2015年10月号 Vol. 京 都 大 学 i P S 細 胞 研 究 所 CiRA Newsletter 23 サイラ 特集 2 リポート 10 研究成果① 4 倫理の窓から見た iPS 細胞 12 研究成果② 6 CiRA で働く人々 13 研究成果③ 7 CiRA アップデート 14 CiRA× 京大病院 8 iPS 細胞何でも Q&A 15 「iPS 細胞ストック」の提供を開始 iPS 細胞を使って腎臓病を治す! 細胞の運命を精密に操る デュシェンヌ型筋ジストロフィーの初期症状を探る 難治性の腎、膵、肝疾患の新しい治療法開発を。 一般の方対象イベント ヒト胚へのゲノム編集(前編) 元惑星科学者 iPS 細胞の品質を守る Editorial info 発行・編集 京都大学 iPS 細胞研究所 (CiRA)国際広報室 「iPS 細胞ストック」の 提供を開始 〒 606-8507 京都市左京区聖護院川原町 53 Tel: (075)366-7005 Fax: (075)366-7185 Email : [email protected] 8 月 6 日に CiRA スタッフの見守る中、再生医療に利 用するための iPS 細胞が、実際に利用する研究機関へ 初めて提供しました。 CiRA では再生医療実現拠点ネッ 究機関や企業に提供します。 Web: www.cira.kyoto-u.ac.jp トワークプログラムの一環として、 2013 年度より再生医療用 iPS 細胞 また、CiRA では引き続き日本人 撮影 ストックプロジェクトを本格的に進め で頻度の高い細胞の型(HLA)を CiRA 国際広報室 てきました。このプロジェクトでは もつ iPS 細胞の作製を行い、2017 健 康 な 方 から血 液 などを採 取し、 年度末までには日本人の 3 〜 5 割 印刷 CiRA の 細 胞 調 製 施 設 で あ る FiT 程度に移植可能と考えられる細胞 (Facility for iPS Cell Therapy)で iPS の元となる iPS 細胞ストックの構築 株式会社北斗プリント社 細胞を作製し、様々な品質評価を を目指しています。 行った上で、再生医療に利用できる 協力 CiRA 上廣倫理研究部門 iPS 細胞を選定します。こうして作ら この iPS 細胞ストックプロジェクト れた iPS 細胞を、液体窒素で凍結 により、iPS 細胞を使った再生医療 本誌の記事・写真・イラストの 保存し、必要に応じて大学や企業 にかかる時間とコストを大幅に低減 などの研究機関へ提供します。 することができると考えています(図 転載を禁じます。 再生紙 100%使用 Printed in Japan 2)。iPS 細胞ストックの提供開始は、 今回、大日本住友製薬株式会社 あくまで iPS 細胞を使った再生医療 に提供した iPS 細胞は、日本人の の普及へ向けての第一歩です。多く 中で最も多い細胞の型(HLA) を持っ の患者さんに一日でも早く新しい治 た方から作製しました。この iPS 細 療法が届くよう、研究を推進して参 胞から作製した細胞は、日本人の ります。 およそ 17%に対して、移植した時 の免疫拒絶反応が弱いと考えられ ています(図1)。今後は、提供先 の機関で、十分な数に増やし、必 要な細胞へと変化させる作業が行 われます。CiRA では、iPS 細胞ストッ クが様々な研究機関等で適切に使 われるよう、 「審査委員会」を設置し、 所定の手続きに則って、希望する研 2 京都大学iPS細胞研究所 発行 19 ペ ー ジ の iPS 細 胞 ストック Q&A も合わせてご覧下さい。 特集 Feature ( 移 植 可 能 ) 可能) (移植 今回提供されたiPS細胞 (同じ型のHLAを2本もつ) 図 1 日本人の約 17%に移植可能と考えられる(イメージ) この段階で iPS細胞をストック CiRA・細胞調製施設(FiT) 細胞採取 ドナーの方 iPS細胞 作製 品質 チェック 研究機関(大学・企業など) 必要な細胞 へ分化 品質 チェック 移植 図 2 iPS 細胞が移植に使われるまで 2015年10月号 3 iPS 細胞を使って腎臓病を治す! 増殖分化機構研究部門の長船健二教授らのグループは、ヒト iPS 細胞から腎臓の 元となる細胞をつくり、急性腎障害のマウスに移植をすると治療効果があることを発 見しました。 こ 腎臓は血液の中から老廃物を濾し れていますが、CiRA の長船教授らの ることが確認できました。これは移植 取り、尿をつくる大切な臓器です。他 グループでは iPS 細胞を使って腎臓 した細胞が腎臓の保護因子を分泌し にも体内の水分量を調整したり、赤 を治す研究を行っています。 たためであると考えられます。 血球を作る指令を出したり、様々な働 きをしています。 何らかの障害により急激に腎臓の 腎臓移植を必要とするような人工 働きが悪くなることを急性腎障害とい 透析を受けている慢性腎不全の方の いますが、場合によってはそのまま慢 場合は今回の方法では治療は困難で 臓移植を行うことになりますが、移植 性腎不全へと移行することもあります。 すが、少なくとも急性腎障害を負った に必要な腎臓が十分になく、人工透 これまでの方法では急性腎障害に 方の腎臓の働きを回復し慢性化を防 析をしながら移植の順番を待ってお よって腎臓の受けたダメージを軽減 ぐ可能性を示しました。 られる患者さんもたくさんいらっしゃ することはできていませんでした。 腎臓が働かなくなってしまうと、腎 います。こうした患者さんは 30 万人 以上になると言われ、腎臓の働きを 回復させる医療が求められています。 長船教授は「慢性腎臓病や慢性 今回、長船教授らのグループは、 腎不全の治療を目指して、少しでも早 腎臓への血流を一時的に止めること く患者さんのもとに新しい治療法を提 により急性腎障害を起こしたマウスに 供できるように研究を進めてまいりま 腎臓は血液を通す管と尿を通す管 iPS 細胞から作製した腎臓の細胞を す」とコメントしています。 が組み合わさり、多数の細胞が複雑 移植しました。すると、腎機能の指標 な立体的構造を作っているため、再 となる血中尿素窒素(BUN)値や血 生することが難しいといわれていま 清クレアチニン値が、細胞を移植し す。現在のところ腎臓の再生医療は、 なかったマウスと比べて著しく下がっ 実現はかなり先になると考えられて ていました。また、移植した細胞は腎 います。いくつかの方法で腎臓そのも 臓に新たな構 造をつくってはいな のをつくる(再生する)研究も進めら かったものの、腎臓の機能が回復す 4 京都大学iPS細胞研究所 発行 New research 研究成果① 【ジャーナル名】 ステム・セルズ・トランスレーショナル・メ ディスン 【論文名】 Cell therapy using human induced pluripotent stem cell-derived renal 細胞移植から 12 日後の腎臓組織切片の観察像 左)移植していない場合 右)ヒト iPS 細胞由来の腎臓細胞を移植した場合 青い部分がダメージを受けて、回復していない部分を示している。赤い部分が正常な 細胞。 progenitors ameliorates acute kidney injury in mice 【著者名】 Takafumi Toyohara, Shin-Ichi Mae, Shin-Ichi Sueta, Tatsuyuki Inoue, Yukiko Yamagishi, Tatsuya Kawamoto, Tomoko Kasahara, Azusa Hoshina, Taro Toyoda, Hiromi Tanaka, Toshikazu Araoka, Aiko Sato-Otsubo, Kazutoshi Takahashi, Yasunori Sato, Noboru Yamaji, Seishi Ogawa, Shinya Y amanak a and Ke nji Osafune 記者向けレクチャーで質問に答える長船教授(左) と前伸一研究員(右) 2015年10月号 5 New research 研究成果② 細胞の運命を精密に操る 未来生命科学開拓部門の齊藤博英教授らの研究グループは、RNA を用いて、細胞 の機能をさまざまに制御できる人工回路を構築することにヒトの細胞で成功しました。 私 達 の 体 を 構 成 する 細 胞 の 中 一方、人工回路に用いられてきた では、日々、DNA 上の遺 伝 情 報が DNA は、細胞の中にもともと存在す ることを想定した多段階の回路や、 RNA へと写し取られ、最終的にはタ る遺伝子を傷つける恐れがあります。 細胞内の状態を記憶できるようなス ンパク質となり、さまざまな働きを担 そこで、齊藤教授らのグループは、よ イッチ回路の構築に成功しました。ま います。細胞には、多種多様なタン りリスクの少ない RNA や RNA と結合 た、それぞれの回路に影響を与える パク質に対して、適切な時に適切な するタンパク質を利用し、さまざまな 時間を操作できるようなシステムも確 量を発現するための、いわば回路の 人工回路の構築を試みました。 立しました。 ルを増幅したり、タイミングを調節す ようなしくみが備わっています。 まず初めに、複数の人工伝令 RNA これらの人工回路を組み合わせる これまで、このような回路の制御に を細胞内に入れ、細胞内の状態を検 ことで、がん化した細胞や、iPS 細胞 は、一般的に低分子化合物などの薬 知し、細胞の運命を制御できる回路 から分化せずに残ってしまった未分化 が用いられていましたが、予想外の を構築しました。具体的には、ヒトの 細胞などを、細胞内の状態に応じて 副作用をもたらすこともあり、常に安 がん細胞と胎児腎細胞を同一の培養 除去するなどの応用が考えられます。 全性に対するリスクを背負ったもので 皿で培養し、標的となるがん細胞で また、安全かつ精密に培養皿上の細 した。そこで、細胞の状態に応じて制 多く見られるマイクロ RNA があるとき 胞の運命を制御できる技術として将 御できる人工回路の開発が期待され にのみ、細胞死を引き起こす回路の 来の医療応用が期待されます。 ています。 構築に成功しました。他にも、シグナ 【雑誌名】 ネイチャー・バイオテクノロジー 【論文名】 Mammalian synthetic circuits with RNA binding proteins for RNA-only delivery 【著者名】 Liliana Wroblewska, Tasuku Kitada*, Kei Endo*, Velia Siciliano, Breanna Stillo, Hirohide Saito**, Ron Weiss** *) これらの著者は同等にこの論文に貢 献しました。**)責任著者 6 記者からの質問に答える 齊藤博英教授 New research 研究成果③ デュシェンヌ型筋ジストロフィーの 初期症状を探る 臨床応用研究部門の櫻井英俊准教授らの研究グループが、デュシェンヌ型筋ジスト ロフィー(DMD)患者さんから iPS 細胞を作製し、筋肉細胞へと分化させることにより、 この疾患の初期症状を培養皿上で再現することに成功しました。 DMD は、筋ジストロフィーの中で iPS 細胞は患者さんから作製するこ 細胞でも DMD の初期症状について、 も最も症状が重い上に患者数が多く、 とができるという利点があります。今 男児 3500 人に1人の割合で起こりま 回の研究では、患者さんから作製し す。筋肉細胞中で働くジストロフィン た iPS 細胞を筋肉細胞へと変化させ、 また、薬剤を加えることで、DMD の遺伝子に異常があり、筋肉細胞が 健康な方の細胞と違いを比べました。 の初期症状が緩和できることも明ら 変性して衰弱してしまう病気です。こ すると、患者さんの細胞では、健康 かにしました。残念ながら、使用した れまでは、患者さんの筋肉細胞をも な方に比べ、細胞内へのカルシウム 薬剤に毒性があるため、すぐに患者 とに研究が進められていましたが、 イオンの流入量や筋肉細胞破壊の指 さんへ応用することはできませんが、 大量に得ることができない上に、既 標となるクレアチンキナーゼという酵 一度に 96 サンプルを扱える今回の に病気を発症した細胞であるため、 素の漏出量が多いという傾向がみら 実験系を利用し、患者さんの細胞で 細胞内の初期症状について調べるこ れました。これまでのマウスの研究か お薬を見つけることが期待されてい とはできませんでした。 ら予想されていた結果ですが、ヒトの ます。 実証することができました。 【雑誌名】 サイエンティフィック・レポーツ 【論文名】 Early pathogenesis of Duchenne muscular dystrophy modelled in patient-derived human induced pluripotent stem cells 【著者名】 Emi Shoji, Hidetoshi Sakurai*, Tokiko Nishino, Tatsutoshi Nakahata, Toshio Heike, Tomonari Awaya, Nobuharu F u ji i , Y as u k o M anab e, Masafumi 記者会見後、質問に答える櫻井英俊講師(右か ら二番目)と庄子栄美研究員(一番右) Matsuo, Atsuko Sehara-Fujisawa *)責任著者 2015年10月号 7 難治性の腎、膵、肝疾患 の新しい治療法開発を。 京都大学医学部附属病院長の稲垣暢也教授と、 CiRA 増殖分化機構研究部門の長船健二教授が対談しました。 稲垣:長船先生は、現在 iPS 細胞 と予想されていた腎臓病を研究 です。研究室に入れてください」 を使って腎臓、膵臓、肝臓の再 し、再生しにくい腎臓を再生させ とお願いしました。浅島研究室で 生の研究をなさっていますが、京 て患者さんを助けたいと考えまし はまずカエルの腎臓の発生の研 都大学卒業後はしばらく臨床医と た。その前に臨床の勉強をしよう 究を始めて、次にマウスで腎臓発 してご活躍されましたね。 と内科に入局し、京大病院を含 生の研究をし、腎臓の幹細胞が めて4年間、腎臓内科医、透析 あることを発見しました。それを 医の経験を積みました。 ES 細胞から作ろうとしたことが、 長船:学部生のころから基礎研究 に興味があり、再生が注目されて いない時代でしたが、皮膚や血 稲垣:その後、大学院に入り本格 液のように盛んに再生する臓器 的に研究の道に進まれたわけで 稲垣:転機とは、ハーバード大学 と、腎臓のように再生しにくい臓 すが、長船先生はユニークなキャ のダグラス・メルトン教授の研究 器 が あることに関 心 が ありまし リアの持ち主です。東京大学大学 室への留学ですね。メルトン教授 た。そこで患者さんが増えてくる 院の理学系研究科に進み、再生 は、膵臓のインスリンを分泌する 分野で日本を代表する浅島 誠先 β細胞の再生の研究では世界の 生の元で学ばれました。医学部 最先端で、希望者があまりに多く、 出身者が理学系の大学院に進む 普通は入れない研究室です。 のは珍しいですね。 次の転機につながりました。 長船:浅島先生とメルトン教授の国 長船:臨床医のときに浅島先生の 際共同研究のおかげです。ただ 講演をお聞きし、試験管の中で 私は腎臓のことしか考えていな 「透析導入を遅らせる治療は社会的にも意義がありますね。」 稲垣暢也 教授 8 京都大学iPS細胞研究所 発行 カエルの腎臓の一部が再生でき かったので、膵臓の研究に迷い ていることを知り「この研究だ」 はありました。結局、腎臓よりも と思いました。講演後、浅島先 進んでいる膵臓で研究をし、同じ 生を待ち伏せして「先生と一緒に ことを腎臓で展開すればよいので 研究をして、患者さんを助けたい はないかと考え、留学を決めまし CiRA× 京大病院 Dialogue 第8回 た。それが 2005 年です。その前 業が見つかり、山中先生の期待 義がありますね。京大病院は日本 年にメルトン研究室でヒト ES 細 もあるので、3〜5年のうちには で初めて膵島移植を行い、国内 胞 17 株が樹立され、私たちはそ 臨床応用を実現したいと考えてい 最 多 の 実 績を持っている ので、 の細胞を最初に膵臓に分化誘導 ます。 iPS 細胞を使った細胞移植治療が する研究を行い、膵臓の再生研 稲垣:その頃には京大病院の第Ⅱ やりやすい環境にあると思いま 究の初期から携わることができま 期病棟が完成し、新設の iPS 等 す。臨床応用にあたり、京大病 した。 臨床試験センター(仮称)で治 院に期待することは何でしょう。 稲垣:世界の超一流の研究室で成 験ができるかもしれませんね。一 長船:膵臓の再生研究は世界的に 果を上げられた後、絶好のタイミ 方、構造の複雑な腎臓の再生は も競争が激しく、基礎研究と臨床 ングで京都大学 iPS 細胞研究所 どうですか。 応用の橋渡しをスムーズに行う必 長船:究極は完全な腎臓を作り腎 要があります。細胞は私たちが作り CiRA ではどんな研究をされてい 移植のドナー不足を解消すること ますので、経験豊富な京大病院の るのですか。 ですが、そこまでいかなくても、 先生に移植や評価、フォローをお 細胞移植によって腎臓病の悪化を 願いし、京大の総合力で最もよい んだことを腎臓でやろうと考え、 遅らせて透析患者さんを減らすこ 治療法を実現したいと思います。 iPS 細胞から腎臓を作る研究を始 とも1つの方向です。これが今後 稲垣:私も長船先生が作られた細 めました。それが軌道に乗ったと 10 年の私の研究テーマで、最近 胞を用いて、糖尿病の患者さん ころで、山中伸弥先生から「膵 の実験で iPS 細胞から作った腎臓 を治療できる日を楽しみにしてい 臓の再生の研究をやっている人 の細胞の一部をマウスに移植する ます。 がいないから、膵臓もやってくれ」 と、急性腎障害の悪化を抑えら と言われ、さらに 「 肝臓も」とお れることがわかりました。急性腎 願いされました。 障害で治療効果を確かめたので、 (CiRA) に戻ってこられました。 長船:当初の目的通り、膵臓で学 稲垣:3つの臓器の再生という超 人的な研究をされていますが、目 標は臨床応用だと思います。いつ ごろ目標が達成できそうですか。 今後は慢性腎臓病の進行を遅ら せる研究に注力します。 稲垣:私自身は糖尿病を専門にし ているのですが、現在日本で人工 「マウスでの実験で治療効果が認められました。」 長船:比較的研究が進んでいるの 透析を受けている患者さんは 32 は膵臓です。最近、糖尿病のマ 万 人、 透 析 医 療 費 は 年 間 ウスにヒト iPS 細胞から作った膵 1兆5千億円にのぼります。細胞 臓の細胞を移植して血糖値が下 治療で透析導入を遅らせることが がることがわかりました。協力企 できれば、社会的にも大きな意 長船健二 教授 2015年10月号 9 CiRA 一般の方対象シンポジウム 「iPS 細胞と医農工連携:あたらしい医療を考える」 7 月 26 日に明治大学と共催で一般 山中所長は iPS 細胞を使って、動物 の方向けのシンポジウムを明治大学 の体の中で人間の臓器を作る研究 アカデミーホール(東京都千代田区) や、精子や卵子を作る研究があるこ にて開催しました。厳しい暑さの中、 とを紹介し、そうした最先端の研究を 920 名もの皆さんが来場しました。 進めて行く上で一般の方々との双方 向のコミュニケーションが大切である 明治大学から長屋昌樹教授、相澤 ことを強調しました。また、山下教授 守教授、長嶋比呂志教授の 3 名がそ は心臓の機能を取り戻す挑戦につい れぞれ医学・工学・農学の立場から て講演し、心臓の筋肉をシート上にし 講演を行いました。CiRA からは山中 て心臓に貼り付ける手法を紹介しま 伸弥所長および山下潤教授が iPS 細 した。本講演は、CiRA ホームページ 胞を使った研究全般の状況、心臓再 上でご覧いただけます。 山中所長 生に向けた研究の話を紹介しました。 山下教授 講演者全員で臨んだトークセッション 10 京都大学iPS細胞研究所 発行 会場となった明治大学 Report 一般の方対象イベント 小学生向け体験講座 「親子で遊ぼう iPS 細胞教室」 8 月 2 日に、グランフロント大阪 製や幹細胞かるたなど 3 つのコンテ で開催された「ナレッジキャピタル ンツを用意し、来場された方々にお ワークショップフェス」にて、小学生 楽しみいただきました。猛暑日だっ 向けの体験型講座ブースを開きまし たにも関わらず、約 250 名の子供 た。今回の体験講座では、国際広 たちとその保護者らが訪れてくれま 報室のサイエンスコミュニケーター した。 が中心となり、細胞フィギュアの作 中学生向け iPS 細胞講座 CiRA ブースの様子 「iPS 細胞を研究してみよう!」 7 月 29 日に、京都市教育委員会 による細胞の特徴や先生自身の研 が主催する「未来のサイエンティス 究についての紹介、細胞について ト養成事業」と大津市科学館が主催 のグループでのディスカッション、 する「IF クラス」の夏期講座として、 iPad での体験ゲームを通して、iPS CiRA で iPS 細胞講座を開催し、40 細胞の研究に触れました。参加者 名の中学生が集まりました。 山本拓 からは、楽しく学べたという感想が 也助教(未来生命科学開拓部門) 寄せられました。 中学生に語りかける山本助教 出張 CiRA カフェ:iPS 夜話 「元気な免疫細胞を再生して体を守る」 8 月 26 日の夕刻より、グランフロ あと、がん治療における iPS 細胞の ント大阪内の The Lab. CAFE Lab. に 可能性について話題を提供しまし てサイエンスカフェを開催しました。 た。金子准教授は、免疫の機能を お勤め帰りの方を中心に約 50 名に 活用した次世代のがん治療を目指し 参加いただきました。金子新准教授 ています。参加者から、免疫のしく (増殖分化機構研究部門)が、iPS みや臨床応用について質問があり、 細胞技術を使った研究にたどり着く 熱心に先生の話に聞き入っている参 までの自身の研究の道のりに触れた 加者の様子がとても印象的でした。 金子准教授 2015年10月号 11 倫理の窓から見た iPS 細胞 Column ヒト胚へのゲノム編集(前編) 前回の八代嘉美准教授のコラム きたことを報告しました。こうした に続き、ゲノム編集に関係する倫理 基礎研究に加え、アメリカでは HIV 的問題について紹介します。2015 の患者さんにゲノム編集を行った細 年 4 月、中国の研究グループが「ゲ 胞を投与する臨床研究も行われて ノム編集」と呼ばれる技術を使って、 います。 世界で初めてヒト胚の遺伝子を改変 ヒト胚(図中 C)のゲノム編集に したと報告しました。将来、思いど 特徴的な倫理的問題は、おおむね おりの性質を持つ人間を創り出すこ 次の 2 つに集約されます:(1)ヒト 表例です。ヒト胚へのゲノム編集が、 とにもつながるため、世界の有名 胚にゲノム編集という操作を加える 基礎研究として、病気の解明や治 な学術誌や学会などが、倫理的に ことと、(2)その胚から人ひとり創 療法の開発に役立たないとも言い 問題であるという立場を表明してい り出す可能性があることです。ヒト 切れません。そのため、ヒト胚にゲ ます。 の胚は、子宮に戻せば、わたした ノム編集を行う行為だけに限ると、 農畜産物の品種改良やバイオ燃 ちと同じ人として成長する存在です。 禁止する理由はないという意見や、 料の開発、実験動物の作製を目的 冒頭で触れた中国のグループも、核 人を創ることに近づく以上、禁止す に、ヒト以外の細胞にゲノム編集を の異常により成長しないことがあら べきだという意見などがあり、見解 行う研究(図中 A)は、すでに数多 かじめ分かっているヒト胚を研究に が分かれています。一方、ゲノム編 く行われています。胚以外のヒト細 用いることで、倫理的問題を回避し 集した胚を子宮に戻して人を創り出 胞へのゲノム編集にも、期待が寄せ ようとしました。 すことについては、多くの研究者が られています(図 中 B)。 例えば、 ただし、ヒト胚を操作したり研究 反対しています。ゲノム編集した胚 CiRA は昨年、筋ジストロフィーの に利用したりする行為自体は、必ず から人を創り出すことの倫理的問題 患者さん由来の iPS 細胞にゲノム編 しも禁じられていません。ヒト胚を は、次回に紹介します。 集を行い、遺伝子の異常が修復で 壊して作る ES 細胞の研究がその代 ヒト以外(A) ヒト (文:藤田みさお上廣倫理研究部門准教授) 倫理的問題 胚以外(B) 細胞 藤田みさお准教授 子宮に戻さない 胚を操作する。 子宮に戻す(出産) 胚を操作する。 胚(C) 図 ヒト胚へのゲノム編集に伴う倫理的問題 12 京都大学iPS細胞研究所 発行 人を創り出す。 CiRA members CiRA で働く人々 元惑星科学者 iPS 細胞の品質を守る iPS 細胞の実用化には、 高品質の iPS 細胞を安定的に作ることが不可欠です。今回は、 細胞調製施設(FiT)で臨床用 iPS 細胞の品質保証に携わる吉田信介研究員にお話を 伺いました。 自分の経歴を話すとよく驚かれま を含む文書管理、製造期間中とそ す。大学 4 年生からポスドクまでの の後に行われる試験検査の記録書 11 年間、宇宙科学研究所(宇宙航 や報告書の承認、施設・設備の性 空研究開発機構に統合)で小惑星 能確認試験の計画書報告書の確認、 探査機「はやぶさ」のターゲットと その他 FiT での運営や作業に問題が なる小惑星を決める仕事や主に月探 ないかの点検など多岐に渡ります。 査のための装置開発に従事しまし 基本的にはデスクワークが中心で た。科学者としてのいろはを学んだ す。主役である製造部門の仕事がう のはこの時です。その後、父と同じ まく回るように目を配っています。 歯科医になり、その過程で生命科学 今年 8 月初めには、再生医療用 iPS の奥深さに魅せられました。研究へ 細胞ストックの提供を開始しました。 の思いから、数理生態学や大腸菌 (2 ページ)ここでは、主に出荷試 の研究に関わりながら、複数の研究 室で理論や実験技術を身に付けまし た。何の共通点もなさそうですが、 宇宙分野での装置開発や画像解析 などの経験が生物分野で生かせたよ 吉田研究員 「今後は、ジェネラリストとして産学をつなぐハブのような役もし たい、その先に至るビジョンを持つことを常に意識しておきた いですね。」 うに、異なる分野に役立った経験が たくさんあります。一人で異分野融 験や品質評価試験の結果が適切か 押して他機関に提供するので、大き 合をしていたような感じです。 を確認することで、提供する iPS 細 な責任も感じます。品質保証担当者 胞の品質に問題がないかという出 としては、今からが始まり。心から 荷判定に携わりました。 ほっとできるのは、提供した iPS 細 FiT に 来 た の は 2012 年 10 月。 iPS 細胞の特性に興味があり、現場 胞から作られた細胞が患者さんに で見られることに魅 力を感じまし 品質保証には様々な知識が必要 移植され、その患者さんが何事もな た。初めは臨床用 iPS 細胞の製造 ですが、基礎研究や臨床で培った く天寿を全うされたと分かったとき に携わっていましたが、ここ 2 年ほ 経験を生かせますし、日々新しいこ だと思っています。 どは iPS 細胞の品質保証を担当して とがでてくるのは面白く、非常にや います。業務は、iPS 細胞を製造す りがいを感じています。同時に、自 るための手順書などの制定や改訂 分達が iPS 細胞の品質に太鼓判を 2015年10月号 13 CiRA アップデート 10/1 CiRA news update 9/7 基盤技術研究部門の浅香勲前准 教授が同部門の教授に昇任し、高 須直子医療応用推進室長が同部門 教授に就任しました。臨床応用研 究部門の櫻井英俊前講師が同部門 准教授に、増殖分化機構研究部門 の豊田太郎前助教が同部門講師に 昇任しました。未来生命科学開拓 部門の三木健嗣前特定研究員が同 部門特定助教に就任しました。 日立 製 作 所と CiRA が「 健 常 人 iPS 細胞パネル」の構築協力を発表 しました。日立健康管理センターに 訪れる方で、ご同意いただいた方 から血液を採取し、健診データとと もに CiRA にご提供いただきます。 その血液から iPS 細胞を作製し、疾 患特異的 iPS 細胞パネルと比較解 析し、病気の原因や治療法開発を 目指します。 9/12 8/28 第 5 回大阪マラソンのチャリティ ランナーで、CiRA を寄付先団体に してくださっている方とマラソン練 習会を大阪市内で開催しました。山 中伸弥所長、長船健二教授、渡辺 亮助教、三島雄太研究員とともに、 23 人のチャリティランナーが、もり のみやキューズモールのエアトラッ ク 10 周(3km)を走りました。 昨年度、iPS 細胞研究基金にご寄 付くださった方々を対象に、寄付者 感謝の集いを大阪市内で開催しまし た。約 200 人がご参加くださいました。 中川誠人講師が、第 13 回産学 官連携功労者表彰にて文部科学大 臣賞を受賞しました。 8/26 出張 CiRA カフェ第二回「iPS 夜話」 をグランフロント大阪で開催しまし た。(11 ページ) 8/20 櫻井英俊准教授グループが論文 を発表しました。(7ページ) 8/6 再生医療実現拠点ネットワークプ ログラムの一環で、再生医療用 iPS 細胞ストックの提供を開始しました。 (2ページ) 8/2 グランフロント大阪で開催された イベントで、小学生を対象にした「親 子で遊ぼう iPS 細胞教室」を開きま した。(11 ページ) 7/29 京都市教育委員会と大津市科学 館が主催するイベントで、中学生を 対 象 にした 講 座を開 催しました。 (11 ページ) 7/26 明治大学と CiRA の共催で市民対 象シンポジウム「iPS 細胞と医農工 連携:あたらしい医療を考える」を 東京都内で開催しました。(10 ペー ジ) 7/24 大日本住友製薬株式会社、日立 製作所と CiRA は、iPS 細胞を用い たパーキンソン病の再生医療の実 現化に向け、ドパミン神経前駆細胞 の生産方法の確立等に関する基盤 技術および評価手法を開発する共 同研究を行うことを発表しました。 7/22 長船健二教授グループが論文を 発表しました。(4ページ) 8/4 齊藤博英教授グループが論文を 発表しました。(6ページ) 最 新 情 報 は ホ ー ム ペ ー ジ に! 14 京都大学iPS細胞研究所 発行 www.cira.kyoto-u.ac.jp どのくらいの人に移植可能 なのですか? 8月に提供を開始した細胞は日 本人に最も多いHLA型ですの で、一種類のiPS細胞から作っ た細胞で日本人の約17%に移植 可能と考えられます。今後ス トックするiPS細胞の種類を増 やし、2018年度中には日本人 のおよそ半分に移植可能な細胞 「再生医療用iPS細胞ストック プロジェクト」とは何ですか? 再生医療に使えるように、健康 の元となるiPS細胞を用意した いと考えています。 とです。予め保存しておくこと で、iPS細胞を作るまでの期間を 特殊なHLA型をお持ちの方にご 協力をお願いしています。現 いつ頃から治療に使えるよう になりますか? なボランティアの方からiPS細胞 を作製し保存しておく計画のこ iPS細胞ストックプロジェ クトに協力をしたいのです が、どうすればよいでしょ うか? 在、京都大学病院や日本赤十字 社、日本骨髄バンク、さい帯血 バンクなどと連携し、過去に別 今年の8月には使用を希望する の目的でHLA型を調べたことが 研究機関にiPS細胞を提供しま ある方を中心にご協力いただけ した。提供先でiPS細胞を増や 短縮できることと、品質の良い る方を探しています。 し、必要な細胞へと変化させる iPS細胞を選んで使用することが もし、そうした機関でお声がけ 作業を行っています。今後、こ できるため、患者さん自身の細 の細胞を元に臨床研究あるいは があった場合にはご協力をいた 胞からiPS細胞を作る場合に比べ 臨床試験の準備を行います。安 て、大幅にコストも時間も削減 全性や有効性について十分に検 できると考えられています。 証する必要がありますので、実 だければ幸いです。 際に多くの方に受けていただけ るような治療法になるには、ま 患者さん本人ではない細胞で、 拒絶反応は無いのですか? だまだ時間がかかると予想され ます。 拒絶反応の有無は、細胞の型で あるHLA型が大きく関与してい ます。HLA型は何万種類もあ り、一致することはあまり無い のですが、極稀に多くの人に移 植可能なタイプのHLA型(HLA ホモ接合体)を持つ方がいらっ しゃいます。そのような方にご 協力いただき、iPS細胞を作製 しています。 その他詳細については以下の URL をご覧ください。 www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq1.html (CiRA のウェブページ) 2015年10月号 15 第三回 「新しい薬の見つけ方」 日程:12月18日 (金)19:00~20:30 対象:高校生以上 料金:500円 会場:グランフロント大阪 Café Lab. 定員:50名(抽選、11月下旬申込受付開始予定) 京都大学iPS細胞研究所 発行 CiRA サイラ Newsletter October 2015 Vol. 23 © Center for iPS Cell Research and Application, Kyoto University 2015
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