窓からの眺め 私の住まいは大通りに面したマンションの二階にある。 松井淑子 居間の窓から眺めると、通りの真向かいは駐車場で、その右隣りには十階建ての、左隣りには 十三階建てのマンションがあり、駐車場の奥には、何の木か知らないがこんもりと茂った大木をは さんで、五階建てと三階建ての建物が並んでいる。これらの建物群に囲まれて、額縁に入ったよう この額縁の中を、さまざまなものが通り過ぎる。 な空 が 見 え る 。 冬場には駐車場の奥の大木の真後ろに沈んでいた夕日が、季節が進むにつれてその位置を少しず つ移し、夏近くなると、いつの間にか額縁の外にはみ出している。 ときに快晴の真っ青な空に、筆で描いたような一本の細い飛行機雲が現れる。飛行機雲は次第に 太さを増し、やがて裾のほうから薄れてゆく。 ちぎれ雲が二つ三つ浮いていることもある。雲はまったく動かないように見えながら、思い掛け さぎ ない速さで形を変え、ちょっと目を離した隙に一つのものが二つに分かれていたりする。 からす らしい。どこからどこへいくのだろうか。 たまに真っ白い大きめの鳥が横切ってゆく。水鳥の鷺 このあたりの水辺といえば目黒川と明治神宮の池だが、 この二つの間にはかなりの距離がある。と、 そう思うのは人間の考えで、鳥にとっては一瞬の近間かもしれない。 が一羽止まるよう 駐車場の奥の五階建ての建物の屋上のテレビ・アンテナに、だいぶ以前から鴉 になった。朝八時ごろにはすでに止まっており、夜、暗くなるといなくなる。昼間もちょくちょく 留守にするが、いつの間にか戻ってきて、羽繕いをしたり、じっと座りこんでいたりする。ここは この 鴉 の 縄 張 り な ん だ ろ う 。 ところがつい先日、このテレビ・アンテナに二羽で並んで止まっているのに気がついた。自分の 縄張りにほかの鴉を入れるとは珍しい、と双眼鏡を向けると、一方がもう片方に口移しで何か食べ 物をやっている様子である。初めは親子かと思ったが、双方とも体の大きさに大差がない。それに えさ 子鴉が生まれて巣離れするにしては時期が早すぎる。 そのうち餌をもらっていたほうが、もう片方の頭を掻いてやったり、羽繕いの手伝いを始めた。 どうやらこちらが雌で、餌のお礼に羽繕いをしてやっているらしい。鴉に奥さんができたのだ。 額縁の中の、目下の私の興味の対象は、この鴉の新夫婦である。 30 展景 No. 79 展景 No. 79 31
© Copyright 2024 ExpyDoc