工学倫理 第13回

2015/1/11
第13章 環境と技術者
工学倫理
第13回
技術者は、専門分野は違っても、どこかで環
境に関わる。技術者の実務上の環境問題と、環
境に関する倫理(=環境倫理)とを結ぶ共通の
理念として「持続可能な開発」の原理がある。
13.1 持続可能な開発
持続 能 開発
13.2 国・地方の環境問題
13.3 地球規模の環境問題
13.4 環境と世代間の倫理
13.5 まとめ
教科書:技術者の倫理入門 第四版
杉本泰治 高城重厚 著
杉本泰治,高城重厚
第13章 環境と技術者
工学倫理 第13回
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13.1 持続可能な開発-1
• 環境意識の始まり
1964年 レーチェル・カーソン:沈黙の春が邦訳。
DDTなどの農薬が動物、植物、生態系、
さらに人間の健康に被害を及ぼすことを指摘。
1962年 ニューヨーカー誌で抜粋の連載が開始。
全米農薬協会など農薬関係者から出版妨害の攻撃。
米農薬協会な 農薬関係者
出版妨害 攻撃。
ケネディ大統領が記者会見で擁護する発言。
スチュワート・ユーダル内務省長官の功績による。
1962年 ケネディ大統領による消費者保護教書。
アメリカで厳格責任のPL法が登場した年。
1960代末~70年代初 エコロジー(生態系)運動
平和、人権、女性の権利などの運動と同様に、
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新しく公正な理念と、新しい法体系を主張。
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13.1 持続可能な開発-2
持続可能な開発とは
1983年 環境と開発に関する世界委員会WCEDが発足。
1987年 報告書「われら共有の未来」を公表。
持続可能な開発の概念
将来の世代の要求を満たしつつ、現在の世代の要
求も満足させるような開発。
それまで環境と開発は、二律背反の対立概念。
⇒共存できるもので 節度ある開発が重要とした
⇒共存できるもので、節度ある開発が重要とした。
しかし、持続可能な開発は、矛盾をはらんだ表現。
石油などの資源は、開発・利用すれば減少・枯渇
する。
先進国と開発途上国の対立を調整する概念。
1992年 リオ会議:国連環境開発会議
環境と開発に関するリオ宣言
行動計画:アジェンダ21、持続可能な開発を取入れ。
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13.1 持続可能な開発-3
持続可能な開発と平和
持続可能な開発⇒地球規模の理解⇒持続性ともいう
環境問題の他、企業や組織の社会的責任の評価に使用
民主主義や平和とも無理なくつながる。
第1話 環境保護が平和に結実
2004年 ノーベル平和賞=ワンガリ・マータイ
ケニアの環境活動家,アフリカ女性として初受賞
彼女の主導するグリーンベルト運動
持続可能な開発と、民主主義と平和への貢献
活動の中心は森林回復のための植林運動だが、
木を育てることを通じて、貧しい人々の社会参加
の意識を高め、人々が生活や社会を自力で変えてい
けるように尽力した。木を植えることは、貧困や飢
餓を解決することを繰り返し訴える。
1996年 砂漠化対処条約発効、締約190カ国
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討論1
• 持続可能な開発の考え方では、「将来の世代
が少なくとも現在の世代と同じ程度の良好な生
活の質を保つ権利がある」という。そのために
は、われわれは、現在の環境をどのようなかた
ちで将来の世代に残してやればいいだろうか。
ば
本章のこの先のことも考慮して討論しよう。
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13.2 国・地方の環境問題-1
13.2 国・地方の環境問題-2
日本 地方の産業災害による環境破壊
→地方レベルの環境の意識
産業による深刻な環境破壊と困難な対策の経験
⇒日本が環境問題に取り組む堅実な基礎となる。
産業革命 英国は、1700年代後半~1840年頃に完了
日本は、明治維新~日露戦争前後に達成
第2話 別子銅山煙害事件
鉱業では足尾、日立、別子銅山の三大鉱害事件が有名
別子銅山(愛媛県新居浜市) 一貫して住友家が経営。
1691年~1973年 283年間に約70万トンの銅を産出。
1884年 精錬所を新居浜海岸に移転。煙害が深刻化。
1905年 莫大な投資で四阪島に移転⇒煙害は解決せず
1939年 排煙から硫酸を回収する新技術を導入し解決。
別子の山も大規模な植林で、緑豊かな自然が戻る。
第3話 環境行政の始まり-神奈川県では
1945年 世界大戦終了⇒工業地帯で公害が広がる
1952年 神奈川県事業場公害防止条例が施行
当初は工場の操業に対する県民の苦情への対応が主
1954年 朝日製鉄:高炉建設⇒条例による事前調査請求
住民:反対期成同盟を結成⇒公害反対陳情書を提出
県 公害防止に必要な装置 操業の注意を指示
県:公害防止に必要な装置、操業の注意を指示
1957年 操業⇒県による公害監視⇒1980年代 高炉撤去
1956年 京浜工業地帯大気汚染防止対策技術小委員会
1962年 わが国初、煤煙の排出の規制等に関する法律
1967年 公害対策基本法、環境基準、防止計画策定
1968年 大気汚染防止法
⇒69年 硫黄酸化物(年平均)≦0.05ppm
1974年 川崎市公害監視センターの調査⇒総量規制へ
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13.2 国・地方の環境問題-3
• 第4話 四日市公害訴訟事件
水俣病、イタイイタイ病、新潟水俣病⇒一企業の重金属汚染
四日市公害⇒コンビナートの多数の企業からの大気汚染
(四日市喘息)自動車の排気ガスも加わった複合汚染
• 裁判所の判断
1967年
年 コンビナートの6社を被告として損害賠償請求
ナ
社を被告
損害賠償請求
1972年 裁判所の判断=有罪
①集団的に立地し共同の不法行為責任がある。
②1工場の煤煙が少量でも共同不法行為責任がある。
③調査が不十分で、立地上の過失がある。
④注意義務を怠り、漫然と操業を継続した過失。
⑤世界最高の技術、知識を動員して防止すべき。
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⑥呼吸器疾患と煤煙は明確な因果関係がある。
13.3 地球規模の環境問題-1
• 環境問題は国境を越える
地球上の人間:7,244百万人(世界人口白書2014)
酸性雨、オゾン層破壊、地球温暖化、
化学物質のリスク、熱帯林の減少、砂漠化など、
地球規模の問題を引き起こしている。
これらの問題は、国境を何の制限なく越える。
グローバルな問題には、グローバルな対策が必要である。
(1)地球温暖化
1992年 地球サミット(リオ会議)
気候変動に関する国際連合枠組み条約⇒1994年に発効
地球の気候変動及び悪影響が人類の共通の関心事。
大気中の温室効果ガスの濃度を安定させること。
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加盟する155カ国が、地球温暖化防止を推進。
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13.2 国・地方の環境問題-4
• 企業の対応
公害対策協力財団
判決の80%補償を目処に主要企業から基金を拠出
させて、生活年金や医療費の支給。
四日市喘息⇒全ての企業が訴えられる可能性
企業:裁判は止めたい
裁
被害者:簡便に救済されたい
1973年 両者の利害が一致し、公害健康被害補償法
革新自治体を中心に、国よりも厳しい環境行政
1975年 公害防止投資約1兆円、世界一となる。
産業公害防止が進む、排ガス規制にも成功。
• 政府の見方 1992年地球サミット(リオ会議)
経済成長と環境保全が両立し、持続可能な発展の例
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「日本の深刻な公害は終わった」と宣言
13.3 地球規模の環境問題-2
• 京都議定書とその後
1997年 第3回締約国会議 京都議定書が採択
先進国:2008~12、1990年比で5%削減を義務づけ。
2001年 世界最大の排出国の米国が離脱
2005年 ロシアの批准によってようやく発効
米国:非現実的な削減義務は米国経済に深刻な打撃。
発展途上国に削減義務を課さないのは効果なし。
2004年 第10回締約国会議「ブエノスアイレス作業計画」
温室効果ガスの排出量、米国と日本の増加が著しい。
2007年 主要国首脳会議(G8サミット)
EU、カナダ及び日本が「2050年までに半減」を決定。
各国がこの決定の検討に合意、国際世論の大勢となる。
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13.3 地球規模の環境問題-3
13.3 地球規模の環境問題-4
• 日本の温暖化対策
2008年 福田首相の温暖化対策の提言
①温室効果ガスの削減目標:2050年まで60~80%
2050年まで50%削減の国際世論よりも高く設定。
②2020年までに2005年比14%削減
③途上国支援の日米英基金に12億ドル拠出
④太陽光発電を20年までに現状の10倍、30年には40倍
温室効果ガスの少ない電源、原子力は既に推進。
水力は開発し尽くし、地熱や風力は立地問題がある。
⑤2008年秋、排出権取引の国内市場を試行的に実施
個々に企業に排出枠を定める。EU市場では既に実施。
⑥2008年秋、環境税を含め、税制全般の見直し
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化石燃料に税金をかけて排出量を抑える。
(2)オゾン層破壊
オゾン層:上空15~30kmの成層圏にある。
有害な紫外線を吸収し、地球上の生物を保護。
フロン:冷蔵庫やエアコンの媒体、スプレー噴射剤
オゾン層を破壊する。
代替フ ン 温室効果がCO2の数百~数万倍
代替フロン:温室効果がCO
の数百 数万倍
2002年 フロン回収破壊法施行 代替フロンも含む。
1985年 オゾン層の保護のためのウィーン条約
1987年 オゾン層を破壊する物質に関する
モントリオール議定書
1992年 改正モントリオール議定書
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これらの順守により、オゾン層は回復に転じている。
13.3 地球規模の環境問題-5
(3)酸性雨
1960年代 欧州における酸性雨の抑制条約が契機
火力発電所の硫黄酸化物、窒素酸化物の浄化対策
• 東アジア酸性雨モニタリング・ネットワーク
世界の1/3強の人口、近年めざましい経済成長。
硫黄含有率 高
硫黄含有率の高い石炭に依存⇒深刻な大気汚染
炭 依存 深刻な大気汚染
二酸化硫黄 2020年には現在の3倍と予測
1993年 酸性雨モニタリングの実施が提案
1998年~3年間 東アジアの38サイトで試行
2004年 黄砂モニタリング・ネットワーク
中国、モンゴル、韓国、日本が観測情報を共有
東アジア共同体の持続性と平和のために、日本
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の技術者がリーダーシップを取るべき課題は多い。
13.4 環境と世代間の倫理-1
• 倫理規程における環境の扱い
技術者団体の倫理規程の基本要領(32頁、表2.1参照)
ASCE:持続可能な開発の原理に従うように努める。
NSPE:上記規定なし。
アメリカの倫理規程:技術者の討論により修正を重ねた歴史
倫理に環境を入れるかどうかの論争
倫理は人間関係の規範、環境は人間ではない。
アメリカ土木技術者協会(ASCE)
1977年 細則に環境の語を用いていた。
1987年 環境と開発に関する世界委員会(WCED)
「持続可能な開発」を取り上げる。
その考えが広く世界に受け入れられる。
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1996年 影響を受け「持続可能な開発」になる。
13.4 環境と世代間の倫理-2
13.4 環境と世代間の倫理-3
• 世代間の倫理(1)-将来の世代
「持続可能な開発」:
WCEDの定義:「将来の世代の欲求を満たしつつ、現
在の世代の欲求も満足させるような開発」
⇒現在の世代が将来の世代に対して負う責任の認識
倫理は同じ時代に生きている人間のもの 暗黙の了解
倫理は同じ時代に生きている人間のもの=暗黙の了解
↓ ↓ ↓ ↓
まだ生まれていない将来の世代にも及ぼすという考え
=倫理観の転換、資源問題も同じである。
環境も資源も、現代の世代が濫用すれば
⇒将来の世代の生活を貧しくする
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∴現代の世代と将来の世代の関係=倫理
• 環境倫理の系譜
環境を大切にする環境尊重≠環境倫理ではない。
環境尊重:必ずしも倫理を必要としない。
人間と環境
世代間の倫理として環境倫理が認識される過程
19世紀あたりから、人間以外の世界にも責任。
世紀あ り
、 間以外 世界 も責任。
人間の役に立ちそうなものに限られている。
知覚のある動物に苦しみ⇒非倫理的
ミミズやチョウ? 植物は? 空気や土?
精神的なアプローチも壁にぶつかる
↓ ↓ ↓
現世代の人々は、次世代の人々に対する責務がある。
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環境倫理=対人関係の倫理ととらえる。
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13.4 環境と世代間の倫理-4
• 世代間の倫理(2)-過去の世代
現代の世代:将来の世代に対する責務がある
過去の世代に対する責務はないか?
水俣病問題
チッソ:アセトアルデヒドを製造、人間生活に役立った。
そ 製造 程 有機水銀
その製造工程で有機水銀が生成⇒水俣病
成 水俣病
チッソの技術者:原因究明を怠り・妨害⇒被害を拡大
技術者倫理のテキストでも過去の技術者を批判
2004年 関西水俣病訴訟の最高裁判決
国・熊本県にも損害賠償責任がある。
実際には、被害者救済の全額をチッソが負担。
事件から50年、当時の技術者(過去の世代)は引退。
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次世代の技術者が働いて返済!(ただし、最近は好調。)
討論2
• 水俣病には、一つには、カネミ油症と同じよ
うに、未知の原因による被害者の救済をどうす
るかの問題がある。もう一つ、過去の世代の莫
大な債務を、現在の世代が働いて返済している
。過去の世代がしたことに、後の世代はどこま
が
後
で、どのように責任を負うべきか。難しい問題
だが、考えてみよう。
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13.5 まとめ
地球温暖化について、危機説の一方で楽観的
な見方もあるが、
•
2007年2月、地球温暖化の科学的根拠を審議す
る「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
第1回作業部会」がパリで開かれ、
•
第4次評価報告書のなかで、「温暖化は確実に
進み、人間活動による温室効果ガス排出が要因
の可能性がかなり高い」ことを確認した。
•
環境問題は、将来にわたる不確実性をかかえ
ながら、現時点での意思決定を迫られる。
•
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