平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 褥瘡治療と使用される

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
褥瘡治療と使用される薬剤に関する文献的考察
Consideration by the literature about medical treatment of the
pressure ulcer, and the medicine used for pressure ulcer
臨床薬学研究室
08P150
指導教員
4年
玉井久美子
影向範昭
要 旨
褥瘡は入院や在宅で長期間ベッドに寝ている患者や車いすを利用している患者に
多くみられる疾病である。褥瘡は 75 歳以上の高齢者に多くみられる。近年我が国は
高齢化が進んでいるため、今後更に褥瘡の発症が増加すると考えられる。褥瘡につい
ては、発症させないように日頃からのケアが大切であり、発生しても早期に適切な治
療を実施する必要がある。適切な治療を実施するためには褥瘡およびその治療に関す
る正しい知識が必要である。
今回の研究では、褥瘡の治療方法や使用される薬剤について文献を集め、それらの
内容をまとめ考察を加えた。はじめに褥瘡について定義・分類・評価を調べた。そし
て深さ・褥瘡の色による分類、点数を調べグラフにまとめた。また、治療法では主に
外用薬に重点を置き深い褥瘡に使用する外用薬、浅い褥瘡に使用する外用薬について
調べグラフにまとめた。その結果、褥瘡は深さ、滲出液、大きさ、炎症・感染、肉芽
形成、壊死組織、ポケットの有無の組み合わせによって治療薬が異なるということが
分かった。また浅い褥瘡には非浸透性の皮膚刺激作用のある親油性基剤を用い、深い
褥瘡には被覆作用と収れん作用のある親水性基剤を用いるという結果が得られた。以
上のことから褥瘡治療は創の状態を把握して適切な薬剤を選択することが大切であ
ることが分かった。
キーワード
褥瘡、治療薬、DESIGN-P、親水性基剤、親油性基剤、IAET、Shea、創面の色、
外用薬、ドレッシング、デブリードマン
1
1.はじめに
褥瘡は入院や在宅で長期間ベッドに寝ている患者や車いすを利用している患者に
多くみられる疾病である。この褥瘡は栄養状態、関節変形、運動能力の低下といった
様々な要因が絡みあって悪化するため、早期に発見して適切に治療することが非常に
重要である。さらに褥瘡は発赤、びらん、水泡、紫斑などから浅い潰瘍、深い潰瘍、
ポケット形成まで進展の度合いによって治療方法や使用薬剤が異なるため、治療方法
と薬剤選択の良否が予後に大きな影響を与えることが分かってきている。このため褥
瘡の状態によって適切な薬剤を選択する必要がある。このことから、褥瘡の状態に合
わせた適切な薬剤選択と使用方法について情報を集めて整理する必要がある。本研究
では、褥瘡の治療方法と褥瘡治療に使用される薬剤に関する文献を収集して、適切な
治療法とその際に適切な薬剤の選択と使用法について考察を加えた。褥瘡の治療には
薬剤選択だけでなく、適切なドレッシング材、デブリードマンを適切に組み合わせる
必要があるが、本研究では褥瘡治療薬剤を中心に文献を集めて考察した。
2.方法
成書、雑誌および医学中央雑誌でキーワードを「褥瘡」、
「治療薬」で検索して文献
を集め、それらの内容を参考にして褥瘡およびその治療、使用される薬剤についてま
とめ、考察を加えた。
3.褥瘡の定義・分類・評価
1)褥瘡の定義
褥瘡とは、持続的圧迫による局所の循環障害の結果生じる阻血性壊死である。局所
の皮膚・皮下組織・筋肉が外力により持続的に圧迫されることにより、それぞれの組
織に循環障害を生じ、ついには組織が壊死となる状態である1)。好発部位として仙骨
部、尾骨部が多い。さらに、溝神ら2)の報告によれば褥瘡患者の 50%以上を 75 歳以
上の高齢者が占めていて、多くは痩せ形で、基礎疾患をもっていることが多く、栄養
状態も不良で、免疫力が低下した易感染宿主である。長期臥床した高齢者では、意識
レベルが低下して自発的に寝返りをうちにくいことに加え、圧迫のクッションとなる
べき皮下組織や筋肉に萎縮が生じるために褥瘡ができやすい状態にある3)。
2)褥瘡の発生原因
褥瘡の原因については、麻痺が 88.9%栄養状態の不良 85.8%で、70.0%以上では運
動障害、循環障害、るい瘦であり、褥瘡は局所への圧迫と考えるものが多い1)。
また、褥瘡の発症には、①可動性の減少、②活動性の低下、③知覚・認知の障害、
のいずれかが複数ある場合に加え、持続性圧迫が重なると発症しやすい。また、外的
要因と内的要因による組織耐久性の低下が伴うと褥瘡が発症しやすくなる。
外的要因とは主に体位や姿勢の保持、体位変換、頭側挙上、コルセットやギプスな
2
どによる固定、リハビリ、介護力、食事などが、内的要因は患者自身に起因する日常
生活自立度、麻痺、骨突出、変形拘縮、神経性疾患、栄養状態などが関係する4)。
3)褥瘡の分類と評価
褥瘡の分類はその評価と密接に関連している。深さで分類・評価する方法と創の色で
分類・評価する方法がある。
(1)深さによる分類
褥瘡の深さによって分類する方法として 1975 年の J,Darrell Shea の分類以降、
Campbell の分類(1983 年)、国際 ET 協会(International Association for
Enterostomal Therapy:IAET)の分類(1988 年)、米国褥瘡諮問委員会(American
National Pressure Ulcer Advisory Panel:NPUAP)の分類5)(1989 年)、ヨーロッ
パ褥瘡諮問委員会(European Pressure Ulcer Advisory Panel:EPUAP)の分類6)
など数多くの分類が発表されている。原型となる Shea の分類(表 1)ではⅠ度は急
性炎症を伴うが表皮のみの浅い褥瘡、Ⅱ度は真皮・皮下脂肪組織に達している褥瘡、
Ⅲ度は筋肉まで達している典型的褥瘡、Ⅳ度は骨組織まで達して骨および関節が破壊
されている褥瘡としている1)。NPUAP による分類では、DTI 疑い、ステージⅠ~Ⅳ、
表1
Shea の褥瘡の分類
分類
皮膚の状態
重症度
Ⅰ度
急性炎症を伴うが、表皮のみの浅い褥瘡
Ⅱ度
真皮・皮下脂肪組織に達している褥瘡
Ⅲ度
筋肉にまで達している典型的褥瘡
重度
Ⅳ度
骨組織にまで達していて、骨および関節が破壊されている褥瘡
重度
表2
軽度
中等度
International Association for Enterostomal Therapy(IAET)の分類
ステージⅠ
(グレードⅠ)
ステージⅡ
(グレードⅡ)
ステージⅢ
(グレードⅢ)
ステージⅣ
(グレードⅣ)
圧迫除去後 30 分以内に消退しない発赤(紅斑)。表皮は損なわれてい
ない。いわゆる可逆的な段階。
表皮あるいは真皮に至るが、皮下組織に至らない皮膚の部分欠損。発赤
(紅斑)を伴う水疱や硬結も含む。創傷底は湿潤で、ピンク色。痛みを
伴う。壊死物はない。
真皮全層を超え、皮下組織に至る全層欠損。痂皮で被われていない限り、
浅い潰瘍がある。壊死組織、ポケット形成、皮下交通、滲出液、感染の
可能性がある。創傷底は通常痛みを伴わない。
皮下組織を超え、筋膜、筋層、関節、骨に達する深い組織欠損。壊死組
織、ポケット形成、皮下交通、滲出液、感染の可能性がある。創傷底は
通常痛みを伴わない。
3
判定不能の 6 段階に分類している。IAET 分類(表 2)ではステージⅠ~Ⅳの 4 段階
に分類している7)。日本褥瘡学会の深さによる分類は、d0~D5、U の 7 段階に分類
している。
(2)創面の色による分類
深い褥瘡の治癒過程は褥瘡の創面の色に反映するので、この創面の色によって褥瘡
の状態を分類する方法がある。黒色期、黄色期、赤色期、白色期の 4 期に分類する(表
3)。通常、褥瘡は皮膚および皮下組織が壊死を起こしている黒色期から、壊死組織の
痂皮が除かれた黄色期、血管に富む赤い良性肉芽組織が増生してくる赤色期を経て最
後には周囲の皮膚からの上皮化が起こって瘢痕治癒となる白色期の順で治癒する過
程をとる。この創面の色による分類は治療の際に使用する薬物やドレッシングの選択
に有用な場合が多い。
表3
黒色期
褥瘡の色による分類
創の表面に壊死組織の黒い痂皮が皮膚に固着した状態。皮膚および
皮下の組織が壊死を起こしている。
黒い壊死組織の痂皮が除かれた創表面に黄色の脂肪壊死組織、不良
黄色期
肉芽、膿などが現れた状態。多量の滲出液を伴い、感染の危険がも
っとも高い状態。
赤色期
白色期
壊死組織や不良肉芽が除かれ、欠損した部分に血管に富む赤い顆粒
状の良性肉芽組織が増生してくる状態。
赤い肉芽組織が盛り上がり周囲皮膚からの上皮化・表皮形成が始ま
る。この上皮は、周りの皮膚より白っぽいのが特徴である。
(3)日本褥瘡学会の分類・評価法
日本褥瘡学会では Shea、NPUAP、EPUAP、IAET などの分類を総合的に比較検
討した結果、2002 年に DESIGN と呼ばれる褥瘡状態判定スケールを発表した。「深
さ」項目において d0 から D5 に至る 6 段階評価を採用し、さらに 2008 年改訂版の
DESIGN-R においては判定不能例を“U”として独立追加した計 7 段階評価に変更され
た8)。
DESIGN は褥瘡の重症度を分類するとともに、治療過程を数量化することができる。
その項目は、深さ(Depth)、滲出液(Exudate)、大きさ(Size)
、炎症・感染
(Inflammation/Infection)、肉芽形成(Granulation tissue)、壊死組織(Necrotic
tissue)の 6 項目で構成されており、それぞれの項目の英語の頭文字をとり DESIGN
と表記する。ポケット(Pocket)が存在する場合には最後に P を付加し、DESIGN-P
と表記する。表 4 に日本褥瘡学会による褥瘡の DESIGN-P 分類と点数を示す。
4
表4
日本褥瘡学会による褥瘡の DESIGN-P 分類と点数
Depth(深さ)創内の一番深い部分で評価し、改善に伴い創底が浅くなった場合、これと
相応の深さとして評価する
0
皮膚損傷・発赤なし
3
皮下組織までの損傷
1
持続する発赤
4
皮下組織を越える損傷
d
D
5
関節腔、体腔に至る損傷
2
真皮までの損傷
U 深さ判定が不能の場合
Exudate( 滲出液)
0
なし
1
少量:毎日のドレッシング交換を
多量:1 日 2 回以上のドレッシン
e
要しない
E 6
グ交換を要する
3
中等量:1 日 1 回のドレッシング
交換を要する
Size(大きさ)皮膚損傷範囲を測定:[長径(cm)×長径と直交する最大径(cm)]
0
皮膚損傷なし
3
4 未満
6
4 以上 16 未満
s
S 15 100 以上
8
16 以上 36 未満
9
36 以上 64 未満
12 64 以上 100 未満
Inflammation/Infection( 炎症/感染)
0
局所の明らかな感染徴候あり(炎
局所の炎症徴候なし
3
症徴候、膿、悪臭など)
i
I
1
局所の炎症徴候あり(創周囲の発
9
全身的影響あり(発熱など)
赤、腫脹、熱感、疼痛)
Granulation(肉芽組織)
0
治癒あるいは創が浅いため肉芽形
良性肉芽が、創面の 10%以上 50%
4
成の評価ができない
未満を占める
1
良性肉芽が創面の 90%以上を占め
良性肉芽が、創面の 10%未満を占
g
G 5
る
める
3
良性肉芽が創面の 50%以上 90%
6
良性肉芽が全く形成されていない
未満を占める
Necrotic tissue(壊死組織) 混在している場合は全体的に多い病態をもって評価する
3
柔らかい壊死組織あり
n 0
壊死組織なし
N
6
硬く厚い密着した壊死組織あり
Pocket ポケット 毎回同じ体位で、ポケット全周(潰瘍面も含め)[長径(cm)×長径と
直交する最大径(cm)]から潰瘍の大きさを差し引いたもの
6 4 未満
9 4 以上 16 未満
p 0
ポケットなし
P
6 16 以上 36 未満
24 36 以上
※ 深さ(Depth:d、D)の得点は合計点には加えない。
重症度分類用では、軽度はアルファベットの小文字、重度はアルファベットの大文
5
字で表す。重症度が高いほど点数が高くなり、治癒してくれば点数が減少する仕組み
になっている。創の評価をした際には、アルファベットと該当する点数の数字を並べ
て表記する。
①Depth(深さ):創内の一番深いところで判定し、真皮全創の損傷(真皮層と同
等の肉芽組織が形成された場合も含める)までを d、皮下組織を越えた損傷を D とし、
壊死組織のために深さが判定できない場合もこの D の範疇に含める。
②Exudate(滲出液):ドレッシング交換の回数で判定する。ドレッシング材の種
類は詳しく限定せず、1 日 1 回以下の交換の場合を e、1 日 2 回以上の交換の場合を
E とする。
③Size(大きさ)
:褥瘡の皮膚損傷部の、直径(cm)と直径と直交する最大経(cm)
を測定し、それぞれをかけたものを数値として表現したもので、100 未満を s、100
以上を S とする。この値は面積を示すものではない。
④Inflammation/Infection(炎症/感染)
:局所の感染徴候のないものを i、感染徴候
のあるものを I とする。
⑤Granulation tissue(肉芽形成)
:良性肉芽の割合を測定し、50%以上を g、50%
未満を G とする。良性肉芽組織の量が多いほど創傷治療が進んでいることになり、
本来なら数値が逆であるが、大文字が病態の悪化を表現しているためにこのような表
現方法となった。なお、良性肉芽とは必ずしも病理組織学的所見とは限らず、鮮紅色
を呈する肉芽を表現するものとする。
⑥Necrotic tissue(壊死組織):壊死組織の種類にかかわらず、壊死組織なしを n、
ありを N とする。
⑦Pocket(ポケット):ポケットが存在しない場合は何も書かず、存在する場合の
み DESIGN の後に-P と記述する。
4.褥瘡の治療
褥瘡の発生が認められれば、早期から適切なケア・治療方法を選択し、褥瘡の悪化
阻止と患者の苦痛を最小にすることが重要である。褥瘡の主たる治療は、体位変換に
よる除圧による局所循環の改善と全身の栄養改善が必要であるが、局所の治療方法に
は薬物療法がある1)。
(1)外用薬
褥瘡局所の治療に用いる外用薬は、褥瘡の病態に応じた選択や使い分けが大切であ
る。現在、褥瘡治療外用薬は多くの薬剤が発売されている。それぞれ目的に応じた剤
型があるが、適合しない場合もあるために十分に吟味して使用しなければならない。
褥瘡の治療過程において影響する因子は浸潤環境である。壊死組織の除去、肉芽形
成、上皮形成の各段階において、薬剤の効果を適切に得るには創面の水分量の影響を
考える。たとえ主薬の効果が病態と一致していても、基剤の特性が合わなければ、効
6
果は得られない。日本褥瘡学会の褥瘡治療ガイドラインでは基剤の特性に触れてはい
るが、薬効と基剤の特性が合致しない場合の薬物療法には踏み込んでいないために、
落とし穴にはまる可能性が高い。潰瘍面に対する薬剤の選択は、皮膚とは異なること
を理解しなければならない2)。
外用薬選択の原則では、まず創の深さに着目し、その創傷治癒過程に応じた外用薬
を選択する。たとえば、浅い褥瘡の場合には、創面を外力から保護し、適度な湿潤環
境を保つことで皮膚の再生を図ることが大切である。この目的にはドレッシング材の
ほうが適しているが、油脂性基剤や水分含有率の低い乳剤性基剤の外用薬を用いるこ
とでも可能である。一方、深い褥瘡の場合には、壊死組織を除去した上で、肉芽形成
を促進し、さらに創の縮小、閉鎖を目指す。それぞれの段階で、壊死組織の除去、滲
出液の減少、あるいは、肉芽形成の促進、上皮形成あるいは創収縮の促進効果を有す
る外用薬を選択する8)。
軟膏基剤について、軟膏剤は薬効成分とその保持体となる軟膏基剤からなるが、そ
のうち軟膏基剤は軟膏剤容量の約 99%を占める。そのために、創の状態、特に滲出液
表5
褥瘡治療に使用される外用薬の軟膏基剤による分類
滲出液
多
分類
基剤の種類
外用薬
(代表的な商品)
親水性
水溶性
マクロゴール軟膏(+ビーズ)
カデックス軟膏
基剤
基剤
マクロゴール 400(+ビーズ)
デブリサン(ペースト)
マクロゴール軟膏(+白糖)
ユーパスタ
マクロゴール軟膏
アクトシン軟膏、
アラントロックス軟膏
テラジアパスタ
ブロメライン軟膏
疎水性
油脂性
鉱物性
白色ワセリン、プラ
亜鉛華軟膏、アズノール
基剤
基剤
動植物性
スチベース、単軟膏、 軟膏、プロスタンディン
亜鉛華単軟膏
軟膏
吸水軟膏、コールド
リフラップ軟膏
親水性
乳剤性
水中油型
基剤
基剤
(W/O 型) クリーム、親水ワセ
ソルコセリル軟膏
リン、ラノリン
水中油型
少
親水軟膏、バニシン
(O/W 型) グクリーム
※ 古田勝経:薬局 61(3), 376 (2010)から引用改変
7
オルセノン軟膏
ゲーベンクリーム
の量など湿潤環境に与える影響が大きい。軟膏基剤は疎水性基剤と親水性基剤とに大
別され、疎水性基剤は鉱物油や動植物油を原料とした油脂性基剤、また、親水性基剤
は、水分と油分を乳化した乳剤性基剤(クリーム基剤)、水溶性のマクロゴール基剤、
ゲル基剤などに分類される(表 5)8)。
軟膏基剤は種類によってそれぞれ特性が異なるので、創の状態を把握したうえで、
薬効からだけでなく、どのような特性をもった基剤が適当かを考慮し軟膏剤を選択す
ることも大切である。たとえば、油脂性基剤や水分含有率の低い乳剤性基剤の軟膏剤
は、創を保護、保湿する目的で使用することが多い。
一方、創の滲出液を吸収させたい場合は水溶性基剤の軟膏剤を、あるいは水分を供
給したい場合は水分含有率の高い乳剤性基剤やゲル基剤の軟膏剤を選択する。また、
精製白糖を配合した製剤や吸水性ポリマービーズを配合した製剤などは高い吸水力
を有しており、大量の滲出液を伴う場合などに用いることができる。
(2)ドレッシング
創傷を被覆する医療材料など、および、これらを用いて創を覆う行為をいう。通常、
創傷治癒のための局所環境を整えたり、創傷を隠したり、除痛、感染予防などを目的
とする。ドレッシング材は創を密閉してしまうものが多く、尿や便による汚染から創
部を守り、感染を抑えるとされている2)。
基本的には、創を観察して DESIGN-P で評価し、ドレッシング材を選択する。創
感染を認める場合には、全身的・局所的に感染制御を最優先にした処置を行う。壊死
組織のある場合は外科的な切除以外に、自己融解によるデブリードマンを促進し、滲
出液のドレナージを妨げない吸水性に優れるドレッシング材を選択する。また、創の
状態に応じてドレッシング材の交換を適宜実施する。
感染が制御され良性肉芽に移行した創においては、滲出液(E)と深さ(D)に注
目する。ドレッシング材は、創の深さに応じて選択し、過剰な滲出液を吸収保持する
機能を持つ種類を選択する。また、創収縮や滲出液の減少に伴い、交換時に肉芽組織
や新生表皮を損傷しない保湿性のよい閉鎖性ドレッシング材に適宜変更する。ドレッ
シング材を選択するに当たり、ドレッシング材交換時の組織損傷回避や汚染に対する
バリア機能などが重視されるが、患者の使用感や QOL を考慮することも大切である。
以上のように、ドレッシング材は、湿潤環境を保持する効果を通して細胞遊走を助
け、壊死組織の自己融解・排除を促進し、また、汚染を防止するバリア機能、疼痛緩
和、創面の保湿などの効果によって、創傷治療環境を形成することが明らかにされて
いる。
(3)デブリードマン(壊死組織除去)
死滅した組織、成長因子などの創傷治癒促進因子の刺激に応答しなくなった老化し
た細胞、異物、およびこれらにしばしば伴う細菌感染巣を除去して創を清浄化する治
療行為をデブリードマンという。
8
4.考察
日本褥瘡学会のガイドラインによれば、褥瘡は、深さ、滲出液、大きさ、炎症・感
染、肉芽形成、壊死組織、ポケットの有無の組み合わせによって分類(DESIGN-P
分類)する。その分類によって褥
瘡治療法が異なってくるので、外
表6
用薬、ドレッシング材、デブリー
褥瘡の状態
ドマンを適切に組み合わせて治
浅い褥瘡に使用する外用薬
外用薬
発赤・水疱
アズレン、酸化亜鉛
療することが褥瘡の治癒を早め
アズレン、酸化亜鉛、塩化リゾチ
るために必要である。ここでは、
びらん、浅い潰瘍
ドレッシング材、デブリードマン
についても簡単に述べるが、主に
ーム、ブクラデシンナトリウム、
プロスタグランジン E1
(日本褥瘡学会編:褥瘡予防・管理ガイドラインから作成)
外用薬について考察する。
表7
深い褥瘡に使用する外用薬
創治療の目的
行うよう勧められる
行うことを考慮してもよいが
十分な根拠がない
カデキソマー・ヨウ素、デキストラノ
マー、フィブリノリジン・デオキシリ
壊死組織の除去
ボヌクレアーゼ配合剤、ブロメライン、
スルファジアジン銀、硫酸フラジオマ
イシン・トリプシン
肉芽形成の促進
創の縮小
アルミニウムクロロヒドロキ
塩化リゾチーム、トラフェルミン、ブ
シアラントイネート、トレチノ
クラデシンナトリウム、プロスタグラ
イントコフェリル
ンジン E1、幼牛血液抽出液
アルミニウムクロロヒドロキ
塩化リゾチーム、アズレン、酸化亜鉛、
シアラントイネート、トラフェ
幼牛血液抽出液
ルミン、ブクラデシンナトリウ
ム、プロスタグランジン E1
感染・炎症の制御
カデキソマー・ヨウ素、スルフ
ポビドンヨード、ヨードホルム、硫酸
ァジアジン銀、ポビドンヨー
フラジオマイシン・トリプシン
ド・シュガー
滲出液の制御
ポケットの解消
カデキソマー・ヨウ素、ポビド
デキストラノマー
ンヨード・シュガー
ポビドンヨード・シュガー
トラフェルミン、トレチノイントコフ
ェリル
(日本褥瘡学会編:褥瘡予防・管理ガイドラインから作成)
9
1)外用薬
創の状態によって適する外用薬があることはすでに述べた。表 6 に浅い褥瘡に使用
する外用薬、表 7 に深い褥瘡の治療目的別に適している外用薬の一覧を示した。
外用薬の基剤の選択としては、グレードⅠ〜Ⅱの浅い褥瘡には、親油性基剤で、非
浸透性の皮膚刺激作用のあるもの、深い褥瘡のグレードⅢには、親水性基剤として被
覆作用と収れん作用のあるもの、また浸透性で抗炎症・蛋白分解抑制作用のあるもの、
グレードⅣには親水性基剤で非浸透性と抗菌作用・肉芽形成促進作用、さらに病的浸
出物の溶解作用、乾燥化作用の薬剤を選択する1)。
褥瘡感染では、一般的な抗菌薬の局所投与は無効な場合が多く、耐性菌出現の問題
もある。理由としてあげられるのがバイオフィルムの形成である。壊死組織では血流
がなく栄養状態も悪い。このような状態で細菌は、バイオフィルムを形成する。その
ため、壊死組織における感染ではバイオフィルムの形成がみられる。バイオフィルム
は、抗菌薬の透過を阻害する働きがあり有効に作用しないことがある。これに対して
消毒薬やユーパスタやゲーベンクリームはバイオフィルムを破壊し、形成を阻害する
作用や殺菌的に働くので有効である2)。
2)ドレッシング
さまざまなドレッシング材があるが、感染制御に優れたものはないといえる。ガイ
ドラインでも外用薬の使用を推奨している。ドレッシング材で唯一銀含有のハイドロ
ファイバーも使用できるとしているが、完全なコントロールは難しいとしている2)。
(1)ハイドロコロイド
創面を閉鎖し創面に湿潤環境を形成するドレッシング材である。創面に密着させる
ことで、閉鎖性環境の下でドレッシング材の親水性ポリマーが滲出液によりゲル状に
変化し、創面に湿潤環境を保持する。なお、滲出液が多量の場合にはゲルの漏れが生
じるため、ただちに交換が必要である。
(2)ハイドロジェル
乾燥した創を湿潤させるドレッシング材である。ドレッシング材に多量に含まれる
水分によって乾燥した壊死組織を軟化させ、自己融解を促進する。
(3)アルギン酸塩、キチン、ハイドロファイバー®(銀含有製剤を含む)、ハイドロ
ポリマー、ポリウレタンフォーム
浸出液を吸収し保持するドレッシング材である。創に余分な滲出液を溜めないよう
に創面の滲出液を吸収する。水分吸水力に優れ、かつ滲出液を保持する機能を持つ。
深さのある創に充填し、過剰な滲出液を吸収する。
3)デブリードマン(壊死組織除去)
こちらも基剤を創の浸潤環境に合わせる必要がある。滲出液が多い場合(60%以上)
プロメライン軟膏・カデックス(軟膏)
・デブリサン(ペースト)
・ヨードホルムガー
ゼ、滲出液が少ない場合(60%以下)ヨードホルムガーゼ+生理食塩水・ゲーベンク
10
リームが用いられる。
5.結論
今回の研究で、褥瘡の分類・治療の現状と使用される薬剤について文献を検索し、
まとめて考察を加えた。その結果、褥瘡は深さ、滲出液、大きさ、炎症・感染、肉芽
形成、壊死組織、ポケットの有無の組み合わせによって治療薬が異なるということが
分かった。また浅い褥瘡には非浸透性の皮膚刺激作用のある親油性基剤を用い、深い
褥瘡には被覆作用と収れん作用のある親水性基剤を用いるべきであるという結果が
得られた。この様に褥瘡治療はその創の状態をしっかりと把握しながら、適切な薬剤
を選択する必要がある。しかし、褥瘡治療は適切薬剤の選択・使用だけでなく、ドレ
ッシング材、デブリードマンを適切に組み合わせる必要がある。非常に複雑であるの
で実際の臨床現場で褥瘡治療ガイドライン、文献、エビデンスに基づいて褥瘡治療が
行われる必要がある。今回の文献調査からは、多くの臨床現場で褥瘡治療が適切に行
われているのか不明であった。今後は実際の症例について適切な治療が行われている
か否かを調査する必要があると思われた。
謝辞
本論文を作成するにあたり、丁寧かつ熱心にご指導していただきました指導教員の新潟
薬科大学薬学部臨床薬学研究室教授 影向範昭先生、ならびに臨床薬学研究室の先生
方に深く感謝いたします。
文
献
1)西田恭仁子、堀川佳子、深田裕子、岩永淳子、畑中あかね、村上明美、太鼓場洋子、
中島規子、吉永喜久恵、田中靖子、平田雅子、尾形誠宏:褥瘡の発生予防と治療に関
する研究(第 1 報)-褥瘡に関する文献的考察-、神戸市立看護短期大学紀要 Vol.12,
9-25(1993)
2)溝神文博:褥瘡マネジメントのトレンド
褥瘡患者の感染管理、薬局 Vol.61 No.3,
385-389(2010)
3)古田勝経:褥瘡対策、薬局、Vol.63, No.9, 57-64(2012)
4)池脇弘嗣:感染症・とこずれ、四国医学雑誌 Vol.57 No.3:67-71 (2001)
5)野田康弘:褥瘡マネジメントのトレンド
褥瘡治療薬の特性
褥瘡の創傷薬理学と
創傷薬剤学、薬局 Vol.61 No.3 381-384(2010)
6)日本褥瘡学会編:褥瘡の深達度分類.在宅褥瘡予防・治療ガイドブック.日本褥瘡
学会.26-27(2008)
7)真田弘美:褥瘡予防・治療レポート
EPUAP 褥瘡予防・治療ガイドライン
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EPUAP
褥瘡予防・治療ガイドラインを翻訳するにあたって.Expert Nurse Vol. 20 No.11,
125-130(2004)
8)EPUAP(ヨーロッパ褥瘡諮問委員会)、NPUAP(米国褥瘡諮問委員会)編:褥瘡の
予防&治療 クイックリファレンスガイド(2009)
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