体反応をさせます。洗浄後、酵素基質と反応、発色させ、
CLEIA 法
吸光度を測定して試料中の抗原量を測定します。
測定抗原が多い場合は、酵素標識抗原の反応は少なくなります。逆に、測
定抗原が少ない場合は、酵素標識抗原が捕捉され、基質による酵素の発色が
強くなり、上図右端(図.ELISA: 競合法)のようなグラフを示します。標準
Pick Up from MBL
物質を測定した検量線と比較して測定値を求めます。
CLEIA 法による臨床検査試薬
「ステイシア MEBLuxTM テスト
CLEIA(化学発光免疫測定法)
ELISA と原理は同じですが、呈色反応ではなく、化学発光反応でより高感
度に検出できる方法です。抗体を固相した磁性粒子のはいったキュベットに
試料を入れ、抗原・抗体反応をさせます。この酸化鉄を含む磁性粒子を強力
シリーズ」
MBL では CLEIA 法による自己免疫
疾患関連臨床検査試薬「ステイシ
ア MEBLuxTM テ ス ト シ リ ー ズ 」 を
開 発・ 販 売 し て お り ま す。 臨 床 検
な磁石で集めて洗浄後、標識抗体を反応させると、「磁性粒子ー抗原(目的タ
査機器・全自動臨床検査システム
ンパク質)ー酵素標識抗体」の免疫複合体が形成されます。この複合体を再
「STACIA®」専用試薬です。詳細は
び磁石で集めて洗浄後、基質液をいれると、基質が酵素により加水分解され
発光します。発光量は試料中のタンパク質量に比例して増加します。超微量
MBL 臨床検査薬サイト(http://ivd.
mbl.co.jp/measurement/
cleia.html)をご覧下さい。
のサンプルでも検出できます。
ELISA や CLEIA は、臨床の現場で患者血清に含まれているタンパク質や抗
体などの測定のために用いられ、機械による測定の自動化も進んでいます。
質量分析
イオン化した物質にエネルギーを加えると、真空中の飛行速度 (time of
flight) に質量に応じた変化があらわれます。この質量分析法は長い間無機分
子や有機低分子では使われていましたが、タンパク質のような高分子をイオ
121
タンパク質
トリプシン
トリプシン消化
LC-MS/MS分析
LC
LC(液体クロマトグラフィー)による
ペプチド混合物の分離
MS/MS
1台目のMS(質量分析計)
によるペプチドの解析
2 台目の MS でペプチド1つ1つについて
精密測定
データベース検索
タンパク質の同定
質量分析によるタンパク質の同定
ン化させるためにレーザーで大きなエネルギーを加えると、タンパク質が
壊れてしまい測定が困難でした。しかし、タンパク質をある種の保護剤と
※ 1 トリプシンはタンパク質中のアルギニンか
リシンの C 末端側で切断します。
混合させてレーザーを当てると、壊れることなくイオン化できます。島津製
作所の田中耕一シニアフェローは、マトリックスを加えたタンパク質をレー
ザー光で気化・イオン化させる「ソフトレーザー脱離イオン化法」を発明し、
2002 年にノーベル化学賞を受賞しています。イオン化された物質の質量は
飛行時間型 (TOF) 質量分析計で分析されます。タンパク質を同定するときに
は、組織、細胞、培養上清などからタンパク質を抽出し、トリプシン※ 1 など
のプロテアーゼで断片化し、質量分析器にかけ、各断片の質量を精密に決定
します。実測した各断片の質量を、アミノ酸残基のメチル化や酸化などの修
飾による質量の変動、安定同位体比などの情報を踏まえて使用したプロテアー
ゼでゲノムのデータベースから期待される ペプチド断片の分子量と比較する
ことにより、由来するタンパク質を同定することができます。
Pick Up from MBL
MBL は質量分析の受託を承ってお
プロテオミクスでは、組織、細胞、培養上清などから抽出したタンパク質
を高純度のエンドプロテアーゼで切断し、ペプチド断片を精密に質量分析す
ると、ゲノムが決定されている生物であれば、データベースの部分アミノ酸
配列からどのタンパク質が発現しているかを推定することができます。
122
ります。詳細は MBL ライフサイエ
ン ス サ イ ト(http://ruo.mbl.co.jp/
jutaku/) をご覧ください。
修飾ヒストン結合 DNA 配列を調べる場合
エピゲノム解析
ホルムアルデヒド処理でヒストンと DNA を架橋する
ChIP(クロマチン免疫沈降法)
Me
Me
Me
ChIP 法とは、核内のクロマチンを断片化し、DNA 結合タンパク質に対す
クロマチンを酵素や超音波で切断
る抗体や、修飾をうけたヒストンに対する抗体で免疫沈降させ、一緒に免疫
沈降してくる DNA の部位と配列を決定する方法です。DNA のどの部分にタ
Me
Me
Me
ンパク質が結合しているか、どの部分が修飾を受けているかを知ることは遺
伝子発現の制御の仕組みを理解するために不可欠です。DNA アレイと組み合
わせた ChIP on chip や、DNA シークエンシングによる ChIP-seq が行われ
メチル化ヒストン
結合領域を同定
プロテイン A/G
アガロースビーズ
免疫沈降
ています。
Me
RIP(RNP 免疫沈降法)
RIP 法は、任意の RNA 結合タンパク質(RNA Binding Protein; RBP)に
結合する機能的に関連した mRNA や miRNA などの RNA を回収する技術で
DNA を分離
Me
す。タンパク質が細胞の中で必要な時に必要な場所で作られて機能するには、
DNA から転写された RNA が所定の場所に運ばれ、必要な時に必要な量だけ
マイクロアレイ
シークエンシング
翻訳される必要があります。転写後の RNA には RBP や miRNA が結合して
結合配列を決定する
その制御を行っていることが知られています。
クロマチン免疫沈降(ChIP) 法
Pick Up from MBL
RiboCluster Profiler™
MBL は、RIP 法を行えるキットや RIP 法に使用可能な様々な RBP に対する抗体(RIP-Certified Antibody)を開発しまし
た。MBL ラ イ フ サ イ エ ン ス サ イ ト(http://ruo.mbl.co.jp/product/epigenetics/index.html) で は、RIP-Assay Kit 以 外
に RIP-Assay Kit for microRNA 、RiboTrap Kit の原理、RNA 結合タンパク質の機能別紹介、製品使用文献の他、miRNAmRNA ペアリング解析、リアルタイム PCR 用マスターミックス ~インターカレーターアッセイ 2-Step 法~、リアルタ
イム PCR 用マスターミックス ~プローブアッセイ 2-Step 法~ など最新の実験方法もご紹介しています。RIP-Chip 技術
は Ribonomics, Inc. の 特 許 技 術 (USP# 6,635,422、USP# 7,504,210、JP patent No. 5,002,105) で す。MBL は
Ribonomics, Inc. からワールドワイドな独占実施権を得てキットを開発しています。
RIP-Assay Kit 原理
RiboTrap Kit 原理
Cell Lysis
in vitro transcription
細胞中 mRNA と RBP
Cell Lysate
BrU 標識 RNA
核画分 or 細胞質画分
RIP-Certified
Antibody
プロテイン A/G
BrU
RBP に対する抗体
アガロースビーズ
免疫沈降
興味ある RNA
BrU-RNA-RBP
複合体の形成
Anti-BrdU mAb
Protein G beads
洗浄 / 溶出
沈降分画
RNA binding protein
BrU-RNA-RBP
複合体の回収
に結合する
mRNA の分離
LC-MS/MS による分析
mRNA の同定
マイクロアレイ
RT-PCR
シークエンシング
Number of Hits
SDS-PAGE
RBP-A
Probability Based Mowse Score
123
タンパク質が相互作用していないとき
タンパク質が相互作用している時
PPI(-)
PPI(+)
GFP を用いたタンパク質相互作用の解析例:Fluoppi
サンゴから単離された様々な蛍光タンパク質
11-3.「細胞・組織」
蛍光タンパク質
1962 年に、下村脩博士らによってオワンクラゲ※ 1 から緑色蛍光タンパク
質(GFP)が発見されました(2008 年、ノーベル化学賞)。その後、GFP
は紫外線などの励起光を照射することで単体でも蛍光を発し、基質を必要と
Pick Up from MBL
蛍光タンパク質を利用した
タンパク質間相互作用の検出
"Fluoppi"
MBL で は タ ン パ ク 質 間 相 互 作
用(Protein-Protein Interaction、
しないことがわかりました。1992 年、プレーシャーらによって GFP 遺伝子
PPI)を測定するための新しい原理
が単離され、多くの研究で使われるようになりました。例えば、GFP 遺伝子
を独自に発明し、基盤技術 Fluoppi
を機能未知の遺伝子と融合させて発現させることにより、遺伝子産物の細胞
を開発しました。蛍光タンパク質の
性 質 を利 用した 技 術として FRET、
内局在や動態が判ります(図.GFP を用いたタンパク質相互作用の解析例:
FRAP、BiFC などが知られています
Fluoppi)。これまで細胞や組織の特定のタンパク質を観察するためには、細
が、Fluoppi は全く別の視点から蛍
胞や組織を固定してから染色する必要があり、生きたままの細胞を扱うこと
は出来ませんでした。しかし、蛍光タンパク質を用いることで、生きたまま
光タンパク質を利用した技術で、PPI
を細胞内の蛍光輝点 (Foci) として検
出します。
の細胞内でタンパク質の局在と動態を調べることが可能になったのです(ラ
イブイメージング)。
オワンクラゲだけでなく、サンゴやイソギンチャクも蛍光タンパク質を持っ
ています(図.サンゴから単離された様々な蛍光タンパク質)。色々なサンゴ
からユニークな蛍光タンパク質の遺伝子が発見され、それらの特徴ある蛍光
タンパク質を組み合わせて様々な研究が行われています。
※ 1 夜の海に緑色の蛍光を放ちながら漂っているオワンクラゲですが、生体内では GFP はイクオリンと複合体を形成しています。イクオリンはカルシウムイオ
124
ンを感知すると青色の光を発光します。GFP はイクオリンからのエネルギーを受け取り、長い波長の緑色の蛍光を放出します。オワンクラゲが威嚇や求愛
のため海水を体内に取り込むとカルシウムイオンが流れ込みイクオリン、GFP の順に発光します。波長の長い緑色蛍光の方が遠くまで光が届くので、威嚇
や求愛のためには有利だと考えられます。
Midoriishi-Cyan
ミドリイシ
Umikinoko-Green
ウミキノコ
Keima-Red
コモンサンゴ
Kusabira-Orange
ヒラタクサビライシ
Kikume Green-Red
キクメイシ
Dronpa-Green
キッカサンゴ
Pick Up from MBL
MBL では独立行政法人理化学研究所の宮脇敦史博士と共同してサンゴからユニークな蛍光タンパク遺伝子を単離し、細胞周
期、細胞内局在、タンパク質相互作用などの研究に便利なキットやベクターを開発し、販売しています。また、MBL では様々
な蛍光タンパク質に特異的に反応をする抗体を取り揃えています。細胞内小器官標識用のベクターも揃えており、タンパク
質の発現分布の研究に便利です。
MBL ライフサイエンスサイト(http://ruo.mbl.co.jp/product/flprotein/)をご覧ください。
細胞膜 (PM)
ミトコンドリア (MT)
小胞体 (ER)
核質 (NP)
CoralHue® pPM-mAG1
CoralHue® pMT-mAG1
CoralHue® pER-mAG1
CoralHue® pNP-AG
CoralHue® pPM-mKO1
CoralHue® pMT-mKO1
CoralHue® pER-mKO1
CoralHue® pNP-KO1
CoralHue® pPM-mKeima-Red
CoralHue® pMT-mKeima-Red
CoralHue® pNP-hdKeima-Red
125
例えば、キクメイシから見つかった Kikume Green-Red は、紫 ( 外 ) 光を
照射すると、赤色になります。標的細胞のマーキングや、時間的経過の動態
観察に有用です。また、コモンサンゴからクローニングされた Keima-Red は、
周囲の pH に依存して蛍光特性が変化します。この性質を利用し、オートファー
ジーのモニタリングに使用されています。
ヘマトキシリン・エオシン染色(HE 染色)
組織切片の細胞核(エオシン;紫色)、細胞質(ヘマトキシリン;ピンク色)
を染色する方法です。 細胞および組織構造の全体像を把握するために行いま
す。 組織学や病理診断でよく使われる重要な手法です。病理診断で行われる
染色(病理染色)には、他にもパパニコロウ染色やギムザ染色など様々な染
色があります。
免疫組織化学(Immunohistochemistry; IHC)
ウエスタンブロッティングのように、一次抗体と標識した二次抗体を用い
て、組織中のタンパク質の局在を見る方法です※ 1。蛍光で可視化する場合は
蛍光抗体法(Immunofluorescence; IF)といい、蛍光顕微鏡で観察します。
酵素で発色させる場合は酵素抗体法といい、光学顕微鏡で観察します。免疫
組織化学は、病理染色でも広く行われており、マーカータンパク質に対する
抗体を用いて診断などが行われます。重金属などを用いて電子顕微鏡で観察
する方法もあります(免疫電顕法)。
In situ ハイブリダイゼーション(ISH)
サザンブロッティングでは DNA プローブを用いて、目的の核酸を検出しま
すが、このプローブを細胞や組織に直接加えて核酸の局在を解析する手法で
す。プローブには蛍光色素などをつけておくことで核酸の局在を可視化でき
ます。
外来遺伝子の導入
特定の条件で細胞に外来遺伝子を加えると、DNA を細胞に取り込ませるこ
とが出来ます。さらには取り込んだ遺伝子を発現させ、タンパク質を作らせ
ることも可能です。細胞に感染するウイルスや電気ショックなどで DNA を取
り込ませることが出来ます。前述の蛍光タンパク質もこのような方法で、細
胞に取り込ませて発現させ、観察しています。
126
※ 1 同
様に細胞内のタンパク質の局在を見る
方 法 は Immunocytochemistry(ICC も
しくは IC)といいます。
5' ---GAATTC------3'
5'----GAATTC------ 3'
3' ---CTTAAG------5'
3'----CTTAAG------ 5'
大腸菌由来の制限酵素 EcoRI で
5' ---G 3'
2種類の DNA を切断
5' AATTC------ 3'
3' G------ 5'
3' ---CTTAA 5'
5' ---G AATTC-----3’
3' ---CTTAA G-----5’
DNA リガーゼで 2 種類の DNA 断片の
相補的な突出末端を結合
制限酵素とDNAリガーゼ
11-4.「遺伝子操作」
組換え DNA
1973 年、遺伝子組換え技術(組換え DNA 技術)が、コーエンとボイヤー
により確立されました。DNA の特定の配列で切断するはさみ役の「制限酵素」
とその DNA 断片を別の DNA 断片とを結合させる糊の役割をする「DNA リガー
ゼ」というツールを使い、どの生物由来の DNA でも切断して再結合すること
が可能になりました。
制限酵素は二本鎖 DNA を切断する酵素です。切断様式により 3 種類に大
別されますが、その中で II 型酵素が主に遺伝子組み換えに使われています。
大腸菌が感染したバクテリオファージの増殖を制限する現象から、その大
腸菌が外来の DNA を切断する酵素を持っていることがわかり、この切断酵素
が制限酵素と名付けられました。II 型制限酵素によって認識される塩基配列
のパターンの多くはパリンドローム ( 回文 ) 構造になっており、5' 端側から
読んでも、その相補鎖の 5' 端から読んでも同じ配列になっています。制限酵
素と DNA リガーゼの発見によって DNA の切り貼りが可能になり、ゲノムに
異なる生物の遺伝子を組み込むといった、遺伝子工学の幕が開かれました。
トランスジェニックマウス
マウスの受精卵に極細の針で外来の DNA を微量注入し、外来 DNA が染色
体に組込まれると、その外来遺伝子を体内で発現するマウスになります。こ
れをトランスジェニックマウスといいます。
ノックアウトマウス
遺伝子を破壊してその効果を調べるモデルマウスがノックアウトマウスで
※1
す。遺伝子破壊の操作は ES 細胞(Embryonic Stem Cell, 胚性幹細胞)
の
時に行い、その細胞を卵割途中の胚胎盤胞にいれると、外来 ES 細胞由来の
※ 1 E
S 細胞(胚性幹細胞)は胚発生の初期
の段階で胚盤胞と呼ばれる時期があり、
その内側の細胞から作製します。全ての
幹細胞に分化可能な細胞です。
127
ES 細胞からの組織形成
受精卵
卵割
ES 細胞
胚盤胞
多能性幹細胞
内部細胞塊
ES 細胞からつくった細胞や組織を移植に使う場合には拒絶反応の心配
があります。そのため受精卵から核をのぞき、移植を受けたい患者の核
をいれて、胚盤胞にまで育てることで拒絶の問題は解決できます。
特別な条件下で培養すると
ES 細胞のかたまりができる
神経組織
筋組織
血液細胞
皮膚組織 などに分化
iPS 細胞からの組織形成
体細胞
初期化遺伝子
ES 細胞で活発に働く遺伝子から
選んだ初期化遺伝子をベクター
で体細胞に導入
iPS 細胞
多能性幹細胞
細胞が初期化される
iPS 細胞を培養
細胞と元の胚胎盤胞由来の細胞をもったキメラマウスとなります。キメラマ
ウスから生殖細胞が ES 細胞由来であるものを選び、これを野生のマウスと
交配させ、野生型遺伝子とノックアウト遺伝子の両方を持つヘテロ接合体マ
ウスを作製します。ヘテロ接合体マウス同士を交配させると、胚性致死でな
ければ 4 分の1の確率でホモ接合体であるノックアウトマウスが得られます。
個体レベルで遺伝子の機能を調べるモデルや、遺伝病のモデル生物として使
われています。
マウスでは 1981 年に胚盤胞由来の細胞株の確立に成功し、キメラマウス
やノックアウトマウスの作製に使われています。
iPS 細胞
京都大学教授の山中伸弥先生(当時、奈良先端科学技術大学院大学)は
ES 細胞で特異的に発現する遺伝子群の同定を試み、その中から体細胞の初
期化に必要な因子として計 24 個の候補遺伝子を選び出しました。24 種類全
ての候補遺伝子を同時に導入した場合、ES 細胞に類似した細胞が出現しま
す。24 遺伝子から 1 遺伝子を差し引いた 23 遺伝子を導入する実験を繰り
返し、最終的に ES 細胞様の誘導には 4 種類の遺伝子(Oct4、Sox2、Klf4、
c-Myc)の組合せで十分であることを発見しました。これがいわゆる山中 4
因子です。そして 2006 年に、山中 4 因子を導入したマウスの体細胞が ES
細胞のような多能性を持つことを世界で初めて発表し、その細胞を iPS 細胞
(induced Pluripotent Stem cell、人工多能性幹細胞)と名付けました。翌年
にはヒトの iPS 細胞が作製され、再生医療の研究が活発になりました。この
128
iPS細胞
神経細胞
<外胚葉系>
内皮細胞(膵臓)
<内胚葉系>
骨格筋細胞(骨髄様の構造)
<中胚葉系>
CytoTune®-iPSを用いて樹立したiPS細胞が三胚葉系へそれぞれ分化可能であることを示しています。
iPS 細胞から様々な細胞に分化
業績で山中教授は 2012 年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。
現在、多くの大学や研究所で、iPS 細胞を用い、アルツハイマー病、パー
キンソン病、筋ジストロフィーなどの患者から病気の細胞を作製し、治療薬
候補化合物の効果を調べたり、病気の進行のメカニズムの研究を進めていま
す。2013 年 2 月には理化学研究所などが網膜の作製に成功し、眼の難病で
ある加齢黄斑変性症の再生医療に基づく臨床研究を厚生労働省に申請しまし
た。骨、肝臓などの再生、止血に利用する血小板の大量生産、神経細胞の再
生による脊椎損傷治療ほか、多くの組織で臨床治療に向けての研究が進んで
います。
129