10. ヒューマンエラー発生時における前頭前皮質の血流量変化の計測に関する研究 52113415 1. 緒言 工学的技術が進歩してきた中で,設計法,材料の質,解析 技術,処理能力,施工技術などの向上により故障率が減少し, 馬場 大輔 られている。長崎市の道路は狭く,路面電車も走っているた めに走りづらい箇所が多く存在する。そこで,運行者を取り 巻く道路状況を調査するために実地調査を行った。 事故率は大きく減少してきた。それでも未だに事故はなくな 道路構造令によって定められた車線幅員では最低でも らず,その事故の原因の 8~9 割にヒューマンエラーが関与 2.75m は必要である。しかし,長崎大学周辺の道路では,ほ していることが明らかにされている。このことは,機械が人 とんどの箇所で 1 車線あたり 3.0m も満たしておらず,一番 の特性を考慮したシステムになっていないことが問題とし 狭い箇所では 2.4m であった。一般的な路線バスの車幅は て考えられる。人はエラーを犯すものであり,人のエラーを 2.5m であり,ほとんど余裕がない。また,路面電車の電停に 完全になくすことは不可能であるため,ヒューマンエラーは より急なカーブになっている箇所もあり,危険な箇所が多い。 構造技術者が携わる設計,施工,運用時の全ての段階で起こ 図 1 に車線を越えて走行するトラックを示す。この直前ま り得るものである。エラーを起こす人の行動や思考を司って では 2 車線であったが,3 車線になったために,車線を越え いるのは脳であるため,脳に着目してヒューマンエラーを考 て走行したと考えられる。ここでは 3 車線にするためには十 慮しておく必要がある。人と機械の性能や特性の違いが 分な道路幅が設けられていない。図 2 に側溝にはみ出す自動 ヒューマンエラーを引き起こすため,エラーをなくすために 車を示す。側溝は本来,自動車が走行するものとして考えら は,人間の特性に基づいた構造物の設計が重要である。 れていない。しかし,ここでは道路が狭いために,はみ出さ 脳に関する研究は医学分野で進められ,脳の各部位の機能 ざるを得ない状況になってしまっている。このような状態で は徐々に明らかにされてきている。これまでの研究で,前頭 は,運転手が運転しづらさを感じ,事故が起こりやすい状況 前皮質は人の行動にとって重要な思考や意思決定,記憶など になっている。 を司っていることが明らかになっている。また,脳の活発に このような状況を踏まえて,事故を減らす道路にするため 働く部位では酸素を多く消費することがわかっており,ウェ には,運転手が余裕をもって,過度の緊張状態にならない状 アラブル光トポグラフィを用いて酸化ヘモグロビン量を計 態で運転できるようにする事が重要である。そこで,脳血流 測することで,脳の活発に活動している部分を把握すること 量を計測することで,ミスが起こりやすい箇所を見つけ,人 ができる。そのため,タスク実行中の前頭前皮質の酸化ヘモ の特性を考慮した道路づくりをするように改善することが グロビン量を計測することで,ミスを犯す人の特性を明らか 必要であると考えられる。 にし,エラー防止策について検討することは,有効であると 考えられる。 本研究では,前頭前皮質の血流量変化を定量的に計測し, 3. 緊張状態での脳血流量変化の計測 3.1 計測システム概要 エラーが起こる状況と,その時の血流量変化を比較すること 人がエラーを起こす状況を計測するために,4 種類のタス で,ヒューマンエラーの要因を明らかにすることを目的とし ク課題を作成し,光トポグラフィを用いて計測を行った。タ た。そのために,被験者にタスク課題を課し,エラーが生じ スク課題は,数値計算をさせる場合を 2 種類,数字暗記をさ る場合の前頭前皮質での血流量変化と作業成果の関係を調 せる場合を 1 種類,漢字の意味と色を識別させる場合を 1 種 査した。人はある一つのことに集中していると,明らかに視 類である。数値計算の 1 つ目(以下,数値計算①とする)は, 界に入っているものでも見落とすことがあり,そのことを調 45 秒間の制限時間付きの計算で,2 つ目(以下,数値計算②) 査するためにタスク実行プログラムを作成し,集中と認識の は,問題が時間で切り替わっていく,全 40 問の計算である。 関係を調査した。また,眼球運動測定システムを用いて,人 これらにはそれぞれ緊張状態にするための工夫をしてある。 の視線の動きと認識の関係を調査した。さらに,実際に運行 計測には頭部近赤外光計測装置 WOT-100 を用いた。この装 者を取り巻く,交通事故が発生しやすくなっている道路状況 置では,前頭前皮質部分を 10 ヶ所で計測可能で,近赤外線 を調査し,その現状から,人の特性を考慮することで,エラー 分光法(NIRS;Near-infrared spectroscopy)を用いて計測す を減らすための道路の改善案を提案した。 これらの結果を用いて,使用者側の立場を考慮して構造物 の設計に活かすことで,工学的技術で製造される構造物での ヒューマンエラー発生防止に活かすことを目標とする。 2. 運行者を取り巻く道路状況と問題 道路は道路構造令により,存在する地域や地形の状況,計 画交通量などにより,設計速度,幅員構成,線形などが定め 図 1 車線を越えて走行する トラック 図 2 路肩にはみ出す自動車 るものである。WOT-100 は,小型であるため,拘束すること なく,作業中の脳血流量を計測することができる。 計測は,タッチパネルディスプレイを用いて,計測の模様 を誘発するような道路が多く存在することが確かめられた。 数値計算において,正答率が高く,冷静に多くの問題を解 答出来ている場合には酸化ヘモグロビン量の変化が少なく, をビデオで撮影することで,解析を行う際に被験者の状態を また,正答率が低く,緊張状態にある場合には,酸化ヘモグ 確認できるようにした。計測対象は主に 20 代の男女で,51 ロビン量が上昇することが明らかになった。また,短期記憶 名の計測を行った。図 3 に WOT-100 を,図 4 に計測の様子を において,記憶している場合には酸化ヘモグロビン量が上昇 示す。 し,考えることをやめると,下降することが明らかになった。 3.2 緊張状態と血流変化の関係 あり,それは集中度が高いほど,その傾向が顕著であること 人は明らかに視界に入っているものでも見落とすことが 計測を行い,数値計算①,数値計算②,数字暗記で得られ た,特に特徴的であった計測結果を図 5~図 7 に示す。数字 が確かめられた。また,視線が物体をとらえているにもかか わらず見落とす場合もあることが明らかになった。 暗記は,解答時間がそれぞれ異なるため,試験開始から 15 秒間の時間変化で比較した。分析には酸化ヘモグロビン量を 用い,前のタスクの影響を消去するために,タスク開始時の 値から,前のタスクの終了後 5 秒後の値を減ずることで,そ のタスクだけの変化をとらえるようにした。 数値計算①の被験者 A,B は正答率が高く,被験者 C,D は 正答率が低い。正答率が高い被験者は時間が経過してもあま 図3 できたために,あまり変化がなかったものと考えられる。正 1 答率が低い被験者は時間が経過すると脳血流量が上昇して いる。これは,間違いが多く,焦って解答したために,脳血 流量が上昇したことが考えられる。 数値計算②の被験者 E,F は正答率が高く,被験者 G,H は 正答率が低い。数値計算①と同様に,正答率が高い被験者は 脳血流量にあまり変化がない。正答率が低い被験者は全体的 脳血流量(mM・mm) り脳血流量に変化がない。これは,冷静に多くの問題を解答 に脳血流量が低く,徐々に上昇している。これらの被験者は, D 0.5 C A -0.5 0 10 低く,下降している。これは,記憶したり,考えたりしてい る間には上昇し,考えることをやめると下降したものと考え られる。 脳血流量(mM・mm) 数字暗記は,被験者 I,J が比較的良く記憶できており,被 で下降しており,あまり記憶出来なかった被験者は全体的に 1 0.5 0 -0.5 -1 -1.5 -2 E G H 0 20 を用いて,視線と認識の関係も調査した。 このタスク課題を用いて試験を行うと,被験者の 37.4%が 赤い十字を見落とした。さらに,回答数が正解数に近いほど, その傾向が顕著であることが確かめられた。また,集中度が 高い場合には,視線が赤い十字をとらえていた場合でも,見 落とす場合があった。 5. 結言 本研究において,道路の実地調査により,大学周辺に事故 60 0.2 脳血流量(mM・mm) 過させた。また,試験時には眼球運動測定装置 TalkEye Lite 時間(s) 40 図 6 数値計算②の血流変化 集中度合いと認識の関係を調査するために,画面上の左右 を作成し,その途中で赤い十字(+)を急に画面上下方向に通 40 F 4. 視覚における集中と認識の関係 両側面でアルファベットが跳ね返る数を数えるタスク課題 20 時間(s) 30 図 5 数値計算①の血流変化 脳血流量が低くなったものと考えられる。 者は,脳血流量が最初は上昇するか,変化が少ないが,後半 B 0 解答数が少なく,脳があまり活発に働いていなかったために, 験者 K があまり記憶できなかった。良く記憶できている被験 図 4 計測の様子 WOT-100 J I 0 -0.2 K -0.4 -0.6 0 5 時間(s) 10 15 図 7 数字暗記の血流変化 参考文献 1) 村田厚生:ヒューマンエラーの科学-失敗とうまく付き合う法-, 日刊工業新聞社(2008) 2) 酒谷薫:勉強したい人のための 脳の仕組み,日本実業出版社 (2009) 3) 小松原明哲:ヒューマンエラー,丸善株式会社(2003)
© Copyright 2024 ExpyDoc