高耐摩耗鋳鉄の開発 - 栃木県産業技術センター

栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
共同研究
高耐摩耗鋳鉄の開発
相馬 宏之*
石川 信幸*
樋山 里美*
村上 哲也**
Development of High Abrasion Resistance Cast Iron
Hiroyuki SOMA, Nobuyuki ISHIKAWA, Satomi HIYAMA and Tetsuya Murakami
長石やガラスを粉砕する粉砕機械の部品として高クロム鋳鉄がよく使われている。しかし,ねずみ
鋳鉄や球状黒鉛鋳鉄など様々な鋳鉄製品を低周波溶解炉で製造している事業所では,低周波溶解炉が
残湯を利用する方式であるため,他の鋳鉄と成分が大きく異なる高クロム鋳鉄は製造しにくい。その
ため,高クロム鋳鉄に匹敵するような耐摩耗性と硬さを持ちながらも添加元素の少ない鋳鉄の開発が
求められている。
そこで,白鋳鉄をベースとして,微量の銅添加により高クロム鋳鉄に匹敵する耐摩耗性や硬さをも
つ鋳鉄の開発を高周波溶解炉で行った。
その結果,高周波溶解炉で鋳造した試験片は,銅の添加量が 1.3~2.5wt%の範囲で大きく向上し,
鋳放しの高クロム鋳鉄と同等以上の値を示した。
Key words:
1
白鋳鉄,銅,耐摩耗性
はじめに
1.8wt% クロムの白鋳鉄を基本として,表 1 の配合表に
白鋳鉄は硬さや耐摩耗性に優れることから,耐摩耗性が
従い銅の添加量を 0.5~1.9wt%の間で 0.2wt%刻みで変
要求される粉砕機部品のローラ等に使用されていた。これ
化させて化学成分を調整した。また,それぞれの試料名
にクロムを 25wt%ほど添加することにより,さらに硬さが高く
は表1のとおりとした。
靭性にも優れた高クロム鋳鉄が開発され,白鋳鉄の代わり
その溶湯から,化学成分分析用のメダル状の試験片とφ
に用いられるようになった。
30×200mm の丸棒試験片を鋳造した。丸棒試験片から試
しかし,ね ず み 鋳 鉄 や 球 状 黒 鉛 鋳 鉄 な ど 様 々 な 鋳 鉄
験片を切り出し,硬さ試験,金属組織試験,摩耗試験に用
製品を低周波溶解炉で製造している事業所では,低周
いた。さらに,肉厚による影響を見るために,銅の添加量が
波 溶 解 炉 が溶湯の一部を次回の溶解に使用する方 式 で
1.0 wt%,1.5 wt%,2.0wt% の 配 合 で , 肉 厚 が 5mm ,
あるため,他の鋳鉄と成分が大きく異なる高クロム鋳
10mm,20mm,40mm の階段状試験片を鋳造した。
鉄は製造しにくい。このため,白鋳鉄を元に合金元素の
添加量が少なく高クロム鋳鉄に匹敵するような鋳鉄の開発
表1
が求められている。
昨年度の研究
1)
高周波溶解炉で鋳造した試験片の配合表(wt%)
試料名
により高周波溶解炉では白鋳鉄の配合
C
Si
Mn
Cu
Cr
高クロム鋳鉄
3.5
0.7
0.3
20
に銅を添加することにより,高クロム鋳鉄と同等の耐摩耗性
白鋳鉄
3.5
0.7
0.3
1.8
と硬さを有する鋳鉄が得られたので,産業技術センターの
白鋳鉄+0.5 Cu
3.5
0.7
0.3
0.5
1.8
高周波溶解炉で鋳造し,その効果の詳細を調べ,銅 添加
白鋳鉄+0.7 Cu
3.5
0.7
0.3
0.7
1.8
白鋳鉄+0.9 Cu
3.5
0.7
0.3
0.9
1.8
白鋳鉄+1.1 Cu
3.5
0.7
0.3
1.1
1.8
白鋳鉄+1.3 Cu
3.5
0.7
0.3
1.3
1.8
白鋳鉄+1.5 Cu
3.5
0.7
0.3
1.5
1.8
白鋳鉄+1.7 Cu
3.5
0.7
0.3
1.7
1.8
白鋳鉄+1.9 Cu
3.5
0.7
0.3
1.9
1.8
による高耐摩耗性鋳鉄の開発を試みた。
2
2.1
研究の方法
試験片と試験方法
産業技術センターの高周波溶解炉による鋳造では,
試料の化学成分を 3.5wt%C,0.7wt% Si,0.3wt% Mn,
*
栃木県産業技術センター
**
(有)村上鋳造所
材料技術部
- 29 -
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
成 分 分 析 試 験 には固 体 発 光 分 析 装 置 (ス ペク トロ 社 製
年度に実施したデータに昨年度実施した研究データ
1)
SPECTRO-LAB)を,硬 さ試 験 にはブリネル試 験 機 (アカシ
も加えて示してある。高周波溶解炉で鋳造した試験片
製 ABK-1)を使用した。
では,銅の添加量が 1.3~3.0wt%の範囲で高クロム鋳鉄
また,金属組織試験を行うために樹脂埋め装置(ビューラ
のブリネル硬さである目標値 520 を超える硬さが得ら
ー製 SIMPLIMET2000)で試験片を樹脂に埋め込み,それ
れた。
を自動研磨装置(ストルアス製 テグラミン-25)で鏡面研磨し
3.4
銅添加量と引張強度
たのち,ナイタルで腐食した。その試料の中心付近を光学
図3に各試験片の引張試験の結果を示す。
顕微鏡(OLYMPUS 製 GX71)で組織を観察し,金属組織
高周波溶解炉で鋳造した試験片は,いずれも高クロ
試験を行った。
ム鋳鉄に比べて引張強さは低かった。一般的には硬さ
さらに,金属組織試験に用いた試料を SEM(日本電子製
が向上すれば引張強さも向上するが,その傾向は見ら
JSM-5600LV) で 写 真 撮 影 を 行 い , パ ー ラ イ ト 組 織 を 調 べ
れなかった。白鋳鉄は伸びの少ない脆性材料であるか
た。
ら,内部欠陥や表面の傷により破断しやすいためと考
一方,摩耗試験は,エンドレスエメリー試験
2)
を参考に,ベ
えられる。
ルトグラインダー(昭和電機製 BK-CX7)に#80 の研磨ベル
3.5
トを用いて,試験片の上に 1kg の重りを乗せた状態で 5 分
図4に各試験片の摩耗試験の結果を示す。図4では
間研磨を行い,その重量減少量を測定した。
本年度に実施したデータに昨年度実施した研究データ
1)
3
3.1
銅添加量と摩耗試験
結果及び考察
も加えて示してある。高周波溶解炉で鋳造した試験片
は,銅の添加量が 0.9~2.5wt%の範囲で高クロム鋳鉄に
化学成分
匹敵する耐摩耗性を持つものが得られた。
表2に化学成分の分析結果を示す。高周波溶解炉で鋳
造した試験片は,ケイ素とマンガンが一部低くなったこ
とを除き,概ね目標値に近い値となっている。
3.2
銅添加量と金属組織試験
図1に金属組織試験の結果を示す。高周波溶解炉で鋳
造した試験片は銅の添加量に関わらず白鋳鉄の金属組
織が得られた。
3.3
銅添加量とブリネル硬さ
図2に各試験片のブリネル硬さを示す。図3では本
白鋳鉄
高クロム鋳鉄
白鋳鉄+1.1 Cu
白鋳鉄+1.3 Cu
白鋳鉄+1.7 Cu
白鋳鉄+1.9 Cu
表2 高周波溶解炉で鋳造した試験片の
化学成分の分析結果(wt%)
C
Si
Mn
P
S
Cr
Cu
高クロム鋳鉄
3.18
0.49
0.28
0.030
0.014
18.8
0.015
白鋳鉄
3.30
0.82
0.25
0.015
0.016
1.80
0.003
白鋳鉄+0.5 Cu
3.53
0.61
0.24
0.024
0.024
1.64
0.47
白鋳鉄+0.7 Cu
3.55
0.66
0.06
0.024
0.018
1,63
0.67
白鋳鉄+0.9 Cu
3.44
0.44
0.34
0.020
0.003
1.82
0.91
白鋳鉄+1.1 Cu
3.29
0.55
0.33
0.019
0.003
2.04
1.17
白鋳鉄+1.3 Cu
3.63
0.52
0.23
0.019
0.011
2.00
1.38
白鋳鉄+1.5 Cu
3.37
0.74
0.32
0.028
0.028
1.65
1.45
白鋳鉄+1.7 Cu
3.53
0.57
0.23
0.018
0.014
1.98
1.75
白鋳鉄+1.9 Cu
3.65
0.53
0.21
0.027
0.017
1.93
1.99
図1 高周波溶解炉で鋳造した試験片の金属組織試験
- 30 -
ブリネル硬さ
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
640
高周波溶解炉(本年度)
620
目標値
600
高周波溶解炉(昨年度)
580
560
1μ m
540
1μ m
白鋳鉄
白鋳鉄+1.0 Cu
520
500
480
460
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
銅の添加量(wt%)
2.5
3.0
1μ m
1μ m
図2 銅の添加量とブリネル硬さ
白鋳鉄+1.5 Cu
白鋳鉄+2.0Cu
図5 白鋳鉄のパーライト組織の SEM 像
700
高周波溶解炉
650
600
高クロム鋳鉄
引張強さ(MPa)
550
500
450
400
350
白鋳鉄+1.0 Cu
300
250
200
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
銅の添加量(wt%)
図3 銅の添加量と引張強さ
白鋳鉄+1.5 Cu
1.4
図6 肉厚 40mm の白鋳鉄の金属組織
高周波溶解炉(本年度)
高クロム鋳鉄
1.2
高周波溶解炉(昨年度)
重量減少量(g)
白鋳鉄+2.0Cu
3.6
1
SEM によるパーライト間隔の測定
晴山らによると,球状黒鉛鋳鉄では銅を添加するこ
0.8
とによりパーライトの層状組織の間隔が緻密になり,
0.6
硬さが上昇する
0.4
でも同様の事が起きるかを確認した。
4)
。そこで白鋳鉄に銅を添加した場合
図5に「白鋳鉄」,「白鋳鉄+1.0Cu」,「白鋳鉄+1.5Cu」
0.2
そして「白鋳鉄+2.0Cu」の SEM 像写真を示す。それぞ
0
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
銅の添加量(wt%)
2.5
3.0
図4 銅の添加量と耐摩耗試験による重量減少量
れの写真より 1μm の幅に含まれるパーライト間隔を測
定したところ,最も細かいところは銅の添加量にかか
わらず 7~8 本/μm であり,銅の添加量による差異は白
鋳鉄では認められなかった。
3.7
肉厚による金属組織の影響
図6は「白鋳鉄+1.0Cu」,「白鋳鉄+1.5Cu」そして「白
鋳鉄+2.0Cu」の階段状試験片から,冷却速度の遅くな
- 31 -
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
る肉厚 40mm の中心部を選び,金属組織を観察したもの
(4)階段状試験片の金属組織観察から,肉厚 40mm 程
である。それぞれ全面チル組織となっており,最も肉
度までは全面チル組織を得るのに十分な冷却速
厚の厚い階段の中心部でも白鋳鉄になるだけの十分な
度が得られることが分かった。
冷却速度は得られている。
謝
4
おわりに
白鋳鉄の配合に銅を添加することにより以下の知見
が得られた。
辞
本研究を実施するにあたって,岩手大学工学部堀江
客員教授には多大なる支援を受けたので,ここに感謝
の意を表する。
(1)高周波溶解炉で鋳造した試験片は銅の添加量が
1.3~3.0wt%の範囲で目標値を超える硬さが得ら
れた。
参考文献
1) 相馬宏之ほか:栃木県産業技術センター研究報告,
(2)高周波溶解炉で鋳造した試験片は,銅の添加量が
No.11 ,p122(2014)
0.9~2.5wt%の範囲で目標値とする耐摩耗性を持
2) 篠原政広:フジコー技報,Vol.1,p29(1993)
つものが得られた。
3) 菅野利猛ほか:鋳造工学,第 70 巻 7 号,p468(1998)
(3)銅の添加によるパーライト間隔の緻密化の傾向は
4) 晴山巧ほか:鋳造工学,第 76 巻 11 号,p891(2004)
確認できなかった。
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