2010 年度 京都女子大学 HP 用過去問題解説 国語(古文) 出題の概説 本学の入試には、一般入試とセンター試験利用入試、公募制の推薦入試などがあります。2010 年入試解説では既に公募制推薦入試の「基礎学力検査」国語問題、一般入試A方式(1/29 実施) を解説しました。今回は、2010 年度一般入試A方式(1/30 実施)の問題を取り扱いましょう。記 述式問題を含み、どのように取り組むか、ここできちんと会得しておく必要があるからです。設 問は、前回同様、現代文1題、古文1題の出題で、漢文は課されていません。 一の現代文は、武満徹『音楽の余白から』 「能と無常」 (問題文の文字数 2,300 字程度)、二の古 文は、『春日権現験記絵』 (鎌倉末期・同 1,300 字程度)からの出題で、問題文の量も前回並み、 設問数も現代文は全8問(ともに最後に記述式設問がある)、古文も8問(ともに、現代語訳の記 述問がある)で同じです。 しかし今回、注意したいのは、一 の現代文の文章読解でしょう。比較的難易度の高い文章で あり、設問もそれに応じて、やや難しいものになっています。同じ A 方式であっても、時に少々 レベルが変わるのもありえることです。解説を通して、こうした文章の読解のしかた、問題の解 法を、ここでしっかりと会得しておきましょう。 古 文 2010 年度一般入試前期 A 方式(1/30 実施) 二 【問題文について】 古文も 2010 年度一 般 入 試 前 期 A 方 式 (1/30 実施)二を取り上げます。 出典の『春日権現験記絵』は、春日権現の霊験譚を集成した鎌倉時代後期の絵巻物で二〇巻。 権現(ごんげん)は日本の神の神号の一つ。日本の神々は仏教の仏が仮の姿で現れたものである ほ ん じ すいじゃく という本地 垂迹 思想に基づいた神号です。「権」という文字は「権大納言」などと同じく「臨時 の」「仮の」という意味で、仏が「仮に」神の形を取って「現れた」ことを文字で示しています。 かんじょう また、 「春日」は、春日の神、春日明神または春日権現とも称されます。春日大社から 勧請 (神 仏の来臨を願うこと、神仏の分霊を請じ迎えること)を受けた神のことであり、神社の祭神を示 すときに主祭神と並んで春日大神などと書かれます。春日神を祀る神社は春日神社などという社 名になっており、日本全国に約 1000 社あります。奈良にある「春日大社」は、これら全国にあ る春日神社の総本社です。 長い説明をしましたが、この出典自体は文学史的に有名なものでもなく、気にする必要はあり ません。ただ、奈良へいけば、藤原氏の氏神とされる「春日大社」があり、全国各地にも「春日 神社」という似たものがあります。総本社に対し、支社ともいうべきものですが、これと似たよ うなものに「稲荷」があります(稲荷大明神ともいわれます)。それらの総本山は京都市伏見区に かんじょう ある伏見稲荷大社。このように、総本山の神仏を各地に分霊する行為を「 勧請 」といいます。こ れで信仰が全国に広まるわけです。 「本地垂迹思想」も日本史で習うことですが、このように神仏 が習合(異なる教義を折衷すること)し合っても、後世にそれら信仰が流布されることを優先し 1 たわけです。今日ではテレビやインターネットがありますが、昔は「勧請」などで全国に流布さ せたのです。 さて、「絵巻」といっても、「絵」ばかりでなく、その寺社の縁起(寺・宝物などの起源・沿革や 由来。また、それを記した書画)があります。民衆の教化のために書いたのですから、ありがたい神仏の効 り や く 験(こうげん=神仏のご利益)が書かれている。今回の『春日権現験記絵』も、我が子を思う母の霊験 譚が書かれています。 ここでびっくりするのは、一度死んだ母親が生き返ることでしょう。地獄の閻魔の前に、突然 童子が現れて、「この女はわが寺僧を養育するもので、この子は私にたいへん功績があるものだ」 と言ったので、閻魔は「勘録の帳」を見て、大事な出家僧とわかって、その母を蘇らせたわけで す。母は命のきわみにあたって、わが子を呼び寄せ、お前の出家の姿を見たい、と息も絶え絶え の中に言います。それを子供が自分の師範の僧に言ったら、僧都は憐れんで出家させ、その姿を 見た母親は喜んで息絶えます。その三日後に再生したわけです。 「童子」は、春日大明神の化身で れいげん き せ い り や く たん あり、話はその霊験(人の祈請に応じて神仏などが示す霊妙不可思議な力の現れ。ご利益)譚で す。 このように、話はおもしろいし、昔の人はさぞこうした霊験に感動・狂喜しただろうな、と思 って読むといいですね。古文が当時の人の息吹ととともに身近に感じられるでしょう。 【設問および解答方法について】 設問は、例によって出題のパタンが決まっています。問一ではセンター試験などと同様の古語 の意味をきく問題。問二は品詞識別問題。 「に」と文法的に同じものを選ばせる設問で、これは点 の稼ぎどころです。問三も文法の一種。撥音便の元の形をきくもので、これも稼ぎどころ。問四 も文法問題。空欄に助詞を入れる設問です。以上は、古語と文法で、古文という教科の基礎問題 です。 問五で、やはり必須問題である現代語訳が出されています。これは古語と文法、さらに古典常 識も問う、古文の究極の問題でありましょう。そして問六は空欄補充問題、問七が傍線部と同じ 意味の語句を本文から探す問題で、ともに、文章読解の設問です。そして最後に、センター試験 などでも馴染みの(かつ現代文でも頻出の)内容合致問題です。以下、解法を考えていきましょ う。 まず問一。古語の語釈は、その古語自体の固有の知識を元に、文脈でも考えていくことが大事 です。①の「うはの空に」は、現代語では、他のことに夢中でそのことに注意がいかない状態を いいますが、ここではどうでしょう。「うはの空」には、「不確かだ・あてにならない」の意味が あります。わが子の出家先を求めて京から奈良へあてもなく行く母子の姿が浮かぶでしょう。正 解はアの「あてもない様子で」。②の「心苦しさに」も簡明なことばですが、その分、やはり文脈 で考えた方がよいでしょう。 「母も子の心苦しさに、やがて西の御門のほとりに住みわたりければ」 とあるように、寺に預けた子のそばに居住するにいたるのですから、ここの意味は、ウの「心配 で」となります。③の「身まかりなん」ですが、「まかる」は「参る」と対になる語で、「退出す る」 「おいとまする」意の謙譲語です。ここでは「身まかる」とあって、この世から体ごと、おい とまするわけですから、死んでしまうことですね。イの「あの世で旅立ちましょう」が正解です。 2 ④の「すなはち」は古今異義語の古語の代表格で、現代語では「言い換えれば」というような意 味ですが、古語では「すぐに」の意味です。 「即ち」と書くように「即時」の意味ですね。正解は オです。⑥「しめて」は、まず漢字ではどう書くかを考えます。 「閉めて」なら、イの「閉じきっ て」も考えられますが、本文には「閑居のすみかをしめて」とあります。ここでは「占めて」と 書くことに気が付くと簡単です。正解はアの「占有して」です。 問二。「に」の識別問題です。これは頻出ですので、きちんと説明しておきましょう。 「に」になるものは、次の六つがあります。1.格助詞、2.接続助詞、3.完了の助動詞「ぬ」 の連用形、4.断定の助動詞「なり」の連用形、5.形容動詞ナリ活用の連用形語尾、6.副詞 の一部。 おもな識別法は、1.は体言・連体形に接続して主格や連体格など、下の語がどんな資格に立 つかを表します。2.は連体形に接続して、上の語を下につなぎます。3.完了の助動詞で連用 形に接続しますが、下に「き」 「けり」が付くことが多くなります。4.の断定の連用形「に」は 体言・連体形に接続します。下に「あり」「候ふ」が接続したり、「にて」「にや」「にや」の形で 現われることが多くなります。5. 「に」の上に語幹の部分が付き、「―なり」と終止形でいえま す。用言だから「いと」などで修飾できます(例: 「いと静かなり」) 。6.副詞だから活用はなく、 上の部分と切り離せません(例:「死してすでに五年なり」 )。 まず二重傍線部Aの「に」が何なのか検討します。 「思ひなりにけり」の「に」ですね。 「けり」 をとってみると、 「思ひなりぬ」となります。 「な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね」 (ナ変型)と活用す る助動詞は、むろん完了の「ぬ」ですね。上の3.にあたります。 選択肢をみていきますと、アは「高き学生にておはする」とあります。 「にて」は1.の格助詞 の場合もありますが(場所や時刻などを表す) 、この場合は「おはす」が下接しているので、4. の断定の助動詞になります。「なり」の連用形「に」です。 「にてあり」などと使いますが、ここ では「おはす」(「あり」の尊敬語)が代用されているわけです。イの「ねんごろに」は「ねんご ろなり」と言えるので、これはもう5.の形容動詞の語尾しかありません。ウの「わが命すでに つきなん」の「な」は、 「尽き」という連用形に接続しているので、完了の「ぬ」の未然形です。 3.の用法ですから、これが二重傍線部Aと同じ用法で、正解です。エの「その功なきにあらず」 は「ず」とあるので、打ち消しの助動詞です。オは「往生の素懐をとげけりとなむ」は下に「い はれける」などの語が省略されていると見られるので、係助詞「なむ」の一部です(「結びの省略」 というものです)。エ・オは「に」になっていませんが、紛らわしいものとしてよく出題されるも のですので、注意しましょう。 問三。 「あん」は撥音便形とありますが、もうひとつの促音便形とともに、代表例で覚えておき ましょう。「飛ぶ」に「た」を付けると、「飛びた」といいますが、これでは発音しづらいので、 「飛んだ」と「ん」にします。これが「撥ねた」音便で、撥音便です(「み」「び」「に」「り」な どが「ん」になる)。それに対して、 「切る」と「た」が一緒になると、 「切りた」ではなく、「切 った」といいますね。このように、早く促した音、つまった音便(「ち」「り」「ひ」などが「っ」 になるもの)が促音便です。波線部B「あん」ですが、「あんなれ」とつづいているように、 「あ るなれ」の撥音便です(「ある」はラ変動詞、「なれ」は伝聞・推定の助動詞「なり」の已然形)。 解答は終止形を書きなさいとあるので、「あり」となります。 3 問四は助詞を入れる設問。選択肢の助詞の種類を確認すると、ア「しも」、イ「さへ」は副助詞、 ウ「ぞ」、エ「こそ」は係助詞、オの「より」は格助詞です。こういう場合、まず係り結びがない かどうかを検討します。すると、空欄Xの後は「一宗の法灯にて、…やむごとなき人にておはす れ、」とあって「おはすれ」が「おはす」の已然形になっています。これで、係り結びがあるとわ かり、已然形で結ぶ係助詞は「こそ」ですから、正解はエとなります。 問五は現代語訳です。傍線部⑤を引いてみると、 「後のわざなど、とかくすべき人もなし」とあ ります。「後のわざ」、「とかく」などがポイントでしょう。 「後のわざ」は慣用語で、人が死んだ 後の仏事のことをいいます(「追善供養」「法要」など)。「わざ」と言う語は形式名詞で、「こと」 くらいの意味です。 「とかく」は「あれこれ」の意味です。本文はこの女の死後に、格別縁者もい ないので、法要などが出来ないことを言っています。解答例としては、 「死後の法要など、あれこ れしっかりするべき人もいない」などがよいでしょう。 問六。 「みずから、われは春日の大明神なり」と地獄でこのように自分を名乗るものは、獄卒な どではありません。新たに出で来たもの、とわかります。直前に「童子…一人来たり給へり」と あるので、「童子」が正解です。 問七も同様に考えます。 「往生の素懐」とは「極楽往生の願い」のこと。それを「とげけり」 (遂 げた)というのが、傍線部⑦の箇所です。これと同義の語句は、同じく「とげ(けり) 」を述部に 持った、「九品の望み」となります。 「素懐」はもとからの「望み」という意味です。正解は「九 品の望み」。 か し 問八の内容合致問題は、各選択肢の「瑕疵」 (キズ・欠点)をチェックします。アは「女は」 「出 家させた」が不可。イは「僧侶を頼って、南都へ行った」が不可。目途がきまっているのではな く、 「うはの空で」さすらい行ったのです。ウは本文末に「高野山」とあるので不可。エは「出家 したいという子供の強い思い」が違います。オは「無条件に信じ」たのではなく、 「勘録帳」で確 認をしているので間違い。カが瑕疵もなく、正解となります。 【勉強法のアドバイス】 古文の場合、書かれている内容は現代文ほど、抽象的でも煩雑でもありません。本文のような 霊験譚など、現実にはない話もありますが、それはあくまでお話なのだととらえれば納得いきや すいでしょう。とにかく、主語が何であるかを述語のありかた(敬語のあるなし)でしっかり把 握すること。また仏教語などわからない語句も古文原文にはままありますので、これは後注など で確認することです。系図があれば十分参考にするなど、目配りをもっていけば、そう内容がわ からないこともないでしょう。基本的な文法や古語などは、高一・二などを通じて、いやという ほどやっているわけですから、文法ノート、古語ノートを作って固めます。 この時期になれば、そうした基礎のもとに、古文問題をいくつもこなして、古文を読みなれる こと(そのたびに出てきた古語や、文法はそのつど、ノートに戻って確認すること)が大切です。 さらに、人々の暮らしや習俗、信仰(寺社参詣は重要)などを知っていきましょう。奥深さを認 識すれば、古文(古典)が一生の身近なものになります。 4
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