巻 頭 言 エネルギー価格の高騰に想う 勝 俣 恒 久 昨年はエネルギー・資源価格の高騰が著しかった。ニューヨーク・マーカン タイル取引所で扱われるWTIと呼ばれる原油の先物価格は、昨年十月、一バ ーレル(約一五九リットル)五五ドル超と史上最高値を記録した。その後、落 ち着きを取り戻したとはいえ、依然として四十ドル台で推移している。 このような高値になったのは、原油が投機の対象になったからではあるが、 それなりの背景がある。中国や米国の著しい需要増やイラクに代表される中東 原油の供給不安など、需給逼迫が予見される状況があるからである。 一方、わが国のエネルギー輸入価格の推移を見てみると、四∼五年前に比べ、 原油CIF価格は一バーレル二〇ドル台から四二ドルへ、LNG(液化天然ガ ス)は一トン一八〇ドル台から二八七ドルへ、そして石炭(一般炭)は一トン 三五ドルから五七ドルへと、軒並み著しく上昇している。 過去の原油価格の高騰、すなわち第一次・第二次オイルショックのときは、 それまで高度成長を続けてきたわが国のGDPがマイナス成長を記録するほど の影響を受けたのである。第一次オイルショック(一九七三年)のときは電力 の使用制限が行われ、ネオンが消えた。トイレットペーパーの買い占め騒ぎは 今でも語り種になっている。また、第二次オイルショック(一九七九年)では、 電気料金は約五〇%の値上げを余儀なくされ、素材型産業からエネルギー寡消 費の機械型産業への産業構造転換への引き金となったのである。 今回、エネルギー価格がこれだけ上昇しているにも関わらず、わが国の経済・ 1 社会が比較的平穏なのは何故であろうか。 この理由を数値によって検証してみる。 わが国の一次エネルギーに占める石油の割合は、オイルショック時の七七% から現在は五〇%弱と低下している。脱石油、すなわちエネルギー源の多様化 (LNG、原子力など)が進展したのである。 そして、わが国の総輸入額に占める石油輸入金額の割合は、オイルショック 時の四三%から一五%に、また、名目GDPに占める石油輸入金額の割合は、 六%弱から一%程度と低くなっている。原油価格の上昇が日本経済に与える影 響が格段に小さくなっていることが、これらの数値に如実に示されている。 この影響度の低下の要因に、省エネルギーの進展と円高が挙げられる。 七三年の第一次オイルショック時に比べGDP当たりのエネルギー消費量が 二五%も減っている。そして特筆されることは、このGDP当たりのエネルギ ー消費量の少なさが、世界の最高水準にあることである。アメリカの三分の一 強、中国の十一分の一程度と極めて効率が良く、今回の価格高騰の日本への影 響は国際的に見ても小さいと言える。 また、円ベースで見た原油の輸入CIF価格の史上最高値は、キロリットル 当たり約五万三千円(八二年度、一バーレル三四ドル、一ドル二五〇円)であ る一方、二〇〇三年度の価格は二万一千円(一バーレル二九ドル、一ドル一一 三円)と円高が効いている。 本来、わが国にとって第三次オイルショックが起きてもおかしくないエネル ギー価格の高騰であったが、第一次・第二次の苦い体験が生き、影響は軽微で 済んでいる。 しかし、日本のエネルギー基盤は、依然として極めて脆弱である。国産エネ ルギーと言えるものは原子力・水力のみであり、エネルギー全体の八〇%を海 外に依存している。しかも、原油輸入量の中東依存度は九〇%弱とオイルショ 2 ック時よりも高くなっている。さらに、中国を筆頭にアジア諸国は高成長を続 け、エネルギー消費は増大の一途をたどる。また、購買力も上昇すると予想さ れる。一方、わが国は少子・高齢化が進展し活力が衰える中で、エネルギー資 源を確保するだけの経済力を保てるのか、円高どころか円安が進行しないかと いった懸念材料もある。 こうした情勢の中で、わが国が今後とも着実にエネルギーの安定供給を確保 していくことは容易なことではない。私は、そのカギはわが国の技術力をフル に活かした省エネルギーのさらなる進展と、アジア諸国への普及・浸透である と考えている。アジア諸国への省エネ技術の浸透は、国際的なエネルギー消費 を抑制するとともに、地球環境の改善にも寄与するのである。そして、もう一 つは原子力発電の安全・安定運転の定着と国民の支持である。現時点でも、原 子力発電による石油消費ならびに二酸化炭素排出の削減量は、それぞれ九千万 キロリットル(日本の石油消費量の三三%に相当)、二・六億トン(日本の二酸 化炭素発生量の約二〇%)に達している。電気事業者として原子力発電の効用 を広く認識していただくためにも、安全・安定運転の向上に全力を尽くす所存 である。 (常任理事 3 東京電力社長)
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