tan 1 は超越数か. ずきの 1 はじめに 有名な大学入試問題の一つに, 「tan 1◦ は有理数か. 」 というものがある. 2006 年の京都大学の入試問題であり, その問題文の簡潔さが話題 になった. しかし, この問題が話題に上げるだけの価値を有している理由は, 単にその 視覚的な印象の強さにだけではなく, 一般に, 与えられた実数 (ないし複素数) が無理 数であるか否か., すなわち無理性を有しているか否かを判定するのは困難なことが多 √ いという数学的事実にもあるように思われる. 確かに, 2 の無理性の証明などは日本 の初等・中等教育における基本的な内容であるし, ネイピア数 e や円周率 π の無理性 の証明も, ある程度数学を志す者にとっては有名事実である. しかし, それら「一部の 無理数」は, たくさんある「無理数か否か未だ分かっていない数」たちと比べれば, そ のほんの一欠片にも及ばない. オイラーの定数 γ のような素朴な数でさえ, その無理性 の有無は明らかになっていないのである. 上記の入試問題は, そういう数限られた「か ろうじて無理数だと分かっている数」の中に, tan 1◦ というさほど見慣れない突飛な 数が含まれているという「驚愕的」事実を示唆しているという点で, 十分取り上げる に相応しい問題であるといえよう. また, 類似の問題として, 「tan 1 は有理数か.」 という問題も考えられる (ここで, tan 1 は弧度法で表記されていることに注意). これ は上記の入試問題と外見こそ似ているが, 上記の問題と同様の解法を適用できないと いう点で, 上記の問題よりも難しい. tan 1 が無理数であることを直接的に証明するの も可能ではあるが (文献 [3] を参照せよ), 本稿ではより強く, 「tan 1 は超越数か.」 すなわち, 「tan 1 は 1 次以上の整数係数代数方程式の解となりうるか」 という問題について考察する. 一般に, 与えられた実数 (ないし複素数) が超越数であ るか否か, すなわち超越性を有しているか否かを判定することは, 無理性の判定以上に 困難な場合が多く, 無理数であることはかろうじて分かっても, 超越数か否かが不明な 数も存在する (例えば, ゼータ関数の特殊値 ζ(3) がそれである). しかし, ある特定の数 については, その超越性を比較的初等的に (簡単という意味ではない) 証明出来る場合 がある. 以下は, 文献 [1] や [2] で述べられているネイピア数 e と円周率 π の超越性の証明を 参考に, 筆者が tan 1 の超越性の証明を書き下したものであり, 記法や証明の体裁は [1] や [2] のそれを一部流用している. なお, [1] や [2] は簡潔がゆえに, 証明中に述べられて いる事実の根拠が, 特に初学者には若干不明瞭な部分があるように思われたので, 本稿 ではそれらの事実についても出来る限り詳細な証明を付してある. 読者が本稿を明快 に読み進める手助けとなれば幸いである. 2 tan 1 の超越性の証明 オイラーの公式より ei = cos 1 + sin 1, e−i = cos 1 − sin 1 であるから, ei + e−i 2 cos 1 = を得る. これと 1 + tan2 1 = 1 より, cos2 1 2 √ = ei + e−i 1 + tan2 1 である. 代数的数 (超越数でない複素数) 同士の加減乗除や代数的数の累乗根もまた代数的数 であるから, tan 1 が超越数であることを示すには, ei + e−i が超越数であることを示 せば良いことが分かる. 以下これを示す. 背理法により, ei + e−i が超越数でないと仮定して矛盾を導く. この とき, ある 1 次以上の整数係数多項式 P (x) が存在して P (ei + e−i ) = 0 が成り立つ. P (x) の次数を n′ とすると, ある整数 ak (−n′ ≦ k ≦ n′ ) が存在して ′ i n ∑ −i P (e + e ) = ak eki = 0 k=−n′ となる. P (ei + e−i ) は ei と e−i に関して対称式であるから, 任意の k に対して ak = a−k が 成り立つ. P (x) の n′ 次の係数は 0 ではないから, ak ̸= 0 である k(≧ 0) が存在する. そ のような k のうち最小のものを k0 とする. このとき, ある整数 bk (−n′ − k0 ≦ k ≦ n′ + k0 ) が存在して (1) i −i k0 i −i (e + e ) P (e + e ) = ′ n∑ +k0 bk eki = 0 k=−n′ −k0 が成り立つが, k0 の最小性より b0 = ak0 + a−k0 = 2ak0 ̸= 0 である. また, 上と同様の理由で, 任意の k に対して bk = b−k である. 3 ここで, n = n′ + k0 とし, n < p かつ |b0 | < p を満たす奇素数 p に対して, f (x) = xp−1 n ∏ (x2 + l2 )p l=1 と定める. 以下, f (x) の第 j 次導関数 f (j) (x) に関するいくつかの補題を示す. 補題 1. j < p − 1 のとき, f (j) (0) = 0. 証明. f (x) = xp−1 · n ∏ (x2 + l2 )p l=1 と見て積の微分法で f (j) (x) を計算するとき, j < p − 1 より xp−1 は高々p − 2 回しか 微分されないから, f (j) (x) は x を因数にもつ. よって f (j) (0) = 0 である. □ 補題 2. j < p かつ 1 ≦ |k| ≦ n のとき, f (j) (ki) = 0. 証明. f (x) = xp−1 n ∏ (x2 + l2 )p · (x2 + |k|2 )p l=1 l̸=|k| と見て積の微分法で f (j) (x) を計算するとき, j < p より (x2 + |k|2 )p は高々p − 1 回 しか微分されないから, f (j) (x) は x2 + |k|2 を因数にもつ. よって f (j) (ki) = 0 であ る. □ 補題 3. j ≧ p のとき, f (j) (0) は p! で割り切れる整数. 証明. f (x) = xp−1 · n ∏ (x2 + l2 )p l=1 と見て積の微分法で f (j) (x) を計算するとき, xp−1 が高々p − 2 回しか微分されない項 は x = 0 を代入すると 0 になる. また, xp−1 を p − 1 回微分すると (p − 1)! となり, p 回 n ∏ 以上微分すると 0 になる. j ≧ p より, xp−1 を p − 1 回微分した項では (x2 + k 2 )p k=1 も 1 回以上微分されるので, f (j) (0) は p! を因数にもち, また f (j) (x) は整数係数多項 式なので f (j) (0) は整数である. □ 補題 4. j ≧ p かつ 1 ≦ k ≦ n のとき, bk f (j) (ki) + b−k f (j) (−ki) は p! で割り切れる 整数. 証明. f (x) = xp−1 n ∏ (x2 + l2 )p · (x2 + k 2 )p l=1 l̸=k と見て積の微分法で f (j) (x) を計算するとき, (x2 + k 2 )p が高々p − 1 回しか微分さ れない項は x = ki, −ki を代入すると 0 になる. また, (x2 + k 2 )p を p 回以上微分 したものは p! を因数にもつ. bk = b−k と f (j) (x) が整数係数多項式であることよ り, bk f (j) (ki) + b−k f (j) (−ki) は p! で割り切れる整数である. □ 4 補題 5. f (p−1) (0) は (p − 1)! で割り切れ, かつ p! では割り切れない整数. 証明. f (x) = x n ∏ · (x2 + l2 )p p−1 l=1 と見て積の微分法で f (p−1) (x) を計算したとき, x = 0 を代入したときに 0 とならな い項は, xp−1 が p − 1 回微分された項のみであるから, f (p−1) (0) = (p − 1)! n ∏ (l2 )p = (p − 1)!(n!)2p l=1 (p − 1)! は p で割り切れず, また n < p より (n!)2p は p で割り切れないから, f (p−1) (0) は (p − 1)! で割り切れかつ p! で割り切れない整数である. □ さて, t を複素数とし, 上で定めた f (x) に対して, ∫ 1 I(t) = tet−tx f (tx) dx 0 と定める. 部分積分法より, ∫ 1 I(t) = ( t−tx )′ −e f (tx) dx 0 [ ]1 = −et−tx f (tx) 0 − ∫ ∫ 1 ′ −et−tx f (tx) dx 0 1 = et f (0) − f (t) + tet−tx f ′ (tx) dx 0 であり, 同様の部分積分を繰り返すことで (2) I(t) = e m ∑ t f (j) (0) − j=0 m ∑ f (j) (t) j=0 を得る. ただし, ここで m = 2np + p − 1 であり, これは f (x) の次数に等しい. この I(t) を用いて, さらに n ∑ J= bk I(ki) k=−n k̸=0 と定めると, (1), (2) より, J = = n ∑ bk k=−n k̸=0 n ∑ eki bk eki k=−n k̸=0 = −b0 m ∑ j=0 m ∑ f (j) (0) − j=0 m ∑ j=0 f (j) (0) − j=0 f (j) (0) − m ∑ m ∑ f (j) (ki) m ∑ n ∑ bk f (j) (ki) j=0 k=−n k̸=0 n ∑ bk f (j) (ki) j=0 k=−n k̸=0 5 を得る. b0 ̸= 0 と |b0 | < p より, b0 は p で割り切れないから, 補題 1∼5 より, ある p で 割り切れない整数 N1 , および整数 N2 に対して J = (p − 1)!N1 + p!N2 = (p − 1)!(N1 + pN2 ) が成り立つ. N1 + pN2 は p で割り切れない整数なので |N1 + pN2 | ≧ 1 であり, した がって |J| = (p − 1)!|N1 + pN2 | ≧ (p − 1)! (3) を得る. ここで, f (x) の全ての係数が正であることより, |I(ki)| = ≦ ∫ 1 i(k−kx) ki · e f (kix) dx 0 ∫ 1 |ki · ei(k−kx) f (kix)| dx 0 ∫ 1 |k||f (kix)| dx = 0 ∫ 1 ≦ |k|f (|kix|) dx 0 ∫ 1 |k|f (|kx|) dx = 0 を得るが, 再び f (x) の全ての係数が正であることより, 0 ≦ x ≦ 1 の範囲で f (|kx|) は x = 1 のとき最大値をとるから, ∫ 1 |k|f (|kx|) dx ≦ |k|f (|k|) 0 ≦ nf (n) n ∏ = np (n2 + l2 )p l=1 ≦ np · (2n2 )np = {n(2n2 )n }p すなわち, |I(ki)| ≦ {n(2n2 )n }p 6 よって, ∑ n |J| = bk I(ki) k=−n k̸=0 ≦ n ∑ |bk ||I(ki)| k=−n k̸=0 n ∑ 2 n p ≦ |bk | {n(2n ) } k=−n k̸=0 p n ∑ 2 n |bk | ≦ {n(2n ) } k=−n k̸=0 を得る. n ∑ k=−n k̸=0 2 n |bk | {n(2n ) } = c とおくと, c は p に依存しない定数であり, (3) と合わせて (4) (p − 1)! ≦ |J| ≦ cp を得る. ここで n ∑ |bk | = 0 k=−n k̸=0 と仮定すると, 任意の k (1 ≦ |k| ≦ n) に対して bk = 0 であり, (1) より b0 = 0 となっ て矛盾. よって n ∑ |bk | ≧ 1 k=−n k̸=0 7 であり, これと n ≧ 1 より c ≧ 2 を得る. p−1 よって ≧ c2 のとき 2 p−1 ∏ (p − 1)! ≧ k k= p−1 2 ( ≧ p−1 2 ≧ (c2 ) ) p+1 2 p+1 2 = cp+1 > cp となるので, p を十分大きくとると (4) が成立せず, 矛盾する. 以上で tan 1 が超越数であることの証明が完結した. References [1] 塩川宇賢, 無理数と超越数, 森北出版株式会社, 1999. [2] 大浦拓哉, π の超越性, pdf. [3] @mat der D , tan 1 が無理数であることの証明, pdf. 8 □
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