2014年5月号=旧石器食批判

栄養 と料理 2014年 6月 号
Eaton SB,Konner M:New EngiJ Med 312:283-289(1985)
高たんぱく o
万年前 の食事は、
低糖質 上局食物繊維だった
って いる ﹁パ レオ ・ダイ エット﹂。
の間 で流行 し、 日本 でも話 題 にな
アメリカ の美 し い女 優 さ んたち
5年 の論文 で提 唱 した のです。博
昔 の食事 のほう がよ い﹂と 198
ン博 士 ら は、 ﹁人体 にと つては大
から、人類学者 のS ・B 。イ ート
れな病気 でした。 そ のよう な観点
史 上、肥満 や糖 尿病 、高 血圧 はま
牧 畜 によ って脂肪 の多 い牛肉 や豚
よ って穀 類 や豆 類 な ど を 栽 培 し、
新 石器時代 以降、人類 は農耕 に
でし ょう。
大幅 に脂肪量 が少 な いこと が 一因
育 され る現在 の家 畜 の肉 と比 べて
て いた野生動物 の肉 が、穀物 で飼
養学 にお いても大きな課 題とな っ
現代 は生活 習慣病 が激増 し、栄
て いた よう です。
の植物 などを中心と した食事 を し
肉、魚介 類 、果物 、 ナ ッツ、 野生
で いました。当 時 は、野生 の獣 の
時代 、人類 は狩猟採集生活 を営 ん
今 から 躙万年 ∼ 1万年前 の旧 石器
の食事 を模倣 した食事 のこと です。
石器時代 に主食 のよう に食 べら れ
現代と ほぼ同 じ です。 これ は、旧
ります。 しかし、脂肪 の摂 取量 は
5倍も多 く摂取 し て いた こと にな
倍 、中 でも動物性 た んぱく質 は約
比 べてみると、た んぱく質 は約 3
塩分 です。 現在 の日本人 の食事 と
必須 脂 肪酸 ・低 飽 和 脂 肪 酸 ︶、 低
低糖質 、高食物 繊維 、低脂質 ︵
高
摂取割合 を 図 1 のよう に推測 しま
した。 そ の特徴 は、高 た んぱく質 、
旧 石器時代 に備 わ ったと考え られ
飢餓 に備え る脂肪蓄積 の遺伝 子 は
現代 の食事 を 不適当 と した のです。
がそ れ に適応 し てきた ことを考え 、
年 間も旧 石器食 で生活 し、遺伝 子
イート ン博 士 らは、人類 が 躙万
加 工食 品を食 べて います。
された食塩 や砂糖 、 そ の他多 く の
など の精製 さ れた穀 類、 工場生産
なりま した。 そし て現代 は、白米
肉 、卵 、乳製 品等 を食 べるよう に
て います。 しかし、長 い人類 の歴
と いう 意味 で、 これは旧 石器時代
士ら は、後期 旧 石器時代 の栄養素
説
は
本
当
か
パ レオ ︵
””一
8 ︶ は ﹁旧 ﹂ ﹁原 始 ﹂
肩 石器食﹂
とは
いが
つ
日々発展を遂げ て いる
栄養分野を中心 に、
専門家 のアンテナに触 れた
食と健康 にかかわる
新情報をご紹介します。
香 川靖 雄
女子栄養大学副学長 ・
自治医科大学名誉教授
図1 後期旧石器人 の1日 栄養素摂取重量割合
106
FrNetto LA,et dI ELIr J Clh Nutr.63:947‐ 955(2009)
図2 旧石器食10日 間投与後の血清脂質濃度の変化
4
3
■ 旧石器食
2
1
実験 に用 いた旧石器食 は一般食 と比 べ、たんぱ く質
は約結 の 198g、 飽和脂肪酸 は%の 16g、 多価不飽利
脂肪酸 は3倍 の30g、 ナ トリウムは%、 カ リウムは3
倍、 リンは%、 マ グネシウムは猫 。TCは 総 コレス
テロール、HDLは 高比重 リポたんぱく質、LDLは 低
比重 リポたんぱ く質、VLDLは 、超低比重 リポたん
ぱ く質、丁Gは 中性脂肪 を表わす。
血清■質濃度 ︵
ミ︶
ヨヨo一
一
圏計
oじ ﹂ を蔓 延 さ せ る要 因 と な
ゆる ﹁
文 明病 ︵
甲
Q一
“38 a 2く一
代 は農耕 ・牧畜 が行 なわれ て いな
ち み つなど が中心 です。旧石器時
類、野菜類 、果物類、本 の実 、 は
脂肪 の少 な い獣肉 、魚介類 、鳥肉
猟採集 生活 に戻 せば、健康状態を
いいます。そ のよう な先住 民を狩
ど の生活 習慣病 にかかり やす いと
に住 む人 の数倍も 肥満 や糖尿病 な
出 て都市 型 の生活をす ると、都市
イ アンやオー スト ラリ アの アボ リ
った のでし ょう 。
か った ので、各種 の穀類、乳製品 、
改善 す る こと が でき る のでし ょう
異常 の傾向 にあ ることを示 します。
科学 や食事 研究 にも大きな影響 を
豆類、じ ゃが芋 は禁 じ、食塩も厳
か。 ここで、都市生活を営 む糖尿
て います。 そし て、現代 の豊 かな
与えま した。巷 で話 題とな って い
密 に制 限しました。 さら に、被験
病 のアボ リジ エーズ に、狩猟採集
ジ ニーズ など の先住 民は、都市 に
る ﹁
超低炭水化物食 ﹂、﹁アトキ ン
者 の体位 に応 じ て エネ ルギーを調
生活を し ても ら つた研究を紹介 し
こ の研究 におけ る食事 の内容 は、
ス食 ﹂、 ﹁
小麦有害論 ﹂、 ﹁
牛乳有害
節 し、体重を 一定 に保 つよう にし、
まFしょヽ
つ。
食生活 は肥満 や糖尿病 など の いわ
論﹂ ︵
H弯 ︶ な ど は、 旧 石器食 復
体重減少 による生活 習慣病改善効
イート ン博士ら の学説 は、通俗
帰論 の変形とも考え られます 。
した食事を肥満 のな い軽労作 の被
関連する実験 で、旧石器食を模倣
論は正し いのでし ょうか。それに
では、はたして、旧石器食復帰
しかし、厳密 に当時 の生活を再
検査 の結果も大きく改善 しま した。
代謝 に関す る数値を はじめ、血液
圧がそれぞれ低 下した のです。糖
た。 そし て、収縮期 と拡張期 の血
減り、尿中 カリウムは増加 しま し
から、被験者 の尿中 ナト リウムは
半減しました。そして血清総脂質
平均 朋曜/配であ つた血糖値が約
はちみ つなど です。結果は、まず
肉、ヤム芋、淡水魚、貝、ザリガ
ニ、 ワ ニ、カメ、野鳥、 いちじく、
ら いました。食物はカンガルー の
で7週間、狩猟採集生活をしても
︲ 。8聴 の糖尿病と診断された ア
8
ボリジ ニーズ に、川 の付近 の原野
、
平均年 齢 3
5 o9歳 平均 体 重
0月間食 べてもらう研
験者 9人に1
現す るには、食事 だけ では不充分
は約 3分 の1に、VLDL ︵
超低
果も除外 しま した。
究を行な ったと ころ、脂質異常症
で、現代入 よりも非常 に多 く の運
2分 の
比重リポたんぱく質︶は約 1
低食塩 で高 カリ ウム の食事 です
に関連する数値が改善したと いう
動量と少 な いスト レ ス、昼 に働き
旧石器食で
。また、
結果が出た のです ︵
図2︶
夜 眠 ると いう 規則正 し い生活をす
文明病が P
,
糖尿病 に関連するイ ンスリン抵抗
ました。 このよう に、旧石器時代
1に激減。狩猟採集 の激し い運動
により、体重は期間中に8聴減り
一説 によると、旧石器時代 に近
の食事と生活を続けることによ っ
る必要 があります。
い生活 を し てきた アメリカイ ンデ
指数も旧石器食 は大幅 に低 い数値
でした。 この指数は、高 いほど耐
糖能 ︵
血糖値を正常 に保 つ能力 ︶
107
灘彗
:一 般食
ア イ カ
タ リ
フ
ァ
カ リ フ農 耕 ラビ 農 耕
(%)0
目 ■ E E E ビ E E 目 E E 鵬 瞬 E E E E E
E E E E E I F r 瞭 I B ﹂ 諄 鳳 I I I II︰ ︱ ⋮ ⋮ ⋮ ︱ ︱ ︲ ︲
露[
ウビ 農 耕 ¨
7ビ 農 耕 民 と
E
族人
人
¨
颯
¨
国
一
﹂
い
い
い
ッ
モ
韓
ン
キ
ヾ
ヽ
ィ
、
▼
族
フ
デ
は
”
ボ
冽
、
慨
ィ
人
各民族 における成人の小腸 ラクターゼ発現 者 の割 合
図3
り作図
:tan Y,et dI BMC Evd Bb.1036(2010)よ
と が示唆 されま した。
文 明病﹂ の改善 に つな がる こ
て ﹁
が誤 って いたから です。
降 は変化 し て いな い﹂と いう仮定
点 で進化 が完 了し ており 、それ以
ラクターゼ︶がほと
糖分解酵素 ︵
乳 に含 ま れる乳糖を分解 でき る乳
た人種 は牛乳を よく飲 むた め、牛
しかし、旧石器食 のよう な低炭
によ って食 糧供給 が安定 し、人 口
異 が加速 した理由 は、農耕 o牧畜
で進化 し て いた のです。遺伝 子変
げた進化 よりも はるか に速 い速度
後 の1万年 間 で、旧石器時代 に遂
乳糖分解酵素 の消失 は、哺乳類全
な ると減 ってしま います。 しかし、
持 って いた乳糖分解酵素 が成 人 に
や大部分 の黒人 は、乳児 のとき に
牛乳を飲 む習慣 がなか った日本 人
。
3︶
一方 、牧畜 の習慣 が乏 しく 、
図
んど の人 の小腸 に存在 します ︵
水化物高 た んぱく食 の長期 間摂取
は、現代 人 の健康 にと ってよく は
が急激 に増加 したため です。遺伝
体 が本来持 って いる特性 です。 こ
じ つは、人類 は農耕 ・牧畜 開始
ありま せ ん。 これは、動物性食 品
子 の変化 の機会 は人 口増加 に比例
れは、離乳期 にな ると普 通 の食物
現代人には
の過剰摂取 は、心疾患 やが ん、腎
し て増えます。また、多 く の人 が
不適当
障害 、動脈硬化症を起 こし やす い
をと るため に、乳糖 が分解 できな
例と し て、 でんぷんを消化す る
さまざまな食物 や環境 に触 れるよ
ると、動物性食 品 の摂取量 が多 い
アミラーゼと いう消化酵素 の遺伝
ため です。 ハーバード大学 のT o
低糖質食 は、高糖質食 と比較 し て
子 があります。農耕文化 の産物 の
く なり、母乳 から卒業す ると いう
全 死亡危険 比率 が著 しく高く、植
小麦 、米 、とう も ろこし、じ ゃが
皿万年 以上前 の旧石器食 は、遺
う になり、遺伝 子 の淘汰 が起 こる
物性食 品主体 の全 死亡危険 比率 よ
芋 な ど は でん ぷ ん が主 成 分 です 。
跡 から発掘 された古代入と そ の食
T ・フ ァング博士 が、約 3
1万人を
りも は るか に高 か った のです。約
消化す るには アミラーゼが大量 に
物 のDNA分析 など によ つて、詳
しく みな のです。
0
2歳と推定 される寿命 の短 い旧石
必 要 であ り 、欧 米 人 や 日本 人 は 、
細 に調 べられ てきま した。
機会 も増え た のです。
器時代と は違 い、高齢期 の健康を
狩猟採集 中心 の人 々に比 べて アミ
年代 の正確 な把握 は、遺跡 の骨
二十数年 間追 跡調査 した研究 によ
目指す 現代 にと つては、 こう した
ラーゼ の合成 量 が多 く 、 アミ ラー
や食物 、灰、すす に含 ま れる放射
、
の炭素 4
1を摂取 し て います が 死
生物体 は生き て いるとき は食物中
人種差の
摯
旧石器食と
食事 は不適 切な のです。
ゼを合成す る遺伝 子 の コピ ー数も
そ の理由 はなぜな のでし ょう か。
4 の分 析 でわ かり ま す 。
性 の炭 素 1
牧畜を伴う ラビ農耕を行 な ってき
また、世界 の農耕文化 の中 でも、
多 いこと がわかりま した。
それは、旧石器食 を推奨 した研究
者 による ﹁躙万年 間 で旧石器食 に
適応 した ヒト の遺伝 子 は、そ の時
108
面Onary
蝠蝠蝠舅 正
旧石器時代
人類の歴史上最古の最 も長い時代。約300万
∼200万 年前 に始 まり約 1万 年前 に終わったと
される。食料調達 は、狩猟 と採集 だけに頼 る
移住生活であった。 日本の旧石器時代 は、人
類 が 日本列島に移住 してきた ときに始 まり、
およそ50万 年前 とい う説がある。その後、住
居や集落 が作 られて定住生活 となり、縄文時
代 となる (1万 3000年 前 と推定 されている)。
数 が減ります。 そ のことを利用し
て、何 万年 も前 の年代を割り出す
アル コー ル のアセト アルデヒドを
ア ル コー ルを飲 ん で いた白 人 は、
冬 を のりき るため に貯蔵 が容易 な
東 アジ ア人と比 べ、長期 にわた る
も時 間的 にも困難 であ ること、単
代 の食事 を再現す る のは経済的 に
産 に適応 し て いること、旧石器時
伝 子 は旧石器時代 以降 の農業 や畜
し実践 にあた っては、現代人 の遺
4が放射性崩壊を起 こし
後 は炭素 1
こと が でき る のです。
分解す る アルデヒド脱水素酵素 が
ま た、古 代人 の歯 に残 って いる
純 な調理法と調味料 の乏 しさは現
人類 の文化 と ヒト に備 わ った柔軟
よく働きます。
旧石器食 が提唱され てから約 0
3
性 ・多様性 を利用す れば、現代入
コラーゲ ンと いう た んぱく質 に含
ど環境 の違 いによ って大幅 に食物
年 たち、そ の影響 は超低炭水化物
向 け の、便 利 でお いしく健康 によ
ま れる重窒素 、重炭素 の割合を調
が異な って いた ことも わかりま し
食 ま で広 が って います。現代 に肥
い ク栄 養 と 料 理 ク の実 現 と いう 、
べること で、当時食 べて いた食物
た。各 人種 の遺伝 子 の相違 は、環
満 や糖尿病 が蔓延 し て いること は、
合 理的 で建設的な道 が開け る でし
が推測 されます。 これ により、海
境と食文化 の違 いに応 じ て生 じた
旧石器食 が部分的 には正 し いと い
岸 地帯 か内 陸 か、熱帯 か寒帯 かな
のです。 たとえ ば、温暖 な気候 で
lithic prescription: incorporating diversity and
flexibility in the study of human diet evo!u―
ょゝ
つ。
丁urner BL,丁 hompson AL:Beyond the Paleo‐
う ことも 一理あ る でし ょう 。 しか
参考文献
い つでも新鮮 な食物 が入手 でき る
炭素14
自然界 に最 も多 く存在する炭素 は炭素 12で あ
るが、炭素原子内の中性子の数が異 なる炭素
13や 炭素 14も わずかに存在する。炭素 14は 約
5730年 の半減期で放射性崩壊により減 ってい
く性質 があり、 これを利用 して採取 した試料
中の炭素同位体 12/14比 か ら年代 を推定する
ことができる (放 射性炭素年代測定法)。
tion.Nutr Rev.71:501‐ 510(2013)
Frassetto LA, et al.: Metabolic and physio‐
:ogic improverrlents from consurrling a paleo‐
lithic, hunter‐ gatherer type diet. Eur J Clin
Nutr.63:947‐ 955(2009)
0'Dea K:Marked improvement in carbo‐
hydrate and lip:d metabolism in diabetic ALIS‐
tralian abor:gines after temporary reversion to
traditional lifestyle. E)iabetes. 33: 596‐
603
(1984)
︲
109
1
mporary nutrition?Proc Nutr Soc.65:1‐
6120061
★次号は「高オレイン酸大豆」の予定です。
代 人 の味 覚 に合 わ な いこと な ど 、
Eaton SB: 丁he ancestral human d:et: what
was it and should it be a paradigm for conte
むず かし い点 が多 くあります。
Hanc∝ k AM,et al.:AdaptaJons to climate‐
mediated seiectile pressures in humans.
PLoS Genet.7:e1001375(2011)
遺伝 子 の進化速度 よりも文化 の
ltan Y,et al.:A worldwide correlation of lac‐
tase persistence phenotype and genotypes.
BMC Evol Biol.10:36(2010)
進化速度 のほう が速 いのです から、
Novembre J,et al.:Adaptive drool in the
1
建吊社 (2∞ 8)
gene pool.Nat Genet.39:1188‐ 1190(2007)
1
香川靖雄、四童子好廣 :ゲ ノム ビタミン学―遺伝
子対応栄養教育の基礎一
現代の食事を
calons.N EngiJ Med.312:283-289(1985)
いかに健康にす るか
Eaton SB, Konner M: Paleolitllic nutrit:on:a
conslderation Of itS nature and ctfrrent impli‐