平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 論文題目 液体 Ti-Sn 合金の磁気的性質の研究 Studies on liquid Ti-Sn metal alloys magnetic susceptibility 物理研究室 4 年 09P205 吉田 幸恵 (指導教員:大野 智教授) 要 旨 これまで液体遷移金属の帯磁率について、融点以上での純 Mn、Fe、Co、Ni 等の遷移 金属の帯磁率は測定されている。そして Mn、Fe、Co、Ni と Au や Ge 等の通常金属との液 体合金の帯磁率も測定されている。 しかし液体 Ti やその通常金属との液体 Ti 合金の帯磁率はほとんど測定されていない。 Ti は原子番号 22 の銀白色を呈する金属元素で、金属光沢を持つ遷移金属である。強度、 軽さ、耐食性、耐熱性を備えている。しかし精錬・加工が難しく、金属として広く用いられるよ うになったのは比較的最近である。Ti の生体組織との適合性が優れていることに着目して、 人工骨、人工関節、義歯、人工歯根等の医療分野で活用されるようになってきている。遷移 金属合金は多様性を示すため、広範囲の Ti-Sn 合金の磁気的状態を明らかにし、電子的 状態を解析して応用できる Ti-Sn 合金を検討したい。 キーワード 1.Ti(チタン) 2.Sn(スズ) 3.液体金属 4.合金 5.帯磁率 6.フェルミエネルギー 7.状態密度 8.キュリーワイス則 9.アンダーソンモデル 目 次 1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.帯磁率について ・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3.希薄液体遷移合金の解析 ・・・・・・・・・・・・・・・ 4 4.Ti-Sn 合金 ・・・・・・・・・・・・・・・ 6 5.結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 6.おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 7.謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 8.引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 論 文 1.はじめに 平均寿命の延びに伴い、機能 が低下、喪失した骨、関節、歯な どの代替物として、金属を用いた 人工骨、人工関節、義歯、人工歯 根を用いる機会が急速に増加し つつある。図 1 は金属単体の細 胞毒性および生体用合金の生体 適合性の関係を表したものである [1]。値が 1 より小さくなるにつれて 金属の毒性が増大することを示し ている。Ti は重さの割に強度が高 く、また耐食性、耐熱性をもつ金 属であり航空機や潜水艦等強度 が必要とされる用途でよくつかわ 図 1. 金属単体の細胞毒性および生体用合金の生体適合 性の関係[1]。横軸:マウス線維芽組織由来 L929 細胞に れている金属である。図 1 にある よる核金属の細胞相対増殖率、縦軸:鶏胚心筋線維芽組 ように生体適合性にも優れている 織の細胞成長係数 ため、人工骨などへの応用が期待される。しかし、金属チタンは製錬、加工が難しく費用 が掛かるという問題点をもつ。また Sn も単体では細胞毒性が報告されていない元素であ り、また融点が 232℃と比較的低く、加工のしやすさに利点がある。Ti に Sn を混ぜること によって融点降下を期待することができ加工が比較的容易に行えるため、純粋な Ti の生 体への適応に含まれている問題点を解決する可能性が示唆される。 これまで融点以上での純 Mn、Fe、Co、Ni 等の遷移金属の帯磁率は測定されている。 そして Mn、Fe、Co、Ni と Au や Ge 等の通常金属との液体遷移金属合金の帯磁率も測 定されている。しかし液体 Ti やその通常金属との液体 Ti 合金の帯磁率はほとんど測定さ れていない。帯磁率は原子のスピンの向きによって決まるものであり、帯磁率測定によっ て液体中での原子スピンの配置を直接観測することができる。 1 本論文では、3d 電子による帯磁率をフェルミエネルギーにある電子の状態密度を計 算することを目的としている。希薄液体合金の帯磁率(X)は磁性状態の場合イオンモデ ルにより説明され、非磁性状態の場合の帯磁率はアンダーソンモデルにより説明される。 本研究では液体状態での帯磁率の見積もりを目的としているため、金属は非磁性状態で あり、アンダーソンモデルによって状態密度を計算した。今後液体 Ti-Sn 合金の帯磁率 の実験を行うことで、理想的なモデルと現実の液体のずれを考察していくことを考えてい る。 2.帯磁率について 温度係数として液体の、Ni、 Mn、Fe、Co の逆帯磁率は図 2 で示される。逆帯磁率の温度係 数は物質の磁性状態を見積もる 指標となる。Fe、Co、Ni は温度 上昇にともない逆帯磁率の値が 上がっている。このことより、Fe、 Co、Ni は強磁性であることが分 かる。一方で、Mn は温度上昇と ともに逆帯磁率は下がっており、 Mn は常磁性を示す。Ti は Mn と比べ帯磁率に影響すると考え られる d 軌道の電子数が少ない 図 2, 液体 Ni、Mn、Fe、Co の逆帯磁率 ため、Ti の逆帯磁率も Mn と同 様の変化を見せると考えらえる。 図 3 は第 4 周期の遷移金属の帯磁率の値を示す。帯磁率は Mn から Fe へ 3d 軌道 にある電子数の増加にともない大きくなっており、Co で極大に達する。Mn と比べ原子番 号の小さい Ti は帯磁率がより低いのではないかと考えられる。図 4 は Co,Fe と Ge, Au 合金に関する帯磁率の組成依存性を示す。Co 合金の帯磁率は Ge, Au の濃度が大きく なるにつれて急速に減少する。同じ性質は Ni 合金でも観測されている(図 5)。一方、Fe 2 合金の帯磁率は Ge, Au の濃度上 昇に伴い増加し、ある濃度点で極 大をもつ。同様の帯磁率の振る舞 いは Mn 合金でも観測された。帯 磁率の組成依存性は、Co や Ni 合 金の様に単調に減少するものと Fe や Mn 合金のように極大値をもつも のとの二つを明確に区別することが できる。 図 5 に Ni-X (X = Ge, Ga, Zn, Cu, Au)合金の帯磁率の組成依存 性を示す。d 軌道に不対電子を持 たない金属との合金ではどれも似 図 3. 第 4 周期の遷移金属の帯磁率の値 たような組成依存性を示しているこ とがわかる。このことから、d 軌道に 不対電子をもつ金属と持たない金 属との合金の帯磁率の振る舞いに は d 軌道にある不対電子が大きな 影響を与える。 今回計算した Ti-Sn 合金におい て Sn は 4 価であり、4d105S25P2 の 電 子 軌 道 を も つ 。 こ れ は Ge の 3d104S24P2 と比べほぼ同じような 電子軌道をもっており、d 軌道に不 対電子は持たない。また d 軌道に 不対電子を持つ金属の帯磁率の 振る舞いを族番号の大きさが関係 していると仮定すると、Co から上の 元素は極大を持たず、Fe より低い 図 4, Co,Fe と Ge, Au 合金に関する帯磁率の組成依存 元素は極大を持つ。この仮説に従 性 3 えば、Ti は極大を示すのではないかと考え られる。 3.希薄液体遷移合金の解析 物質は磁性により分類することができ、帯磁 率は次の式で与えられる。 図 6 に自由電子と 3d 軌道の電子の概念図 を示す。自由電子(図 6 左)は液体中を自由 に動くことができると考えられるが、3d 軌道 の電子は原子核の周りに局所化されて存在 図 5. Ni-X (X = Ge, Ga, Zn, Cu, Au)合金の している様子が分かる。このように電子には 帯磁率の組成依存性 図 6. 自由電子の概念図(左)と 3d 軌道の電子の概念図(右) 存在できる空間が違うため、それらが与える帯磁率は別々に見積もらなければならない。 Χpara は自由電子による帯磁率であり、以下のように自由電子モデルから計算された状 態密度により表される。 4 Χdia は原子核イオンから作られる反磁性帯磁率であり反磁性帯磁率の線形の足し合わ せで表される。従って合金の帯磁率の振る舞いに大きな影響を与えないと考えられる。 Χ3d は自由電子から孤立した 3d 電子による帯磁率である。Χ3d については磁性により与 えられる式が異なる。磁性状態のときはキュリーワイス則、非磁性状態のときはフリーデ ル・アンダーソンモデルで見積もることができる。 液体の範囲を e-が自由に動き回っている (1)磁性(dχ-1/dt>0)のとき 磁性状態を示す金属の帯磁率はイオンモデルにより説明される。磁気モーメントはキュリ ーワイス則の傾きから導き出される。これらの磁気モーメントは d 軌道に含まれる最大の 不対電子数 5 つから作られる磁気モーメント Neff=5.9μB よりも大きい。実際に得られる 磁気モーメントの値は残留常磁性の影響を考慮することにより説明できるが、残留常磁性 の寄与を明確にするのは困難である。帯磁率の大きさとフェルミエネルギーにある状態密 度の間に関係はない。 (2)非磁性(dχ-1/dt<0)のとき 帯磁率は 3d 軌道にある不対電子を局所化した不純物としてとらえたフリーデル・アンダ ーソンモデルの観点から分析される。このような状態ではフェルミエネルギーでの状態密 度が増加し、それに伴って非磁性状態にある一般的な金属の多い合金の帯磁率を増加 させる。帯磁率の温度係数が負から正へ変わる変化は磁性から非磁性状態への移行と して解釈されている。低温での固体 Ni-Be 合金は解析されている。 状態密度を求める。 Ni-Be の希薄合金について d 電子のフェルミエネルギーでの状態密度は低温での比熱 測定から推論される。磁化率への d 電子の寄与は、 5 となり、U+4J は測定値 X3d を(5)に代入することで計算できる。(U: クーロン相互作用に よるエネルギー, J: 交換相互作用によるエネルギー)液体金属の d 電子の状態密度は比 熱に対する電子的寄与から推論できない。従って、U もしくは J のどちらかを仮定して計 算するか、半値幅の仮定を行う必要がある。Tamaki は熱伝能と電気抵抗の測定を組み 合わせることで d 電子の状態密度を決定した。 今回の Ti-Sn は非磁性であると考えられるためフリーデルアンダーソンモデルを用いて 計算を行った。 4.Ti-Sn 合金 合金の磁性を理解する上で、フェルミエネルギーやフェルミエネルギーでの状態密度、 結合時の価数を知ることは重要な意味をもつ。Sn は固体や液体状態では 4 価のイオンと なる。Ti は 4 価で安定であるが、結合様式によっては 1 価から 3 価のイオンとなる可能性 がある。Sn と Ti の Ρ(密度)は 7.365g/cm3、4.51g/cm3 である。合金時ではその密度の 変化が濃度に比例していると仮定す る。また、Sn、Ti の M(原子量)はそれぞれ 118.71g/mol、47.87g/mol であり密度と同様に考える。 Ti 濃度の 10%ごとの値を用いて計算する。電子密度は により求められる。その時のフェルミ波動エネルギーは 6 となり、フェルミエネルギーは で表されるが、1ev=1.602×10-12erg なので今回 を 1.602×10-12erg で除した値を と して用いている。フェルミエネルギーでの状態密度は となる。 Ti・Sn がイオンになる様子は以下の通りである。 Ti → Ti+ + eTi → Ti2++2 eTi → Ti3++3 eTi → Ti4++4 eSn → Sn4++4 ee-は自由電子であるので、Χpara で計算することができる。Ti が 1 価から 4 価の場合のそ れぞれのΧpara を見積もった。その計算結果をグラフにしたものを図 7 に示す。 図 7. 自由電子数から計算した N(EF)の組成依存性 7 Ti 1,2 価では Ti 濃度が上昇すると状態密度が低下し、Ti 3,4 価では上昇していくこと が分かった。これは、1,2 価については放出される電子が Sn では 4 個であるのに対して、 Ti は 1 および 2 個であるため、Ti 原子が増加するに伴って単位体積辺りに入っている e-の数が減少していくことを表している。一方で 3, 4 価では Ti 原子の増加に伴い状態密 度は増加している。これは、Ti の方が密度が大きいため Ti 原子増加に伴い平均原子間 距離が近づくため自由電子として放出される電子数は少ないが、単位体積当たりの電子 数が増加することを表している。本計算では合金の密度を純粋な金属の密度の線形の足 し合わせによって計算しているため、より正確な結果を得るためには合金の密度測定が 必要である。 次に d 軌道に含まれる電子数について考慮した結果を以下に示す。 1. Ti が 1 価の場合、d 軌道は 3d2 か 3d1 をとる。 2. Ti が 2 価の場合、d 軌道は 3d2 か 3d1 か 3d0 をとる。 3. Ti が 3 価の場合、d 軌道は 3d1 か 3d0 をとる。 4. Ti が 4 価の場合 d 軌道は 3d0 をとる。3d0 だと、Χ3d=0 となる。 Ti については 1-4 に示すように 3d1 と 3d2 の 2 つについてのみ考えればよい。ρd(EF)を 見積もったグラフを図 8 に示す。 図 8. ρd(EF)の組成依存性 8 d 軌道に存在する電子数が増加すると d 軌道の電子の状態密度は大きくなることが 分かる。また、Ti 濃度増加に伴い状態密度は減少している。 5.結論 Ti-Sn 合金のΧpara とΧ3d の状態密度を見積もった。Ti-Sn 合金の自由電子を用いて計算 された状態密度は、Ti 1,2 価では Ti 濃度が上昇すると状態密度が低下し、Ti 3,4 価では 上昇していくことが分かった。これは、単位体積辺りに入っている e-の数が関係している。 d 軌道にある不対電子について自由電子近似を用いて計算された状態密度は、ともに Ti 濃度の上昇にともない減少していることが分かった。ρd(EF)は(3), (4)式から N(EF)の逆 数に比例していることが分かる。d 軌道に存在する電子は Ti が与えるものだけであるため、 N(EF)は Ti 濃度増加に伴い単調に増加する。そのため ρd(EF)は反比例のような形になる。 また、d 軌道に電子が 1 個か 2 個の場合で ρd(EF)に差が現れるのは、(4)式中の Nd の数 が変わることから理解できる。 今後、実験結果と比較することで、U+4J を求めることが出来る。 6.おわりに 今回 Ti-Sn 合金に対して、Χpara および Χ3d の見積もりを行った。Ti-Sn 合金の帯磁率 の組成依存性はそれぞれ計算された帯磁率の足し合わせであると考えられるため、どの 組み合わせで行われるのかを実験により求める必要がある。さらに、Χpara は状態密度を 自由電子近似により求めることができたが、Χ3d についてはこの状態密度の計算法では 遷移金属濃度が薄い状態のみでのモデルであり、すべての組成について正しく計算す ることはできない。また、U+4J や|Vd, sp|の値は実験によってしか求めることができない。 したがって Ti-Sn 合金に対して実験を行い正しい帯磁率の組成依存性を導出し、3d 電 子が作る帯磁率の特性を調べる必要がある。 生体適合性が優れている Ti 合金に、単体では細胞毒性が報告されていない Sn を合金 元素として添加した。そうすることで、生体内環境を重視し、生物学的安全性がより高くさ らに高強度、高延性を有する生体用 Ti の開発を考える。日本では Ti などの生体用金属 材料を用いて、骨、関節、歯を人工骨、人工関節、義歯、人工歯根で補う機会が急速に 増加しつつあり、今後の医療分野における臨床応用が目指されている。 9 謝 辞 本研究の実施にあたり有益な御助言、御指導を頂きました新潟薬科大学物理学 研究室 大野智教授、島倉宏典助手に御礼申し上げます。 引 用 文 献 1.SOLID STATE PHYSICS Advances in Research and Applications/ Henry Ehrenreich、Frederick Seitz、David Turnbull、ACADEMIC PRESS・ NEW YORK AND LONDON 1974,volume29 pp.289-297 2.Charles Kittel, 固体物理学入門 下/ed.by Suzuki.N,丸善株式会 社,Tokyo,1998,pp.120-121.124-132 3.J.Japan Inst.Metals,Vol.57,No.3(1993),pp.332-337/Y.Okazaki,Y.Ito,A.Ito,T.Tateishi 10
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