第191号 - 檜枝岐村

平成27年1月13日
檜枝岐村公民館報
第
191
号
村の人口
男:308人/女:295人 計603人
世帯数…211世帯
アンマームゼー
(平成26年12月末現在)
平成27年の干支は乙未(きのとひつじ)。前回の乙未である昭和30年は国内では
高度成長(神武景気)の始まり、世界的には東西冷戦の緊張が緩和しました。ちなみに、
この年の檜枝岐村の出生数は26名でした。60年後の今年、檜枝岐村はどのように変
われるでしょうか。そして、どれだけの愛らしい笑顔が見られるでしょうか。
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檜枝岐村公民館報 第191号
Hinoemata
村民自らの手による村づくり
新年おめでとうございます。今年が皆様にと
同業種同士連携を密にし一体で売り出すことが
りましても、村にとりましてもよい年でありま
大切であり、こうしたことが地域のつながりと
すようお祈りいたします。
なってゆくと考えますし、村としても宣伝等で
村民の皆様には所得税、住民税、国保税、固定
支援が出来ると考えます。
資産税、公共料金等につきまして毎年完納戴き
次に村内の景観と環境の整備であります。農
ましてまことにありがとうございます。住民税
地法で本来畑に樹木を植えてはならないことに
の完納町村は何町村かございますが国保税、固
なっておりますが、耕作しない山に近い畑から
定資産税の完納は村しかありません。村民の皆
山林になってきており、このことが有害鳥獣の
様の納税意識の高さを誇ると共に深く感謝申し
出没増加にもつながっております。シカやサル
上げます。
による高山植物や農作物への食害等々有害鳥獣
大正6年(1 9 1 7)伊南・大川組合村より独立
による生活への影響は計り知れません。村も対
し
「檜枝岐村」
が成立してから、
平成29年
(2017)
策予算を大幅増額し、多くの職員に狩猟罠の資
で1 0 0 年となり村としての記念行事等の実施を
格を取得してもらい、猟友会と連携して駆除作
考えております。
戦を展開する計画でおります。ワナ用具は貸し
この1 0 0 周年を村民一人ひとりが明るく希望
出すなどもして多くの村民に参加していただき
の持てる年として迎えるために、今から準備を
たいと思います。
また村で炭焼き装置を購入し、
してゆきたいと考えます。
畑近くや河川の樹木を炭として様々な分野での
一つは地域のきずなであります。お互いが助
活用や販売をし、家屋や倉庫周りの不要木等も
け合いながら暮らさなければ生きていけなかっ
整理し村内環境の整備を図ってゆくことを検討
た時代から一人でも生きて行ける豊かな時代と
しており、村民の参画を得て実施をしたいと思
なりました。これが地域の連帯感を薄いものと
います。河川清掃や道路愛護も含め経験豊かな
し、
手のかかることは何でも行政に任せ、
周りに
多くの年配者の方々にも是非参画していただ
気を使うことなく思うがままに生きる、という
き、一緒に活動する機会を増やし同じ気持ちを
考えを持つ傾向が強くなりました。観光で生き
共有したいと考えます。
て行こうとする小さな村ではこの傾向が致命的
そして生活環境の整備であります。昨年から
になりかねません。現在のようにお客様が減少
実施いたしました生ごみを分別収集し、し尿処
し、この先もかつてのような賑わいが期待でき
理施設の汚泥と混合させ肥料を作る試みは、村
ない今、
檜枝岐の旅館、
檜枝岐の食堂という風に
民の皆様の絶大なご協力により順調に進めるこ
まとまった形でそれぞれの特徴を生かしながら
とが出来ました。一部肥料の配布も行いました
も、
質の高い内容で売ってゆく必要があります。
が、次年度以降も継続して実施する考えでおり
今年から始めてくださいました旅館・民宿の
「山
ますので、分別収集のご協力をよろしくお願い
人祭り」はそういった形を実践してくれたもの
いたします。
で、
今後の発展が期待出来ると考えております。
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村長 星 光祥
生ごみを分別収集することにより焼却ごみは
Hinoemata
平成27年1月13日
水分が減少し、焼却しやすいものとなりました
来的には設置費用を含め回収する計画でありま
が、焼却場の老朽化が進み新たな施設整備が必
す。
要となりました。これには撤去費用を含め膨大
昨年度から家屋の改修や設備導入等を助成す
な経費負担が生じますので、村外施設に焼却委
る設備投資補助金制度を設けましたが、高齢者
託できないかを含め検討をしておるところであ
世帯等の生活弱者には使い勝手があまり良いも
ります。
のではありませんでした。そこで高齢者世帯に
4年前の新潟・福島豪雨では下流域で電気と
つきましては事業下限額を引き下げましたし、
通信が遮断され村民生活や観光事業者に深刻な
雪下ろしの委託料も該当するようにいたしま
影響を及ぼしましたことは記憶に新しいとこ
す。また電燈のLED化やサッシの二重窓化は
ろであります。こうした災害は近頃の気象現象
電気料や暖房費の節約になりますし、コンロの
を見ますに何時再び起こるか何とも言えないよ
IHヒーター化は火災の予防対策になりますの
うな状況であり、村で新年度から2年間で大規
で、多くの村民の方に利用していただきたいと
模林道を通って内川までの光回線を整備し、そ
思います。内容等よくわからない方は周りの方
の支柱に電線も架して電気と通信の複線化を図
や役場に是非相談してみてください。
り、
もしもの場合の備えと致します。
設置費に加
こうしたことで村民の皆様一人ひとりの力を
え保守点検費用等も生じますが、通信線の回線
結集して村の活性化を図り、希望に満ちた小さ
数を複数にしてこれを通信会社に貸し出し、将
な村の 1 0 0 周年を迎えたいと思います。 3
檜枝岐村公民館報 第191号
Hinoemata
新年のご挨拶
公民館長 平野 信之
新年おめでとうございます。
皆様方には、
清々
には、帰郷を希望する出身者がいたら実際に帰
しい新春を迎えられたことお慶び申し上げま
れるよう、
仕事や住宅など、
地域として徹底的に
す。
世話を焼く「攻め」の施策が、中長期的には、未
来に向かって、
子ども達が住みたい、
住み続けら
昨年を振り返ってみますと、師走の選挙は自
れる「夢」の施策が必要だと思います。
民党が大勝し、当分の間は安倍政権が続きそう
いずれにせよ、国がどれだけ制度や支援体制
です。又、日本創生会議でのショッキングな提
を整えても最後は地元次第。檜枝岐村を後世に
言は、人口の減少による地方の消滅が現実とし
残したいのであれば、行政も村民も村出身の若
て認識されました。昨年村の人口も昭和 4 年の
者も、本気で腹をくくる覚悟が必要です。6 0 0 人
5 9 4 人以来 8 5 年ぶりに一時期 6 0 0 人を割りま
+αが一丸となり、村のためになると思うこと
した。
国も、
このままではいけないという危機意
を徹底的に実行していけばチャンスは生まれて
識はあったが、
もう待ったなしに気づき、
選挙前
来るでしょう。
しかし、
残された時間は限られて
の駆け込みで「まち・ひと・しごと創生」法案を
います。
成立させました。
私共教育に関わる者も安閑とはしていられま
新年が始まりました。
自ら意気を新たに、
次の
せん。2 0 1 3 年度の学校基本調査によると、中学
時代を担う子ども達の成長の一助になれればと
校が一つもない自治体は全国で8町村あるそう
思います。
本年もどうか宜しくお願いします。
です。
教育は消防やゴミ処理とは異なり、
住民の
琴線に触れる問題です。地域から学校がなくな
る事は、夢や希望が無くなるのと同じ事のよう
に思います。
今春、
校庭の南側に新児童館が開館します。
幼
児・小学生・中学生が一丸となり、今まで以上の
笑顔や元気な姿を村民の方々にお届けします。
期待して下さい。
「会して議せず、
議して決せず、
決して行わず、
行って責を取らず」の言葉があります。何もし
なければ楽ですが、何もしなければ村は消滅す
るでしょう。
従来、
村から育った人材が高校や大
学を卒業してどこに行くかは本人や家族の問題
でした。地域や行政がそこに関与することは不
文律でしたが、ここまで人口減少が進めばそう
はいきません、
人材の流失を把握し、
コントロー
ルする時代に突入したように思います。短期的
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Hinoemata
平成27年1月13日
総務課から
平成26年度児童館防火パレード
秋の火災予防運動実施に先駆け、11月11日児童館園児による防火パレードが児童館から役場まで行われました。
秋晴れの中、パレード終了後は園児によるアトラクションも行われ、多くの観覧者で賑わいました。
これからの季節、火気の使用が増えます。一人ひと
り火災予防に努めましょう。
(総務課 平野 暁史)
入湯税について
入湯税は、環境衛生施設、観光施設等の整備、鉱泉
源の保護管理等に要する経費に充て、鉱泉(温泉)浴
●温泉配湯所維持管理経費……
1,320千円
場所在市町村特有の財政需要に対応するために設け
●公衆浴場施設整備償還金……
1,591千円
●温泉配湯所整備償還金………
7,243千円
られている目的税です。
平成25年度は入湯客数67,696人で、10,154千円の税
収となり、対前年比で(2,509人、377千円の減収)となりました。充当状況は右記のとおりです。
平成25年度以降も温泉配湯所維持管理経費、公衆浴場施設整備償還金、温泉配湯所整備償還金等に充当して
いく予定です。
(総務課 平野 暁史)
住民課から
少子化対策報奨金交付式
村では、人口増加と少子化防止対策に寄与するため、少子化
対策報奨金として、出産祝金の支給を行っております。
11月21日役場村長室において少子化対策報奨金交付式が行わ
れ、平野暁史・亜由美夫妻の第2子、晏吏(あんり)くん、穴沢進・
裕子夫妻の第3子、椿(つばき)ちゃん、平野陽一・絢子夫妻の
第2子、
花
(はな)ちゃん、星貴博・香里夫妻の第1・2子、晴喜(は
るき)くん・道晴(みちはる)くんの誕生を祝し出産祝金が手渡
されました。お生まれになったお子様の健やかなご成長をお祈
り申し上げます。
(住民課 星 広大)
ご結婚 おめでとうございます 木津庸之(アルザ職員)・善子(南会津町出身)
お悔やみ申し上げます ○星 武則 89歳(川向) ○平野 富也 81歳(上大畑)
※10月1日から11月30日届け出分を掲載しております。
それぞれ届出順に掲載・敬称は省略
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檜枝岐村公民館報 第191号
Hinoemata
産業建設課から
平成26年度事業報告について
11月末時点で完成した主な事業についてご報告いたします。
①村道上ノ台下ノ台線整備事業
②燧の湯前ロードヒーター設置
③村内街路灯LED化
村道事業については側溝整備
が完成し、今後舗装工事へと進
んでいきます。
燧の湯前の道路は坂道で冬期
間大変滑りやすいため、ロード
ヒーターを道路下に設置しまし
たので燧の湯へお越しの際は是
非歩いてみて下さい。
村内街路灯の電球を電気料
金の安いLED電球(電球色)
に更新しました。
④定住促進住宅整備事業
老朽化した教職員単身住宅の改修工事を実施しました。共同で使用して
いた風呂・トイレを各部屋に設置し居室内も快適な空間となりました。ま
た、施設名も「檜枝岐村定住促進住宅」に変更となりました。
工事期間中、周辺の方々にご迷惑をおかけしました。
おかげさまで無事完成いたしました。感謝申し上げます。 (産業建設課 星 友和)
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Hinoemata
平成27年1月13日
尾瀬沼ヒュッテ、開業から半世紀
設の雪下ろしも委託されていて、全部終わるのに3
泊4日程の日数がかかり、スノーダンプや、ロータ
リーが無かった時代ですから大変苦労されたそうで
す。村で、雪上車を購入してからは、雪上車で沼山ま
で行けるようになりましたが、最初に沼山道の横手
を通過する時は、怖い思いをしました。現在は、ヘリ
で荷上、荷下ろしをしていますが、当時は背負子の
仕事も多くあり沼山峠から物資を運んだそうです。
建設当初の尾瀬沼ヒュッテ
尾瀬沼ヒュッテ建設の目的が、村民の社会福祉の増
進と健康保持に必要な憩いの場を与えるためとなっ
昭和38年に着工、昭和39年5月28日に本館と自
ています。今も昔も変わらないのは、尾瀬沼や燧ケ
炊小屋が完成し、国民宿舎尾瀬沼ヒュッテとして営
岳の大自然だと思います。仕事の合間を見て、ぜひ
業を開始してから半世紀が過ぎました。昭和45年に
尾瀬沼に出かけてください。村民の皆さんのお越し
は、御池~沼山間の道路が完成、昭和47年からはゴ
をお待ちしています。
(村民料金で宿泊できます)
ミの持ち帰り運動が始まり、平成19年8月30日、日
本で29番目の国立公園、尾瀬国立公園が誕生しまし
た。
今回星勝実さんより尾瀬沼ヒュッテでの思い出を
ご寄稿いただきましたので紹介します。
(尾瀬沼ヒュッテ)
これまでの歴代支配人をご紹介します。初代支配
人 故平野寅佐氏、2代目 星副夫さん、3代目 星好
久さん、4代目 星長一さん、5代目 星幸雄さん、6
代目 平野留久さん、7代目 星利弘さん、8代目 平
野信之さん、9代目 星光祥さん、10代目 平野邦彰さ
ん、11代目 平野正毅さん(現在)7代目からは、御池
ロッジ支配人兼務。今回尾瀬沼ヒュッテで勤務され
た方々に尾瀬沼ヒュッテでの思い出を伺いました。
開業当初は七入から入山し、
春に
「春木切」
をして
「ば
ちぞり」で木材を運搬してボイラー及びストーブの
燃料にしたそうです。営業が始まれば、尾瀬簡易郵
便局の仕事で、七入~尾瀬沼~温泉小屋間の郵便
配達もしたそうです。最盛期には、年間1万人以上
のお客様がヒュッテを利用しています。昭和40年頃
は、尾瀬フラワー号が運行され、週末には250人のお
客さんがヒュッテに宿泊したとのことですから、食
事は3回転で部屋も1畳2人だったそうです。現在
初代支配人 平野 寅佐氏(右)
は、完全個室になっていますのでゆったり利用でき
ます。傷病人の搬送の際は船で、三平下まで運んで
から一之瀬まで搬送したそうです。皆さん一番大変
だった思い出は、屋根の雪下ろしで、当時は、七入か
らスキーで入山し、尾瀬沼ビジターセンター等の施
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檜枝岐村公民館報 第191号
Hinoemata
「尾瀬沼ヒュッテの思い出」
星 勝実
初めて尾瀬沼ヒュッテに登ったのは4月中旬、大
ぎりはくわねえでいいから」と言われ、甘えた事が
変な大雪の年でした。何も分からず2週間程、毎日
本当に懐かしい。また尾瀬小屋の重郎さんはアイデ
雪堀りを繰り返していました。雪堀り3日目に漸く
アマンで色々教えて戴いたこと、原の小屋の幸徳さ
裏側の下屋の軒が見えてホッとした事を覚えていま
んは「毎日頑張っているね」と何時も褒めてくれた
す。 その屋根の積雪量は5m程もあり、消すのに苦
こと。燧小屋の与三郎爺には岩魚釣りの極意を教え
労しながら様々なアイデアを駆使して取り組んだ事
て貰ったこと、でも自分は沼尻川に挑戦したが何時
は、今ゴルフコースの雪消しに結構役立っています。
もあまり釣れなかった事も忘れがたいです。
当時は水芭蕉シーズン位からヒュッテの事業とし
て尾瀬簡易郵便局を開設していました。
其れは一番若かった私の仕事でした。2シーズン
当時の郵便物は絵葉書が多く背負いきれない程
の日もあり、白砂峠を上がるとホッとし渡船に乗り
ヒュッテに着くと早速着替えて接客業務でしたが、
程、毎日集配業務をしましたが、それだけでなく、朝
そんな時でも通称福オジ(平野福朔さん)の「まあお
6時には起きて食堂の手伝いをしてから七入まで往
茶でも飲んでっかあにしろ」と声が掛り一服してか
復して帰ると、お客様を部屋まで案内する業務と、
ら作業を開始する毎日でした。
それから翌日の昼用の弁当作りなどもあり、毎日12
時間を超える就業に誰もみんな不服も言わず働いて
いました。 そんな中で私は人の想いに育てられた
と感じます。
七入の郵便物の受渡小屋では留三郎爺に独特の声
で優しくねぎらいの言葉をかけて頂きました。
時々、
明日の米がねえからと郵便物と一緒に米を運ぶ事が
あり、抱き返りの滝辺りで足が上がらなくなって、
英中さんの助けをかり、何とかヒュッテまでたどり
着いた事を思い出します。また郵便2日目の一番遠
い尾瀬ヶ原休憩所では富次郎爺が茶の間から、
「寄っ
ヒュッテ前の除雪作業
てお茶でも飲んで行け」と言ってくれ、話し出すと
面白く楽しいお爺さんでした。
福オジのフナのスシは絶品で、晩酌にはいつもか
かさず出て、盛り上がっていました。勿論尾瀬沼の
フナです。中でも一番なのが、支配人の平野寅佐さ
んです。寡黙でしたが、いつもみんなを見ていてく
れて包容力が有る方でした。みんなが安心して仕事
が出来る環境を作っていらっしゃったと思います。
この様な素晴らしい人達と、若い時期に出会う事
が出来、それぞれの想いを与えて貰った事を私は生
きていて素直に感謝しています。
お世話になったのは、短い期間でしたが、その尾
郵便の集配
続いての温泉小屋でも、家族皆で親切にして頂き
ました、お昼は御馳走になる時が多く、
「冷たいおに
8
瀬沼ヒュッテが開業から半世紀を迎えると聞き、感
慨深いです。これからも益々発展される事をお祈り
致します。
Hinoemata
燧ケ岳山頂(寅佐支配人と仲間達)
平成27年1月13日
左から福朔爺、幸隆さん、勝実さん
真冬の除雪作業、雪上車で行ったこともあったそうです
春の風物詩 ワカサギ捕り
カリバを兼て除雪
楽しい慰安旅行です
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檜枝岐村公民館報 第191号
Hinoemata
「伝統」の村の住人たち
立教大学社会学部教授 関 礼子
「伝統を継いでいこうとする地域は年長者に敬
意を払う」
。
当たり前といえば当たり前のことに気
がついたのは、
沖縄でのことだった。
地域の歴史や
民俗、文化をまとめる「字誌」の編さんが盛んな沖
縄では、
「歴史の生き字引」である年長者に話を
聞く機会も多く、年長者は「先輩」と呼ばれて敬わ
れる。
また、
沖縄といえば年中行事に祭礼、
芸能。
祭
が近づき、
奉納のための踊りの練習が始まると、
毎
夕、若手の「おばあ」が集まって、年長の「おばあ」
を待った。
太鼓や歌ができる年長者がいなければ、
練習は始まらないのである。
(写真提供 平野隆介氏)
「おばあ」は檜枝岐でいう「ばんば」
。檜枝岐を訪
れ、
檜枝岐の映像を見るようになって、
同じことを
ら、どんなにか素敵なことだろう。檜枝岐の民俗誌
感じてきた。たとえば、
「伝統の」という枕詞がつ
編さんのお手伝いから、
「N H K アーカイブス学術
く檜枝岐歌舞伎を題材にした N H K『新日本紀行
利用トライアル研究第3期」
に応募し、
星長一さん・
ふたたび ~N H K アーカイブス 歌舞伎が伝わる
平野勝さんとともに古い時代の映像を見て、
「村
村 福島県檜枝岐村』
(2 0 0 7 年放映)
。
「奥州安達
のみんなと見たい」と話した。だが、残念なことに、
ケ原」という演目の主人公、
「お谷」が、平野幸子
フィルムの借用がうまくいかなかった。東京檜枝
さんから平野真美さんへと代替わりする様子を
岐会の平野友治さんの「見たい」の一声で再チャレ
追っている。
「ばんば」と呼ぶにはまだ若い 7 0 代
ンジし、ようやく中断していた企画の実現にこぎ
の幸子さん(当時)に、思い切って演技の指導をお
つけたのが昨年末(2 0 1 4 年1 2 月4 日)の映画会「む
願いする真美さん。その言葉を受け止めて演技の
かし檜枝岐 フィルムのなかの村びと達」である。
指導をつける幸子さん。そして本番当日、舞台で
開催当日は、
雪のちらつく日だったが、
大勢の方
の真美さんの会心の演技に、
「2 5 0 年続く檜枝岐
が集まってくださった。
村の方々だけでなく、
東京
歌舞伎。
お谷の役はしっかりと受け継がれました」
檜枝岐会の方々も出席してくださった。映画会で
とナレーションが入る。
幸子さんの笑顔に、
見てい
は、村が所蔵していた『奥会津~檜枝岐から尾瀬
るこちらも思わず微笑んでしまう。
へ』
(1 9 6 4 年、
大和プロダクション)
と、
N H K アー
ドキュメンタリーの中の幸子さんだけではない。
カイブスから借用した塚本作品・山岳フィルムか
檜枝岐の「ばんば」は、畑仕事をする人も、道端でお
ら
『尾瀬』
(1 9 6 1 年)
『
、尾瀬沼・尾瀬ヶ原』
(1 9 5 1 年)
しゃべりをする人も、お世話になってきた民宿の女
を上映した。
無声の塚本作品には、
星長一さんがコ
将も、とてもチャーミングな笑顔である。その笑顔
メントをつけてくださった。
時々、
懐かしい風景や
に触れ、元気をもらうために、檜枝岐に足を運んで
見知った顔を見つけて、会場から小さなざわめき
いるのではないかと思うことがあるくらいだ。
が起こった。
チャーミングな笑顔の持ち主はどんな人生を歩
参加者の皆さんにはアンケートにもご協力いた
んできたのだろう。檜枝岐の生活が大きく変化し
だいた。
映像が掘り起こした記憶や体験について、
た現在、伝統の村が継ぎきれていない技や知があ
2 0 1 4 年 1 2 月 2 0 日現在迄に回収分から抜粋した
り、普段の暮らしのなかで忘れてしまっている記
のが表である。地域の映像は地域の財産(地域公
憶や風景がある。過去に触れることで、記憶に埋も
共財)になると N H K の学術利用トライアル研究
れつつある「檜枝岐の昔」を掘り起すことができた
の申請書に記したが、参加者のみなさんの感想は
10
Hinoemata
平成27年1月13日
それを裏づけているように思う。N H K の映像の
ても利活用が進み、
「幼少の頃から青年期にかけ
記録・保存・活用のためのアーカイブスが、学術利
ての貴重な映像。出来ることなら村に備えてほし
用だけでなく、地域民俗資料や郷土学習教材とし
い」という願いが叶うといいな。
映画を見て思い出した懐かしい記憶や体験
茅葺き屋根の古い温泉小屋と主人の段吉さんの映像。小学生の時、泊めていただきました。
小学生の夏休み、兄の勤務する尾瀬沼の臨時郵便局に宿泊し、登山客とふれあった日々。お客さんと一緒に
燧ヶ岳に登った小学5年生の夏。長蔵小屋に電報を配達するために七入までジャリ道を自転車で、山道は
走って往復したこと。檜枝岐から長蔵小屋まで1日2往復したことも鮮明に思い出した。
木道がまだ整備されていなかった尾瀬への一泊二日の遠足。三食に相当する米を持参して泊めて頂いた弥
四郎小屋。泥で汚れた子供たちを面倒見てくださった小屋の皆様方の心配り、初めて見た尾瀬ヶ原の雄大
な景色に感激したこと、歩きにくかった登山道など当時を思い出しました。3本目の映像の中の略図に「燧
田代。
」とありました。現在の西田代、横田代かと思いましたが、燧田代という呼び名は初めて知りました。
幼少の頃から青年期にかけての貴重な映像。出来ることなら村に備えてほしい。再上映を望みます。ありが
とうございました。
私は昭和40年の4月に先生になって、初任地が檜枝岐小でしたので、最初の2本の映画は、当時と同じで、
なつかしく観ることができました。保護者はどの方も礼儀正しく、教師として見ていただき、安心して、子
どもと向き合うことができました。はじめての家庭訪問では、
(略)
「ばんでいもち」にみそを塗って焼いた
のが出され、おいしくて忘れられません。
今に忘れ去られようとしている、昔の今は亡き人、若いころの姿等、感動致し心が洗われました。
私は杓子職人でした。山小屋を見てなつかしく感じました。14才で父の仕事小屋に布団を背負って小学校卒
業後すぐ行って杓子を習いました。山小屋を変えながら何十年もやってきました。1人前になるには5,6年は
かかります。1日100本くらい作れるようになって1人前ですね。映画を見て昔のことを思い出しました。
湿原の増殖作業をしていました。主に沼尻湿原と白砂湿原。フィルムを見て、
“ああ、こんな様子で湿原が
裸地化していったんだなぁ”。播種の為に湿原に入って種を採っていると、仙人のような出立の長英さんが
近づいてきて、
“お客さんなら注意しようと思ったけど、本当にご苦労様です”とお辞儀をされました。
(略)
長英さんはいつも低姿勢のおだやかな人。フィルムからも見て取れて、懐かしかった。
尾瀬ヶ原の湿原で遊んだり魚を捕ったりした事。浮島にお客様を案内した事。夏休み中、高山植物の押花を
した事。夜、お客様達とフォークダンスをした事。
七入で杓子小屋に登っていくのに木クズがあってなかなか登れないところと、リヤカーに乗って檜枝岐村
に行くところ。昔は杓子小屋を平らなところに作らないで、木クズを捨てる為に坂の上とかに作ったそう
です。今は車庫ですが、昔はみんなの家にリヤカー小屋があって乗ったのも覚えています。
尾瀬長蔵小屋で仕事のない時に働いた事があり、いろいろと思い出します。
子供の頃、貧しかったけど、みんながそうであったからか、あまり感じなかったが、今思うと、ホントに貧
しかったなあ~と。
・大江川での魚捕り。少年時代(昭和30年代後半)に私も経験しました。ワカサギ、ボヤと呼んだ魚をご飯
粒をエサにして釣りました。網を仕掛けて上流から追って群を一網打尽にしました。
・沼の蒸気船とボート。レジャーの少ない村でしたので、休日や夏休みに沼に行って蒸気船や手漕ぎのボー
トに乗るのは楽しみでした。ボート番が村の人であれば、時々無料で乗せてもらいました。中学生になる
と、手漕ぎのボートから沼に飛び込んで泳ぎました。流れの冷たい檜枝岐で泳いでいたので、流れのない
沼は暖かく感じられました。
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檜枝岐村公民館報 第191号
Hinoemata
健康づくり通信
住
民
課 ☎75-2502
保健センター ☎72-8364
認知症と上手につきあう
認知症ってどんな病気?
記憶や判断力の障害により、生活に支障をきたす状態
「認知症」とは老いに伴う病気の一つで、記憶・
判断力が低下してきます。日本では約4人に1
人が認知症、もしくは認知症予備軍です。年齢
を重ねるほど発症の可能性が高くなります。
年をとれば誰でも、思い出したいことがすぐ
に思い出せなかったり、新しいことを覚えるの
が難しくなったりしますが、「認知症」はこのよ
うな「物忘れ」と違います。体験したこと自体
を忘れてしまったり、物忘れの自覚が無かった
りといった症状が出てきます。
また働き盛りの若い世代でも発症する恐れも
あることから、「認知症」は誰にでも起こりうる
病気といえます。
予防方法は?
発症したら治らない?
どんな症状が出るの?
周囲の現実を
正しく認識できなくなります
● 記憶障害…新しいことを記憶できなくなります。
病気が進行すると、覚えていた記憶も失われて
いきます。
● 計算力障害…簡単な計算を間違えたりできなく
なってしまいます。
● 理解力、判断力の低下…物事を考えるスピード
が低下し、混乱しやすくなります。
● 感情障害…感情が不安定になりやすくなります。
● 元気がなくなる、自信を失うなどの心理的症状
家族や周囲はどうすればいいの?
日頃の生活管理と早期発見・治療が大切
認知症を正しく理解し、
さりげなく自然なサポートを
認知症の多くは生活習慣病(高血圧、
糖尿病、高脂血症など)と関連があると
されています。普段からの生活管理が認
知症の予防につながります。また、「認
知症」の早期発見・早期治療によって、
進行を遅らせたり、場合によっては症状
を改善したりすることもできます。
認知症になる可能性は誰にでもあります。認知症
に最初に気づき、誰より一番不安になって苦しむの
は本人です。
認知症の人は理解力が落ちていますが、あたたか
く見守り適切な援助を受ければ、自分でやれること
も増えていきます。認知症という病気を理解して、
さりげなく自然で優しいサポートを心がけましょう。
何か気になることがある方、相談したい方はお気軽に保健師までご連絡ください。
健康づくり教室 ~秋のブナ平ハイキング~
昨年10月8日、季節のイベントとしてブナ平~
御池、御池田代、スモウトリ田代へ行ってきました!
台風一過の晴天の中、きれいに色づいた紅葉の
中を散策することができました。健康づくりのた
めに毎日歩かれている方や御池の方へ何度も行か
れたことのある方もいらっしゃいましたが、皆と
話をしながら、また景色を楽しみながらのハイキ
ングはいつもとは違う気分にしてくれました。
次回のイベントは春を予定しています。
歩数計をお持ちの方限定ですが、
多くの方のご参加をお待ちしております。
12
歩数計をご希望の方は
保健師まで
ご連絡ください。
Hinoemata
社協だより
平成27年1月13日
社会福祉法人 檜枝岐村社会福祉協議会
福祉活動専門員 平野 陽子
● 赤い羽根共同募金へのご協力、ありがとうございました
村民の皆様にご協力いただきました赤い羽根共同募
金活動が終了いたしました。
皆様から寄せられた募金は、福島県共同募金会へ送金
募金総額
91,680 円 1 6 5 件
(前年度比▲ 2,295 円 ▲3件)
し、約50%が檜枝岐村共同募金委員会へ配分されます。
ありがとうございました!
配分金は、社会福祉協議会で行っている「高齢者紙おむつ助成事業」で有効に使わせていただい
ています。高齢者が使用する紙おむつ代の半額(月7,500円を上限とする。
)を助成する事業で、利用
されている方から大変喜ばれています。
皆様のご理解とあたたかいお気持ち、大切に使わせていただきます。
● あたたかいお気持ちをいただきました ~ご寄付の紹介~
HGC(檜枝岐ゴルフクラブ)様より、社会福祉に役立ててほしいと44,000円のご寄付をいた
だきました。今年度実施されたゴルフコンペに参加された方の参加費から、集めてくださったそう
です。
皆様よりいただいたあたたかいお気持ちは、村の社会福祉活動に有効に使わせていただきます。
● 今年もやります、おまかせください! ~高齢者世帯等除雪作業支援事業~
商工会青年部・村青年団に所属する若者達が高齢者宅等
の除雪活動を行っています。丁寧な作業ぶりに、利用された
方からは大変好評をいただいております。
高齢者宅だけではなく、村外にお住まいで現在は空き家に
なっているお宅もご利用いただけますので、料金など詳しく
は 社会福祉協議会 ☎︎75–2382 までお問い合わせ
ください。
● 社会福祉協議会平成26年度会費徴収の時期です
村民の皆様には、当社会福祉協議会運営に関しまして、日ごろよりご協力いただきありがとうご
ざいます。
社会福祉協議会会費徴収の時期となりました。口座振替手続きをされている方は口座引き落とし
で、手続きをされていない方は職員がご自宅に伺います。また今年度は、未加入の方へ会員加入推
進活動として職員がお願いにお伺いさせていただきますので、ご理解とご協力をよろしくお願いい
たします。
● 一般会員:1口以上
● 特別会員:3口以上 ※1口1,000円
● 法人会員:5口以上
また、口数の変更等各種手続きにつきましては、随時
受け付けております。
詳しくは社会福祉協議会までご連絡ください。
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Hinoemata
オコジョクラブ活動報告
平成27年1月13日
今年度実施した「ひのえまたオコジョクラブ」
活動について報告します。
夏休み書道教室 7月22日
今年度も「藍の会」の皆さまを講師にむかえ書道教室を開催しました。丹治思郷先生もお越しになり子
どもたちにご指導くださいました。
夏休みバスツアー りんどう湖ファミリー牧場 7月25日
クッキー作りや牛の乳搾りなどを体験し、楽しい一日を過ごしました。
大熊町交流事業 8月3日・4日
大熊町の小学生と一緒に尾瀬散策や岩魚のつかみ取りなどを行いました。
協力いただいた尾瀬沼ビジターセンターや環境省の皆様に感謝申し上げます。
編集後記
村民の皆様、新年おめでとう
ございます。今年も公民館報は
年6回の発行を予定しておりま
す。昨年も忙しい1年でした。未
映画上映会
むかし檜枝岐 フィルムの中の村びと達
いよう取り組んでまいります。
た晴喜くん(右)道晴くん(左)
室主催による映画上映会「むか
に表紙を飾っていただきまし
し檜枝岐 フィルムのなかの村
た。
「アンマームゼー」は村人の
び と 達 」が12月4日 東 雲 館 で 催
素直な言葉、村の子ども達をた
さ れ ま し た。当 日 は 約100名 の
くましく成長させることは地域
村民が来場され、村や尾瀬のな
つかしい風景や人々の様子を楽しまれました。また東京檜枝岐会の
皆様も御来場くださいました。遠いところお越し下さりありがとう
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まかけて「多岐亡羊」に陥らな
今号は、羊のぬいぐるみを着
立教大学社会学部関礼子研究
ございました。
年でもありますし、忙しさにか
(教育委員会 平野 勝)
の役目、村の未来のために地域
で支えあいながら成長を見守っ
ていきましょう。
(教育委員会 平野 勝)