22. 簡易法による DNA の抽出実験

22.
簡易法による DNA の抽出実験
実践学校教育講座 秋吉博之
1. はじめに
現行の中学校学習指導要領理科(平成 20 年 9 月)には,
「イ遺伝の規則性と遺伝
の規則性と遺伝子
(ア)遺伝
交配実験の結果に基づいて,親の形質が子に伝わるときの規則性をみい
だすこと」と示され,さらに内容の取り扱いには「遺伝子に変化が起きて形質が変化するこ
とがあることや遺伝子の本体が DNA であることにも触れること」と明記された。
そこで簡易法により身近にある教材や器具を用いて DNA の抽出実験を行う。これによっ
て,授業で DNA についての理解を深めさせたい。
2. DNA(deoxyribonucleic acid)
1950 年代初期,デオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid,DNA)が遺伝物質であること
は,大腸菌やバクテリオファージの研究などによって解明された。DNA は生物の遺伝情報の
発現に関わる高分子生体物質として知られている。DNA はデオキシリボース(五炭糖)と
リン酸,塩基からなる核酸である。塩基はアデニン(A)とグアニン(G)、シトシン(C)とチミン
(T)の4種類ある。DNA は,これらの相補性のある塩基 (A/T, G/C)対の水素結合によって結
びついた右巻きのらせん状(二重らせん構造)になっている。このことは 1953 年にジェーム
ズ・D・クリックとフランシス・ワトソンによって発見された。
3. DNA の複製
体細胞分裂の前に,
母細胞に含まれるものと同じが DNA つくられる。この DNA の複製は,
次のような仕組みで行われる。まず,2 本鎖 DNA の塩基どうしの結合が切れて 1 本鎖にほど
ける。この 1 本鎖のそれぞれを鋳型として,ヌクレオチドが結合して新しい鎖がつくられ,
もとの 2 本鎖になる。このとき,鋳型となる 1 本鎖の塩基がアデニン(A)ならばチミン(T),
グアニン(G)ならばシトシン(C)というように相補的な塩基配列が形成される。その結果,も
との DNA の塩基配列と全く同じ 2 本鎖の DNA が 2 本できる。この DNA の複製には,DNA
合成酵素(DNA ポリメラーゼ)などの多くの酵素が働いている。これを図1に示す。
図1 DNA の複製(引用:本川達夫,谷本英一編『生物』啓林館,2012,p.85)
3. DNA の抽出
細胞の中の核には染色体があり,その染色体の中に遺伝情報を持つ DNA がある。核 1 個
あたりの DNA 量は,ヒト体細胞で約 6pg(6 ピコグラム,6×10-12 g)である。ヒトの DNA
は,長さが約 2.0m で直径は約 2nm(2 ナノメートル,2×10-9m)である。これが体細胞で
は,46 本の染色体に分かれるので,1 本の染色体に含まれる DNA は 4.3cm 程度となる。
DNA は比較的安定した物質で,新鮮な材料を冷凍した後に実験に用いると,解凍により細
胞膜や核膜が破壊され,DNA の回収効率がよくなる。これに対して,リボ核酸(ribonucleic
acid, RNA)は,核内に存在するが,不安定な物質で自然界に広く存在する RNA 分解酵素で
分解される。
ブロッコリーの花芽,バナナ,魚の白子などには細胞が多く,DNA を多く含んでいる。こ
れらをすりつぶして細胞をばらばらにする。これに中性洗剤を加えると,中性洗剤に含まれ
る界面活性剤の作用により,細胞膜や核膜の脂質は破壊され,細胞の核内に含まれる DNA
が抽出できる。
DNA はリン酸に由来する負の電荷を持つため,お互いに反発し沈殿ができにくい。そこで
塩化ナトリウム水溶液を加えることで DNA の電荷を中和し,DNA がタンパク質から離れや
すくなる。抽出した DNA は,エタノールに対して溶解度が低いので,境界面で白く濁って
現れる。
この「エタノール沈殿」による方法は,1940 年代後半のオズワルド・アベリーら(ロック
フェラー研究所)が形質転換因子を発見する実験に用いられた。
4. DNA の抽出実験
(1)準備物
実験材料:ブロッコリーの花芽
器具:乳鉢,乳棒,ガラス棒,ビーカー(計量カップ),茶こし,試験管(3),試験管立て,
ペトリ皿,駒込ピペットなど
試薬:エタノール,10%食塩水,台所用中性洗剤(界面活性剤を含む),酢酸カーミン液
DNA 抽出液:10%食塩水 30mL あたり,4~5 滴の台所用中性洗剤(界面活性剤を含む)を
加える。中性洗剤は着色されていないものを使うと色の変化が分かりやすい。
図2
準備物
(2)実験の方法
① ブロッコリーの花芽を乳鉢に入
れて,ペースト状になるまで乳鉢で
すりつぶす。
図3 材料
② すりつぶしたブロッコリーに
「DNA 抽出液(10%食塩水 30mL あ
たり,4~5 滴の台所用中性洗剤(界
面活性剤を含む)
を加える)」を 30mL
加える。
図4 細かく破砕
③ DNA 抽出液を加えた後,よくか
き混ぜる。
図5 撹拌
④
③の液を茶こしでろ過する。
図6 ろ過
⑤ ろ過した液を試験管に少量取る。
図7 試験管に採取
⑥
⑤の試験管によく冷やしたエタ
ノール 10mL を駒込ピペットで試験
管の壁面を伝わらせて,少量ずつ加
える。
図8
⑦
エタノールの添加
4~5 分間⑥の試験管の内部の変
化を観察する。
⑧ 水層とエタノール層に分かれて
おり,エタノール層にできた DNA の
集まりを確認する。
図9 DNA の抽出
⑨
⑧でできた DNA の集まりをこ
まごめピペットで採取して,ペトリ
皿に移して観察する。
図 10
⑩
⑨のペトリ皿に酢酸カーミン液を 3~4 滴加えて変化を見る。
⑪
⑩の後,双眼実体顕微鏡で観察する。
観察
(3)実験の結果
【参考文献】森本弘一「遺伝の規則性と遺伝子」,川村康文・秋吉博之 他編著『実験で実践
する魅力ある理科教育 小中学校編』オーム社,p.219,2010.