第 22 回心理学講義 資料 2015.03.04 アドラー心理学(2) ●前回の復習 アドラー心理学は「劣等感の心理学」とも言われる。 劣等感が人間のあらゆる文化を生んだ。また、劣等感は人間が集団を形成することと 大いに関係している、とアドラーは主張した。 アドラーの見解では、人間は自然界において、他の動物と比べ、大きな力や体を持っ ているわけではなく、運動能力も飛び抜けて発達しているわけではない。人間はこのよ うに本来的に生物学的劣等性を持っている。そこで、人間はこの生物学的劣等性を補う ために集団を形成するようになった。そして、人間の文化も劣等感をもとに発達した。 個人においても「劣等感」というものは、マイナスのものではないととらえている。 劣等感があるからこそ、それを克服して、よりよい状態になりたい、と思うからこそ、 成長ができるという考え。 しかし、劣等感が必ずしもプラスに作用するわけではなく、マイナスに作用する場合 もある。自分が過度に劣っていると考える態度によって、劣等コンプレックスとなり、 最悪の場合、引きこもり状態になってしまう。 また、劣等コンプレックスを補うために、正当な努力をするのではなく、他を貶める ことで自分の優位さを感じようとする優等コンプレックスが生じる。 劣等コンプレックスの解消は、共同体感覚(社会的関心)を身につけることであると いう。 共同体感覚は、意識を自己ではなく社会へ向け、社会の共同体のために、他の人と協 力して人の役に立つ行動をすることで高まる。その共同体感覚を高めることで劣等コン プレックスが解消していく。 今回はその共同体感覚についての講義。 1 ●過去の出来事が原因で今の不幸な自分がいるのか? ~トラウマ論~ 例えば、社会でうまくやっていけない(人間関係がうまくできない)という状況(状態) の原因を「子どものころ虐待を受けたから、社会でうまくやっていけない」という過去の 原因で捉えるとらえ方がある。 「家が貧しかったから、ひねくれた性格になった」 「学歴がないから、うだつが上がらない」 など、過去の出来事(原因)で今(現状)がこうだ、というとらえ方をする。多くの場合、 マイナスの状況を過去のせいにする。 このようなもののとらえ方を原因論という。 心理療法の世界では、フロイトの精神分析がそうで、過去のことを思い出させ治療して いく。トラウマ理論がそれである。 このような人たちは、過去のせいで現状がこうだ、という言い方をするが、今(現状) こうだから○○できないという言い方もする。 過去だろうが、未来だろうが自分がマイナス状況である、あるいはできないのは、環境 や出来事、周囲の人のせいであるという責任転嫁をする。 ●トラウマ論を否定するアドラー それに対して、アドラーは上記のようなトラウマ論を否定する。 家が貧しかった人すべてが、ひねくれた性格になるだろうか? そんなことはない。「家 が貧しかったから、忍耐強い性格になった」という人もいるのではないか。 そうだとしたら、「家が貧しかった」ことが「ひねくれた性格」の原因ではない。 ここで、「家が貧しい」という条件は同じであっても結果が「ひねくれた性格」、 「忍耐強 い性格」という違いが出てくるのはなぜか?を考えてみる。 それに対してアドラーは、 その出来事を、どう捉えるか、どう意味づけをするか、あるいは自分がどういう目的・ 目標を持つかでその結果は違ってくるという。 2 「学歴がないから、うだつが上がらない」という例をとってみる。 「学歴がないから」ということが原因で「うだつが上がらない」のではなく、「学歴がな い」というのは条件に過ぎず、「学歴がない」と「うだつが上がらない」の間に、ある種の 「とらえ方、目的・目標」があり、その結果「うだつが上がらない」という状態・状況が ある。 「学歴がない」→「とらえ方、目的・目標」→「うだつが上がらない」 ということである。 例えば、「とらえ方、目的・目標」の部分が 「学歴のない人間はダメである」というとらえ方をしてしまうために、うつうつとしてう だつが上がらない、という場合もあるだろう。 また、 「努力したくない」(という目的)のために「学歴がない」ことをうだつが上がらないこと の理由として持ち出してくる。(本人が意識・自覚してそうしているわけではない場合が多 いか)。普通の言い方をすれば、うだつが上がらない理由を自分が努力しないからでなく、 学歴がないことのせいにしている、ということ。 料理を例で考えてみる。 同じ食材(過去の出来事)があっても、何を作るか(目標)によって、違った料理(結 果)になる。 また、お客さんのために作るか、自分のために適当に作るか(意味づけ・目的)によっ ても違った結果になる。 「過去の出来事」→「とらえ方、目的・目標」→「結果(としての状況・状態) 」 ●「ライフスタイル」が人生を決める そして、アドラーは「とらえ方、意味づけ、目的・目標」を「ライフスタイル」と言っ た。 もう少し言うと、「ライフスタイル」とは、生き方を方向付ける価値観(人生をどのよう に意味づけ、どのように生きるかの態度。人生の目標や目標へアプローチするための態度 なども含む)のことである。 ライフスタイルは3つから成り立つという。 ① 自己概念(私は~である) 3 ② 世界像(世の中の人々は~である) ③ 自己理想(私は~であらねばならない) ●「ライフスタイル」の形成 アドラー心理学では 10 歳ころまでに、ライフスタイルは形成されるとされている。 生物学的諸要因(身体的要因、遺伝)や環境諸要因によって形成される。 ・甘やかされて育った人は不適切なライフスタイルを持ちやすいという例 親から何でも望みを叶えてもらい、甘やかされて育った人は、他者は自分に奉仕する存 在で自分は他者から望むものはなんでも得られるという勘違いが生じる。このような子が 大人になり社会で生きていくようになると、 「自分が他人になにができるか」ではなく、 「他 人が自分になにをしてくれるか」を問う生き方になる。 この人物がある程度周囲に影響力(ある地位についたり)がある場合、人から得ること ばかりを期待し考え、他に返そうとしない。 逆に、周囲に影響力のない(うだつがあがらない)場合、自分に何もしてくれない社会 に冷たさを感じ、現実を見ないで妄想の中やネット空間に逃避したり、引きこもる。 甘やかしは親が子どもを支配したいという欲求(目標)が隠れている場合が多いという。 子どもを自分に依存させ、子どもを自分に縛られた状態にし、支配する。 アドラーは一人っ子と甘やかしの関係について繰り返し述べている。それは一人っ子と いうのは「子ども時代にずっと注目の中心にいて、人生の目標は、常に、注目の中心にい る」(アドラー『個人心理学講義』)から。 不適切なライフスタイルは社会と不適切な関係しか結べない。 ●不適切なライフスタイルは変えられる アドラーは今の自分のライフスタイルは自覚してではないが、自分で選択したものだと いう。ゆえにそれを変えるのも自分の選択でできるという。 年齢が上がるほど、さらには大人になれば、自分のもののとらえ方など自分で選択でき るようになる。もちろん、無意識的要素は強いとしても。そして、なかなか難しい場合が 多いとしても自分で変化させることはできる。 認知療法と類似性がある。アドラーのライフスタイルという概念の方が広い。 4 ●社会と不適切な関係になるライフスタイル 社会適応がうまくできないライフスタイルは、コモンセンスではなく、私的理論を用い るからだ、という。 コモンセンスとは普通「常識」のことを言うが、アドラーは、社会や他者、共同体にと って価値あるものの見方と定義する。 一方、私的理論とは、自分だけに価値あるものの見方。 私的理論で行動するとは、自分に価値あるもののみを追求することで、その結果得られ るものは、その人だけの利益で他の人の利益はない。 ここでアドラーの、人間は生物的劣等性を補うために集団を形成したという理論を思い 出すと、コモンセンスによって社会・集団の利益を考えるのではなく、自分だけの利益を 追求すること(私的理論)は、「よりよく生きる」ために集団を形成したことと反すること でもあり、当然、社会的にうまく生きていけないことになる。 ●コモンセンスに基づいたライフスタイルに変える そこで、私的理論による生き方でなく、コモンセンスに基づいた生き方に変えることが 重要になる。 コモンセンスで生きるとは、社会、他者、共同体の利益を追求することで、その結果、 共同体に貢献し、共同体の中で自分が価値ある存在と感じ、その一部であると認識し、生 きていく。 これは、前回少し述べた「共同体感覚」ということである。 ここでコモンセンスに基づいた共同体感覚をもって生きることの重要性がわかる話があ る。 ・「共有地の悲劇」(コモンズの悲劇) 共同体感覚を理解するのに、「共有地の悲劇(コモンズの悲劇)」というものがある。「多 数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうという経 済学における法則」(ウィキペディア) 共同体で共有している土地の共有資源、入会地(いりあいち:集落の人みんなで使う山 や海)から得られる資源(果物、山菜、材木とかね)を、共同体の人たちが、限度を守っ てそれぞれ適度に利用している場合には、問題はないが、誰かがこっそり「自分一人くら 5 い構わないだろう」と無断によけいに資源を使いはじめたとする。そして、「自分一人くら い」という人が増えていったらどうなるか。やがて、資源はなくなってしまう。そして、 自分も含め共同体が損失を得る。 このように個人の利益を優先することで共有資源がなくなり、自分の利益も喪失してし まう。アドラー心理学的にいうと、コモンセンスによって維持している共有資源を、私的 理論を優先させることで破壊してしまうということである。 ●共同体感覚を身につける したがって、共同体を維持して行くには、共同体感覚を身につける必要がある。 共同体感覚の基礎 ① 仲間の人間に関心を持つこと ② 全体の一部であることの認識 ③ 人類の福利に貢献すること 共同体で生きている者が、自分の利益ばかり考えて他者から得ることばかり考え、そし てそういう人が増えれば、先の「共有地の悲劇」のように共同体を維持していくことは難 しくなる。(先に甘やかされて育った人が持ちやすいライフスタイル) 。 そうではなく、共同体が共通の価値、意味があると思っていること、コモンセンスに基 づいて行動することによって共同体に貢献することが大切になる。 共同体感覚とは、人が全体の一部であること、そして、全体とともに生きていることの 認識、と言える。 ●共同体感覚は宇宙まで 共同体というとき、さまざまなレベルがある。 家庭、地域コミュニティ、会社、学校、国、民族、人類、地球、宇宙と共同体感覚は広 がってゆく。アドラーは言う、 「(共同体感覚は)家族のメンバーだけでなく、一族や民族や全人類にまで広がりさえす る。それはさらにそういう限界を超え、動植物や他の無生物にまで、遂にはまさに遠く宇 宙にまで広がることさえある」(アドラー『人間知の心理学』) 共同体感覚を得る具体的なことについては、次回の講義で行います。 6
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