特にアスファルト・エミッションについて

道路工事での作業者環境:
特にアスファルト・エミッション
について(文献紹介)
大阪市立大学名誉教授
山田 優
関西道路研究会 「道路環境問題研究会」2015.6発足
目的:文献調査および専門家から講演を聴き、道路における
環境問題の現状を把握し、研究課題を整理する。
研究範囲:
1)道路(の存在)による環境問題
・騒音、振動、自動車排気ガスなど、車による問題
・構造物による熱環境、地下水などに係る問題
2)道路建設(工事、材料など)に係る問題
・道路工事に伴う沿道環境および工事作業者環境
・材料の安全性、リサイクルなどの問題
3)道路、街の緑化、景観問題、交通弱者対策
・沿道、公園の緑化、景観
・歩道、駐車場等の舗装での緑化(草系舗装)、
足にやさしい舗装など
2
アスファルト舗装工事で、
各種役割を持つ作業員達の作業環境の改善も必要
要改善検討事項
1.夜間工事等、
時間的拘束・不
規則性
2.アスファル・
エミッション
問題
3
NCHRP 9-47A Final Report
(TRB:NCHRP Report 779, 2014)
(NCHRP:National Cooperative Highway
Research Program、全米協同道路研究計画)
“Field Performance of Warm Mix
Asphalt Technologies”
(中温化アスファルト(WMA)技術の
フィールド供用性能)
PART 1:Engineering Properties and
Field Performance of Warm Mix Asphalt Technologies
(中温化アスファルト技術の工学的特性とフィールド供用性能)
PART 2:Effects of WMA on Plant Energy and Emissions
and Worker Exposures to Respirable Fumes
(プラントでのエネルギーと排気、および呼吸できるヒューム
への作業者曝露に関するWMAの効果)
中温化アスファルト(WMA)技術とは、
・従来の加熱アスファルト混合物
製造温度:140~160℃程度
Hot-Mix Asphalt(HMA)
・中温化アスファルト混合物
製造温度:100~140℃程度
Warm-Mix Asphalt(WMA)
WMAについての参考文献
B.D.Prowell, G.C.Hurley, B.Frank:
Warm-Mix Asphalt:Best Practices,
NAPA (National Asphalt Pavement
Association),
Quality Improvement Publication 125,
3rd Edition, 2012.
5
中温化の方法
1)発泡系
水分や発泡剤を用いて、加熱アスファルト中で発泡させ、
ベアリング効果によりアスファルトの混合性、締固めやす
さを高める。
2)粘弾性調整系
発泡剤以外の添加剤を用いて、アスファルトの高温域
(製造・施工温度領域)での粘弾性を調整し、混合物の製
造・施工温度を低下させる。低温域(供用温度領域)では、
無添加の場合と変わらない。
3)滑剤系(界面活性剤系)
界面活性剤を用いて、アスファルトおよび骨材界面の潤
滑性を高める。舗設後は、潤滑効果はなくなる。
6
中温化技術による効能
・製造温度の低下、
・燃料消費量の削減、
・寒冷地での舗設可能時期の拡張、
・運搬距離の延長、
・締固めやすさの向上、
・再生骨材中の老化を低減、
・温室効果ガスを含む排出物質の低減、
・プラント、舗設現場での作業条件の改善
これら効能を実証するデータが、
NCHRP 9-47Aで得られた。
7
NCHRP プロジェクト9-47A における
Worker Exposure(作業者曝露)調査研究の背景
1.アスファルトは、石油の蒸留残留分であるが、少量の揮発
性、半揮発性の有機化合物が残っていて、加熱、撹拌で、解放
される。→ Asphalt Emissions(アスファルト排気)
2.アスファルトの吸入や皮膚曝露と、肺癌リスクとの関連、
喫煙やコールタール曝露の場合のような癌発病率増加ついて、
確かな証拠はない、とされてきた。
← Clarkら(USA, 2011)、Olssonら(Sweden, 2010)、Fuhstら
(Germany, 2007) など、欧米の研究結果から
3.しかし、IARCは2013年発行のモノグラフで「アスファルト
およびその道路舗装工事での排気への職業的曝露は”人に発癌
性の可能性も”(Group 2B)」という結論を下した。
IARC(International Agency for Research on Cancer)
(癌に関する研究のための国際的機関)
LIST OF IARC MONOGRAPHS(IARC発行モノグラフのリスト)
Volume 1 (1972)
Some Inorganic Substances, Chlorinated Hydrocarbons, Aromatic Amines,
N-Nitroso Compounds, and Natural Products(数種の無機物質、塩素化炭化
水素、芳香族アミン、n-ニトロソ化合物、および天然産物)
・
IARCモノグラフは、フランス、リオンで開催の
Volume 14 (1977)
「人への発癌リスクの評価に関するIARCワーキン
Asbestos(アスベスト)
ググループ」の概要と専門家意見をまとめたもの
・
(モノグラフ:情報の集大成、評価書)
Volume 38 (1986)
Tobacco Smoking(喫煙)
・
Volume 51 (1991)
Coffee, Tea, Mate, ・・・
(コーヒー、お茶、マテ茶、・・・)
・
Volume 103 (2013)
Bitumens and Bitumen Emissions,・・・
(アスファルトおよびアスファルトエミッション)
・
Volume 107 (2014)
Polychlorinated biphenyls and polybrominated
biphenyls(ポリ塩素化ビフェニルおよびポリ臭化ビ
フェニル)
Volume 103(2013)
Bitumens and Bitumen Emissions, and Some N- and SHeterocyclic Polycyclic Aromatic Hydrocarbons
(アスファルトとアスファルトエミッション(排気)、および
ある種のN-および S-複素環式芳香族炭化水素)
Volume 35 (1985)
Polynuclear Aromatic Compounds, Part 4: Bitumens, Coal-tars and
Derived Products, Shale-oils and Soots(多核芳香族化合物、その4:
アスファルト、コールタールおよび誘導生成物、シェール油、および煤煙)
アスファルト
= bitumen(ヨーロッパ)asphalt, asphalt binder, asphalt cement(アメリカ)
アスファルト混合物、合材(骨材とアスファルトの混合物)
=asphalt(ヨーロッパ)asphalt mixture (アメリカ)
Bitumen emissions = The complex mixture of aerosols, vapours and gases from
heated bitumen and products containing bitumen
(アスファルト・エミッション=加熱アスファルトからのエーロゾル(煙霧
質)、蒸気、ガス、およびアスファルトを含む生成物の複合混合物)、
(ヒューム(fume)=エーロゾル成分のみ?)
IARCによる「人における発癌性(carcinogenicity)」の分類
Group 1 :The agent is carcinogenic to humans.
Group 2A:The agent is probably carcinogenic to
humans.
Group 2B:The agent is possibly carcinogenic to
humans.
Group 3 :The agent is not classifiable as to its
carcinogenicity to humans.
Group 4 :The agent is probably not carcinogenic
to humans.
舗装工事中のストレートアスファルトおよび、それらの
エミッションへの職業上曝露についてのIARCの評価は、
1985年(Volume 35) :Group 3
2013年(Volume 103):Group 2B
4.その他の研究も、癌リスクはなくても、種々の健康への関
連性はあり、作業者曝露を少なくする必要性を強調
・Raulf-Heimsothら(Germany, 2011):アスファルト曝露
作業者の下部気管に半慢性的刺激性炎症影響を発見
・Tepperら(USA, 2006):アスファルト曝露作業者は、非曝
露作業者に比べ、喉の炎症発生率が高い。
・Norsethら(Norway, 1991):アスファルト曝露作業者は、
非曝露作業者に比べ、異常な疲労、食欲減退、喉頭・咽頭炎症
および目の炎症が多い。予防的措置として、アスファルト温
度を150℃以下にして、fume(煙霧)濃度を0.40mg/m3以下
にし、可能であれば、高い温度を必要とする硬いアスファル
トの使用を避けるべき。
5.NIOSH(National Institute for Occupational Sefty
and Health, 全米職業安全健康研究所)は「アスファルト温度
の低減など、アスファルト・ヒューム(煙霧)への作業者曝露を
最小にする技術管理と作業実践を勧告」(NIOSH, 2001)
NCHRP プロジェクト9-47A における
Worker Exposure(作業者曝露)調査
各舗装工事現場(インディアナとニューヨーク)で、
Worker Breathing Zone Sample(作業者が吸い込むことが
できるゾーンのアスファルトエミッション試料)の採取、分析
分析項目
・全サンプルについて
Total Organic Matter(全有機物量:TOM)を測定
(ベンゼン可溶分率:BSFは、検出限界以下)
・各サイトで、最も高いTOMを示したサンプルについて
Polycyclic Aromatic Compounds(多環芳香族化合物:PACs)
の検定
PACの例
作業者の呼吸ゾーンサンプルで調査された多環芳香族化合物のリスト
No
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
多環芳香族化合物名
多環芳香族化合物名
ベンゼン
CAS No.
No CAS No.
(ベンゼン環数:1~4)
(ベンゼン環数:4~6)
環数
95-15-8 Benzothiophene
21 552-43-0 1-Nitropyrene
1+
22 27208-37-3 Cyclopenta[cd]pyrene
91-20-3 Naphthalene
2
△
23 205-99-2 Benzo[b]fluoranthene △
83-32-9 Acenaphthene ○
2+
24 205-82-3 Benzo[j]fluoranthene
208-96-8 Acenaphthylene ○
2+
25 207-08-9 Benzo[k]fluoranthene △
2+ (4?) 225-11-6 Benz[a]acridine ○
26 194-59-2 7H-Dibenzo[c,g]carbazole △
2+ (4?) 225-51-4 Benz[c]acridine ○
86-74-8 Carbazole △
27 56-49-5
2+
3-Methylcholanthrene ○
132-65-0 Dibenzothiophene ○
28 50-32-8
2+
Benzo[a]pyrene
29 192-97-2 Benzo[e]pyrene ○
86-73-7 Fluorene ○
2+
30 53-70-3
120-12-7 Anthracene
3
○
Dibenz[a,h]anthracene
31 226-36-8 Dibenz[a,h]acridine △
85-01-8 Phenanthrene
3
○
239-35-0 Benzo[b]naphtho[2,1-d]thiophene ○ 32 224-42-0 Dibenz[a,j]acridine ▲
3+
206-44-0 Fluoranthene
33 224-53-3 Dibenz[c,h]acridine △
○
3+
243-46-9 Benzo[b]naphtho[2,3-d]thiophene 34 2997-45-7 Dibenzo[a,e]fluoranthene
3+
35 193-39-5 Indeno[1,2,3-cd]pyrene △
56-55-3 Benz[a]anthracene △
4
36 191-24-2 Benzo[ghi]perylene
3697-24-3 5-Methylchrysene △
4
37 192-65-4 Dibenzo[a,e]pyrene
218-01-9 Chrysene
4
△
38 189-55-9 Benzo[rst]pentaphene
129-00-0 Pyrene
4
○
57-97-6 7,12-Dimethylbenz[a]anthracene 39 189-64-0 Dibenzo[a,h]pyrene
4
40 191-30-0 Dibenzo[a,l]pyrene
217-59-4 Triphenylene ○
4
▲
注) 陰付きセルの化合物は、アスファルトについて検査される薬品の予備リストとして国際癌研究機関(IARC)により最近挙
げられた多環芳香族化合物。○:Group 3(not classifiable) △:Group 2B(possibly) ▲:Group 2A(probably)
調査対象作業者
・Paver Operater
(舗設機の運転者)
・Screedman
(敷均し装置係)
・Roller Operater
(ローラの運転者)
・Raker/Labour
(レーキ係/助手)
それらの作業者が、
吸着剤入りチューブを2本、装着
道路舗装工事での作業者達
・吸着剤:XAD-2、+活性炭
・吸引速度:2.0 L/min
・工事終了後、溶剤(ジクロロメタン)
で抽出して分析へ
サンプラーを装着した作業者
全有機物量(TOM) (mg/m3)
3.5
3
2.5
□:ニューヨーク
州での例
●:インディアナ
州での例、
(アスファルトの
原油が異なる。)
2
1.5
1
0.5
0
100
120
140
舗設温度 (℃)
160
中温化技術で調整された舗設温度における
アスファルト・エミッション中の全有機物量の測定例
(NCHRTリポートのデータから作成)
16
インディアナの
現場で使用され
たアスファルト
重量
ニューヨークの
現場で使用され
たアスファルト
温度(℃)
アスファルトバインダの熱重量測定結果
(NCHRTリポートから引用)
17
各作業者で採 WMA-3
取したサンプ
ルの全有物量 WMA-2
(TOM)
単位:mg/m3
インディアナ
州での例
オペレータ
WMA-1
スクリード
マン
HMA
0
1
2
3
0
1
2
フォアマン
(現場監督)
3 0
1
2
レイカー
0
1
2
3
3
各作業者で採 WMA-3
取したサンプ
ルの全有物量 WMA-2
(TOM)
単位:mg/m3
ニューヨーク
州での例
オペ
レータ
WMA-1
Laborer
(助手)
スクリー
ドマン
HMA
0
1
2
3
0
1
2
3 0
1
2
レイカー
0
1
2
3
3
多環芳香族化合物名
(ベンゼン環数)
検出限界
0.06~0.11
Pyrene
インディアナ州
での採取試料
検出限界
0.06~0.07
ニューヨーク州
での採取試料
(4)
Fluoranthene
(3+)
Phenanthrene
(3)
Anthracene
WMA-3
WMA-2
WMA-1
HMA
(3)
Fluorene
(2+)
Dibenzothiophene
WMA-6
WMA-5
WMA-4
HMA
(2+)
Acenaphthylene
(2+)
Acenaphthene
(2+)
Naphthalene
(2)
Benzothiphene
(1+)
0
2
4
μg/m3
6
0
2
4
6
μg/m3
各混合物で最も高い全有機物量(TOM)であったサンプルの
多環芳香族化合物の検出結果(NCHRTリポートのデータから作成)
ナフタレン検出量 (μg/m3)
6
5
4
ニュー
ヨーク
3
インディ
アナ
2
1
0
0
1
2
3
全有機物量(TOM) (mg/m3)
4
各混合物で最も高い全有機物量(TOM)であったサンプルの
ナフタレン検出量とTOMとの関係
(NCHRTリポートのデータから作成)
NCHRPリポートの結論
(1)アスファルト・エミッションへの作業者曝露の評価に、
ベンゼン可溶分(BSF)が一般的だが、検出限界以下にな
り比較ができない。全有機物量(TOM)を用いるのがよい。
(2)WMA(中温化)技術の採用は、全有機物量(TOM)を少な
くとも30%程度低減させる。
(3)作業者が吸引するアスファルト・エミッションから検
出された多環芳香族炭化水素(PACs)で、最も高い濃度は
ナフタレンであった。4~6環のものは非発癌性のピレン
(4環)のみであった。5, 6環のPACsは検出されない。
(4)現状、アスファルトによる癌リスクは立証されないが、
喉の炎症への影響は明らか。アスファルトの使用温度を
下げること(中温化技術の採用)が望ましい。
(5)使用するアスファルト(特に、原油の違い)により、評
価結果が異なる。
22
(参考)
舗装工事現場でのアスファルトエミッション試験に伴う
概算コスト
・分析コスト:1サンプルあたり約$100
(1回3~4時間あたり11サンプル×1日2回)
・労賃:時間あたり約$110×10時間×2名
・レポート作成、その他:約$600
基準コスト:$5,000~$6,000
(1現場あたり、旅費を含まない。)
END