序 −改訂版によせて−

序
−改訂版によせて−
旧著「ビタミン D と疾患−基礎と臨床からの考察−」が医薬ジャーナル社から発刊されたの
は,2000 年2月のことである。熾烈な競争の末,国内外の4つの研究グループが活性型ビタミ
ン D[1α,25
(OH)2D]合成酵素である 1α水酸化酵素(CYP27B1)遺伝子のクローニングにほぼ
同時に成功し,その化学構造が発表されて間もない頃であった。これによって,ビタミン D の
主要な代謝経路とそこに関与する酵素のすべてが明らかになり,ビタミン D 作用の発現に肝臓
および腎臓での代謝活性化が不可欠であることが最終的に証明された。
ビタミン D 代謝の解明は,単にビタミン D に関する知識や理解が深まったことに止まらず,
くる病や骨軟化症などの骨疾患がビタミン D の欠乏に起因するものだけではなく,ビタミン D
代謝酵素,特に 1α水酸化酵素遺伝子の異常(ビタミン D 依存症型)によってももたらされ
ることを分子レベルで説明することを可能にした。
一方,ビタミン D 刺激を遺伝子へ伝えるビタミン D 受容体が同定されたのは 1980 年代後半
のことである。その後, 1α水酸化酵素遺伝子のクローニングとほぼ同時期に,わが国で世界
に先駆けてビタミン D 受容体遺伝子欠失動物が作出された。これを契機に,ビタミン D 受容
体を介する遺伝子転写調節機構の解明が一挙に進展し,新たなビタミン D 依存性蛋白質の発
見,さらにはビタミン D 依存症型がビタミン D 受容体遺伝子変異によることが明らかになっ
た。これら基礎および臨床の両面からの研究の著しい進歩を背景に,活性型ビタミン D 製剤を
開発しようとする機運が世界的に高まり,わが国ではアルファカルシドールが最初の活性型ビ
タミン D 製剤として腎性骨異栄養症の治療薬として登場し,その後,骨粗鬆症治療薬へ適応が
拡大され,今日に至っている。
このようにビタミン D 研究の流れを過去から辿ると,基礎研究の成果が臨床現場で大きく貢
献してきたことに疑いはない。旧著は,このようなビタミン D 研究のいわば黄金時代の真った
だ中で出版されたものであった。
その後も,ビタミン D 研究は予想を遥かに超える規模とスピードで進歩してきた。例えば,ビ
タミン D の作用メカニズムではエピジェネティックな遺伝子発現制御や遺伝子を介さない作
用が注目され,ビタミン D 代謝では血中 25
(OH)D や腎外組織における活性型ビタミン D 産生,
免疫・感染防御では活性型ビタミン D による免疫調節や抗菌ペプチド産生,さらにビタミン D
栄養と骨・関節疾患やサルコペニアとの関係などが注目されている。
旧著の出版から 14 年が経過するこの時期に,ビタミン D に関するこれまでの知識を再整理
し,大きく発展した分野を新たに加えて,ビタミン D の重要性を再考するために,このたび改
訂を行うことにした。執筆をお願いした著者はいずれもそれぞれの分野の第一人者であり,旧
著から一貫したポリシーである基礎を重視する観点から,執筆者の半数近くを薬学,理学,工
学,栄養,企業研究者とした。これは他に類を見ない本書の特徴である。
本書は,ビタミン D に関心を持つ医学,歯学,薬学,工学,農学,栄養学などの研究者や大
学院・学部学生を主な対象としたものであるが,臨床に携わる医師,歯科医師,薬剤師,看護
師,栄養士や,企業で医薬品開発に携わる研究者などにとっても理解を深めるための参考にな
れば幸いである。
おわりに,
本書の出版をご提案下さいました株式会社 医薬ジャーナル社 代表取締役会長
沼田 稔氏,さらには,編集部の前田健一郎氏,原田瞳子氏,木村美穂氏ならびに神戸薬科大
学衛生化学研究室 八田容子氏に心より感謝の意を表する。
2013 年 12 月
岡野 登志夫
初版の序
このたび,
「ビタミンDと疾患−基礎と臨床からの考察−」が医薬ジャーナル社から出版され
る運びとなった。本書は,月刊誌 CLINICAL CALCIUM に 1996 年から 1997 年の 14 回にわ
たって連載された「ビタミンD講話」の内容を単行本に纏めたものである。当初は,臨床家へ
ビタミンDの基礎知識を提供するといった内容の柔らかい読み物としてスタートしたが,最新
の知見を基礎から臨床まで網羅し,鋭い概説を加えた内容が幸いにも好評を得て,連載終了を
機に単行本として再び活用されることとなった。
ビタミンDは,食品中の抗くる病性栄養因子として発見されたが,その生理作用の解明によ
り現在ではホルモンとして捉えられている。ビタミンDの研究史を紐解くと,他の生理活性物
質の場合と同様にステロイド合成化学研究がその発展の礎となっていることがわかる。その目
覚ましい進歩のお陰で,数多くのビタミンD代謝物の構造が決定され,最終的に活性型ビタミ
ンDの発見に結びついたことは有名な事実である。その後,ビタミンD作用の中心的な役割を
担うビタミンD受容体の構造と機能が解明されるにつれて,活性型ビタミンDが単に生体内の
カルシウム恒常性や骨形成にのみ関与するホルモンではなく,細胞の普遍的な機能に関係する
物質と見なされるようになってきた。また,ビタミンD応答異常に起因する様々な抵抗症が遺
伝子レベルで解析されるようになり,基礎医学研究と臨床研究の結びつきがますます強くなっ
てきている。
このような時期に,臨床家のみならずビタミンD研究に関心をもつ研究者,学生にとって,
本書が少しでもお役に立てば望外の喜びである。
最後に,ビタミンD講話の企画・編集の要となって御苦労され,本書の事実上の産みの親と
もいえる故小林 正神戸薬科大学名誉教授に本書を捧げたいと思います。また,本書の発行を
御快諾下さいました森井浩世大阪市立大学名誉教授ならびに矢崎義雄国立国際医療センター病
院長に深謝します。本書の出版にあたり多大の御協力を頂いた,医薬ジャーナル社東京総局編
集制作部加藤哲也氏ならびに山口 咲氏に厚く感謝します。
2000 年1月
岡野 登志夫