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化学の授業とアクティブ・ラーニング
~科学的思考を育む取り組み~
松本
隆行
久保田
東京都立新宿山吹高等学校
裕人
東京都立小石川中等教育学校
【 要 約 】ア ク テ ィ ブ ・ ラ ー ニ ン グ 1 を 、化 学 の 授 業 に お い て ど の よ う に 取 り 入 れ ら れ る か を 考 え
た。アクティブ・ラーニングは探究活動など科学的探究のプロセスと親和性が高い。生徒の科
学的思考力その他の学力を育むための手法の1つであることをふまえて、手段を目的化するこ
となく、何をすべきかの本質を見極めながら取り入れていくべきである。
【キーワード】アクティブ・ラーニング
1
探究活動
科学的思考
はじめに
使って話し合う
今回の学習指導要領では目玉として「言語
○生徒が発表する、討論する
活動の充実」と「思考力・判断力・表現力の
○レポートにまとめる
育成」が掲げられている。これを実現するた
めに、一斉授業等で教師が生徒に一方通行で
3
知識を授けることだけでなく生徒同士が意見
関係
を交換したり発表する場面を用意したりする
授業を文部科学省は推奨している。
その流れを進めるように「初等中等教育に
従来の授業とアクティブ・ラーニングの
アクティブ・ラーニングという言葉は目新
しいものではあるが、前述のような意味では
すでに多くの実践があると考えられる。
おける教育課程の基準等の在り方について」
授業中のすべての時間において教師から生
(諮問)では、「課題の発見と解決に向けて
徒への一方通行の知識の伝達で終わっている
主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる『アク
場合は、十分に思考力・判断力・表現力を育
ティブ・ラーニング』)」という言葉でアク
むことは難しい。だからといってグループ・
ティブ・ラーニングが取り上げられた。ここ
ディスカッションやペアワークを行いさえす
から次期学習指導要領でアクティブ・ラーニ
ればよいといった考えのもと、多様な意見が
ングが目玉になることがうかがえる。これと
出ないテーマでの議論や記憶で答えるクイズ
軌を一にして、アクティブ・ラーニングを考
の出し合いをするだけでは、効果的に力を付
える研修が各地で行われている。
けさせているか疑問である。
アクティブ・ラーニングを化学の授業にお
その点に注意して生徒間のやり取りを行わ
いてどのように取り入れていくかを考える際
せるならば、思考力・判断力・表現力を育む
の観点を整理した。
ことにつながる。授業において主体的・協働
的に学がせることができる場面を以下に例示
2
アクティブ・ラーニングの目的と手法
アクティブ・ラーニングは、生徒に思考力
する。
○得た知識を用いて現象を考える
・判断力・表現力を身に付けさせる目的で用
○適切な実験方法を計画する
いられる学習及び授業である。
○結果を考察する
この目的を実現する授業の手法を以下に例
示する。
1
1)
○考察したのち試行錯誤する
○結果や考察を書く、話す
○ペアで意見交換する
[各場面は単独で用いてもよいし、複数を組
○グループでホワイトボード、付箋紙等を
み合わせてもよい]
中 央 教 育 審 議 会 に よ る と 、ア ク テ ィ ブ ・ラ ー ニ ン グ と は「 学 生 が 主 体 性 を 持 っ て 多 様 な 人 々 と 協 力 し て
問 題 を 発 見 し 解 を 見 い だ し て い く 能 動 的 学 修 」 を 指 す 。 2)
これらからわかるように、主体的・協働的
5
まとめ
な学びと科学的思考による探究活動はきわめ
事例のような実験を単なる確認実験として
て近い。従来、これらの工夫をした探究活動
行った場合、答えが1つであり生徒にとって
や実験、黒板授業が実践報告されており、そ
当たり前のことを確認する受動的な学びにな
れらはアクティブ・ラーニングと呼べること
るおそれがある。それに対し、アクティブ・
を示している。ここでは生徒が頭の中で考え
ラーニングの意図をもって探究の場面を授業
る作業を言語化・対人化したものがアクティ
に取り入れると、正答に向かって試行錯誤す
ブ・ラーニングと考えるとわかりやすい。
る行動や、実験結果の解釈といった生徒一人
ひとり異なる思考を経験させることができ
4
アクティブ・ラーニングの具体的な事例
る。その点で、繰り返し行えるような短時間
実験授業でアクティブ・ラーニングを取り
の実験は能動的学習の題材として適している
入れる場面を想定した事例を挙げる。
と 言 え る 。 4)
私たち化学の教師は、アクティブ・ラーニ
単元:化学基礎「酸の価数と強弱」
ングという言葉に翻弄されずに今までやって
概要:マグネシウムが酸と反応して水素を発
きたことを実践していくべきだと考えてい
生することを利用して、未知の酸が塩酸、硫
る。ただし、思考力・判断力・表現力を育む
酸、酢酸のどれかを調べさせる。
ため、適切な解釈や理解を探し出す時間が存
3)
既 習 事 項:酸 の 電 離 の 化 学 反 応 式 、酸 の 価 数 、
在する授業でなくてはいけない。
電離度
【取り入れる場面の例①】
その意味で、教材をどのように使うかは重
実験に先立ち、
要である。優れた教材(実験法)が良い授業
塩酸とマグネシウム、硫酸とマグネシウムの
と考えがちであるが、その教材をどのように
化学反応式を立てさせ、ペアで互いに確認さ
料理するかで全く異なる味になる。アクティ
せる。
ブ・ラーニングは探究活動の味付けの一つと
実験:マグネシウムが酸と反応して生じる水
考えて、気軽に取り入れていただくことを願
素の体積を測定して、酸の価数と強弱を判断
っている。
させる。
【取り入れる場面の例②】
この研究は東京都理化教育研究会化学専門
下記の実験条件
委員会で取り組んだ成果の実践である。
のみを伝え、適切な実験方法を考えさせる。
実験条件の制御:
6
参考文献
1 ,1.0 mol/L、5 mL の 酸 の 水 溶 液 を 用 い る
2 , 0.15 g( 約 16.5 cm) の マ グ ネ シ ウ ム リ
ボンを用いる(大過剰)
1) 文 部 科 学 省 , ポ ス タ ー 「 思 考 力 、 判 断 力 、
表 現 力 を 育 む た め に 」 , 2012,
3,二又試験管を反応容器に用いて、水に
( http://www. mext.go.jp/co mponent/a_ menu/ed
つけた状態で反応させ、発生する気体は
ucatio n/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2012/
水上置換でメスシリンダーに集める
07/04/1322425_02.pdf
2015.6.12 ア ク セ ス )
結果と考察:水素の発生量が約2倍の違いが
2) 中 央 教 育 審 議 会 , 答 申 「 新 し い 時 代 に ふ さ
あるのはなぜか、反応時間と水素の発生量の
わしい高大接続の実現に向けた高等学校教
グラフの傾きが大きく異なるのはなぜか、理
育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革
由を考えさせる。
に つ い て 」 , 3, 2014
【取り入れる場面の例③】
実験結果から言
3) 岩 藤 英 司 , 化 学 と 教 育 , マ グ ネ シ ウ ム と 酸
えることを、実験班の中で挙げさせる。価数
の 反 応 か ら 酸 の 価 数 と 強 弱 を 考 え る , 49(8),
または強弱が確認できなかったときは、再び
490-491, 2001
実験をさせる。考察の内容を班ごとに発表さ
4)久 保 田 裕 人 , 松 本 隆 行 , 平 成 25 年 度 東 京 都
せる。
理 化 教 育 研 究 会 研 究 発 表 集 録 第 53 巻 , 2013,
pp.70-72