高精度スタジオメータによる RCPM 装置を使用した動的椅坐姿 勢の評価

千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2006)
高精度スタジオメータによる RCPM 装置を使用した動的椅坐姿
勢の評価
キーワード:腰痛、脊柱圧縮、スタジオメータ、RCPM
人間生活工学分野:石川 雅文
■背景
近年、デスクワークの増加や航空機での長距離移動などで長時間
頸椎と第 12
胸
椎
椅坐姿勢を維持する機会が増えている。その際、様々な疾患が予測
(C7-T12)間
されるが、それらの症状を椅子によって予防する可能性について検討
の長さを計
した。
測した。各セ
RCPM(Rotary Continuous Passive Motion)装置とは、Deursen ら
ッションには
(2000)によって提案された椅子の座面である。この装置は脊柱上の
それぞれ 5
軸を中心に、座面を低速度で揺動運動させるものである。本研究では
回の計測セ
RCPM 装置による腰痛の予防を検討するため、骨格系の腰痛の原因
ットを含み 1
となっている椎間円板にかかる負荷の計測をすることにした。
回の計測セ
スタジオメータとは身長を計測する装置の名称で、特に脊柱の長さ
ットで連続し
変化を計測することで椎間円板にかかる負荷を定量化する方法が
て
Eklund と Corlett(1984)によって考案された。その後、様々な研究者
C7-T12 間の
によって改善され、腰痛を間接的に評価する方法として使用されてき
長さを測定し
た。しかし、多くの研究ではスタジオメータにより身長を計測し、その変
た。それぞれ
化量を脊柱の長さ変化としてきたが、身長の計測では下肢の関節の
のセット間で
軟組織や踵の脂肪の変化などが必然的に含まれるため、脊柱自体の
被験者はス
長さの変化を反映しないという問題点がある。
タジオメータ
5
回
から降りずに
■目的
姿勢制御装
本研究では 2 つの目的を設定した。1 つは脊柱自体の長さを計測
置から背中
するスタジオメータを製作し、その測定精度を確認することである(実
を離し、小休
験 1)。2 つ目の目的は、RCPM 装置により刺激を与える場合(Dynamic
憩を取った。
Condition)と与えない場合(Static Condition)の脊柱の長さ変化を比
また、セッ
較し、RCPM 装置の効果を明らかにすることである(実験2)。
ション間で
図 1 スタジオメータ
はスタジオメータから降り、椅坐姿勢で 90 秒の休息を取った。1 回の
■実験 1 の方法
本実験で製作し、使用したスタジオメータは身長を測るのではなく
セッションで 5×5=25 回 C7-T12 間の長さを計測した。その計測値か
脊柱自体の長さを計測する装置であった(図 1)。被験者が繰り返し同
らセッションごとに標準偏差を算出し、セッション間で比較した。
実験には健康な男子大学生 8 名(年齢 23.0±1.7 歳、身長 171.5
じ姿勢をとることができるように様々な工夫を施した。被験者が立つ台
±5.8cm、体重 59.0±5.9 ㎏)が参加した。
が後方に 15°傾いており被験者は体重の一部をスタジオメータに預
けることができる。その結果、被験者は身体を垂直に保つための筋活
動を最小限に抑えることができる。被験者の背面には上下前後方向
に自由に移動させることができるノブボルト(以下、姿勢制御ノブ)を 5
■実験 1 の結果
多くの被験者で測定を重ねるごとに標準偏差が減少していく傾向
が得られた。
本取り付けた。被験者の後頭隆起点(図 1 中の点 a)、頚椎の最も前湾
全被験者のセッション毎の標準偏差の平均値でも初日に行われた
した点(第 4 頸椎付近,点 b)、胸椎の最も後湾した点(第 7 胸椎付近,
セッション 1-3 では回数を重ねるたびに標準偏差が減少していく傾向
点 c)、腰椎の最も前湾した点(第 3 腰椎付近,点 d)、仙骨稜(点 e)、
が得られた(図 2)。
の 5 点に姿勢制御ノブの先端が接触するように被験者毎に調節した。
調節後はスタジオメータを降りても 5 点を接触させることで一定の矢状
面上の脊柱の湾曲を得ることができた。頸部の角度を制御するため、
被験者は特殊なゴーグルをかけた。そのゴーグルの両端にはレーザ
ポインタを取り付けた。レーザ光は上方に向かって出ており、被験者
は正面の鏡を見ながら頸部を屈曲・伸展させ、頭上のパネルに固定さ
れた標的にレーザ光点を一致させた。脊柱の長さは第 7 頸椎の約 15
㎜上部の点(図 1 中の点 A)と第 12 胸椎(点 B)の間を測定した。これ
らの点は先行研究(Leivseth et al., 1997)から最も誤差が少ない点と
考えられている。これらの 2 点にそれぞれ×形のマーカを記した。上
下方向に動かすことのできるデジタル式測長スケール(器差 0.07 ㎜)
に取り付けられた CMOS カメラで点 A、点 B を近接撮影して画角中央
に一致させ、そのときの測長スケールの値を読み取った。点 A と点 B
の差分を脊柱の長さとして計測した。
実験は連続した二日間に行い、それぞれ午前 9 時に開始した。被
験者毎に初日に 3 回、二日目に 1 回の計 4 回のセッションに分け第 7
図 2 各セッションの C7-T12 間の長さ計測の標準偏差
千葉大学人間生活工学研究室修論概要(2006)
■実験 1 の考察
全被験者の平均値を共分散分析にかけた結果、2 直線の傾きに
Rodacki ら(2001)の結果と同様にセッションを重ねるたびに標準偏
有意差が認められた(図 5)。このことから RCPM 装置を使用した場合、
差が減少していく傾向が得られた。これは被験者が計測に慣れていく
使用しなかった場合に比べ C7-T12 の長さの時間経過による減少傾
ためであると考えられる。ほとんどの被験者はセッション 2、3 で標準偏
向に差があることがわかった。
差をより小さくすることができた。特に多くの被験者において 3 回目の
セッションで満足できる値が得られることから、少なくとも 2 回の計測練
習が必要であることがわかった。
2 日目に行われたセッション 4 でも小さい標準偏差を得ることができ
たのは、前日に行った計測練習を被験者が記憶していたためであると
考えられる。このことから 2 日間にわたる実験にこのスタジオメータを使
用することができると言える。
■実験 2 の方法
本実験で使用した
RCPM 装置は振動数
0.125Hz 、 振 幅 ±
1.5 ° で 稼 動 さ せ た
(図 3)。
実験は RCPM 装
図 5 全被験者における C7-T12 間の長さの変化推移の線形回帰直線
置により刺激を与える
Dynamic Condition と
■実験 2 の考察
RCPM 装置を使用し
ヒトの椎間円板は粘弾性の性質を持っており振動や衝撃のような瞬
ない Static Condition
間的な負荷には弾力的に反応するが、長時間にわたり負荷が加え続
の 2 条件で、2 日連続
でそ れ ぞれ 午 前 10
時に実験開始した。1
けられると椎間円板は負荷と釣り合うまで圧縮され続ける。つまり、垂
図 3 RCPM 装置
日に 1 条件を行い、条件の順番はカウンターバランスを考慮して被験
者毎にランダムに行った。実験開始前に高精度スタジオメータによる
C7-T12 間の長さ計測に十分慣れるため計測練習を行った。両日とも
に起床後 3 時間以内に実験を開始し、実験前の行動を制限した。被
験者には椅坐姿勢中、デスクワークまたは読書をするように指示し極
端に偏った姿勢を取らないよう注意した。両条件とも実験時間は 120
分で実験開始から 30 分毎に連続で 5 回 C7-T12 間の長さを計測し、
データ解析には最大値と最小値を除いた中央 3 つの値を用いた。全
被験者の各時間の平均値を条件間で対応のある t 検定にかけた。ま
た、条件間で C7-T12 の長さの時間経過による減少傾向に差があるか
を検討するために、被験者全員のデータを共分散分析にかけた。有
意水準は 5%とした。
■実験 2 の結果
被験者毎に 120 分間の C7-T12 間の長さの変化推移が得られた。
図 4 は全被験者の C7-T12 間の長さの平均値の変化推移である。そ
れぞれの時間ごとの脊柱の変化量を比較した結果、実験開始 30 分
後、60 分後には差がなく 90 分後、120 分後には有意差があった。この
ことから時間の経過に伴って脊柱の長さ変化に差が出てくることがわ
かる。
直方向に負荷が加わるような姿勢は長時間続けるべきではない。ただ
し、姿勢によって椎間円板への負荷のかかり方は異なる。例えばヒトの
脊柱は立位姿勢の時、S 字型に湾曲しているが椅坐姿勢時に平坦化
し、椎間円板にかかる圧力のバランスが崩れる。これにより椎間円板
の前方部では圧力が大きくなり、後方部では小さくなる。この状態が長
時間続くと円板内の髄核は水分を失いながら圧縮し変形が起きる。こ
れが腰痛の原因となることがある。その予防策として適度な運動やスト
レッチにより脊柱に刺激を与えることで髄核は水分を吸収し回復する。
RCPM 装置を使用することで脊柱に反復的なねじれが起き、これが刺
激となって椎間円板の圧縮を抑制したものと考えることができる。
■まとめ
実験 1 によって脊柱自体の長さを高精度に計測するスタジオメータ
の再現性が確認できた。また本実験に用いたスタジオメータを使用す
る際、少なくとも 2 回の計測練習が必要であることがわかった。また 2
日間に渡る実験でもこのスタジオメータを使用することができることが
示された。
実験 2 では製作したスタジオメータを使用して、連続した 2 時間の
椅坐姿勢時に RCPM 装置を使用することで脊柱の圧縮を抑制できる
ことを確認した。また、それにより骨格系の腰痛が予防されることが示
唆された。
■参考文献
Eklund J.A.E, Corlett E.N, 1984. Shrinkage as a measure of the
effect of load on the spine. Spine 9, 189-194.
Van Deursen D.L, Goossens R.H.M, Ever J.J.M, van der Helm
F.C.T, van Deursen L.L, 2000. Length of the spine while sitting on a
new concept for an office chair. Applied Ergonomics 31, 95-98.
石川雅文, 2004. 椅坐姿勢時の下肢のむくみを抑制する座具の研
究, 千葉大学工学部卒業研究.
Rodacki CL, Fowler NE, Rodacki AL, Birch K, 2001. Technical
note: Repeatability of measurement in determining stature in sitting
and standing posture. Ergonomics 84, 1076-1085.
G Leivseth, B Drerup, 1997. Spinal Shrinkage during work in a
sitting posture compared to work in a standing posture. Clinical
図 4 全被験者における C7-T12 間の長さの変化推移
Biomechanics 12, 409-418.