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日系企業に求められる「グローバル」経営
㈱コーポレイトディレクション(中国オフィス)
董事 大山晋輔/コンサルタント 是枝邦洋
Oyama, Shinsuke / Koreeda, Kunihiro
グローバル経営のあり方が問われて久しい
ゴールが設定されていない場合の成功確率は極
が、近年、特に議論に上がる機会が多いように
めて低い。例えば小売ビジネスであれば、上海
感じる。国内市場の縮小を背景として、成長が
に2~3店舗出すことがゴールなのか、各省に
望まれる新興国に進出し、さらに事業拡大を進
100 店舗ずつ出し合計約 3000 店舗出せばゴー
める必要性から来ているのだろう。経済誌の紙
ルなのかで事業への取り組み方は大きく異な
面には、常に「グローバル経営」
「グローバル
る。「ハイキングに行っていたらエベレストに
人材」
「グローバル制度」
等の文字が躍る。また、
登頂していた」ということがありえないことと
経営学において研究の蓄積が多いのもこのテー
同様、店舗管理の仕組みから広告投資まで必要
マである。アマゾンで「グローバル経営」と入
な備えが異なるからである。
力すれば、800 冊近くがヒットすることも、多
数の研究がなされたことを示している。
しかし、
てくる」というスタンスで、「事業環境の概観
グローバル経営に悩む日系企業が依然として少
をつかむ」、「事業展開の初期仮説の検証を行
なくないのは、なぜだろうか?
う」、「シェア拡大に向けて勝負をかける」等の
特に新興国も含めたグローバル経営におい
ゴール設定があいまいなため、必要な装備を用
て、一般的なフレームワークだけでは解決しき
意して勝負をかけている欧米企業・中国国内企
れない日系企業特有のボトルネックがあるよう
業の後塵を拝してしまいがちである。
に見受けられる。本稿ではこのボトルネックに
国内事業同様のアプローチ
焦点を当ててみたい。
あいまいなゴール設定
始めに挙げられるのが、新興国進出における
次に挙げられるのは、新興国進出時の誤った
事業の位置付けである。新興国に進出する際、
現地法人の社長に対して地方の支店長と同レベ
あいまいなゴール設定である。日系企業の特徴
ルの責任・権限しか与えないことが少なくない。
として、リスク回避を目的として「まずはやっ
これは現地法人の事業展開と国内の新規エリア
てみる」というかたちで最小限のリソースで進
展開を同列に考えていると想定される。
出し、目の前の課題を一つ一つ解決しつつ事業
を進めるというアプローチが多い。
それ自体は非難すべきことではない。
しかし、
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多くの日系企業は、「やっているうちに見え
2012年4月号
しかしながら、このような人材選定や権限付
与で新興国進出に成功することはまれである。
なぜならば、新興国への進出とは、新たなエリ
アに展開するということだけでなく、生活習慣
とが求められる。
しかしながら、
コミュニケーショ
や文化・経済水準も大きく異なる顧客に対して
ンを確保する仕組みが構築されていない場合に
新たな商品・サービスを提供することであり、
は密なコミュニケーションが困難となり、「事業
ほぼ新規事業に等しいことが多いからである。
家型マネジメント」が機能しなくなってしまう。
国内で新規事業に取り組む場合であれば、既存
事業とは異なる新たな戦略を立て、事業展開初
「事業家型マネジメント」の進化
期に起きる問題に対し臨機応変に対応する能力
ゴール設定をルール化することや、海外進出
と権限が求められる。日本国内の新規エリアで
の担当者にエース級の人材を投入することは
本拠地と大差無い顧客層に対して商品・サービ
比較的克服しやすいボトルネックかもしれない。
スを展開する支店長レベルの権限では、到底解
しかし、「コミュニケーション不全」は解決が難
決できない問題が多発するのである。
しい。事実、現地法人の社長から持ちかけられ
コミュニケーション不全
る悩みの中でも多いのは、「本社に対し、いか
に現状を伝えるか」というテーマである。
最後に挙げられるのが、日系企業特有のマネ
マネジメント手法としては「投資家型マネジ
ジメントスタイルに起因する日本本社・現地法
メント」への転換も考えうるが、多くの日系企
人間のコミュニケーション不全である。
業にとっては困難が伴う。権限を委譲するとい
現地法人に対するマネジメントスタイルは、
「投
うことは、現地法人にヒト・モノ・カネの権限
資家型マネジメント」と、
「事業家型マネジメ
を与え、定量的な評価基準に基づき失敗した場
ント」に分類できる。
「投資家型マネジメント」
合には責任を取らせることであるが、それらを
とは、あたかも株主が投資先を評価するような
あいまいにしてきた多くの日系企業にとってこ
かたちで、業績の結果を基に評価する方法であ
の発想の転換は一朝一夕にはできない。
る。一方、
「事業家型マネジメント」とは、子
筆者としては、
「事業家型マネジメント」を徹底
会社がどのような計画を立て、それをどのよう
するという選択肢もあるのではないかと考える。
に実行していくかというプロセスにまで関わる
①プロセス管理の前提となるコミュニケーション
マネジメントを意味する。そして、多くの日系
不全を防ぐために、日本本社に現地のことを
企業は、
「事業家型マネジメント」を採用してい
肌感覚で理解できる人材を用意する
ることが多い。
「事業家型マネジメント」を実行するには、管
理者(本社)と実行者(現地法人)間の事業環
境認識を共有しておく必要がある。従って、
「事
②本社と現地法人の間で、事業の前提条件を認
識した上で、事業のプロセスを正しく評価で
きる KPI(重要業績評価指標)を設定する
③その上で密なコミュニケーションを実施する
業家型マネジメント」では密なコミュニケーション
この方法も一朝一夕にはできず、展開する国
が必要不可欠であり、会議等のフォーマルな場
の数が増えれば増えるほど対応が困難となる。
だけではなく、喫煙所や居酒屋等で行われるよ
しかし、日系企業特有の新興国マネジメントモデ
うなインフォーマルなコミュニケーションの中から
ルとして、この事業家型マネジメントを進化させ
も事業環境に関する認識ギャップを解消するこ
るという方向性もあるのではないだろうか。■
2012年4月号
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