氏 名(本籍) 荒金 眞佐子(大分県) 学位の種類 博士(農学) 学位記番号 乙 学位記授与年月日 平成 27 年 3 月 15 日 学位の授与の要件 学位規則第 4 条第 2 項該当 研究科・専攻の名称 玉川大学大学院農学研究科 資源生物学専攻博士課程後期 学位論文題目名 幻覚性植物の同定法に関する研究 第 145 号 論文審査委員(主査) 教授 今村 順 論文審査委員(副査) 教授 小野 正人 教授 渡邊 博之 教授 安田 一郎(東京薬科大学薬学部教授) 学 位 論 文 要 旨 氏名:荒金 眞佐子 題目:幻覚性植物の同定法に関する研究 Title : Research on identification methods for hallucinogenic plants 植物には,薬物規制関連法により栽培や所持,販売等が規制されているものがある.麻薬成 分や幻覚成分を含んでいるため,現在日本の薬物規制関連法で規制されている植物は,ケシ Papaver somniferum,アツミゲシ Papaver setigerum, ハカマオニゲシ Papaver bracteatum,コカ Erythroxylon coca,ジャワコカ Erythroxylon novogranatense,サイロシビン・サイロシン及びそ の塩類を含むきのこ類(マジックマッシュルーム),サルビア・ディビノラム Salvia divinorum, 大麻草(アサ)Cannabis sativa の 8 種である.これらは規制を受けない同じ仲間の植物とよ く似ているため,植物の特徴を詳しく調査して,正しく見分ける必要がある. 向精神作用を有する幻覚性植物は,古来より様々な目的で用いられてきた.それらの作用成 分は,脳内のレセプターを活性化し,そこから放出される内因性物質が CB1 受容体に作用し, 神経伝達物質の放出が抑制されるという逆行性シナプス伝達調節メカニズムが明らかにされ ている.そして摂取することにより,意識状態に変容が起こり変性意識状態といった意識の状 態に導かれることが知られている.近年,強い幻覚作用を示す危険ドラッグが関係している死 亡事例,交通事故,救急搬送,不審行動等は社会問題となっており,薬物乱用防止の取締りが 強化されている. 薬物乱用防止のための取締りに際して科学的根拠を提供するために,法律で規制される植物 や,向精神作用を有する幻覚性植物について,植物種の同定は重要である.東京都では,健康 被害の未然防止,犯罪の防止及び薬物乱用防止等の目的で,東京都内の危険ドラッグ専門店等 で危険ドラッグを購入し,東京都健康安全研究センターで試験検査を行ってきた.東京都薬用 植物園では,麻薬原料植物等の規制植物や有毒植物等の混入を防止するために,ケシ・アサを はじめとする麻薬原料植物および危険ドラッグ等に使用される幻覚性植物を栽培し,行政機関 から依頼される植物鑑別試験を行っている. 1 本研究では,ハカマオニゲシ,ウバタマ,ハルマラの 3 種の幻覚性植物について,同定法に 関する研究を行った.種の同定については,植物形態観察および SEM を用いた微細構造観察 による形態学的同定法,フローサイトメトリーを応用した相対的核 DNA 含量による同定法お よび trnL/trnF 領域の DNA 配列による分子生物学的同定法,含有成分の成分分析について検討 した. 本研究により,ハカマオニゲシについては,根生葉のみの栄養成長期の植物体においても, フローサイトメトリーによる迅速な同定が可能になった.また,ウバタマについては,形態と 麻薬である幻覚成分の有無との関係を明らかにし,PCR-RFLP 法および LAMP 法により,形態 では同定できない粉砕物における同定法を開発した.ハルマラについては,国内で初めて原料 植物を導入し,その形態を明らかにするとともに,幻覚成分を定量し,その有害性を明らかに した.その結果,3 種の幻覚性植物の生殖成長期の植物体のみならず,栄養成長期の植物体や 葉片,種子等でも同定が可能となり,薬物指導取締行政に貢献することとなった. 1 ハカマオニゲシ Papaver bracteatum のフローサイトメトリーを使用した迅速同定法 ハカマオニゲシ Papaver bracteatum Lindl. は, 「麻薬及び向精神薬取締法」により,栽培や所 持等が規制される麻薬原料植物である.しかしハカマオニゲシについては,これまで開花株の 形態による同定以外は行われておらず,栄養成長期の植物体の同定は困難であった. 平成 23 年 5 月に,ハカマオニゲシに酷似した苗が,東京都内および国内各地の量販店やイ ンターネットを通じて多数販売される事例があった.その未開花苗の同定のため, フローサ イトメトリー ( 以下 FCM ) による相対的核 DNA 含量の測定を行った結果,販売された苗は ハカマオニゲシと,規制されていない P . pseudo-orientale (Fedde) Medw. ( 仮称ニセオニゲシ ) の 2 種であることが判明した.FCM の信頼性の確認のため,外部形態調査,葉緑体 DNA の rpl16-rpl14 遺伝子間の塩基配列 ( PS-ID ( plastid subtype identity ) 配列 ) の解析,麻薬成分で あるテバインおよびイソテバインの含有の確認を行ったところ,FCM の判定結果と一致した ことから,FCM はハカマオニゲシの迅速同定法として有効であることが確認された. 本研究により,根生葉のみの栄養成長期の植物体においても,倍数性の違いにより,FCM を 用いた迅速な同定が可能となった.このことにより,ハカマオニゲシの同定が可能となったた め,その後の不正栽培の取締りに科学的根拠を提供することができた. 2 2 ウバタマ Lophophora williamsii の形態,メスカリン含有量および trnL/trnF 領域の DNA 配 列による同定法 ウバタマ Lophophora williamsii Coulter は,原産地ではペヨーテと呼ばれ,古くから医療や呪 術を用いた宗教行事などに用いられたことで有名な幻覚性植物である.メスカリンおよびペヨ ーテは,アメリカ合衆国規制物質法において最も濫用の危険性が高いとされる ScheduleⅠの薬 物に指定され,栽培・所持等が禁じられている.しかし,日本国内では栽培についての規制が なく,これまで正確な分類に基づいた同定法の報告がなかった.このことから,本研究では, 日本国内で流通するウバタマとその関連植物について,形態観察から種を同定し,SEM による 表皮等の観察,メスカリン含有量を測定するとともに,trnL/trnF 領域の DNA 配列を解析し比 較して,それぞれの配列を明らかにした. サボテン科のロフォフォラ属植物には, ウバタマとデフューサ L. diffusa Bravo の 2 種がある. 本研究において,ウバタマとデフューサの 2 種の形態,メスカリン含有量および葉緑体 trnL/trnF 領域の DNA 配列の違いについて検討した.その結果,ウバタマは 2 つのグループに分類され, グループ 1 はメスカリンを含有し,グループ 2 はメスカリンを含有せず,デフューサもメス カリンを含有しなかった.ウバタマの trnL/trnF 領域の DNA 配列に基づく同定法を開発するた めに, PCR-RFLP 法および LAMP 法について検討した.その結果,PCR-RFLP 法を適用する ことにより,DNA 配列を解析することなく,ウバタマとデフューサの 2 種を識別し,ウバタ マについてはグループ 1 とグループ 2 の識別が可能となった.また,LAMP 法により,PCR-RFLP 法よりもさらに短時間かつ高感度で,ウバタマを検出することが可能となった. 3 ハルマラ Peganum Harmala の同定と ハルマリンおよび ハルミン含有量について ハルマラ Harmala は,植物系ドラッグとして乱用される植物種子で,原料植物はハルマラ Peganum harmala L.と言われている.ハルマラ P. harmala は,北アフリカ,中東,地中海沿岸 から東アジアの乾燥地に生育し,古くから医療や呪術を用いた宗教行事などに用いられている 幻覚性植物である.しかし,ハルマラはこれまで国内に導入された経緯がないため,植物の詳 細についての報告がなされていない.そこで本研究では,海外から導入したハルマラの種子を 播種・育成し,形態による同定を行い,成分分析を実施してその有害性を明らかにした.また, 植物系ドラッグ中のハルマラの種子を栽培することにより,その原料植物が確かにハルマラで あることを確認した. 3 ハルマラの同定は,種子の形態観察後,SEM により種皮の微細構造を確認し,幻覚成分であ るハルマリンおよびハルミンを分析することにより可能であった.ハルマリン,ハルミンなど のβ-carbolines は,麻薬である LSD と類似の作用を示し,DMT 等の作用を増強させる薬物で ある.ハルマラの成熟した種子には,それらが極めて高含量に含まれるため,ドラッグとして ハルマラを乱用すれば,予想もしない健康被害の発生が懸念される. 1~3 で同定法を開発した 3 種の幻覚性植物以外にも,向精神作用を持つ植物は多数知られて おり,国外では麻薬として扱われている植物がある.国民の健全な社会生活を考えると,これ らの植物情報は広く国民に周知し,その有害性,危険性を認識してもらう必要があると考えて いる.本研究で得られた研究成果を活用し,今後もいまだに同定法の確立されていない規制植 物や,乱用が懸念されるその他の幻覚性植物について研究を行っていきたいと考えている. 4
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