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日消外会誌 19(4):784∼
症
786,1986年
例
Exulceratio simplex(Dieulafby)様
病変を呈 した
胃上部早期癌 の 1例
、香川医科大学第 1外 科
前場 隆 志
A CAS■
近 石 恵 三
田 中
聴
OF EARLY CANCDR OF THE UPPER STOMACH SHOWING
LES10N OF EXULCコ
RATIO SIMPLEX(DIEULAFOY)
Takashi MAEBA,Keizo CHIKAISHI and Satoshi TANAKA
First Departlnent of Surgery,Kaga、
va Medical School
f o y癌,
) ,大
早 量胃出血
索引用語 ! E x u i c e r a t i o s i m p l e x ( D i e u l a期胃
I. は じめに
近年,Exulceratio simplex(Dieulafoy)'(以 下 は
E.S,と 略す)に よる胃大量 出血 に対す る認識 が高 ま
∼
り,そ の報告例 が増加 しつつ あるり 。。また,早 期 胃癌
か らの大量出血例の報告 もしだいに集積 され,原 因疾
患 としての重要性 が指摘 されているゆ。.
最近われわれ は,定 型的 な臨床像を皇 した ES症 例
の 胃上部潰瘍 が,組 織学的 に早期 胃癌 による陥凹性病
変である ことが判明 した 1例 を経験 したので報告 し,
診断 と治療上 の要点 について述べ る。
II.症
例
息者 Ⅲ63歳,男 性.
主訴 :吐血.
既往歴 :10年来高血圧症 と気管支喘息 に罹患 してい
る。
現病歴 :昭 和58年11月 2日 ,午 前11時 ごろ誘因 と思
われるものな く突然 に,約 17の 吐血を きた し,当 院ヘ
緊急入院 した。
入院時所見 i身 長 151cm,体 重58kg,栄 養 良,血 圧
拍80/min,眼 験結膜に貧血を認め る
152/80nmHg,脈
が黄疸 はない。胸部 は打聴診上異常な く,腹 部 は平坦
で圧痛 および腫瘤 は認 めない, また肝陣 ともに触知 し
ない。緊急内視鏡検査 の結果,動 脈性 胃出血が確認 さ
れ,手 術適応 として外科へ転科 した。
入院時臨床検査成績 :表 1に 示す。
<1985年11月12日受理>別 刷請求先 :前場 隆 志
〒761-07 香川県木田郡三木町大字池戸1750-1 看
川医科大学第 1外 科
表 1 入 院時検査成績
一般検査
赤血球数 343×104 白 血球数
12,000 血 小板数 228× 104
ヘモ グ,ビ ン値 105g/dl ヘ マ トグ リット値 318%
血液生化学検査
GOT 28単 位 GPT 9単
位 LDH 342単
CPK 88単 位 BUN 17 9mg/dl
クレアチ ニン 1 0mg/dl 血 糖 75mg/dl
位
Na 136mEq/1 K37mEq/1 Cl 105mEq/1
検 尿 異 常を認 めない
心 電 図 異 常を認 めない
胸部 xp 異 常を認めない
内視鏡検査所見 :胃体上部 の小弯前壁側に自苔を有
す る小 さな浅い陥凹性病 変があ り,そ の中心部 に太 い
露出血管を認めたが,検 査施行時 にはすでに止血状態
にあった。
手術所見 :再 出血が危倶 されたため,緊 急手術 の適
応 と考 え,開 腹術を施行 した。腹水 はな く,十 二指腸,
胆襲,肝 ,障 に異常を認 めなか った。 胃装膜面 にも異
常 はな く,触 診 で も病変部を確定で きなかったため,
胃体上部前壁 に 胃切 開をお き,食 道 胃接合部 か ら約3
cm幽 門側 の前壁小弯 よ りに病 変部位 を確認 した。 胃
亜全摘術 によ り病変部を切除 し,Billroth II法
に より
ンパ
再建 した。リ
節郭清 は行 っていない。
切除標本肉眼所見 !胃上部前壁 に境界明瞭 な20×20
mmの 浅 い陥凹性病変を認め,その中心部 に径5mmの
血栓を ともな う 「うおのめ」状の血管露出があ り, こ
の部位 の標本切断面 では,同 血管 が粘膜下 にむけて径
1986年4月
57(785)
図 1 切 除標本所見.胃 上部前壁に20×20111mの浅 い
陥凹性病変を認め,そ の中心部に 「うおのめ」状の
血管露出を認めた。
IH.考
察
Exulceratio simplex(Dieulafoy)は
胃上部 の浅 い
微少粘膜欠損部に,孤 立性の大い異常動脈 が破綻す る
ことによって,致 命的な大量出血をきたす疾患1)で
,外
科的止血法以外 には治療手段がない とされている。こ
の異常動脈 は,正 常 の 胃粘膜下層には通常存在 しない
ものであ り,米国 においては Goldman7),Palmerゆ
など
が報告 している。
これ に対 して,胃 癌 にみ られ る大量 出血は,一 般的
には進行癌病巣に壊死が生 じ,そ れに細菌感染 が加わ
り,壊 死巣が急速 に拡大す るのに ともない,血 管 が侵
蝕 されて発生す るとされてお り,進 行度や深達度に比
例 して頻度が増す と考 えられている。.一 方,二 村 らの
図 2 病 理組織学的所見.IIc病変 の底部 に管状腺癌
か らなる病巣を認め,そ の中心部 に径511mの血栓
を伴な う露出血管があ り, これが粘膜下を蛇行 ・斜
走 している (HE染 色,×40倍)
報告りによれば,吐 下血 の頻度 は表在癌 の方 が進行癌
に比べて有意 に高 い とい う。早期 胃痛 に ともな う大量
は 9%,佐 久間 ら1つ
出血の頻度 は,崎 田 ら1い
は 7%,
61Fょ
々
6%と 報告 してお り,お おむね10%内 外
佐 木ら
の頻度 と考 えてよい と思われ る,
早期 胃癌 の血管構築については,中 西1り
の詳細 な研
究 があるが,そ れによると病理組織学的分化度 によ り
多少 の差を認めるものの,一 般 に早期 胃癌病変部では
血管密度が高 く,周 辺部に比 して複雑多岐な吻合およ
び血管増加 がみ られ,粘 膜下動脈 の蛇行 ・拡張がみ ら
、 管状腺│
血栓 を有す る露 出血管
れ るとい う。すなわち,早 期 胃癌 において も大量出血
の可能性 はかな り大 きい と考 えられる。し か しこの拡
果
蛇行が,走する血管
m
卜
]pm
2mmの 大 さで斜走 しているのが認 め られた (図 1).
病理組織学的所見 :潰瘍性病変 の底部 に,管 状腺癌
か らなる病巣があ り,深 違度 は粘膜下層に達 し, この
中心部 に血栓を有す る大い血管断端 が露出している。
この血管 は,約200/の 径を有 し粘膜下層を蛇行 しなが
ら斜走す る。血管壁 は, 3層 構造を有 し,正 常粘膜下
層では普通み られ ることのない異常 に太 い動脈 である
(図2).
診断 :上 記所見 か ら,ES様 病変を呈 した早期 胃癌
(IIc)と診断 した。
経過 !術後経過 は順調で,術 後20日目に退院 し, 1
年 6カ 月後 の現在健在である。
張動脈 の大 さは,せいぜい50″程度 とされ,本症例 のご
とく直径200″にも達す る太い動脈 は,通常 の早期 胃癌
の粘膜下層には存在 しないよ うである.
大量出血を ともな う早期 胃癌 についての現在 までの
報告例 のなかには,本 症例 と同様の機序 で発症 した と
考 えられ る例が散見 され る。増田 ら1"は,胃の高位 に発
生 した早期癌 か らの出血は,大 量出血 にな りやす く,
かつ血管 が露出している場合 がかな りあることを指摘
してお り,岡 島',佐 々木 らいも,早 期 目癌大量出血例
はすべ て IIcあるいはHI型な どの陥凹型 であって,そ
の原因が粘膜下 の異常 に太 い動脈 の破綻 か ら起 きた と
考 えられ る症例があると述べ てお り, これ らは本症例
にみ られた ES様 血管異常を原因 として発症 した もの
ではないか と思われる。
ESは ,本 来,徴 少な表在性良性漬瘍で,潰 瘍 に破綻
す る異常動脈 は孤立性で,胃 壁に垂直 に進入 し,分 岐
せず にその 日径を維持 したまま粘膜下に達 し,蛇 行 し
なが ら粘膜に入 り, こ こで破綻を来たす と報告 されて
お り',こ の異常動脈の本態 としては動脈癌説ゆ1。
や奇
58(786)
Dieulafoy様 病変を塁 した 胃上部早期癌の 1例
形・
走行異常説のなどが挙げ られてお り,ま た粘膜欠損
の発生機転 としては,動 脈拍動 に伴な う粘膜 の圧迫萎
縮19や,動脈 による挙上粘膜 の機械的損傷10,あるいは
な どとさまざまな説 が となえ られ てい
偶然 の重複1の
る。 しか し本症例 のごと く,粘 膜欠損が良性潰瘍 によ
るものでな く,胃 癌 によるものであって も,そ の粘膜
下にた また ま異常動脈 が存在す る場合 には,ESと 同
様 の機序 で大量出血を起 こし うると考 えられる。すな
わち ESに み られ る大量出血は,Kriegerl的
,佐々木 らり
も指摘 しているよ うに,漬 瘍性病変 の発生部位 と異常
動脈 の存在部位 とが偶然に一致 した ことによるもの と
考 える方が妥当ではなかろ うか。
本症治療 の緊急度 および致命率 か らみて,最 も重要
な事項は,迅 速 かつ正確 な術前診断である ことは論を
またない。 しか しなが ら胃出血 が急速 かつ大量 で ある
上に,胃 高位 に好発 し潰瘍 が徴小で表在性 のために,
出血点周辺粘膜 の観察 は きわめて困難 であ る。われわ
れ の症例 で も早期 胃癌 の術前診断は得 られていない。
最近 は ESの 認識 と内視鏡診 断技術 の 向上 に ともな
い,古城 ら1め
は,緊 急内視鏡所見 か ら術前診
,川 島 ら2い
断 は可能であると述べ ているが,ES様 病変を呈す る
早期 胃癌 では悪性所見を見落 とす可能性がかな り高 い
と考 えられ, これを常 に念頭 においた術前検査 がお こ
なわれない限 り,正 確 な診断は困難であろ う.ま た手
術 に際 しては,胃 断端部癌遺残 の可能性,あ るいは リ
ンパ節郭清 の必要性などの半」
断 のために,胃 切開 によ
る病巣 の検索が是非 とも必要であると思われる。
I V . 結語
臨床症状ならびに切除 胃肉眼所見 か ら,Exulceratio
simplex(Dieulafoy)と
診断 された 胃上部の表在性潰
日消外会議 19巻
4号
droyantes consecutives a I'exulceration simple
de I'estomac. Bull de l'Acad de Mё
d 49:
39--84, 1898
2)狩 野 敦 ,藤巻英二 ,海藤 勇 ほか :大 量 出血を き
た した微 少 胃粘膜欠損 (Gallard‐
Dieulafoy潰瘍 の
1例 .Gastroenterol Endosc 24:1406-1410,
1982
3)大 島 昌 ,丸 山俊之,坂 本 真 ほか :Exulceratio
simplex(Dieulafoy)の治 験 例。 日臨 外 医 会 誌
43 : 1138--1143, 1982
4)佐 々木明,高須仲治,井手愛邦 ほか :大 量 出血 を き
た した 胃の高位浅在性陥凹性病 変 の 5例 ―Exul‐
ceratio simplex(Dieulafoy)と
の関連 について.
日臨外医会議 4433-40,1983
5 ) 岡 島 邦 雄 : 総 論, 胃 癌 と 出 血 . 外 科 4 3 :
364--368, 1981
6)佐 々木明,中 川 潤 ,井 手 潤 ,井 手愛邦 ほか :吐
血・
下血 を主訴 とした早期 胃痛症例 の検討.日 消外
会誌 151601-607,1982
7)Goldman RL i Submucosal arterial malfoma・
tiOn(``aneurysm")of the stOmach with fatal
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8)Palmer ED: Sclerotic submucosal gastric
artery:A sourse of hemotthageo Am J Surg
30 : 83--86, 1964
9 ) 二 村 雄 次 : 胃 癌 の 症 状 につ い て。癌 の 臨 2 2 :
243--249, 1976
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11)佐 久間晃,波部忠信,佐藤寿雄 i胃 癌 か らの大量 出
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ing due to solitary simple gastric erosion(of
が,早 期 目癌 か らの大量出血は決 してまれではない こ
Dieulafoy).Geln Med Mth ll:448-452,1966
とか らみて,本 症 に対す る胃切除 に際 して も,止 血効
17)Voth D: Zur Pathogenese ungewOhnlicher
arterieller Magenblutungen. Med Welt 19:
果を得 るための条件 に加 えて,癌 組織 の残存を避ける
1095--1097, 1962
ための条件を求めることが必要 で, このためには,緊
18)Krieger A: Die akute solitare Magenerosion
急性 に対処 しなが らも,術 中の組織学的検索をお こな
(Dieulafoy) mit tOtlicher Massenblutu■
g.
Schweiz Med Wochenschr 88: 1070-1075, 1950
う必要 があることを指摘 した。
19)古 城 昌義,秋 山吉照,木 本哲夫 23tか:大 量吐血 を き
本論文 と要旨は1984年7月第24回日本消化器外科学会総
た した Exulceratio simplex(Dieulafoy)の
1治
会において発表した。
験例.臨 外 33:1047-1050,1978
文 献
20)川 島利信,城 所 竹 ,高 浜素秀 ほか :術 前 に診断 し
えた Exulceratio Simplex(Dieulafoy)の
1治 験
1)Dieulafoy G: Exulceratis simplex,I'intervan‐
例.外 科 42:196-199,1980
tion chirurgaicale dans les hOmatettses foun‐
瘍性病変内 に,組 織学的 に早期 胃癌 の存在 が認め られ
た 1例 を報告 した。文献上 はけ うな症例 と考 えられ る