地下道におけるサイン整備に関する研究

地下道におけるサイン整備に関する研究
A study of induction signboard maintenance in underpass
公共システムプログラム
11_04960 大矢 哲平 Teppei Oya
指導教員 中井 検裕 Adviser Norihiro Nakai
1
はじめに
1-1
研究の背景と目的
おり、それらは鉄道会社と地下街管理会社によって分割管理が
行われている(表1)。このように各主体が分割して管理を行
っている場所では、管理区域ごとに生じるサインのデザインや
地図表記の差異、通行可能時間が区域ごとに異なることで、時
間帯によってはネットワークが遮断されてしまう等の問題が
発生する可能性がある。また、サインに関しては、管理主体ご
とに、自社内の基準を設けて一体的な整備を行っているものと、
基準等は特に設けていないものがあることが分かった。
表1
新宿駅周辺の地下道管理の現状と開設時期
地下通路名称
新宿地下歩行者専用1号線
新宿地下歩行者専用2号線
新宿地下歩行者専用2号線(延伸部)
新宿駅西口広場
新宿副都心4号線地下通路
小田急エース通路部分
京王モール通路部分
ルミネエスト(新宿東口地下街)
新宿サブナード
東京メトロコンコース
都営大江戸線都庁前駅コンコース
都営大江戸線新宿三丁目駅コンコース
京王新線コンコース
管理主体
東京都
東京都・新宿区
東京都
東京都
東京都
小田急電鉄株式会社
京王電鉄株式会社
ルミネ株式会社
新宿サブナード株式会社
東京メトロ株式会社
東京都
東京都
京王電鉄株式会社
開設時期
1991年3月
1997年12月
2011年5月
1966年11月
1966年11月
1966年11月
1972年7月
1964年5月
1973年9月
1962年3月
1997年12月
1980年3月
1978年10月
近年、都市においては公共交通の発達に伴い、著しく地下
空間が拡大している。特に都心部では、地上に既存市街地が形
成されており、地上部の歩行環境を改善するのにも限界がある
ため、今後は地下道の整備に活路を見いだすことが期待される。
しかし、地下空間においては、地上に比べてランドマークの少
なさや視界の制限、通りの単調性などの要因により、地上より
も得られる情報が少ないため、サインの必要度が高いといえる。
一方で、地下道の開発において、ガイドラインなど、確固とし
た今後の計画はなく、駅前の歩行者空間の体系的な整備はなさ 2-3 新宿駅周辺の地下道における発展史
れていない。そこで本研究では、大規模鉄道駅周辺の地下道の
新宿駅周辺の地下道の発展史を整理する。(表2・図1)
整備過程、管理実態、サイン等の整備状況を調査し、その上で 表2 地下道開発年表
年代
出来事
利用実態を把握し、既存の地下道の問題点を抽出する。その上
東京メトロの開業により、新宿駅周辺の
地下道開発が始まる。
で、望ましい管理の方策や整備方針を示すことを目的とする。
1-2
本研究の位置づけ
サイン整備に関する研究は、地上における公共サインの課題
に関する研究 1)、地下街におけるサイン類の分布特性に関する
研究 2)、地下空間におけるサイン情報と視覚行動特性に関する
研究 3)等は見られるが、案内内容まで踏み込み、実際に歩行実
験を行った上でサイン整備の指針を示したものはみられない。
1-3
本研究の対象
本研究の対象地は、新宿駅周辺の地下道とする。新宿駅は、
地上に出ること無く、路線、鉄道会社が異なる複数の鉄道駅と
接続している。さらに、新宿サブナードなどの地下商店街や、
周辺の多くの建物とも接続されており、広範囲に広がっている。
また、2016 年に「新宿駅新南口ビル(仮称)
」が完成予定で
あるなど、これからも新宿駅周辺の開発が行われる中で、地下
道も拡大していく可能性が高いと考える。
1-4
論文の構成
まず、2章では新宿駅周辺の地下道における発展の歴史と現
在の管理状況を明らかにし、3章で現状のサイン整備状況を調
査した上で、それらの評価を行い、4章では歩行実験を行い、
対象歩行環境の中で行われる人々の行動を分析する。その上で、
どのような管理の方策や整備方針が望ましいのかを検討する。
2
新宿駅周辺の地下道の発展史と管理の現状
新宿駅周辺の地下道の発展史と現在の管理状況を整理する。
2-1
地下道に関連する法律について
地下道に関連する法律としては、建築基準法において地下街
の各構えについて、耐火性能を有することや幅員などの規定が
ある他に、東京都建築安全条例によって、より細かい規定が定
められている。また、道路法において、
「道路とは道路の敷地、
道路施設及び道路の付属物から構成され、道路の地上及び地下
にわたって道路の範囲に含まれる」とされ、道路占用許可につ
いての規定がある。この他にも、地下街は都市計画施設として
作られている例もあり、都市計画法も関わる場合もある。
2-2 新宿駅周辺の地下道管理の現状
新宿駅周辺の地下道管理の現状について整理する。新宿駅周
辺の地下道は新宿駅を含めた 5 つの鉄道駅を接続しており、多
くの鉄道会社が管理に携わっているほかに、新宿駅西口広場な
どは公共の管理となっている。また、多くの地下街が含まれて
1960年代 その後、西口駅前広場、付随する商店街
デパートの地下が接続せれ、
急速に地下道の開発が進んだ。
新宿サブナード等の地下街設置とともに
1970年代
拡大(東側)
都庁の移転を契機に、西側の地下道が
1990年代
開発される。
新たな鉄道乗り入れなど、ネットワーク型
2000年代
の歩行環境整備が進む
図1 地区ごとの竣工年代
3
現状のサイン整備実態
本章では、新宿駅周辺の地下道における現状のサイン配置・
設置状況を調査し、設置状況の傾向を整理する。
3-1
KJ 法によるサインの分類
地下道におけるサインの記載情報には方向、方面、出口名、
鉄道案内、地図など、様々な種類が存在する。そこで、地下道
における設置サインについて KJ 法を用いて分類を行う。KJ 法
によってキーワード収集を行い、それらの小分類を案内内容と
し、中分類を設置場所とし、大分類を案内機能として、分類を
行った。
(表3)
表3 サインの分類とプロット数
ある場合はそのデータを除外した。
3-2
4-3
調査結果の KJ 法による分類結果
現状のサイン配置状況について、新宿駅周辺の地下道にお
いて調査を行った。その結果を前述の KJ 法における分類グル
ープ別に地図上にプロットを行った。ただし、壁設置型と看板
型については進行方向に関係なく参照することが出来るが、天
井設置型については、同じサインであっても進行方向が異なれ
ば、記載されている内容も異なるため、ここでは新宿駅に向か
う方向を進行方向としたときのサインについてのプロット結
果をまとめ、その分類の項目ごとの件数を示す(表3)
。
また、地図上のプロット結果から、サインの配置に関して、
出口案内型(グループA)は分岐が少なく、かつ距離の長い通
りには分布が少ない、方面案内型(グループB)は鉄道駅改札
付近に非常に多く分布している、地図情報型(グループC)は
地図のみのタイプよりも、地図とあわせて方向を表示するタイ
プが多いなどの傾向がみられた。
実験結果
実験の結果、目的地に向かう際、ど
のように行動するかを整理し、迷い行
動を4パターンに分類した。
(表7)
表7 迷い行動
(α)間違った暫定目標を設定する
(β)適当なサインを見つけられない
(γ)サインの情報を正確に読み取れない
(δ)間違った方向に歩く
サインを頼りに目的地を目指す行
動をフローチャート(図2)で表すと、
迷い行動は(α)~(δ)の過程で発
生する。実験の結果、(α)が最も多く、 図2 経路探索の手順
目的地に向かう方角を誤り、最短経路から大きくはずれてしま
うものや、誤った出口へたどりつくなどの結果につながった。
(β)と(γ)は地下街や接続建物の地下道を通過する際に、
その入り口に入れずに引き返すなどの結果につながった。(表
表8 実験結果
8)
4 サインの評価と実験による比較
迷い行動(件)
実験の結果を4-1の
本章では、前半では現状のサインの写真での評価を行い、
目的地
(α ) (β ) (γ ) (δ )
サインの配置状況や評価との比較を行い、後半では歩行実験を 評価と比較すると、(α) ワシントンホテル 6
8
0
0
行い、実際に歩行者が認知している情報を整理する。その上で、 は①、③の数値が低い場
新宿野村ビル
4
3
3
1
新宿区役所
1
2
4
1
合において多く見られる
望ましい管理や整備の指針についての考察を行う。
ビックス新宿ビル
8
1
1
0
ことがわかる。
4-1 現状のサイン整備の評価
計
19
14
8
2
その他に、被験者は歩
ここでは目的地に正しく向かうために必要な情報について
行を行う際、進行方向に垂直な向きのサインは設置位置に関係
サインによって提供可能な情報の整理を行う。
また、出発地点を JR 新宿駅に設定し、各目的地は、知名度 なく用いられるが、平行な向きに設置されているものについて
が高すぎず、かつ、ある程度距離があり、サインに従って歩行 は、地図以外はほとんど用いられていないなどもわかった。
また被験者へのアンケート調査から、サイン以外の情報とし
を行うと考えられる目的地として、
「新宿野村ビル」
「ワシント
て、
地下道の雰囲気や通路の明るさ等の周囲の環境がノイズと
ンホテル」
「新宿区役所」
「ビックス新宿ビル」の4つとし、そ
なりサインの情報提供を阻害する可能性がある、
上下への移動
れぞれについてサインの配置状況を整理した。
(表4)
表4 ルートごとのサインの配置状況
がサインでうまく表せていないため、下階での接続が利用され
総サイン数
利用対象
ルート
総距離 分岐数
にくいことなどがわかった。
サイン数
A (出口案内) B (方面案内) C(地図案内) D(その他) 計
西口→ワシントンホテル
西口→新宿野村ビル
東口→新宿区役所
東口→ビックスビル
43
14
32
50
37
40
34
35
17
10
4
9
14
17
11
15
111
81
81
109
1
0.63
0.45
0.75
33
34
28
35
16
19
14
9
①
方向:現在地からどの方向に向かえば目的地に着くのか
(評価方法は利用対象サイン数/曲がり角の数)
② 位置:現在地・目的地がどこにあり、どのような経路で向
かえば着くのか(評価方法は地図数/総距離)
③ 案内対象:どのサインを参照すれば目的地に着くのか(評
価方法は利用サイン数/総サイン数)
④ 情報の連続性:サインの情報が経路途中で途切れないか
評価項目は以上 4 点とした。①の数値が低い場合、分岐点での
正しい進行方向に関する情報を正確に把握できず、間違った方
向に進む、②の数値が低い場合、自身と目的地の距離感や位置
関係が正確に把握できない、③、④の数値が低い場合、対象と
するサインを見失ったり、辿っていたはずのサインが途切れ、
正しい進行方向がわからないなどの迷いが予想される。
(表5)
表5
ルートごとのサイン配置評価
ルート
①方向
②位置
③案内対象 ④連続性
西口→ワシントンホテル
0.48
17.00
0.14
82m
西口→新宿野村ビル
0.56
15.87
0.23
100m
東口→新宿区役所
0.50
8.89
0.17
84m
東口→ビックスビル
0.26
12.00
0.08
274m
4-2
地下道利用者の利用行動に関する調査の概要
ここでは被験者に実際 表6 実験の概要
実験環境
に新宿駅周辺の地下道を 日付
2015/1/25~2015/2/5
時刻帯
昼(10時~16時):4人 夜(16時~22時):6人
歩いてもらい、サインの
年齢
20~22歳
表示や周囲の環境の情報 性別
男性:6人 女性:4人
をどのように取り入れて目的地に向かうのかを調査する。被験
者には目的地の名称以外の情報は与えず、サインの情報のみに
従って目的地へ行くように依頼した。(表6)
また各被験者に対して、アンケート調査を行い、いくつかの
質問の回答を得た。ただし、その目的地の場所に関する知識が
4-4
迷いを解消する方策の提案
・出口番号のつけ方を全範囲で統一する。
・進行方向に平行な向きに設置されている地図タイプと出口部
に設置されている壁設置出口案内以外の壁サインは、用いられ
にくい傾向があるため、分岐地点以外の壁設置サインは減らす。
・方面案内のついている地図(C-1-4)は周辺の情報がわかる
だけでなく、自身の対象とする進行方向や出口番号を知ること
ができるため、地図の解読能力に関わらず、多様な使われ方が
可能であり、設置の効果は大きい。
5
本研究の結論
1)鉄道路線が多く乗り入れているターミナル駅等では、複数
の主体での部分管理が行われているだけでなく、同主体管理の
中でも竣工年代がずれており、それらの境界部分においては、
特にサインを充実させる必要がある。
2)主体ごとの表記内容やデザインのズレを防止するために、
事前に他管理主体と協議を行うだけでなく、ガイドラインを作
ることで一体的に整備を行っていく必要がある。
3)サインの情報だけで案内をしようとすると情報過多になる
可能性が高いため、暫定目標となり得るランドマークを設置す
ることで、暫定目標の設定をしやすい環境を作る必要がある。
【参考文献】
1).
金賢淑(1990)
「公共サインの整備計画に関する研究:東京都世田谷区に
おける公共サインの課題と提案」 日本建築学会計画系論文報告集 p67
〜78
2).
崔 祉淑(2002)「福岡市天神地区地下街におけるサイン類の分布特性―
地下空間における歩行者系サインシステムのあり方に関する研究(1)
」
日本デザイン学会デザイン学研究 p19~28
3).
竹之内 啓孝(2004)
「地下空間におけるサイン情報と視覚行動特性に関
する研究:大阪梅田地下街を対象として」 日本建築学会近畿支部研究報
告集.計画系 p737-740