平成 21 年度新潟薬科大学薬学部 新潟薬科大学薬学部 新潟薬科大学

平成 21 年度新潟薬科大学薬学部
年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
両親媒性の指標に
両親媒性の指標について
薬化学研究室
薬化学研究室 4 年
06P091
06P091
山﨑 由佳
(指導教員:杉原
(指導教員:杉原 多公通)
多公通)
要 旨
細胞膜の主な成分であるリン脂質は、極性が大きく水和しやすい親水性部分と極性
が小さく水和しにくい疎水性部分とをあわせもつ構造を有している。リン脂質のよう
な両親媒性物質は、親水性と疎水性のバランスにより結晶や膜といった分子集合体の
形状が変化する。両親媒性を明確に示す指標としてlog PowとHLB値の算出方法を検
証してみたところ、log Powは実測値に基づいた親水性と疎水性のバランスを示す値と
考えられ、HLB値は親水性と疎水性のバランスの目安を表す概算値であり、実際の化
合物の性質を的確に示しているとは言えないことがわかった。物質を水に溶かすと、
親水性基と水との間に親和力が働いて溶解を促進する現象が起こるが、これはGibbs
の自由エネルギーの変化で説明される。このGibbsの自由エネルギーの変化を考慮す
ると、両親媒性物質が水に溶けるときに単分子状態で溶解しているとは考えにくく、
見えないほど小さな会合体として水中に分散しているか表面に吸着して膜を形成す
る。濃度が上昇すると分子同士が会合してミセルを形成し、さらに物質の濃度を上昇
していくとより可視化された結晶構造をとる。両親媒性物質の代表例である界面活性
剤は親油性基としてアルキル基をもち、親水性基部分に陽イオン、陰イオン、あるい
はその両方の性質を持つものと、非イオン性のものの4つに大別され、化学構造の変
化により性質も多種多様である。cmcは界面活性剤の化学構造と関連があることも見
出されている。会合体中の両親媒性分子の親水性基の占有空間と疎水性基の占有空間
の幾何学的バランスを示し、会合体の形状を決める重要な指標として臨界充填パラメ
ータがある。親水性基間の斥力と疎水性鎖間の凝集力とのバランスが界面活性剤分子
の充填率を決めている。これらをふまえ、カルボン酸およびアルコール類に関してlog
Pow、HLB値、水への溶解度、およびcmc値の関係を比較検討してみた結果、親水性
と疎水性のバランスを示す実測値であるlog Powと簡易計算値であるHLB値は良い相
関を示し、疎水性基部分の脂溶性に着目したパラメータであることが分かった。cmc
値は両親媒性物質の濃度が比較的低濃度であるときの初期会合状態に関するもので
ある。これらとCPP値とを関連付ければ、会合体の形状や会合体全体の性質を予想す
ることができ、膜構造の機能を理解したり予測することが可能になるであろう。
キーワード
1. 細胞膜
2. リン脂質
3. 親水性
4. 疎水性
5. 両親媒性
6. log Pow
7. HLB
8. 溶解度
9. 分子集合体
10. cmc
11. ミセル
12. 会合
13. 界面活性剤
14. 臨界充填パラメータ
目 次
1.はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2.n-オクタノール/水 分配係数について
3.HLB 値について
4.水との相互作用
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5.界面活性剤について
6.考察
7
12
14
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
17
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
引用文献
3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7.おわりに
謝 辞
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
22
24
25
論 文
1.はじめに
人の体は細胞の集合体であり、細胞は細胞膜によって原形質と外界とに隔てられ
ている。この細胞を形作っている細胞膜は脂質とタンパク質、糖質からなるが、そ
の主たる成分はホスファチジルコリンやスフィンゴミエリンのようなリン脂質で
ある。
脂質
タンパク質
糖質
グリセロリン脂質
ホスファチジルコリン
スフィンゴリン脂質
ホスファチジルエタノールアミン
グリセロ糖脂質
ホスファチジルセリン
スフィンゴ糖脂質
ホスファチジン酸
ステロイド
ホスファチジルイノシトール
トコフェロール
カルジオリピン
リン脂質は水酸基やリン酸基のように極性が大きく水和しやすい親水性部分と、ア
ルキル基やアルケニル基のように極性が小さく水和しにくい疎水性部分からなる構造を
有している。
O
O
O
O
N
O P O
O
O
親水性基
疎 水性基
β-(z)-oleyl-γ-stearoylphosphatidylcholine
O
NH
OH
O
O P O
O
疎 水性基
親水性基
N-palmitoylsphingomyelin
1
N
この両者のバランスが自己会合性を持つ結晶や膜といった分子集合体の形状を決め、
その機能の発現に大きな役割を担っている。
membrane
crystal
このような分子内に親水性基と疎水性基の両方の構造を持つ物質を両親媒性物質と
いい、両親媒性とは水のような極性溶媒と油のような非極性溶媒の両方に親しみやす
い性質のことをいう。細胞膜はリン脂質が集合して形成されたリン脂質の二重層であり、リ
ン脂質を構成する脂肪酸部やリン酸エステル部の構造的な変化はリン脂質の親水性と疎
水性のバランスに大きな影響を及ぼし、生命を維持する上で重要な働きをする細胞膜の
機能に変化をきたす。
両親媒性物質と一概に表現しているが、その分子の構造を見たとき、親水性部はどの
くらい水に溶けるのか、疎水性部はどのくらい油に溶けるのかは明確には分からない。両
親媒性を明確に示す主な指標として log Pow や HLB の概念がよく用いられているが、
様々な構造を持つ分子に関して統括的に扱う指標は未だ提唱されていない。従って、ど
のような構造の分子にも適用できるような両親媒性に関する新しい指標を見出すことがで
きれば、リン脂質などの集合体の機能との関連を明確にすることができ、細胞膜ひいては
細胞の機能を推察できるようになるであろう。
本論文では、現在までに知られている両親媒性の指標について実験的なデータや算
出方法を検証し、分子構造や機能との関連という視点から考察する。
2
2. n-オクタノール/
オクタノール/水 分配係数について
分配係数について
n-オクタノール/水 分配係数とは、ある化合物を一定量の n-オクタノールと水の
混合溶媒中に溶解したときに脂溶性溶媒の代表である n-オクタノール中にどれく
らいの量の化合物が溶け、また、水にどれくらいの量の化合物が溶けるのかという、
ある化合物が 2 つの性質の異なる溶媒へ分配する値を示したものである。
Pow =
cn − octanol
cwater
[n-octanol に溶けている化合物の濃度(mol/L)]
[水中に溶けている化合物の濃度(mol/L)]
この分配係数 Pow の値が化合物によって数倍から数億倍まで大きく変化すること
から、自然対数をとってわかりやすい数値に変換し比較したのが log Pow である。
log Pow は経口薬を開発する上で化合物が満たすべき基準となる Lipinski の"Rule
of 5"1 に取り挙げられ、経口吸収性を考える際の脂溶性を表すパラメータになって
いる。この log Pow 値が大きいほど、水よりも n-オクタノールに溶けている化合物の
量が多いことになり、油溶性が高いことを示している。この測定方法には、実際に nオクタノール層と水層への分配を測定する shake flask 法 2 および slow-stirring 法 3,4、
HPLC(high performance liquid chromatography)を利用して簡便に行う HPLC
法 5、および generator column 法
6
、さらに分子力場計算を利用した計算法がある。
これらの測定方法と特徴を表1にまとめた。
shake flask 法はまずn-オクタノールと検査物質が飽和状態になるまで混和す
る。ガラス製容器に水を入れ、飽和するのに必要となる量以上のn-オクタノールを
加え、24時間以上穏やかに撹拌した後静置して水層とn-オクタノール層を分離する。
先に調製した、検査物質を飽和させたn-オクタノール溶液をこの中へ入れ機械また
は手で振とうして検査物質を分配させる。機械を用いる場合は約100時間、5分間
隔で横軸を180°回転させ空気を閉じ込めて2相を移動させる遠心分離機チューブ
を用い、一定量のn-オクタノール層および水層に分配された物質の量の比をHPLC
またはGC(gas chromatography)を用いて算出する。本法はn-オクタノールおよ
び水に溶解する純粋な物質に対してのみ適用され、20~25 ℃の範囲内の一定温度
において実施しなければならない。簡便な操作により測定でき、さらに誤差が±0.3
の範囲におさまることが長所であるが、二層を激しく振とうするためエマルション
が形成しやすく、界面活性剤には適用できないことが短所である。
3
表1.代表的な log Pow の測定方法と各測定方法の特徴
測定方法
操作
shake flask
n-オクタノールと水、検査物質をいれた容器を機
法
械または手で振とうして分配させる。
測定値
-2 ~ 4 2
長所
短所
n-オクタノールや水に溶解する
エマルション形成。
純粋な物質に適用。
界面活性剤に利用できない。
両層に現れる物質の総量を計算。
参照物質は不要。
slow-stirring
一定温度に保った n-オクタノールと水が入った
エマルションの形成を防ぐ。
不純物が混入していると低濃度
法
フラスコ内に検査物質を入れゆっくり攪拌し分
再現性が良い。
の検査物質が正確に測定できな
2 ~ 8.2 5
配させる。
疎水性物質の測定に適している。 い。
HPLC または GC により定量。
HPLC 法
水と n-オクタノールの移動層と炭化水素固定層
間の分配度の違いにより検査物質をカラム上で
不純物の影響なし。
0 ~ 66
参照物質が必要。
強酸・強塩基性物質は適用できな
移動させる。
い。
参照物質の保持時間との比較から算出。
generator
Chromosorb W®を充填した generator column
column 法
に、n-オクタノールと溶解した検査物質をのせ、
3.15 ~ 6 7
水で溶出する。
HPLC により定量。
エマルションを形成しない。
精密な装置が必要。
有機層が 1 mL でも分析可。
カラムからオクタノールが減少
して誤差を生じる。
4 ~ 8.2 8
4
slow-stirring法は一定の温度に保ったフラスコに検査物質とn-オクタノール、水を
入れ、ゆっくり攪拌し、検査物質を各層に分配する。攪拌によりn-オクタノールお
よび水の間に多少の層流が生じるが、実験上の誤差を生じやすいエマルションが形
成されることなく、二相間の物質の交換が行われる。n-オクタノール層および水層
をHPLCまたはGCにより分析し、各層に溶けている化合物量の比から算出する。
ゆっくり攪拌するためエマルションの形成を防ぎ、再現性が良いことが長所であり、
疎水性物質の測定に汎用されている。n-オクタノール層と水層に分配される割合の
差が大きくなると、検査物質を測定するために必要な分析量が多くなる。検査物質
が低濃度であってもlog Powを測定できるようにするため、n-オクタノールおよび検
査物質は全て高純度のものを用いなくてはならないことが短所である。
HPLC は有機化合物を化学的性質の違いによって分離するための代表的な方法
である。HPLC 法はシリカゲル中の遊離のシラノール基をtri(octadecyl)silyl基
[(n-C18H37)3 Si : ODS]で保護した固定相を充填した、いわゆるODSカラムに検査物
質を担持させ、ある比率で混合したメタノールと水の混合溶液を移動相として用い、
参照物質との保持時間の比較からlog Powを推定する。不純物の影響をうけにくく
shake flask 法よりも迅速にPow値を決定できる点が長所だが、強酸および強塩基、
金属錯体、界面活性物質、および溶出液と反応する物質には適用できない点が短所
である。
generator columnとは溶液を生成(generation)するためのカラムのことであり、
通常Chromosorb W®を充填したものを用いる。generator column法はn-オクタノ
ーに溶解した検査物質をgenerator columnに担持させ、水を用いて溶出した後、
カラム内に残留した検査物質をn-オクタノールで洗い流し、両層に分配された物質
の量の比をHPLCを用いて算出する。溶出溶媒である水をゆっくりと流すためカラ
ム内で十分に分配が行なわれ、エマルションを形成せず、検査物質が少量であって
も分析可能であることが長所であるが、精密な装置が必要であること、さらに少量
ではあるがn-オクタノールが水に溶けるため、水層に分配する物質の量が微増する
ことが短所である。
shake flask法は、振とうによってn-オクタノール層および水層に分配された物
質量を定量するものであり、shake flask法の際に形成されるエマルションを防ぎ、
測定範囲を広げることに成功したのがslow-stirring法やgenerator column法であ
5
る。さらにODSカラムを用い、より簡便な操作でlog Powを概算できるようにした
ものがHPLC法である。shake flask法では検査物質を多量に必要としたが、
slow-stirring法、HPLC法、generator column法は検査物質の量が少なくてもよい。
基本的にlog Powは実測値に基づいた、親水性と疎水性のバランスを示す値と考え
られるが、物質間の相互作用は明確には見えてこない。
6
3.HLB
3.HLB 値について
HLB(hydrophile-lipophile balance)とは、ある化合物が水と油に対してどの程度の
親和性を示すのか数値で表したものであり、1949 年に Griffin らが最初に提唱した概念
である 9,10。親油性基と考えられるものには長鎖の飽和および不飽和炭化水素基、フェニ
ル基等があり、親水性基と考えられるものにはヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン
酸基、アミド基、オキシエチレン基等がある。
HLB は分子全体に占める親油性基および親水性基の分子量や効果の大きさを 0 から
20 の数値で表したもので、HLB 値が 0 に近いほどより親油性であり、20 に近いほどより
親水性である。HLB 値は多くの実験から、溶液の酸・塩基性を示す pH 値に似せて定め
られ、HLB 値が 7 のとき、親油性と親水性がつり合うといわれている(表2)。HLB の算出
方法は経験的なものに基づくものが多く、Griffin 法、川上法 11 および Davies 法 12 等が
ある(表3)。
1
7
14
pH
強酸性
中性
強塩基性
HLB
強親油性
両性が等しい
強親水性
表2.pH の値と HLB 値の関係を示す概念図
7
表3.HLB 値の算出方法と特徴
算出方法
算出式
適用範囲
エステルを含む構造に適用
HLB = 20 (1 - S / A )
S : けん化価
Griffin 法
川上法
HLB = 20 ( 親水部の式量の総和 / 分子量 )
0 ~ 20
けん化価を求めにくい時に適用
HLB = E / 5
ポリオキシエチレン(CH2CH2O)基を
E : ポリオキシエチレン基の重量%
持つ化合物に適用
HLB = 7 + 11.7 log (Mw / Mo)
非イオン性界面活性剤に適用
Mo :親油性基の分子量 Mw : 親水性基の分子量
20 以上の値はあてはまらない。
正確さに欠ける。
cmc が不明だと適用できない。
0 ~ 20
分子の組成が不明の時に適用
1
cmc
HLB = 7 + Σ(親水性基の基数) + Σ(親油
性基の基数)
短所
非イオン性界面活性剤のみ。
A : 酸価
HLB = 7 + 4.05 log
Davies 法
長所
0 ~ 40
親水性基と親油性基の部分に分け計
算
8
誤差が生じやすい。
Griffin 法は適用する化合物の化学構造によって 3 つに大別される。1 つは分子中に
ヒドロキシル基を 2 つ以上もつ多価アルコールや脂肪酸エステルを含む構造に有利な式
1であり、けん化価は構成脂肪酸の炭素数の目安となる。
HLB = 20 (1 - S / A )
[S : けん化価
(式1)
A : 酸価]
しかしながら、けん化価を求めにくい時には式2を用いる。この式はどのような構造を持つ
化合物に対しても適用できるが、正確さに欠けるという欠点がある。
HLB = 20 (親水部の分子量の総和 / 分子量)
(式2)
また親水性基部分がポリオキシエチレン基(CH2CH2O)から成り立つ化合物には、式3を
用いた方がより正確であると考えられている。
(式3)
HLB = E / 5
[E : ポリオキシエチレン基の重量%]
Griffin 法は大雑把な計算だが、簡便に HLB 値が算出できる点が良い。しかし HLB 値
が 20 以上となる場合には適用できないという問題点も残している。
川上法は非イオン性界面活性剤における HLB 値の算出に適した方法であり、親水性
基部の分子量 Mw と親油性基部の分子量 Mo の比である Mw / Mo = 1 のとき HLB 値
= 7、Mw / Mo = 4 のとき HLB 値 = 14、 Mw / Mo = 1/4 のとき HLB 値 = 0 と定義し、
この 3 つの点が一直線上に並ぶように計算式を求めた(式4)。Griffin 法よりも非イオン
性界面活性剤の HLB 値の算出には適している。
9
HLB = 7 + 11.7 log(Mw / Mo)
[Mo : 非イオン性界面活性剤の親油性基の分子量
(式4)
Mw : 親水性基の分子量]
分子の組成が分からない場合には、cmc(critical micelle concentration : 臨界ミセル
濃度)の値をもとにした式5を用いる。この式は cmc = 1 のとき HLB = 7 とし、オレイン酸
カリウム(cmc 実測値は 0.0007 mol/L)の HLB 値を 20 と定義した 2 点の関係から求め
た。
HLB = 7 + 4.05 log
1
cmc
(式5)
温度が変わると cmc の値は変化するので、cmc の値をもとに計算する川上法は温度が同
じでないと比較できないところが短所である。
ある化合物の水への溶けやすさは化合物が含有する官能基の種類によって大きく変化
する。この点に着目し官能基ごとに HLB 値の基数を設定し(表4)、その合計から HLB
値を算出する方法が Davies 法である(式6)。
HLB = 7 + Σ(親水性基の基数) + Σ(親油性基の基数)
表4.HLB 基数
親水基
+
HLB基数
SO4 -Na
38.7
COO-K+
+
COO-Na
N(四級アミン)
エステル(ソルビタン環)
エステル(遊離)
COOH
OH(遊離)
O
OH(ソルビタン環)
21.1
19.1
9.4
6.8
2.4
2.1
1.9
1.3
0.5
親油基
HLB基数
-0.475
誘導基
HLB基数
0.33
-0.15
10
(式6)
この方法はイオン部を有する分子にも適用できる点が長所であるが、特定の官能基を持
つ化合物にしか適用できず、また実験値との誤差が大きい点、さらに炭化水素鎖部分に
存在する飽和・不飽和構造を無視している点が短所である。界面活性剤のみならず、界
面活性を示さない物質の HLB 値も求めることができる。
HLB 値の概念は界面活性剤の性質を知るという点から発展してきたものであり、両親媒
性の指標として用いられているが、あくまでも目安としかならない概算値であり、実際の化
合物の性質を的確に示しているとは言えない。しかしながら、複数の化合物が混在してい
る場合にも適用できるという利点もある。
11
4.水との相互作用
物質が溶媒に溶けるとは、物質と溶媒分子の 2 つの成分が自由に混ざる現象のことで
あり、熱力学的にみると系全体の自由エネルギーが減少する。これは Gibbs の自由エネ
ルギー13 の変化量(∆G)が負であることを意味する。
∆G = ∆H - T ∆S
[∆H : エンタルピー変化 T : 絶対温度 ∆S : エントロピー変化]
ある両親媒性物質を水に溶かしたとき、親水性基と水との間には親和力が働き溶解を
促進する。この親水性基の水和は発熱反応(∆H < 0)であり、系の自由エネルギーが
減少する。したがって、親水性基の水和は自発的に進む現象である。一方、親油性基は
水となじまず、お互いの接触面を最小とするような変化がおこる。これは油が水に溶けに
くいのと同じ現象で、吸熱反応(∆H > 0)である。水分子間の水素結合による凝集力が
強いので、親油性基同士あるいは水と親油性基の間に働く分子間力(van der Waals
力)に比べて水分子間の水素結合による凝集力のほうが大きい。このため水はエンタル
ピー的に不利な親油性基との接触を避けるため界面を極小にする。その結果、親油性基
周辺の水は、界面に触れずに自由に運動している水に比べてより自由度の高い状態に
なる。これは系のエントロピーを減少させ、自由エネルギーを増加させる不利な方向への
変化である。このため親油性基を系から排除する作用が働き、両親媒物質は親水性基を
水側に、親油性基を界面側に向けて界面に吸着する。
両親媒性物質を水に溶かすと、エンタルピー変化に関する考察からこの物質が単分
子状態で溶解するとは考えにくく、見えにくい小会合体(マイクロミセル)として水中に分
散しているか、あるいは、表面に吸着して膜を形成する(図1)。さらに物質の濃度を上げ
ていくと、溶液内部で分子同士が会合しミセルを形成する。ミセルとは数十 nm 以上の大
きさを持つ会合体のことをいい、親水性基は水素結合により水とくっつき、疎水性基は炭
化水素間の疎水性相互作用により疎水基同士がくっついた状態であるといえる。このミセ
ルを形成するのに必要な最低限の両親媒物質の濃度を臨界ミセル濃度(critical
micelle concentration : cmc)という。水に溶かしたときのように親水性基部分の水への
親媒性が強い場合には親水性基を外側に向けたミセルを生じ、有機溶媒に溶かしたとき
のように疎水性基部分の親媒性が強い場合には疎水性基を外側に向けた逆ミセルを生
12
じる。親水性基部分と疎水性基部分の親媒性が同程度であるときには層状構造をとると
考えられる。この性質を反映し、両親媒物質は多種多様な集合体をつくる。
図1
Gibbs の自由エネルギーに関する考察から、両親媒性物質の親水性と疎水性のバラン
スによって水との相互作用の状態が変化すると考えられ、このバランスと cmc との間には
何らかの関連があると予想できる。cmc は水中でミセルを形成するのに必要な両親媒性
物質の濃度を示し、希釈状態や濃厚状態での会合体の形状や性質を示すことはない。
13
5.界面活性剤について
5.界面活性剤について
2 つの性質の異なる物質の境界面(界面)に配向をもって吸着し、界面の性質を変化さ
せる物質のことを界面活性剤という。私達のまわりでは、洗剤、乳化剤、可溶化剤として
広く用いられている。
界面活性剤の構造を見ると、親水性基と疎水性基を合わせもち、まさしく両親媒性物質
である。水に溶けている界面活性剤は、低濃度であっても親油性基は水から追い出され
るように表面の方に移行して安定化する傾向があり、水溶液の内部と表面の濃度を比較
すると表面の濃度の方が大きくなる。このように界面に吸着する性質を界面活性といい、
界面に吸着することによって表面張力の低下や cmc の出現、クラフト点や曇点等の現象
があらわれる。通常用いられる界面活性剤は、親油性基としてアルキル基をもち、親水性
基部分に陽イオン、陰イオン、あるいはその両方の性質を持つものと、非イオン性のもの
の 4 つに大別される。イオン性界面活性剤は親水性基がイオンに解離することで親水性
を発現するため、pH の変化や電解質の存在の有無に影響を受けやすい。非イオン性界
面活性剤は、水酸基やオキシエチレン基などのイオンに解離しない親水性基をもち、水
との水素結合によって親水性を示している。イオン性界面活性剤ほど親水性は大きくな
いが、分子形であることから非極性溶媒中での使用が可能である。例えば、ポリエチレン
グリコールは分子内にエーテル結合があり、エーテル結合の酸素原子と水分子が弱い水
素結合を形成することにより親水性を示し、水に溶けることができる。エチレンオキシド
(EO)鎖を伸長していくと親水性基が大きくなり、より水に溶けやすくなる。水酸基やカル
ボニル基はエーテル基よりも水と水素結合しやすいことから、これらの官能基を含む界面
活性剤はエチレンオキシド基を持つものよりもより水に溶けやすい。
cmc は経験的に界面活性剤の構造と関係づけられる 14。
log cmc = A - BN
[N : 疎水性基の炭素数 A : 所定の温度での親水性基に対する定数
B : 疎水性基における炭素原子あたりの cmc の変化への寄与度(界面活性剤に固有の定数)]
陽イオン性界面活性剤の場合、cmc の値は室温で約 0.3(= log2)であり、陰イオン性お
よび両性界面活性剤の場合は約 0.5 である。両性界面活性剤はミセル表面における電
14
荷の反発が少ない分、疎水性基における炭素鎖の長さあたりの cmc の値の変化が大き
い。
臨界充填パラメータ (CPP ; critical packing parameter) 15 とは、会合体中の両親
媒性分子頭部にあたる親水性基の占有空間と疎水性基の占有空間の幾何学的バランス
を示し、会合体の形状を決める重要な因子である。親水性部分の断面積と疎水性部分
の長さからなる円筒の体積に対する疎水部の体積比で定義される。
CPP = v / a l
[a : 親水性部分の断面積 l : 疎水性鎖の長さ v : 疎水性部分の体積]
CPP 値が 1 に近いとき、両親媒性分子の会合体は曲率を持たず平板状の会合体(ラメ
ラ構造)となる。CPP 値が 1 以下になると、親水性基を外側に向けた凸の曲率の会合体と
なる。CPP 値が 1/2 から 1/3 の範囲にあるときは棒状(円筒状)、1/3 以下では球状の会
合体となる。CPP 値が 1 以上では疎水性基を外側に向けた逆型の会合体が形成される。
CPP の値は分子形状から会合体の構造を予測できるようにした。会合体の形状と体積、
表面積、および CPP 値との関係を表5に示した 16。
表5.会合体の形状と体積・表面積・および CPP 値との関係
会合体の形状
体積
V = gv0
表面積
A = gf
分子表面積 f
臨界充填パラメータ
vo / f lo
球状
円柱状
3
4ΠR / 3
ΠR
2
二分子層
2
2R
2Π R
2
3v o /R
2v o /R
v o /R
v o / f l o ≤ 1/3
v o / f l o ≤ 1/2
vo / f lo ≤ 1
3
Π l o /v o
2
2l o /v o
4Π R
最大集合体数 g max
4Πl o /3v o
集合体数 g
g max(v o /f l o)
3
g max(v o /f l o)
R : ミセルの半径または二分子層の厚み vo : 体積
2
g max(v o /f l o)
lo : 界面活性剤の炭素数
gmax : 集積された芯の充填(炭素数をのばすことができない最大値)
親水性基間の斥力と疎水性鎖間の凝集力とのバランスが界面活性剤分子の充填率を決
めている。親水性基間の反発が主に水和力や立体斥力に基づく場合、親水性基間の距
離が離れるに従い反発力が急激に減少する。界面が平面である場合、親水基間の反発
15
は界面に近くても遠くても同じであるが、界面が曲率を持っている場合、界面から離れた
部分では十分な距離が確保でき、界面の表面積を広げる効果は非常に小さくなる。親水
性部の断面積 a 親水は本来性基間の反発と疎水性部界面に働く界面張力のバランスに
も影響を受ける。疎水部が同じ構造の場合、界面活性剤の親水性が高くなるほど CPP の
値は大きくなる。
16
6.考察
カルボン酸およびアルコール類に関して、これまでに報告されている log Pow、HLB 値、
水への溶解度、および cmc 値を表6にまとめた。
全体的に見て、親水性と疎水性のバランスを示す実測値である log Pow と簡易計算
値である HLB 値、水への溶解度は良い相関を示している。有機化合物に関するパ
ラメータである以上必然的なことではあるが、log Pow も HLB 値もともに、疎水性
基部分の脂溶性に着目したパラメータであることは否めない。log Pow や HLB 値
は、疎水性基が同じ構造をもつ場合、親水性基部分がヒドロキシル基からカルボキ
シル基に変化すると脂溶性は高くなる傾向が見える。これはカルボキシル基のよう
に分子間で頑強な水素結合を形成する官能基は、水分子がその間に入り込みにくく
なり、水との相互作用の表れである水溶性が低下するためだと考えられる。
Entries 27 と 28、および 31 と 32 の比較でもわかるように、同じ親水性基をもつ
場合、疎水性基部分は分岐構造よりも直鎖構造の方が、また環状構造よりも鎖状構
造の方が脂溶性が高くなる傾向がある。これは分岐により分子の非極性面の表面積
が小さくなるためだと考えられる。さらに、entries 3 と 4、19 ~ 22、25 と 26、
および 27 と 29 の比較から、飽和炭化水素鎖を含むものよりも二重結合や三重結
合を含む構造の方が脂溶性は低くなる。
いくつかの化合物しか cmc のデータが知られていないが、
log Pow や HLB 値と cmc
も相関があるように見える。良く知られている cmc の値と分子構造の関係を表7
に示した。
Entries 1 ~ 4、5 ~ 9 および 10 ~ 13 の比較から同じ親水性基の場合、疎水性基の疎
水性が増すと cmc は低下する傾向にある。これは、分子量の増大にともなって会合体の
大きさが増すので、同じ会合度であってもミセルという可視化できるような大きさか、マイク
ロミセルのように可視化されない状態でいるのかという違いによると考えられる。Entries 1
と 10、および 2 と 11 との比較から、同じ疎水性基の場合、親水性基の親水性が増すと
cmc は低下し、すぐにミセルを形成する。さらに entries 1 と 5、3 と 7、13 ~ 15 の比較か
ら、同じ疎水性基の場合には、対イオンの原子半径が大きくなると cmc は低下する。解離
したイオンが安定になればなるほど、また対イオンの原子半径が大きくなり配位する水分
子が多くなればなるほど親水性部が大きくなり、見かけ上の分子量も増大するので、cmc
は低下する。
17
表6.log Pow・HLB 値・水への溶解度・および cmc 値
entry
compound
carbon unsaturated
number
bond
pKa(25 ℃)
17 ~22
logPow
23, 24
HLB
25~28
(Davies 法) 水への溶解度
1
2
4.76
-0.17
2
3
4.87
0.33
8.15
3
4
4.63
0.79
7.675
4
4
5
5
4.64
1.39
7.2
2.5
6
6
4.63
1.92
6.725
0.97
7
7
4.17
1.88
6.725
0.34
8
7
6.25
0.24
2
3
9
8
10
9
11
10
12
11
13
12
14
13
15
14
16
15
17
16
18
17
19
18
20
18
21
18
22
18
3
23
20
4
24
2
25
3
3.32
4.09
4.6
6.1
5.775
0.080
5.3
0.0284
4.825
0.015
3.875
0.0055
3.4
0.0033
2.925
0.0020
2.95
0.0012
7.17
1.975
0.00072
1.5
0.00042
8.23
1.025
0.00029
1
7.64
1.025
2
7.05
1.025
7.6
6.46
1.025
6.98
0.075
15.5
-0.30
7.95
0.25
7.475
26
3
0.17
7.5
27
4
0.84
7.0
7.4
28
4
0.65
7.0
18.1
29
4
-0.38
7.0
30
5
1.51
6.525
2.20
31
6
2.03
6.05
0.60
32
6
9.89
1.48
6.1
8.66
33
6
16
1.23
6.1
4.62
34
7
5.575
0.174
35
8
5.1
0.054
36
9
4.625
37
10
4.15
3
18
13.6
℃
8.625
4.35
2
29,30
1.2
UNK
0.1
UNK
0.14
27
0.057
27
8.15
4.89
1
cmc(mol/L)
表7.分子構造と cmc 値の関係
entry
carbon
number
compound
31~33
cmc(mol/L)
℃
1
7
0.950
20
2
8
0.395
25
3
10
0.096
25
4
12
0.024
25
5
7
0.360
20
6
9
0.200
25
7
10
0.100
25
8
11
0.049
25
9
13
0.012
25
10
6
0.420
25
11
7
0.240
25
12
9
0.0646
21
13
12
0.0082
25
14
12
0.0089
25
15
12
0.0078
40
pKa はカルボン酸やアミンなどの弱酸や弱塩基の解離定数であり、化合物がプロトン
をどの程度放出しやすいか(イオンしやすさ)を示す尺度である。pKa の値が小さいほど
その酸は強いことになり、水に溶解したときにイオン型で存在していることを意味する。イ
オン型になると水が集まりやすいので、親水性部分が大きくなり、cmc の値は小さくなると
考えられる。
19
図2. カルボン酸のようにイオンに解離しやすい極性基をもつ化合物の場合
20
今回調査した両親媒性物質の性質に影響を及ぼす log Pow、HLB、溶解度、cmc、
CPP の関係を図3に示した。
図3
21
7.おわりに
両親媒性の指標について実験的なデータや算出方法を検証してみた結果、log Pow と
cmc 値、溶解度、pKa 値は基本的に実測値であり、HLB 値と CPP 値は概算値である。
log Pow と HLB 値はある分子の親水性と親油性のバランスを示しており、分子間相互作
用等は考慮されていない。CPP 値はある分子の化学構造から予想される会合状態の形
状に関する情報を提供してくれるが、会合体形成時に重要な働きをする分子間相互作用
は考慮されておらず、問題点を残している。cmc 値は両親媒性物質の濃度が比較的低
濃度であるときの初期会合状態に関するものであり、分子の構造と分子間相互作用
に関する情報がある程度組み込まれているが、物質の濃度がさらに増加した後期会合状
態に関する情報はなく、CPP 値に頼らざるをえない状況である。
親水性基間の相互作用、親水性基と疎水性基の相互作用、親水性基と水の相互作用、
疎水性基間の相互作用、疎水性基と水の相互作用に関する情報を得ることができれば、
CPP 値と関連付けることができ、会合体の形状や会合体全体の性質を予想するこ
とができるであろう。膜構造の機能を理解したり予測するためにはこれらの情報が
必須であり、今後これらの情報を概算するような実験系の確立をはかり、両親媒性
物質の分子構造から膜機能を推定するような新たなパラメータの確立をはかりた
いと考えている。
22
溶解度
水に溶解する
小分子集合体
ミセル形成
中~大分子集合体
粒子径
会合度 × 分子の大きさ
親水性/親油性 のバランス
23
謝 辞
本論文を作成するにあたり、終始懇到なご指導をしていただきました新潟薬科大学薬
学部薬化学研究室教授杉原多公通先生に謹んで感謝致します。本論文の進行にあたり、
有益なご意見、ご助言を賜りました本研究室准教授本澤忍先生、また両親媒性の概念に
ついて初期の段階よりご助言をいただいた本大学薬剤学研究室准教授飯村菜穂子先
生に深く感謝致します。また、お世話になりました本研究室の大学院生をはじめ皆様方
に心より感謝致します。
24
引 用 文 献
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