2015-12-04 18:29:45 Title 分配政治のモデルI

>> 愛媛大学 - Ehime University
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分配政治のモデルI : 対象の操作
中村, 悦大
愛媛法学会雑誌. vol.42, no.1, p.101-124
2015-05-25
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/4599
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分配政治のモデルⅠ
―― 対象の操作 ――
中 村 悦 大
愛媛法学会雑誌 第
巻第 号
(平成 )年 月
抜刷
分配政治のモデルⅠ
―― 対象の操作 ――
中 村 悦 大
本稿では分配政治のモデルについて,特に数理モデルを中心に既存のモデル
を概観し,今後の方向に関しての検討を行う。
年体制下においては,日本
政治の重要な特徴として,個人後援会を中心とした利益誘導があげられてきた
(石川・広瀬
.
カーティス
)
。また利益団体との関係も含めて,日
本政治におけるこの分配の特徴は主として中選挙区制度という選挙制度から説
明されてきた(Carely and Shugart
, 建林
, Horiuchi and Saito
)
。
一方,どのような選挙制度の下でも,現職の政権政党は分配の決定を行う必
要があり,そしてこの機会を利用して支持の拡大を目指すということは原理的
にはおこりうる。限りのある予算を政策の形に変え,それをもとに支持の拡大
を目指す場合に,何をどのように操作すれば効率的に予算を支持に変換できる
だろうか。本稿では,これまでの(数理)モデルに基づいた研究を概観する。
まず,分配の対象者つまり「誰に」という問題と,分配のタイミングつまり
「いつ」という問題の二点に注目して古典的な研究を紹介し,さらにどのよう
に提供するかという「方法」の問題から近年の研究の発展をまとめ,最後にこ
れらの既存のモデルの統合の可能性について議論する。
本稿の流れは次のようになる。まず第一節では,本稿で扱う分配政治の定義
を述べ,この研究の領域の特徴について説明する。第二節では,分配の対象,
つまり誰に利益を分配するのかという論点について,自分を固く支持してくれ
るグループに利益を分配するのか,あるいは支持の揺らぎやすいグループに利
巻
号
論
説
益を分配するのかというコアボーター・スイングボーターの議論を中心に解説
し,動員の影響などその発展について説明する。第三節では利益分配のタイミ
ングの問題,つまり「いつ」利益を分配するかという論点を取り上げる。分配
政治による数理モデルでは対象とともにタイミングについての議論も大きな論
点を占めてきた。政治的景気(予算)循環仮説に典型的であるが,特に有権者
の反応が短期的な場合には,利益分配のタイミングが重要となる。
この「誰に」
「いつ」という二つの古典的な研究課題に加えて,第四節では
利益提供の方法について焦点をあてる。利益提供の方法は,誰に利益を与える
か,いつ利益を与えるかという議論についても個別に関連している。第四節で
は政策内容を中心に個別の誰の問題,いつの問題よりその両者をつなげる議論
を中心に扱う。最終節ではこれまでの議論をまとめ,今後の研究の方向性を議
論する。
.分配のモデル化
この節では,分配政治のモデルに関して俯瞰的に捉えることを目的に,分配
のモデル化に関する論点を整理するところから始めたい。まず本稿で議論する
利益分配の定義に関して議論する。次に利益分配政治に関しての論点について
俯瞰し,なぜ本稿が対象・タイミングおよび方法という三点に注目するかを説
明する。
. 分配政治
分配政治の研究は政治学上,様々な呼ばれ方をすることがある。予算を通じ
た利益分配により政治的支持を得ようという研究は,クライエンタリズムとよ
ばれることが多いが,選挙区を単位に見た場合にポークバレル政治(利益誘導
政治)
,また利益提供のスタイルと結合すればマシーン政治,利益提供の内容
が投資的であれば土建政治など,政治学・行政学・公共経済学など多くの研究
領域において様々な観点から研究関心が当てられてきたところである。
巻
号
分配政治のモデルⅠ
政治が価値の権威的分配であると定義されるならば,逆に価値の分配は政治
の本質的作業と考えることができる。まずこの分配政治に関して,本稿が扱う
上での一応の理解を与え,本稿が対象とする分配政治の範囲を特定することか
ら議論を開始したい。
本稿では分配政治を,政治家が予算分配ないしはその公約の操作を通じて支
持を拡大する試みと定義する。この広い定義にしたがえば,予算を伴う政策の
形成はすべて分配政治と考えることができる。実証研究上では分配政治をどう
定義するかにより分配政治の特徴やそれに影響を与える要因は大きく変わりう
る(Nichter
)
。しかし本稿ではモデルを紹介するという性質上,特定の理
論的な視角をとらず,まず一般的な広い定義を採用する。
とはいえ,ここからはこの広い定義をもう少し具体的に考えていくことで本
稿における議論の焦点を絞ってゆこう。まず,分配の意思決定について,本稿
では政治家ないしは政党が支持を拡大する活動の一環であると想定する。ま
た,民主主義国における選挙競争を背景にした活動であると想定する。実際に
は,独裁体制においても選挙を意識して利益分配が行われ,それにより自らの
支持基盤の拡大を目指すという事はあり得るし(Gandhi and Lust-Okar
Blaydes
.
)
,民主的慣行の定着していない国においてこそむしろ予算の恣意
的な分配が見られるという見解もある(Brender and Drazen
)
。しかし,本
稿が対象としたいのは,(程度の差はあれ)民主的に行われる選挙に勝つとい
う事を目的とした政党が,予算を操作するという場合の分配ルールである。
また,選挙競争を前提として,政治家は,選挙合理性を最も重要な基準とし
て分配の意思決定を行うと想定する。たとえば利益分配を行う基準が人種や宗
派,部族などの文化的つながりであるという例もあるだろうが,本稿ではその
ような例は検討対象から排除し,選挙において勝つという目的のために政治家
は予算分配を行うと仮定する。選挙に勝てる予算を分配するという場合,政治
家は有権者の選挙における意思決定に関して何らかの想定を行い,そこから逆
算を行うことにより最適な予算分配を計算することになる。モデルとしての面
白さはこの有権者の意思決定の想定にある。
巻
号
論
説
次に,分配政治の(下位)分類として,利益誘導政治(パトロネージ)
,ク
ライエンタリズムなど,いくつかの概念がある。これらの概念と本稿で扱う分
配政治の区分をしておく必要がある。ここでは,Stokes et al.(
)を参考にしてみよう。図 は Stokes et al.(
(
)
, Stokes
)による分配政治の分
類図を筆者が日本語化したものである。Stokes et al.(
)では,本稿でいう
分配政治を,政党の綱領などのルールに基づいたものではなく,為政者の裁量
による分配が可能であるという意味で,非綱領政治と呼んでいる。
彼女らの分類では,クライエンタリズムとは有権者の側の支持態度により利
益分配が決められる場合であり,要は支持を条件として利益の交換が行われる
ケースである。Hicken(
)も,他の分配政治の特徴と比べた場合,支持の
条件のもとで利益分配が行われるという点がクライエンタリズムの特徴である
としている。これが特定の政党メンバーに対して行われる場合,親分子分関係
*分配のルールが公開されているか
*その公開のルールが実際の分配に
用いられているか
Yes
綱領政治
No
非綱領政治
*
有権者個人の支持態度によって利益の享受の有無が変わるか?
No
Yes
党派バイアス
クライエンタリズム
有権者への
利益供与
買収(Vote Buying,
Turnout Buying)
*
利益供与は個人を対象としたものか
政党メンバーへの
利益供与
パトロン政治
図
Yes
No
個人への条件なし
での利益供与
利益誘導政治
(ポークバレル)
分配政治の類型
(出典:Stokes et al.(
巻
号
)
)
分配政治のモデルⅠ
の形としてパトロン政治が成立する。また直接に有権者を対象として利益供与
が行われる場合,広い意味での買収(Vote Buying)あるいは動員(Turnout
Buying)であるとされる。
Stokes らによると,必ずしも支持態度によらない利益分配のケースも存在す
る。これは支持率が
差の選挙区において何らかの政策的な優遇があるような
ケースで,個人が対象となる場合もあるが,選挙区を対象とした場合にはポー
クバレル政治と分類される。なお Stokes らによると日本では
−
カーティスが記述した時代は買収(Vote Buying)であるが,
年代の
年代はポー
クバレル政治であるという。
本稿では必要に応じて広くレビューできるように Stokes らのいう非綱領政
治に相当する部分をすべて対象とする定義を採用している。対象が個人か地域
か,関係が継続的かどうかという事は非常に重要な論点であるが,この区分を
もとにレビューの範囲を制約するという事はとりあえずはしない。
さて,利益の分配に際して誰がその費用を負担するのかというマイナスの利
益を考えれば再分配を扱うという事にもなる。経済学における数理モデルでは
この再分配を扱うということが多い。しかし,本稿では特に将来の日本政治へ
の応用を念頭に,費用負担の問題は直接には扱わない。この理由は二つあり,
まず,費用負担の問題を考慮した場合,モデルが煩雑になり扱いづらいという
ことがある。利益の大小だけで議論した場合でも,多くの場合,有権者に分配
される利益に費用も含んでいると考えれば,間接的に費用負担に関しても議論
できるので,費用負担の意思決定と利益分配の意思決定を分けて考えるという
事をしなくてもよい。次に,実態として,日本の特に地方自治体においては,
収入の手段の操作が限られていた点があげられる。たとえば税率や税目に厳し
い規制がかかっていたこともあり,地方自治体がある政策を実施するにあたっ
てその費用の負担を誰に強いるかという事は明確ではなかった。現在でも,中
央から予算を「取ってくる」という事は可能でも,自治体内の特定の層の負担
を増やし,そこから得られる利益を他の層に分配するという意思決定は一般的
とは言えない。よって,分配の意思決定のみに関して扱うことにする。
巻
号
論
説
以上で本稿の考える分配のモデルについてある程度説明したが,ところで,
すでに多くの分配政治に関する良書やレビューが存在する。これらとの差別化
についても言及しておきたい。
まず Golden and Min(
)は分配政治についてかなり広く扱った論文であ
る。この論文では分配政治の論点を,「特定のグループや有権者をターゲット
にすることで選挙での勝利・安全を確保する政治家の試み」ととらえる研究
(彼らの用語ではアカウンタビリティー的研究)と,政府による分配の帰結に
焦点を当てそれが公平に行われているのかを議論する研究(彼らの用語では中
位投票者への応答性の研究)という二つに分類する。本稿と関連するアカウン
タビリティー的研究では,研究の焦点を
のどちらに分配を行うか,
)コアボーター−スイングボーター
)有権者集団と政治家の間に人種や宗教,人間関
係などから特定の関係が形成され,それにもとづいた政治的な「えこひいき」
がありうるのか,
)政治的ビジネスサイクル,
)実際に政治的な分配の結
果,票の移動が起こったのか,という 点に分類して紹介している。
本稿よりも非常に広い論点に触れており著者たちによる実証研究も行ってい
るが,実証研究に紙幅を割く関係上先行研究の整理紹介には多くのページが割
かれていない。本稿では一部このような分類と関係する部分もあるが,モデル
を中心として紹介していくという点で異なる。
また,本稿では対象,タイミング,方法という つの論点を選挙政治の観点
からとりあげる。これは,Golden and Min(
ー的研究であるが,Golden and Min(
)のいうアカウンタビリティ
)ではむしろ中位投票者への応答性
の研究が中心的に扱われている。
政治経済学の教科書においてはいくつか関連する章が存在するものがある。
たとえば Drazen(
)や Persson and Tabellini(
)では幅広く政治経済
学を扱った教科書であるが,分配政治を扱ったパートも存在する。しかしこれ
らは分配政治に関して特に対象の操作や方法の操作に関してはあまりボリュー
ムをあてて解説していない。
また,本稿では対象,タイミング,方法という つの論点についてとりあげ
巻
号
分配政治のモデルⅠ
るが,特に利益分配の対象と利益分配のタイミングという個別の論点に関して
は,多くのレビューが存在する。各々は該当する節で紹介する。
. 分配政治の論点
ここでは個別の論点に入る前に本稿で扱う分配政治に関して俯瞰しておこ
う。本稿では次の つの論点を取り上げる。
論点
誰に分配するのか
分配政治にはいくつかの論点が存在するが,第一の論点としてあげられるの
は誰に利益を分配するのかという問題である。先にも述べたように,政治は社
会的価値の権威的分配ととらえられることもあるように,誰に利益を分配する
のかは規範的な問題とも関係しながら政治学の中心的な課題として多くの研究
が行われてきた。
誰に利益を分配するかという事に関して,先行研究がこれまで重視してきた
のは,有権者の政党支持のスタイルについてである。いわゆるコアボーター・
スイングボーターといわれる議論であるが,固く支持してきた有権者集団か,
それとも支持が容易に変動する集団か,どちらにより多く利益を分配する傾向
があるのかは,理論上も実証上も非常に多くの研究が行われている。この系統
の研究の場合,制度環境として有権者集団を選挙区だと考える場合,選挙区ご
との特徴が政治家の利益分配の意思決定にどのような影響を与えるのかという
研究だと考えることもできる。
しかしこの論点がフォーマルモデルのフレームワークに載せられるのは Cox
and McCubbins(
)からである。概要を述べれば,いま,政治家から見た
場合,予算を分配することで支持を得るという事を目的としているという事
は,政治的支持は予算の関数である。予算を支持や得票に変換する場合に,有
権者をその特徴に応じていくつかの集団に分けたうえで,集団ごとの利益分配
量を操作することで,効率的に支持ないし得票の最大化を行うことができると
巻
号
論
説
いう考え方である。この発展は次節で詳細に説明する。
日本の政治学においては,与党による利益誘導政治,およびそれによる支持
の獲得が非常に大きな研究課題としてあった。これは数理的な研究を下敷きに
したわけではなく,むしろ素朴に,地元有権者に,特に後援会を中心としたコ
アボーターの集団に,支持の見返りとして利益を提供するという現象を研究の
対象としたものと理解できる。
論点
いつ分配するのか
政治学においては誰に分配するのかというのが非常に大きな論点として取り
上げられてきた一方,もう一つの論点としてこれまで特に経済学で多く取り上
げてきたのが,いつ分配するのかという問題である。この論点に関しては,有
権者の反応に関するメカニズムを特定することなく,政治家は素朴に選挙前に
支出を増加させることにより短期的な支持の上昇を目指す傾向があるとの考え
がありうる。事実として,選挙は支出増加の圧力となりうるということは,自
然実験のアイディアを用いた研究などでも取り上げられている(Fukumoto and
Matsuo forthcoming)
。
選挙と政治家による財政支出拡大のインセンティブを結び付けるメカニズム
に関しては経済学が多くの貢献をもたらしてきた。理論的には Nordhaus の研
究に端を発した政治的景気循環論(Nordhaus
循環論(Hibbs
)
,また Hibbs の党派的景気
)が非常に大きな研究群を形成している。第三節で触れる
ようにこれらの研究は非常に多くの批判を浴びながらも理論的には高度な発達
を遂げてきた。
詳細は後に説明するが,このタイミングの操作は,当初は景気循環論の観点
での議論が強かった。景気循環論は興味深い論点ではあるが,政治学者の能力
を超える上に,景気変動に関しては政治学的には副次的な関心であるため本稿
では深くは扱えない。しかし,研究の発展の中で,金融政策を中心とした景気
循環だけでなく,財政政策を中心とした政治家による有権者への能力証明とい
巻
号
分配政治のモデルⅠ
う観点が強くなってきた(Drazen
)
。金融政策の操作を前提にするとたと
えば地方政治の文脈には応用できないなど政治学上の応用研究では使いづらい
という問題があったが,財政政策を前提にすることでそれは解消されている。
論点
どのように分配するのか
本稿がとりあげる つ目の観点は,どのように利益を分配するのかという分
配の方法の問題である。この方法については つに大別することができ,一つ
は分配のルートの問題,もう少し具体的にはマシーン政治などの研究である。
もう一つは政策手段の問題である。
このうち,本稿で取り上げるのは後者の政策手段の問題である。たとえば近
年は財政データの取り扱いが容易になったことにより,単なる総額ではなく費
目ごとのデータの分析が可能となったということもあり,政治家は選挙を前に
どのような費目に予算を費やすのかという分析が存在する(Albertus
)
。
この政策手段についての分析は政治学ではあまり取り上げられてこなかった
論点であり,詳細な紹介を行いたい。実証上も,用いる指標により分配政治
に関する結論は大きく異なり,結果が安定しないということが知られている
(Kramon and Posner
)
。そのため,逆にどの政策手段を選ぶかという理論
的な検討が必要とされている。一方,政治学でしばしば取り上げられてきたマ
シーン政治であるが,これに関しては誰に分配するのかを紹介する次節で一部
取り上げる。
上記以外の論点
以上のように,本稿では誰に分配するか,いつ分配するか,どのような政策
手段で分配するかという つの論点について扱うが,本稿で扱えない論点に関
してもいくつか述べておきたい。
まず,すでに述べたように,マシーン政治やロビイングに関しては正面から
巻
号
論
説
取り扱わない。特にロビイングによる利益分配政治に関しては議会政治とも関
係してその影響を論じるための多くのモデルが提案されている(Grossman and
Helpman
.
Gehlbach
ch .)
。しかし,本稿では利益を提供するルート
の問題に関しては紙幅の関係もあり多くを扱わない。
また,利益分配に関しては非常に多くの実証研究が存在するが,本稿の目的
は代表的なモデルを紹介するものであるため,実証研究を紹介したとしてもそ
の詳細には立ち入らない。
. まとめ
利益分配に関する政治学は様々な研究領域において非常に多くの研究が行わ
れている。古典的には政治学において,誰に分配するのかという対象に対する
論点は非常に大きな問題として存在してきたが数理モデルとしてもその論点が
重要視されている。経済学においては誰にという論点に加えて,むしろいつ分
配するのかというタイミングの問題が重要な研究対象として考えられてきた。
単純な「誰」「いつ」の問題に加え,現代では利益の分配の方法の問題として,
利益分配のルートや政策手段などの論点に議論が発展してきた。次節以降では
対象とタイミングについての基本的なモデルを説明した後,利益分配の方法
に関しての研究を取り上げ,対象とタイミングの問題の接合についても議論す
る。
.誰に利益を分配するのか −対象の操作−
本節では誰に利益を分配するのかという論点について,個別の研究を紹介し
ながら説明してゆきたい。まずこの研究の端緒を開いた Cox らのモデルの構
造を説明する。この研究は Cox(
)でもよく解説されているように,コア
ボーターかスイングボーターかという重要な論点を開いた。次に,このコアボ
ーターかスイングボーターかという政治学における重要な論点を中心に,クラ
イエンタリズムを前提にした研究の発展的なモデルについて説明する。最後
巻
号
分配政治のモデルⅠ
に,クライエンタリズム以外にコアボーターへの分配を主張する議論について
とりあげる。
. 誰に利益を分配するのか−研究の基礎
この節では,利益誘導政治に関する二つの有名な論文,Cox and McCubbins
(
)および Dixit and Londregan(
)を比較的詳細にとりあげ,この二
つの論文が築いたフォーマルモデルの議論の土台を説明する。
Cox and McCubbins(
)
まずコックスとマカビンによる再分配の政治の分析から始める。モデルの概
要は次のようなものである。
!(!# のグループに分けられるとする。また各々のグ
まず有権者は %""
ループの大きさを (% とする。候補者 #!$の二人がおり,各々が公約する各グ
)
)
# "&
#"!(!)
## '
!)
$ "&
$"!(!)
$# 'とする。ここで
ループへの利益の分配量 )
'
%&
% "!
'で定まり,あるグループ
まず,各グループに対して分配の下限が !'
の資産を無限に奪って他のグループに無限に与えるという事は無いと仮定す
る。加えて,分配額の総和として !$!が外生的に定まっているとする。結果
)
% "!'
%!! )
% #! である。
として, )%%# #
政党 #の期待得票は
#
"&#&
)
)
#!)
#%!)
"! (%$#%&
$'
$%'
%""
# に関して凹関数であり,また二
得票率関数 $#% に関しては二階微分可能で )
階微分は正ではないと仮定する。
#% のみの関数
"!$#%&
)
#%!)
'となる。 )
$%'
この仮定の下では,$の得票率は &
として見た場合,追加的に資金分配する場合の得票の増加は,
巻
号
論
説
"'$
(
$'!(
&
%'%
&
(
'$
$'%
"%'!
"
(
$'
&
と書ける。結局,この限界収益が良いグループに分配を行うということから次
の定理が成立する。
定理
候補者は選挙における限界収益が高いグループに多くの分配を約束
し,限界収益が小さいグループに分配を行わないか,費用のみを要
求する場合がありうる
これをもとに,Fenno(
)の分類に基づいて,有権者を支持者グループ
(コアボーダーグループ)
,敵対的グループ,スイングボーダーグループの
つに分けた場合に,どのように分配を行うのかを検討する。追加的に次のよう
な仮定を置くとする。
条件A
'
'
&
%
#& #&
%#'
"$
!$
つまり資金分配に鋭く反応するグループとそうではないグループがあり,その
反応の順位が明確につくとする。この場合,
定理
&'#
%
%')に関して条件Aが成立する場合,
' "! $
分配ゲーム(#
!
!
!
$' #(
$' #!の場合には (
均衡において候補者 $の戦略が, (
$$ という関係が全
!
!
!
$' "(
$' "!の場合には, (
ての '"$について成立しておりかつ (
$$ という関
係が全ての '"$について成立している。
つまり利益提供に対する選挙での反応が明確に順位づけられるのであれば,
それに応じて利益が分配される。
この検討からマカビンとコックスは次のような議論を行う。まず,敵対的な
グループは多少の資金分配を行ったところで自分の政党を支持してくれないと
考えることができ,それゆえに政党は敵対的グループに対して資金分配を行わ
ない。一方で,問題になるのは,自身を支持しているコアボーターグループを
優先するか,スイングボーターグループを優先するかである。
彼らによると,コアボーダーグループは資金を出せばさらに支持してくれる
と考えられるという。政党が安全策を取るのであればコアボーダーグループに
巻
号
分配政治のモデルⅠ
資金を分配するのが合理的である。一方で,スイングボーターグループには支
持上昇の余地が大きいため,そちらに分配を行うのも正当化可能である。
結局これはリスクの取り方による。それゆえ,コックスとマカビンは政党が
リスクに許容的であればスイングボーターに分配を行うはずだという。よって
敵対的グループが冷遇されるという事に変化はないが,政党のリスク許容度に
よってコアボーターグループとスイングボーターグループのどちらが優遇され
るかは変わってくるという。
以上が Cox and McCubbins(
)の主要な結論であるが,このモデルは基
本的には資源をどのように生産活動に分配するかというオペレーションズリサ
ーチの問題と類似している。また政治的にリスクのあるスイングボーターへの
投資は,いわばポートフォリオの最適化問題として理解することもできる
(Magaloni, Díaz-Cayeros, and Estévez,
Dixit and Londregan(
)
。
)
これをさらに イ シ ュ ー ポ ジ シ ョ ン と の 関 連 で 明 確 に し た の が Dixit and
Londregan(
)の貢献である。かれらはまず,
つの政党があり,またその
政党は各々(少なくとも短期的には)固定的なイデオロギーポジションを持っ
ていると仮定する。また,G 個の有権者のグループがあるとし,そのグループ
ごとのイデオロギー分布が定められているとする。これと政党とのイデオロギ
ー距離によりグループごとのイデオロギー面での支持度が決まる。
加えて各有権者集団の効用関数は消費水準 C にも依存するとする。ここで
!&#であり,$&$"
!&#
!!とする。いまイデオロギー
グループごとの効用は $&"
!!#ほど政党 R を支持している有権者が居るとして,この有権
的な面で %"
者がイデオロギー的に二つの政党に関して無差別になるのは
!&"#
!&# #
!$&"
!%
$&"
!&"#
!&# #
!$&"
!%& はカットポイントであ
が成立する場合である。ここで $&"
%&#は L
りいま,グループごとに "& という X の分布関数があるとすれば "&"
巻
号
論
説
に投票する政党の割合であり,グループ i の大きさを %, とすると L に投票す
*,%である。この場合すべてのグループに対して足し合わ
る人の割合は %,%,$
*,%
,$
,同様に政党 R に投票
せると L に投票する有権者の数は )$ #!#
,#"%,%
$ となる。
する有権者の数は )& #!#
,#"%,!)
"!)%であるとすると限界効用
"%
$
#',""!)#
いま消費による効用増加は (,$
"%
#',"!)。これに従って効用が増加すると仮定する。この形の場合,
は (,&$
)は消費の増加に伴う限界効用の減少を表現し,', はイデオロギーに比べての
消費の重要性を表現している。つまり ', はどれぐらい買収しやすいかを示す
ものでグループごとに異なると仮定する。
&'-#$!&
,
- #!$
いま,分配できる資金の総額を B とする場合,!#
,#"%,'
という制約がかかっている。いま ',- が政党 i によりグループ k にオファーさ
"!(,-%
$
',- %
,
- を実際に受け取れる額とした場合,中間ロスが .
,
- #$
れる額,.
',- $!と表現できる。マシーン政治のモデルのように政策の受益者と利益提
供者の特定が容易な場合はロスが少なくなると考えられる。
""&
$
',- "!&
',- %
,
- を徴税のロスと考え .
,
- #$
,
-%
,
- $!として,こ
同様に &
,
- となる。
れより各グループの消費水準は ",- #+,-".
このようなセッティングの下で最適化を進めることになるが,いま つのグ
ループしかないと仮定してグループ に対しての資金を増やすことによる得票
の増とグループ から資金を奪うことによる得票の減をつりあわせるという条
件を
!)
!)
""&
"!("$%
""$%
*"%
"#$%
*#%
%"$
%#$
'"$
#$
'#$
$
#
$%
と書くことができる。
直感的には,あるポジション X を仮定した場合のグループ の支持者は
*"%
*#%
%"%"$
。グループ のカットポイントにおける支持者は同様に %#%#$
。
!)
",$%
",$%
#',$
。一方で,
カットポイントのシフトは (,&$
単位そのまま予
算が増えるわけではなく,リーク(漏れ)があるので係数が ではなくて
!)
"!("$%
""&
"#$%
$
'#$
#
$%
。この条件の下では意見変更の
。減る方は同じく $
巻
号
分配政治のモデルⅠ
柔軟性を示す !! と !" の値が変化しており,柔軟なグループのほうが利益分配
を受けやすい。これは Lindbeck and Weibull(
以上が Dixit and Londregan(
)の結論と同じである。
)のモデルである。このモデルにはいくつ
かの特徴がある。第一に,非常に包括的に政党の意思決定問題を扱ったモデル
であるという事である。イデオロギー,利益および分配のルートにおけるロス
という つの問題の関係を明示的に扱っている。一方でいくつか情報の仮定と
しては制約的であり,たとえば政党が有権者集団ごとのイデオロギーの分布や
!の値を知っているなどのいくつかの制約的な仮定が存在する。第二に,理論
上はスイングボーターに対しての利益誘導が行われる可能性が指摘される。
Lindbeck and Weibull(
)がスイングボーターに対する分配を最初に正当
化したとされるが,Dixit and Londregan(
)も加え,スイングボーター説
を理論上明確にしたという功績がある。
. 誰に利益を分配するのか−クライエンタリズムをもとにしたコアボータ
ーへの分配
Cox and McCubbins(
)と Dixit and Londregan(
)により発展させ
られた利益誘導政治のモデルは,さらにスイングボーターとコアボーターの関
係などを中心に非常に多くの研究を生み出している。ここではクライエンタリ
ズムの研究についてのモデルの説明から,それがコアボーター・スイングボー
ターの議論にどのように関連しているかを説明しよう。
繰り返しゲームによる長期的関係の説明
一つ目は有権者と政権政党との関係を繰り返しゲームとして捉える Stokes
(
)による分析である。Stokes は有権者集団と政権政党の関係を繰り返し
囚人のジレンマであるとする。このとき,政党の側からは有権者の行動は必ず
しも分からないが,有権者の側からは政党の行動の結果は分かる。このとき,
有権者と政党の間にはコミットメント問題が発生しており,有権者が政党に対
して行った約束が誠実に履行されているかどうかが分からない可能性がある。
巻
号
論
説
よって,政党としてはこのコミットメント問題を解消する必要がある。
この解決法として Stokes が指摘するのは関係の長期化であり,これが双方
の裏切りを抑制するという。具体的には,有権者は特定の政党に投票するかど
うか(アクション)
,特定の政党に対するイデオロギーなどによる本来的な支
持度合がどれほどか(タイプ)という二つの私的情報を持っている。この有権
者のアクションとタイプという二つの情報は完全にはモニターできないが,一
方で政党マシーンはそれを推測することはできると仮定する。
具体的に少し丁寧に紹介しよう。まず有権者の効用関数を次のように定め
る。
" #!$&
#
! %
"
" "!
#
$
"は
"!$
#&は有権者の投票した政党の政策ポジションであり, $
ここで,#"$%
有権者自身の政策ポジション。また b は有権者が政党マシーンより得る利益
とする。このように,有権者の効用は,選挙において自分の意見を表明するこ
とによる効用と政党から与えられる利益からの効用の二つを足し合わせたもの
であるとされる。
""$
# とし,政党
のマシーンと有権者の間との
いま,一般性を失わず, $
ゲームを考えることができる。この場合,政党マシーンと有権者のステージゲ
ームでの効用は次のように表現できる。
政党マシーン
買
有権者
収
買収しない
マシーンの依頼通
りに投票
"$
#
!#!!
! %
"&"!
"!$
#
"$
#
! %
"&!#
"!$
#
マシーンを裏切る
"$
#
! %
!!!
#&"!
"!$
#
"$
#
! %
#&!!
"!$
#
いま,有権者の政党ポジションに応じて,有権者を分類する。まず,政党 と
政党 のイデオロギーポジションの中点をカットポイント $#とする。もし
巻
号
分配政治のモデルⅠ
$
$
"!$ の場合,有権者はいずれにせよ政党
に投票する方が望ましいわけで
あり,このような有権者を忠誠的な支持者と呼ぶ。政党マシーンの買収により
!
$
"!$ "
であり,このような有権者はや
政党 に投票する条件は $$&$
$
"!$
!
!
"
や批判的な有権者と分類される。最後に買収されない有権者は $$"$!$ &$
"
!
であり,このような有権者を批判的な有権者と分類する。
いま,政党と有権者の間のこのゲームは無限に続いていく繰り返しゲームで
あると仮定できるとする。加えて,有権者は確率 p でマシーンに対して裏切
りが発覚すると仮定する。マシーンはグリムトリガー戦略を取り,有権者によ
る裏切りがマシーンに発覚すれば,以降は永遠にその有権者を許さず利益を与
えないと仮定する。有権者は協力を続けた場合の利益と裏切りを行った場合の
利益を考慮し,協力を続ける方が高い利得が得られる場合に協力を継続する。
この条件を具体的に与えるには,"を割引率として協力を続ける場合の無限期
までの利益が以下の条件を満たせばよいという事になる。
"
$
!)
"!$
! ! (
!!
"
"
!!"
"
"
"
!!(
$
$
$
(
(
"
")
!)
")
"!$
"!$
"!$
!!#)
!!
"#
*
(
##
!#
+
'#
$
$
$
!!"
"
"
"
つまり,協力し続ける場合の利得と,一期だけ離反して再度協力に戻った場合
の期待利得を計算することによる。右辺第一項は今期裏切る場合の利得,第二
項は次期以降の利得で今期の裏切りがマシーンに知られなかった場合と,マシ
ーンに知られた場合の確率加重和である。これを整理すれば
#"
!
$
$
!" #%
"&$ "#! !$
!!""#"
$
"
となる。よって,マシーンは
!
$
$$&$
!"
"&$ "#! !$
$
"
の有権者に対して利益を提供し,また有権者もその政党に投票し続けるという
巻
号
論
説
事が最適反応となっている。ここで !は と の間に制約されているが,監
視の可能性と割引率の関数であり,監視が有効に働く可能性 p が であれば !
もゼロであり,つまりいくら分配しようが監視できないためそもそも分配しな
い。逆に完全に監視が可能な場合には,有権者は多くの利益を受け取ることが
可能である。どの範囲に利益を分配するかは割引率と分配できる利益の総額の
大きさにより決まる。
問題なのは,このモデルがやや批判的な有権者により多くの利益を分配する
という予測を立てているところである。しかし,この論文の中で行われている
ストークス自身の実証研究でも,コアボーターがより多くの利益を享受すると
いう回帰分析の結果が得られている。この点に関して,ストークスはサーベイ
の項目から自身の理論を証明するのに最適な変数を計測できていないことなど
を原因と考えている。確かにクライエンタリズムの実証研究においては支持態
度が元来の支持態度なのか,利益を得たことによる支持態度なのか判別するこ
とが難しいうえに,そもそも社会的に望ましいことではないということから有
権者の回答が不正確になる傾向がある(Gonzalez-Ocantos et al.
)
。とはい
え,実際にコアボーターに多くの利益が分配されているという事実を前にした
場合,何らかの理論上の改善が可能であると考えるのが一般的だろう。
Turnout Buying
このようなコアボーターに対する利益分配を正当化する考え方として,そも
そも政党が狙っているのは有権者の動員ではないかという考え方がある。VoteBuying に対して Turnout-Buying とよばれるこの考え方は極めて有力である。
Nichter(
)は上の Stokes のモデルに対して,そもそも秘密投票の原則を
考えた場合,マシーンが高い確率で投票先を知るという事は難しいと批判す
る。しかしながら,投票に行くかどうかに関しての監視は容易である。そこで,
Nichter は,イデオロギーに加えて,動員されやすいかどうかという指標を考
える。具体的には有権者の効用関数を
巻
号
分配政治のモデルⅠ
#
*
%#$!"&
'*!&*'
"!
#!"
# # #
と定める。先の効用関数に比べて c という投票を行う事による固定のコストが
入っている。このように有権者の効用関数を想定した場合,有権者が投票に行
きマシーンの指示する政党に投票するかどうかは,次のステージゲームの効用
の繰り返しゲームになる。
政党マシーン
買
マシーンの依頼通
投票に行 りに投票
かない支
マシーンを裏切る
持者
(無投票)
収
買収しない
" '* * # *
!''"!!"
!&!!*
! &
# # "
" '* * #
! &
!''!"
!&
# # "
!*!!!*
!
!!
この繰り返しゲームにおいて,買収と依頼通りの投票がナッシュ均衡になるた
めには,グリムトリガー戦略を仮定した場合,投票に行かなかったことを確認
できる確率を q とすれば
"
" '*!'*'
" !"&
#
#
'*!'*'
"!$'!
"!*!""%!*"
"!*!"""$#!"
!
!&
! &
"!"
# # "
"!" # # "
簡略化すれば
*#
*
")
'
!#$
!*%#(
&
"'"#
#!'
"!"&
"!$'
&
'
#
"$
この条件を見た場合,まずマシーンの支持する政党と有権者のイデオロギー
が近い場合,有権者を投票させるのに必要な報酬が少なくて済むことがわか
る。それゆえ,マシーンとしては現在投票に行っていないが比較的考え方の近
い人に利益を提供し動員する方が得策であるという事がわかる。そしてもちろ
ん q の値が大きい方が必要な報酬が少なくて済む。
この結論の画期的な点は,第一に長期的関係と投票への動員という二つの要
巻
号
論
説
素から,コアボーターへ利益を分配するという作業を正当化できたという事で
あり,また Stokes のモデルのようにマシーンが確率的にとはいえ有権者が特
定の政党へと投票したかどうかを確認できるという仮定を置かなくて済むた
め,マシーンの情報に関する仮定が緩く一部の途上国に限らず非常に多くの国
に対して適用可能であるという点である。また,地域全体に関しては投票率と
得票率の数字が得られるため,実証研究上は必ずしもマシーンがマイクロレベ
ルで監視を行っていると仮定する必要もない(Chen
)
。緩い条件での適用
が可能である。
. その他のコアボーターに対する分配の正当化
以上みたように,そもそもとして期待得票の最大化を考えた場合,分配政治
の数理モデルでは,コアボーターに対して利益の分配を行うという傾向を理論
的に正当化する事が難しい。正当化のためにはすでにみたように,マシーンに
よる有権者の動員という考え方を用いるか,あるいはすでに有利な現職であれ
ばリスク回避でこれまでの支持を固めるという作業を行うという考え方を用い
るかの つのロジックで正当化できる。しかしすでに十分に支持を固めている
コアボーダーはこれ以上利益配分に反応する余地がない可能性が高く,ゆえに
スイングボーダーに利益分配を行うのが合理的であるというロジックは強力で
ある。ではこれら以外にコアボーターにより多くの利益を分配するというロ
ジックが存在するだろうか。
純粋な利益分配のモデルではないが,多政党の場合を想定するとコアボータ
ーの支持を固めるのに近い状況になる。冒頭に述べたように日本において利益
誘導が特にコアボーターに対して行われてきたと考えられるのは中選挙区とい
う制度環境が個々の政治家のインセンティブに対して大きな役割を果たしてい
たことが理由であると考えられている。これと似ているが,理論的には多政党
の場合,自党が全く競争にならない選挙区からは撤退し,競争力の高い選挙区
に注力することになるという(Snyder
)
。これは見方によればコアボータ
ー説に近い理論的予測をしているとも考えられるが,多政党での競争には単純
巻
号
分配政治のモデルⅠ
な政党の数という外見的な違いだけでなく多政党の選挙競争が生み出す情報量
の違いがあるということも重要である(Aytac
)
。
もうひとつの考え方として実際に利益を分配する政党マシーンのインセン
ティブと行動を理解する必要があるという。これは同時にスイングボーターと
スイング選挙区の違いを理解する必要があるという議論とも関連している
(Cox
)
。まず Stokes et al.(
)では,利益分配のルートにおけるイン
センティブの違いに注目する必要があると指摘される。政党としては当然スイ
ング選挙区に対して利益を分配する必要があるが,政党は選挙区の内部でどの
有権者が説得可能であるかわからない。よって利益分配はマシーンを通じて行
うことになるが,マシーンは必ずしもスイングボーターに利益を分配したいわ
けではなく,むしろ組織化しやすい低所得のコアボーターに利益を分配したが
る傾向がある。結局,選挙区としてはスイング選挙区に利益を分配しても,有
権者としてはコアボーターに利益が分配されている。
同じく Finan and Schechter(
)では互酬性の強い有権者に対して政党は
利益を分配する傾向があるということを実験により互酬性の度合いを指標化し
て実証している。資金を票につなげるには,利益を受けた側が義理深く約束を
守る必要がある。繰り返しゲームを維持するためには,裏切りの利得の誘惑を
優先させず関係維持を望む個人をターゲットにする方が望ましい。このような
情報はマシーンが地域に根付いて収集しているという。これはコアボーターに
なりうる忠誠心のある有権者をマシーンが選別していると理解することもでき
る。マシーンの存在を前提としている場合,特に先進国のように個人化した社
会における適用可能性に関しては難しい問題がある。しかし,ロジックとして
は極めて説得的である。
. 第 節のまとめ
本節では,古典的な利益分配に関するモデルと,クライエンタリズムをもと
にした利益分配のモデルについて,コアボーターかスイングボーターかという
議論を中心に関連する研究について紹介した。ここでは取り上げなかったが,
巻
号
論
説
どのような有権者が利益を多く享受するかに関しては,他にも集団としての
凝集性(Persson
and
(Weltz-Shapiro
)
,政治的競争の激しさと地域の所得水準
Tabelini
)など様々な要因を指摘することはできる。しかしそれ
らを,本節では扱わなかった。誰に分配するかという問題は今ここでいったん
とどめておき,再び第四節以降議論を行う。その前に次節ではいつ利益が分配
されるかというタイミングの問題について議論する。
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