3年間の体育実践における成果~全力体育の天津日本人学校~ 天津日本人学校 教諭 城島 清貴 キーワード【生活習慣】【環境】【体育授業・体力向上】 1 はじめに 2011年4月、中国(天津)での生活がスタートした。特に、現地の生活では、気候や環境、考え 方の違いによる苦労が大きかった。しかし、日本人向けの百貨店や飲食店があり、日本語で生活できる 環境も少なくなかった。現在は、3年前に比べると街はさらに発展し、日本人向けの飲食店や施設など もさらに多くなっていった。中国語も少しずつではあるが習得し、生活は便利になっていった。日中関 係のニュースとは違い、現地の人はとても優しく日本人好きな人が多かった。また、中国人は朝からラ ンニングをしたり太極拳をするなど健康に気をつかう人も多く、運動を通じて触れあうことも多かっ た。1年目は、小学部4年の担任としてスタートし、2年目は中学部1年、今年度は中学部3年の担任 として取り組んだ。特に3年目は、中学部3年生ということで、進路への意識が強かったが、体育・体 力向上についても例年以上に取り組むことができた。3年間の成果を振り返っていきたい。 2 児童生徒の生活習慣 海外にある日本人学校のほとんどがそうだと思うが、天津日本人学校の登下校もバスや保護者による 送り迎えである。また、安全面や大気汚染の関係から外出する際は、ほとんどタクシーを利用する。そ の2点を考えてみても日本の子どもたちより歩いたり、自転車に乗ったりするなどの経験・運動量が不 足している。また、下校後や休みの日に外の公園で遊んだりすることも同じような理由でなかなかでき ない。友達との遊びは、室内でゲームという場合がほとんどである。ただ、家庭で過ごす時間が長い 分、勉強や習い事などに時間をかけているという利点もある。 登下校の様子(バス) 深刻な大気汚染(大きな原因である工場や車) 3 体育・運動に対する環境 天津日本人学校は、全校児童生徒が200名前後の規模である。体育教師は文科1名と財団1名の2 名で全ての学年の体育を担当する教科担任制だった。運動施設は、体育館が小学校用のバスケットボー ルコートが2面、校庭が1周150m前後の4コースである。体育授業を行う程度では、狭いとは感じ ないが、体育行事や中学部での運動だと取り組み方や運動量の確保等も難しくなってくる。そこで、持 久走では、敷地内の外回りを使うなどして少しでも運動しやすい環境づくりに務めてきた。また、年々 大気汚染が深刻になり、世間からも注目され、健康面も配慮し、外活動は確実に減っていった。運動会 や長距離記録会などの体育行事も深刻な大気汚染問題に悩まされ、直前まで中止になるかもしれないと いう状況だったが無事に行うことができた。施設や大気汚染など、総合的に考えてもやはり日本に比べ ると恵まれていない。しかし、海外の日本人学校を見ると、恵まれている方なのかもしれない。 左から、プール・校庭・体育館(体育館は、行事の時に特設ステージを作る) 4 体育授業、体力向上に向けた取り組み 赴任してまず始めに、「体育」という授業への意識を高めるところからスタートした。1つ目が、体 育の前の授業が終わるとすぐに活動場所へ向かい、授業時間を1秒も無駄にしないようにする取り組み だ。児童生徒は、指定の制服やジャージもなく、私服で生活をしている。体育着への着替えも体育授業 の直前ではなく、1時間前には体育着に着替え、気持ちを体育へ向けて準備する。そして、前の授業が 終わると準備をして活動場所へ移動する。早い学年では、休み時間のうちにランニングや準備運動など の基本の運動が終わった状態で授業が開始される。そのため、主運動を行う時間も長くとれ、日頃の運 動習慣があまりない児童生徒の体力や技能は、日に日に高まっていくようになった。 2つ目に「基礎体力づくり」である。毎時間、体つくり運動を取り入れたり、オリジナルの体操「天 津アップ」を作成して取り組んだりするなど運動量の確保を意識して取り組ませた。特に、天津アップ では、様々な運動要素を組み込むとともに、全体で動きを揃えたりすることで、規律や集団意識も高ま り、運動会の演技の1部にもなっていった。 3つ目に「気持ちづくり」である。体育の「楽しい」という中には、「嬉しい」などもあるが、「辛 い」「悔しい」「競い合う」など様々なものも「楽しい」に含まれるということを体育を通して伝え続 けた。「本当の楽しいというものは何なのか。」ということを、全校児童生徒が気づくようになってか ら、体育授業や体育行事で手を抜かずに取り組み、汗を流し、一生懸命活動する姿がより多く見られ た。以上のような体育にとっては、当たり前のようなことを徹底したことが1番の成果だったように感 じる。 また、体育授業以外では、体力向上のために体育委員が様々な企画をつくり実施してくれた。全校で のなわとび運動、サーキット運動、8の字とび大会、天津モーニングトレーニング(TMT)などだ。家に 帰ってからなかなか運動ができないため、学校にいる間にできるかぎり体を動かす機会をつくったの だった。 その他にも、新体力テストを全校で行うようにしたり、運動会で組体操や集団行動、全員リレーなど の新たな種目を組み入れたり、長距離記録会をつくったりするなど、多くの先生方の協力の下、体力づ くりに力を入れる天津日本人学校が出来上がっていった。 特に、今年度は、私が3年目ということもあり、天津日本人学校の体育授業や体力づくりへの取り組 みが定着し、多くの成果が見られた。今年度は、新体力テストを全校で同じ日に行い、業者を通して結 果や課題が載った表をもらえるように変えた。中学部の持久走では、男女全学年で全国平均を20~5 0秒上回り、2年間の積み重ねの成果が出た。特に中3男子50m走の平均が6秒台、中2男子持久走 (1500m)の平均が5分30秒をきるなど全国でもトップレベルの記録となった。中学部の記録を 私の所属する埼玉県平均と比べても下回っているのは48項目中3項目のみであった。また、長距離記 録会では、小学2年生の1000mでは、平均5分で走り、小学4年生の1500mでは、学年平均が 6分49秒、小学6年生の2000mでは、平均で9分をきるなど小学部でも大きく体力を向上させる ことができた。中学部の3000mでも、中学部男子(1~3年)の平均が12分をきり、中学部女子 (1~3年)の平均が14分台という成果が見られた。もちろん、持久走だけでなく水泳や器械運動、 球技などにおいても技能の向上、体育授業としての高まりを実感することができた。そして、毎日新聞 社と第一学習社が行っている体力つくりコンテストでは、「海外奨励賞」を受賞することができた。 全校新体力テスト 長距離記録会(中学部) 大運動会での組体操(小5~中3) 体育委員企画の運動 偏差値レーダーチャート 【天津日本人学校中学部】 一年男子 一年女子 握力 54 握力 48 60 持久走 持久走56 60 上体おこし 50 ハンド 55 ハンド 51 50 54 上体おこし 49 0 長座体前屈 52 長座体前屈 0 47 立ち幅跳び 立ち幅跳び58 53 53 反復横跳び 反復横跳び 53 52 50m走 50m走 二年男子 二年女子 握力 60 握力 51 61 持久走 50 ハンド 52 立ち幅跳び 54 60 持久走 上体おこし 51 長座体前屈 0 ハンド57 反復横跳び 立ち幅跳び 60 53 反復横跳び 63 57 50m走 50m走 持久走56 56 長座体前屈 0 46 53 三年男子 56上体おこし 50 三年女子 握力 56 握力 53 上体おこし 50 持久走57 50 42 0 62 上体おこし 48 ハンド 47 46 0 55 立ち幅跳び58 長座体前屈 反復横跳び ハンド 長座体前屈 62 54 立ち幅跳び57 49 59 50m走 50m走 反復横跳び 偏差値レーダーチャート 【天津日本人学校小学部】 一年男子 一年女子 握力 握力 50 49 ソフト 50 51 ソフト 上体おこし 上体おこし 50 47 41 42 立ち幅跳び 54 51 長座体前屈 0 48 51 50m走 立ち幅跳び 50 54 長座体前屈 0 47 反復横跳び 48 50m走 反復横跳び 53 60 シャトルラン 二年男子 シャトルラン 二年女子 握力 握力 54 53 ソフト 49 54 長座体前屈 0 49 52 50m走 反復横跳び 立ち幅跳び 48 55 長座体前屈 0 50m走 52 54 57 シャトルラン 反復横跳び 61 シャトルラン 三年男子 三年女子 ソフト 握力 握力 49 53 上体おこし 50 43 ソフト 48 41 立ち幅跳び 55上体おこし 50 43 47 43 立ち幅跳び ソフト 上体おこし 50 51 長座体前屈 0 50 54 50m走 53 シャトルラン 50 42 反復横跳び 立ち幅跳び 49 50m走 50 55 長座体前屈 0 50 51 57 シャトルラン 上体おこし 反復横跳び 偏差値レーダーチャート 【天津日本人学校小学部】 四年男子 四年女子 握力 握力 53 ソフト 50 51 53 上体おこし ソフト 立ち幅跳び 50 50m走 56上体おこし 50 43 42 52 長座体前屈 0 51 51 反復横跳び 立ち幅跳び 54 56長座体前屈 0 49 50m走56 反復横跳び 53 55 シャトルラン シャトルラン 五年男子 五年女子 握力 握力 53 ソフト 上体おこし 50 47 41 50 0 長座体前屈 立ち幅跳び 52 45 50m走 反復横跳び 47 50m走 反復横跳び 52 50 シャトルラン 六年男子 ソフト シャトルラン 六年女子 握力 55 ソフト 50 45 立ち幅跳び 52 50m走 握力 52 56上体おこし 50 55 長座体前屈 0 48 50 上体おこし 50 49 43 立ち幅跳び 51 49 ソフト 53 上体おこし 44 57長座体前屈 0 53 53 反復横跳び 立ち幅跳び 51 50m走 0 55 56反復横跳び 52 シャトルラン 《平成25年度 天津日本人学校 新体力テストデータ》 53 長座体前屈 56 シャトルラン 天津日本人学校の体力アップは凄い!! ~長距離記録会の記録に注目してみよう☆~ 低学年 小1~2(1000m) 2011(11/?) 1位 2位 3位 4位 5位 6位 2012(11/20) 1位 4:23 4:27 4:30 4:33 4:39 4:54 2位 3位 4位 5位 6位 4:17 4:23 4:28 4:29 4:32 4:33 中学年 小3~4(1500m) 2011(11/24) 1位 2位 3位 4位 5位 6位 2012(11/21) 1位 6:29 6:30 6:32 6:34 6:39 6:44 2位 3位 4位 5位 6位 6:09 6:11 6:17 6:20 6:23 6:26 高学年 小5~6(2000m) 2011(11/29) 1位 2位 3位 4位 5位 6位 2012(11/13) 1位 8:19 8:35 8:36 8:42 8:44 9:04 2位 3位 4位 5位 6位 7:54 8:16 8:20 8:26 8:32 8:33 距 離 は 変 更 せ ず に 小 学 部 も 外 周 コ ス を 使 用 中学部 中1~3(3000m) 2011(12/23) 2012(12/6) 《男子》 《男子》 1位 2位 3位 11:03 11:32 11:42 《女子》 1位 2位 3位 1位 2位 3位 1位 2位 3位 1位 2位 3位 4位 5位 6位 4:00 4:03 4:11 4:18 4:20 4:21 2013(11/7) 1位 2位 3位 4位 5位 6位 5:53 5:54 6:02 6:03 6:06 6:08 2013(11/5) 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7:41 7:42 7:55 7:56 8:00 8:09 2013(11/8) 《男子》 1位 10:47 10:48 11:29 2位 3位 10:54 11:00 11:08 《女子》 《女子》 12:46 15:08 15:21 2013(11/7) 1位 13:00 13:28 13:30 2位 3位 12:12 13:14 13:17 〈学年平均の変化にも注目してみよう!〉 小1 小2 小3 小4 小5 小6 中男 中女 6:28 5:29 7:52 7:36 10:28 10:27 12:59 16:44 34秒UP 14秒UP 26秒UP 22秒UP 39秒UP 59秒UP 9秒UP 52秒UP 小1 小2 小3 小4 小5 小6 中男 中女 5:54 5:15 7:26 7:14 9:49 9:28 12:50 15:52 25秒UP 13秒UP 32秒DOWN 25秒UP 30秒DOWN 32秒UP 58秒UP 70秒UP 小1 小2 小3 小4 小5 小6 中男 中女 5:29 5:02 7:58 6:49 10:19 8:55 11:52 14:42 ◎体力向上へ向けてのプリント(長期休みの宿題など) ↓国慶節休み~新体力テストへ向けて~(小学生用) ↑冬休みの体力アップ (小4~6用) 夏休みのATHLETE計画→ (中学部用) ↑冬休みカロリー運動(中学部用) 5 まとめ 天津日本人学校の体育は、毎年スローガンを掲げて取り組んだりはしているが特別なことはしていない。しかし、 日本の児童・生徒以上に「授業を大切にする・全力でやる」という点を意識しながら活動できているという点が大き いと感じた。また、多くの先生方が協力してくれた。「環境よりも取り組む人間の気持ち・姿勢で体力は向上する」と いうことを3年間の天津日本人学校で学び、生徒とともに成長することができた。 2011スローガン『世界一の体育・体力つくりここにあり』 2012スローガン『五輪に負けるな!世界一の体育ここにあり!』 2013スローガン『妥協せず、共に競い・高め合う集団に!!~全力体育~』 6 おわりに 私自身、中国の北京と厦門での4度のフルマラソンや天津マラソンに参加し、現地の方と交流しなが ら児童生徒に負けない体力向上ができた。特に、世界遺産を走る「万里の長城マラソン」では、ハーフ の部で優勝することができ思い出にも残った。私の理念である「児童生徒に刺激を与える体育教師」と いう言葉の通り、ともに体育の授業に取り組むことができた。また、流した汗は裏切らないという言葉 を自身の経験を基に子どもたちに伝え、体育の楽しさや世界での経験を味わわせることができた3年間 だった。 録 会中 で学 先部 頭の を長 走距 る離 !記 ↑共に走ったランナー(2位3位) ←万里の長城マラソン優勝トロフィー ↑生徒と押し相撲勝負
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