企業倫理と内部監査 - 日本内部監査協会

(CIAフォーラム研究会報告)
企業倫理と内部監査
――
企業倫理のフレームワーク
――
研究会 No.16(企業倫理研究会)
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Ⅰ.はじめに
当研究会では、企業倫理の確立・維持のために有益な情報を発信することを目的に、
2004 年 6 月以降、研究活動を行ってきた。研究・討議内容が多岐に渡ったことから、
研究成果の報告を2回に分けて報告することとし、2005 年 6 月のCIAフォーラムに
おいて、第1回報告「企業倫理と内部監査―我が国の判例の研究を中心に―」を発表
させて頂いた。
第1回報告では、まず、企業倫理の概念整理を行うとともに、内部監査人としての課
題について若干の考察を行った。次に、最近の企業倫理関連判例の動向を概観すると
ともに、5つの企業倫理関連判例を紹介したうえ、分析・検討を加えた。
第2回となる今回の報告では、判例研究に引き続いて当研究会で取り組んできた、企
業倫理に関連する各種のフレームワークの比較・検討作業の成果を紹介したい。
Ⅱ.企業倫理に関するフレームワーク
前回報告においては、企業倫理を法令遵守に止まらず、企業の Integrity を高め、企
業価値の向上を目指す戦略と位置付けた場合において、内部監査人が直面する問題とし
て、企業行動の是非を判断するための明確な判断基準を定立することが難しいという点
をあげた。その上でその解決を図るために、企業行動の倫理的是非を判断するための判
断基準(倫理方針、倫理綱領、実施計画、内部規程)の制定を促すことを提言した。
それでは、その判断基準とはどのようなものであるべきであろうか。
当研究会においては、判例研究に続いて、それぞれの企業が持つべき倫理的な判断基
準の具体的な内容を検討することを目指し、その準備作業として、様々な形で公表され
ている企業倫理に関連すると思われる文書を収集し、分析・検討してみた。
その結果、各種の企業倫理に関する文書を、大きく「憲章」と「フレームワーク」に
分類できることが分かった。ここで、「憲章」と分類した文書は、いずれも組織が実践
すべき倫理の内容を表現した文書であり、「フレームワーク」と分類した文書は、組織
の倫理や法令遵守態勢について検証・評価する場合の基準を規定した文書である。
以下、それぞれについて詳述する。
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1.企業倫理に関する憲章
企業倫理に関する各種の憲章は、その作成主体や適用範囲をベースに、地球規模、国
際レベル、国レベル、企業レベルに分類される。
地球規模で作成された憲章として、国連による「世界人権宣言」(1948)や世界宗教会
議による「地球倫理の宣言」(1993)があげられる。これらは地球的規模における普遍的
な倫理を表現しており、企業倫理の前提として位置付けられる。
国際レベルで作成された憲章としては、コー円卓会議による「企業の行動指針」(1994)
があげられる。欧州・米国・日本の異なる価値観を踏まえつつ、企業が目指すべき企業
倫理の内容を明らかにしており、各企業が倫理的目標を掲げる上で必ず参照すべき内容
となっている。
日本の経済団体・業界レベルで作成された憲章としては、日本経団連による「企業行
動憲章」(1991)、全銀協による「倫理憲章」(1997)、東京商工会議所による「企業行動
規範」(2002)、国民生活審議会による「消費者対応に関する自主行動基準」(2002)等が
あげられる。
(以上に紹介した各文書の概要については、別表1を参照いただきたい。)
企業レベルの倫理綱領も今日では多数策定され、各社のホームページ等で公開されて
いる。
以上に参照してきた各種の憲章は、企業が実践しようとする企業倫理的目標を倫理方
針、倫理綱領等の文書で表明する場合に、参照し参考にすべき文書であるが、各企業が
目指すべき目標は固より多様であり、その企業を取り巻く環境やステイクホルダーとの
関係、企業理念や経営方針等をベースにして、経営者、従業員が共有できるものでなけ
ればならない。
また、後述のフレームワークで紹介するように、企業倫理を実践する態勢を整備する
といった場合には、大前提としてどのような企業倫理を目指しているのかが、明らかに
なっていなければならない。その意味で、各種の憲章の内容を研究する意義は大きいも
のと考えられる。
2.企業倫理遵守態勢のフレームワーク
企業倫理遵守態勢のフレームワークに分類される文書としては、下記のようなものが
あげられる。
① 連邦量刑ガイドライン(1991)
② 金融検査マニュアルの法令等遵守態勢の確認検査用チェックリスト(1999)
③ COSO(1992)
④ COSO ERM(2004)
⑤ 倫理法令遵守マネジメント・システム規格(ECS2000)(1999)
⑥ リスクマネジメントと一体となって機能する内部統制に係る指針(2003)
⑦ 企業行動憲章
実行の手引き(1996)
個々の文書の概要については、別表2を参照いただき、ここでは、①「連邦量刑ガイ
ドライン」、②「法令等遵守態勢の確認検査用チェックリスト」
(以下「金融検査マニュ
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アル」と言う。)、⑤「倫理法令遵守マネジメント・システム規格」
(以下「ECS2000」と
言う。)、および⑦「企業行動憲章 実行の手引き」
(以下「実行の手引き」と言う。)の
4つの文書を参照することにより、企業のコンプライアンス体制整備のために実施すべ
きであると一般的に考えられている施策を整理してみた。
この4つの文書を参照する理由は、COSO等があらゆる目的に共通する内部統制シ
ステムのあるべき姿を示しているのに対して、4つの文書がより直接的に「企業倫理」
「法令遵守」に焦点を絞った文書であるためである。COSO等が企業倫理のフレームワ
ークとして有効・有用であることは言うまでも無い。
(1) 経営トップの責任
コンプライアンス体制の整備に当たって、経営トップの果たすべき責務は大きい。
企業行動憲章では、
9.経営トップは、本憲章の精神の実現が自らの役割であることを認識し、率先垂範
の上、社内に徹底するとともに、グループ企業や取引先に周知させる。また、社
内外の声を常時把握し、実効ある社内体制の整備を行うとともに、企業倫理の徹
底を図る。
と述べ、実行の手引きでも下記の実施事項を挙げている。
9-1 経営トップは、リーダーシップを最大限発揮し、経営理念や行動規範の明確
化、社内への徹底等にあたる。
(1)経営トップは、機会ある毎に企業行動憲章や企業の行動規範・行動規準および
各種法令の遵守の重要性を訴える。
(2)経営トップは、率先垂範により、役員、従業員の倫理観を涵養する。
(3)経営トップは、新たな行動規範・諸規定の作成、あるいは既存のものの点検・
見直しにリーダーシップを発揮する。
(4)経営トップは、企業倫理の推進や法令遵守にとどまらず、社会的責任の遂行に
リーダーシップを発揮する。
更に、金融検査マニュアルでは、代表取締役やCEOに限定することなく、個々の取
締役や監査役の責任を強調し、その具体的な行動を求めている。
・コンプライアンスに関しては、取締役が誠実にかつ率先垂範して取り組んでいるか。
・取締役自身が、社内外のコンプライアンスの問題に対し、規則に基づき、公平、公
正に断固とした姿勢で対応しているか。
また、経営の監督機関としての取締役会の責務についても重視している。
・取締役会は、高い職業倫理観を涵養し、あらゆる職階における職員に対して内部管
理の重要性を強調・明示する風土を組織内に醸成する責任を果たしているか。
・取締役会においては、社会的責任と公共的使命等を柱とした企業倫理の構築を重要
課題として位置付け、それを具体的に担保するための体制を構築しているか。
企業倫理の確立のためには、何よりもまず経営トップを含めた経営層が自ら率先して
その責任を果たすことが求められている。
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(2) 倫理法令遵守の基本方針の策定
経営者は、倫理法令遵守の基本方針を策定しなければならない。
ECS2000 は、基本方針の策定について下記のように述べている。
本規格は、各組織が、これら 2 つの考え方を基本に据え、自らが設ける倫理規範を
尊重し、そして関連法令・条例・その他ルールなどを遵守することを求める。法令や
その他ルールの遵守については、各組織は、それぞれの規模や業種・業態・状況など
に応じて、特に注意を要すると考える法令やルールを整理し、それらを中心とした倫
理法令遵守方針を作成しなければならない。
金融検査マニュアルでは、この基本方針を取締役会が策定することを求めている。
・法令等遵守を経営の最重要課題の一つとして位置付けているか。
また、その実践に係る基本方針及び遵守基準は、取締役会において策定しているか。
経営トップの企業倫理に対する真摯な姿勢は、社内外に具体的な形で伝えられること
が必要であり、そのためには基本方針を文書化し、機関決定して公式文書とすることは
有効であると考えられる。
(3) 倫理法令遵守の基本方針の公開
倫理法令遵守の基本方針は、社内外に公開し、周知徹底することが求められている。
例えば、実行の手引きでは、次のように述べている。
9-2 経営トップは、経営理念や行動規範の基本姿勢を社外に表明し、具体的取り
組みについて情報開示する。
(1)あらゆる機会を捉えて自社の行動規範、取り組み姿勢、社内推進体制を社外に
公表する。
(2)取引先などの関係者に対しても、自社の行動規範、取り組み姿勢、社内推進体
制を周知し、企業倫理への取り組みを要請する。
企業倫理に関する方針は、決定するだけでは意味が無く、継続的に機能し続けること
が必要である。基本方針の公開は、多くの人の目に曝す事によって、自らを追い込むと
いう面もあるが、基本方針を誰もがいつでも参照できる状態に置くことで、基本方針の
風化を防ぐという意味合いもあると思われる。
(4) 倫理法令遵守マニュアルの作成
企業倫理の基本方針に基づき、またそれだけに留めるのではなく、各職場や業務内容
に応じて、具体的な遵守マニュアル(コンプライアンス・マニュアル)を作成すること
が求められている。
例えば、金融検査マニュアルでは、下記のようにコンプライアンス・マニュアルを取
締役会の責任で策定することを求めている。
・コンプライアンスを実現するための具体的な手引書(遵守すべき法令の解説、また、
違法行為を発見した場合の対処方法などを具体的に示したもの。以下、「コンプラ
イアンス・マニュアル」と称する。)を策定しているか。
また、コンプライアンス・マニュアルの策定及び重要な見直しを行うに当たっては、
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その内容について取締役会の承認を受けているか。
組織のメンバーに企業倫理を徹底するためには、それぞれの職場の環境、業務に応じ
た手引書を用意し、常に参照できる状態を保持し、各人の、あるいは組織の判断の基準
として利用可能でなければならない。
(5) 倫理法令遵守の実施計画の策定
上記の基本方針等に沿って、倫理法令遵守の具体的な実施計画を策定することが、求
められている。
金融検査マニュアルでは、この計画を「コンプライアンス・プログラム」と呼び、少
なくとも年1回、取締役会の承認を受けることを求めている。
・コンプライアンスを実現させるための具体的な実践計画(規定の整備、内部統制の
実施計画、職員の研修計画など。以下、「コンプライアンス・プログラム」と称す
る。)の策定及び重要な見直しを行うに当たっては、その内容について取締役会の
承認を受けているか。
・「コンプライアンス・プログラム」は、適時、合理的なものとして策定されている
か。なお、最長でも年度毎に策定されているか。
なお、ECS2000 では、全社の計画は固より、社内各レベルの組織において、倫理法令
遵守の実施計画を策定することを求めている。
企業倫理に関する取組みが風化することを防ぐための方策として、実施計画の定例化
は有効であるが、形式に流れればマンネリ化することもあり、注意を要する。
(6) 遵守すべき法令等の整理と参照手順の確立
倫理法令遵守体制の構築に当たっては、当該組織が遵守すべき法令等を識別している
必要がある。従って、法令やその他遵守すべきルールを組織的に整理し、社内に周知徹
底する体制を整備することが求められている。
ECS2000 では、以下のように述べている。
組織は、事業活動、扱うモノやサービスなどに関連する法令やその他ルールを全体
的に整理し、いつでも参照できる手順を確立し維持しなければならない。これは、倫
理綱領や各種遵守マニュアルなどとは別に用意しなければならない。
金融検査マニュアルでは、金融機関が遵守すべき法令等の一覧表を具体的・網羅的に
列挙している。
企業に関連する法令等は無数にあり、その把握が業務に関連する各部署・各担当者に
任され、組織的な対応がなされない場合には、遵守すべき法令等が識別されず、思わざ
る違法行為を惹起するリスクがある。遵守すべき法令等の整理・識別は組織的かつ意識
的に行われる態勢を整備する必要がある。
(7) 倫理法令遵守体制に関わる規程の整備
倫理法令遵守体制整備の一環として、倫理法令遵守に関わる規程の整備を図ることが
求められている。
例えば、連邦量刑ガイドラインでは次の規準を設けている。
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(1) 組織は、犯罪行為を防止し、発見するための規準と手続を制定する。
また、ECS2000 では、具体的に下記の規程の整備を求めている。
a) 倫理法令遵守に関連する問題を扱う部署についての規程。
b) 倫理法令遵守に関連する問題を扱う部署と、取締役(会)などの最高意思決定部
門との関係についての規程。
c) 組織から独立した第三者機関や中立的な専門家の活用に関する規程。
d) 組織の各部門および階層における倫理法令遵守の権限および責任についての規
程。
e) 倫理法令遵守に関する教育・トレーニングについての規程。
f) 倫理法令遵守に関する報告・相談業務についての規程。
g) 倫理法令遵守に関する監査についての規程。
h) 倫理法令遵守違反に関する罰則についての規程。
i) 不正行為や問題ある取引などが組織内で発覚した場合の手順についての規程。
j) 日常的な是正措置をとる場合の一般的な手順についての規程。
規程の整備は、組織の構成員にとっては、コンプライアンス・マニュアル等と併せて、
行動や判断の際の根拠となり、また、手続を定型化することにより管理を容易にすると
いう効果もある。
加えて、前述のように、内部監査人が企業倫理についての監査を実施するに当たって
は、一定の評価・判断を下すための根拠として、関連する規程ができるだけ整備されて
いることが望ましいと言える。
(8) 倫理法令遵守体制に関わる組織体制の整備
倫理法令遵守体制整備の一環として、倫理法令遵守に関する専門部署を設置すること
が求められている。
ECS2000 では、この専門部署に役員以上の責任者を置くこと、複数の担当者を置き、
倫理法令遵守の実施および管理に必要な経営資源を用意することも求めている。
また、実行の手引きでは、代表取締役クラスの企業倫理担当役員の任命や企業倫理委
員会の設置、企業倫理推進担当部署の設置を挙げている。
金融検査マニュアルでは、業務部門での第一次チェック機能と会計監査人等による客
観的評価・監査機能の間を埋める機能として、「コンプライアンスに関する統括部門」
の設置を求めている。また、各業務部門及び営業店毎に、コンプライアンス担当者を配
置することも求めている。
・コンプライアンスに関する統括部門を設置しているか。また、統括部門の所掌事項
を明確にしているか。
・各業務部門及び営業店毎に、適切にコンプライアンス担当者を配置しているか。
金融機関においては金融検査マニュアルに沿った専門部署の設置が進んでいると思
われるが、一般の事業会社においても、社内に倫理法令遵守の専門部署を設置すること
により、二次チェックを制度化することが有効であると思われる。
(9) 人事面の措置
6
倫理法令遵守のための実施事項として人事面でもいくつかの施策が提案されている。
例えば、連邦量刑ガイドラインでは、次のような規準が設けられている。
(3) 組織は、違法な活動あるいはその他有効なコンプライアンス・倫理プログラムに
反する行為を犯した者を、重要な権限者の中に一人も含まないよう、合理的な努
力を払う。
(6) 組織のコンプライアンス・倫理プログラムは、
(A) コンプライアンス・倫理プログラムに従って行動することに対する適切なイ
ンセンティブにより、
(B) そして、犯罪行為に加担すること、犯罪行為の防止あるいは発見への合理的
な措置を取ることに失敗したことに対する、適切な懲戒措置により、
組織内に一貫して促進・強制される。
また、金融検査マニュアルでは、人事面での措置として、「適切な人事ローテーショ
ン」と「1週間以上の連続休暇等」の実施を求めている。
・特定の職員を長期間にわたり同一部署の同一業務に従事させないように、適切な人
事ローテーションを実施しているか。
また、やむを得ない理由により長期間にわたり同一部署の同一業務に従事している
場合は、事故防止のためのその他の適切な方策を講じているか。
・事故防止等の観点から、例えば、連続休暇、研修、内部出向制度等、又は、これら
の組み合わせ等により、最低限年1回1週間以上連続して、職員(管理者を含む)
が職場を離れる方策を採っているか。
なお、この期間は2週間以上であることが望ましい。
企業倫理を担うのは個々の構成員であることから、その配置や権限付与のあり方は、
倫理法令遵守態勢のあり方に大きな影響を与えると考えられる。こうした視点から、人
事処遇制度を見直してみることも必要である。また、休暇等との組み合わせによる定期
的な業務遂行状況のモニタリングも有効な施策である。
(10) 倫理法令遵守に関する教育研修体制の整備
倫理法令遵守のための実施事項として倫理法令遵守に関する教育研修体制を整備し、
実施していくことが求められている。
連邦量刑ガイドラインでは、次のような規準を設けている。
(4) 組織は、各層構成員に対して、有効なトレーニングプログラムを実施すること等
によって、定期的かつ実用的な方法で、その規準と手続をはじめコンプライアン
ス・倫理プログラムを伝える合理的措置を取る。
実行の手引きでは、教育・研修の対象者として、役員・従業員・新任の管理職・関係
会社・取引先を挙げている。
9-5 企業倫理・企業行動規範に関する教育・研修を実施、充実する。
(1)役員を対象とした企業倫理研修を実施する。
(2)従業員を対象とした企業倫理、企業行動規範に関する教育、研修会を実施す
る。
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(3)新たに管理職に任命された従業員を対象とした企業倫理に関する研修を実施
する。
教育・研修については、繰り返し、継続的に実施すること、対象者の属性に応じた内
容とすることが重要である。
(11) 倫理法令遵守に関する報告相談体制の整備
倫理法令遵守に関する情報伝達を促進するため、倫理法令遵守に関する報告・相談に
対応する体制を整備することが求められている。
例えば、ECS2000 では、以下のような項目がある。
組織は、教育や訓練による上からの情報伝達に加え、倫理法令遵守に関して、組織
内外の報告や相談に応ずる体制を構築しなければならない。それは、以下の事項を含
む。
a) 組織内の倫理法令遵守に関するコミュニケーションを促す目的で、報告や相談
に応ずる窓ロ(レポーティング・システム)を設けること。
b) 組織内における報告相談制度を補う目的で、定期的に組織メンバーの意識調査
などを実施すること。
実行の手引きでは、この報告・相談窓口を「企業倫理ヘルプライン(相談窓口)」と呼
び、整備することを謳っている。
組織内部のコミュニケーションが良い組織は、自浄作用が働き易い。従って日頃から
意識的に組織内部のコミュニケーションの活発化を図るべきである。こうした本来のコ
ミュニケーションがうまく働かない場合に備えて、上記のようなヘルプラインや定期的
な意識調査を行うことも重要である。
(12) 倫理法令遵守に関する文書管理体制の整備
倫理法令遵守に関する各種施策の実効性と透明性を高めるため、関連する文書の作
成・保管についてのルールを定めることを始め、文書管理体制を整備することが求めら
れている。
ECS2000 は、ISOのマネジメント・システム規格をベースとしていることから、品
質管理マネジメント・システム等と同等の文書化を求めている。
組織は、紙面や電子情報の形式で、倫理法令遵守マネジメント・システムの核とな
る文書とその相互関係を記したものを作成し、それを維持しなければならない。これ
により、必要とされる関連文書が組織のどこにあるかを明示しなければならない。核
となる文書および関連文書とは、倫理方針、倫理綱領、各種遵守マニュアル、実施計
画、内部規程を指す。
文書化については、米国のSOX法対応やISO認証対応等で見られるように相当の
負荷とコストを要することから、疑問視する声も多い。確かに文書化が実質的な見直し
作業を伴わずに形式を整えるだけの作業に留まる場合には、コストに見合う効果を期待
することはできない。しかし、文書化を通じて、構成員の倫理法令遵守に対する意識を
常に喚起し続けることができれば、大きな効果が期待できるものと考えられる。
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(13) モニタリング・評価の体制整備
倫理法令遵守体制の一環として、日常的なモニタリング・評価の体制整備が求められ
ている。
例えば、ECS2000 では、以下のような項目がある。
組織は、日常的な活動として、社会的に大きな影響を及ぼす可能性をもった業務、
組織メンバーから報告や相談のあった事項、また関連する法令やその他ルールの遵守
状況等に関して、モニタリング(内部監視)を実施し評価する手順を確立し維持しなけ
ればならない。
実行の手引きでは、企業倫理・企業行動規範の浸透・定着状況のチェック・評価手段
として、下記のような各種の社内コミュニケーション強化策や牽制制度を挙げている。
9-6 企業倫理・企業行動規範の浸透・定着状況をチェック・評価する。
(1)各職場の責任者等が、職場の行動規範遵守状況および企業倫理推進状況等を
企業倫理委員会・担当部署等に定期的に報告する制度をつくる。
(2)従業員の倫理意識、行動規範の遵守状況に関するアンケート調査やヒアリン
グ調査を定期的に実施する。
(3)経営トップと従業員との意思疎通の円滑化を図るべく、社内懇談会等を実施
する。
(4)事業内容の専門化、高度化に伴う不正や不祥事発見の遅延防止のため、部門
間のより一層の交流を図り、企業行動に関し、相互牽制を行える体制をつく
る。
① 部門間会議の場で相互チェックする。
② 管理部門と現場部門の間での意見交換の場を拡大する。
③ 人事ローテーションを活発化する。
金融検査マニュアルでは、一定規模以上のリスクのある営業部門に、コンプライアン
ス・オフィサーを配置することを求めている。
モニタリングについては、組織の日常的な自己点検を基本にしつつ、タテ・ヨコ・ナ
ナメあらゆる方向からのモニタリングシステムが提唱されている。これらを重層的に構
築し運用することで、組織の自浄作用を発揮させることが重要である。
(14) 倫理法令遵守体制に関する監査の実施体制の整備
倫理法令遵守体制をマネジメント・システムとして機能させるためには、定期的な第
三者によるモニタリング・評価によって、その運用の妥当性が検証されなければならな
い。
連邦量刑ガイドラインでは次のような規準を設けている。
(5) 組織は、下記のような合理的措置を取る。
(A) 犯罪行為を見つけるためのモニタリングと監査を含め、コンプライアンス・倫
理プログラムがフォローされていることを保証する
(B) コンプライアンス・倫理プログラムの有効性を定期的に評価する
(C) 従業員や取引業者が報復の恐れなしで犯罪行為に関する通報ができる、匿名ま
たは守秘性を備えた制度を構築し、公表する。
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実行の手引きでも、「企業倫理監査」として、内部監査部門、監査役、第三者による
監査を挙げている。また、社外の有識者、消費者団体、お客様相談窓口、社外監査役、
社外取締役等による、「社外からのチェック」を挙げている。
先に述べたように組織の日常的な自己点検を機能させることが重要であるが、そのた
めには、自己点検だけに頼ることはできず、客観的な独立の第三者がシステムが機能し
ていることを検証するよう制度化する必要がある。内部監査人もこの面で重要な役割を
担っていると言える。
(15) 倫理法令遵守からの逸脱事象発生時の処理手順の確立
倫理法令遵守からの逸脱事象の発生が判明した場合には、予め定められた手順に従い、
適切に対処することが求められている。
また、当該事象の処理に留まらず、再発防止のための抜本的な改善措置を取るための
体制整備も求められている。
例えば、連邦量刑ガイドラインでは次のような規準を設けている。
(7) 組織は、犯罪行為が発見された後、コンプライアンス・倫理プログラムに必要な
修正を行うことを含め、犯罪行為に適切に対応し、更なる類似した犯罪行為を防
止するために合理的な措置を取る。
また、ECS2000 では、以下のように述べている。
組織は、倫理綱領や各種遵守マニュアルから逸脱する行為があるとの相談や報告を
受けた場合、ただちに関連部署と連携をとりながら事実関係を調査し、問題事項に関
して適切な措置を講じなければならない。
実際の組織行動が倫理方針や倫理綱領、各種遵守マニュアルから逸脱している事
実、あるいは実施計画や内部規程などに反した運用が行なわれている事実が判明した
場合、組織は、そうした事態に至った背景を調査し、同様の問題が起こらないようマ
ネジメント・システムそのものの改善を含めた措置を講じなければならない。
実行の手引きでは、比較的重大な法令違反事象発生を想定して、これを緊急事態ある
いは危機と捉えて、危機管理体制を日頃から整備することを謳っている。
倫理法令遵守からの逸脱事象が発生した場合に、当事者にはそれを隠蔽する誘因が働
く。最近明るみに出た不祥事の多くは、当事者の隠蔽工作にも関わらず内部告発等によ
って発覚し、より大きなダメージを企業に与えている。従って、不祥事の発生を抑止す
る仕組みと同時に、発生してしまった不祥事を隠蔽させず、その原因と責任を明確にし
た上で、再発を確実に防止するような仕組みを併せて整備することも重要な課題である。
(16) 経営層による見直し
倫理法令遵守体制は、不断に見直されなければならず、経営者による定期的な見直し
作業が求められている。
ECS2000 では、以下のように述べている。
組織の経営層は、倫理法令遵守マネジメント・システムを適切・妥当・有効なもの
とするため、自らが定めた間隔で、このマネジメント・システムを見直さなければな
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らない。
ECS2000 は、ISOのマネジメント・システム規格をベースにしており、PDCAサ
イクルの最終フェーズである見直しアクションを経営層の責任で定期的に行うことを
重視している。倫理法令遵守態勢を持続的に維持していく上での経営層の責任を強調し
たフレームワークとして評価できる。
以上、4 つのフレームワークから、16 項目を取り上げ、企業が企業倫理を実践するた
めの具体的な方策を考察してきた。各フレームワークは構成や表現を異にしている場合
でも、ほぼ共通の枠組みと実施事項を指示していることが見て取れる。
これは、法令遵守や企業倫理、また内部統制を巡る(特に米国における)長年にわた
る検討と実践の中で、企業が実施すべき、あるいは留意すべきポイントは、ほとんど指
摘し尽されているということを意味しているものと思われる。もちろん、上記で紹介し
てきた日本のフレームワークは、米国のフレームワークを輸入した面が濃厚であること
から、日本企業がこれを導入しようとする場合において、成果があまり期待できない実
施事項や、他の方策がありうる事項もあると考えられる。従って、日本においては、今
後ともこれらのフレームワークをベースにして、より実効性のあるフレームワークを構
築していくことが望まれる。
企業にとって見れば、以上の点に留意しながら、これらのフレームワークに沿って自
己点検を行い、自社の位置を自ら確認することは十分意味のある作業であり、企業倫理
を確立する上での最初のステップとなると思われる。
また、我々内部監査人の立場からも、企業倫理の内部監査に当たって、これらのフレ
ームワークに依拠して、組織の現状を点検・評価することは十分可能であると考えられ
る。
Ⅲ.むすびに代えて
当研究会は、2004 年 6 月から企業倫理に関する研究を開始し、2005 年 8 月まで 14
回の会合において、様々なテーマを取り上げて議論を重ねてきた。その内容は 9 月に
開催されたアジア大会でも報告させて頂いた所であるが、極めて実り多い活動であっ
たとメンバー一同自負している。
当研究会は今回の報告書のとりまとめをもって、企業倫理に関する研究を終了し、新
たな課題に取り組む予定であるが、研究会メンバー各自が、それぞれの現場において
今後とも企業倫理に関する研究を深めていきたいと考えている。
(研究会メンバー)
座 長:三好 義洋
メンバー:石澤 康孝、沖本 勝、佐藤 昌樹、柴田 聖彦、滝川 雅直
田中 久男、町田 宏行、松信 正志、三好 直樹、山下 悟
以
11
上
【別表1 主要な倫理憲章の概要】
(1) 地球規模レベルの倫理憲章
① 世界人権宣言
(国連)
・制定年度:1948 年
・第 2 次世界大戦における人権侵害を反省して、基本的な人権の尊重が定められたことをうけて、すべ
ての国と国民が達成すべき人権の共通基準として制定された。宗教・哲学に基盤を置いている。
② 地球倫理への宣言
・制定年度:1993 年
(第二回世界宗教会議) ・倫理要綱の基礎になるものとして、各宗教に共通する倫理を抽出し、4 項目として提示した。
① 非暴力と生命の尊重の文化へのコミットメント(殺すな)
② 連帯と公正な経済秩序の文化へのコミットメント(盗むな)
③ 寛容と誠実な生活の文化へのコミットメント(嘘を言うな)
④ 男性と女性の平等な権利とパートナーシップの文化へのコミットメント(性的道徳を犯すな)
(2) 国際レベルの倫理憲章
① 企業の行動指針
(コー円卓会議)
・制定年度:1994 年、ジュネーブ近郊の「コー」にて制定。
・参加国:日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、イタリア、オランダ、アイルラン
ドの企業経営者と学者。
・共有すべき価値観
・共生の理念(日本の価値観)
・人類全体の利益、幸福の実現に向けて共に生き、共に働く(賀来キャノン社長)
・人間の尊厳(欧州の価値観)
・人間一人一人の侵されることのない神聖さと真価を究極の目標にする。企業は、働く人の人生が
豊かになるように努める。
・ミネソタ原則(アメリカの価値観)
・ミネソタ企業責任センターが良き企業市民共有の行動指針としてまとめたもの
・現実の経済社会において最も参考になる倫理綱領
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(3) 日本の倫理憲章
① 企業行動憲章
(日本経団連)
・制定年度:1991 年 「経団連企業行動憲章」
・最終改定:2004 年 5 月
・リクルート事件(1982 年)を契機に「企業倫理に関する中間報告」発表
・社会的責任を果たすにあたっては、企業の主体性が最大限に発揮される必要があり、自主的かつ多様
な取り組みによって進められるべきである。その際、法令遵守が社会的責任の基本であることを再認
識する必要がある。そこで、日本経団連は、会員企業の自主的取り組みをさらに推進するため、企業
行動憲章を改定した。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/rinri.html
② 倫理憲章
・制定年度:1997 年
(全国銀行協会連合会) ・自己規律に基づき、社会からの揺るぎない信頼の回復と確立に向け不断の努力を払うことを誓い、不
退転の決意を示すべく倫理憲章を定める 。
http://www.zenginkyo.or.jp/abstract/
③ 企業行動規範(案)
(東京商工会議所)
・制定年度:2002 年
・多くの中小企業を会員に持つ東京商工会議所が、改めて「原点」に立ち戻り、全会員に企業行動のあ
り方を問うとともに、道しるべともいうべき企業行動規範を提示することにした。
http://www.tokyo-cci.or.jp/koho/kihan-2.html
④ 消費者に信頼される事 ・制定年度:2002 年 12 月
業者となるために
・事業者が目指す経営姿勢や消費者対応等に関する方針を具体的に文書として明文化したもの
―自主行動基準の指針― ・効果
(国民生活審議会消費者
・消費者は事業者を評価・選択しやすくなり、商品・サービス等の選択を通じて事業者を消費者の期
政策部会自主行動基準
待する経営姿勢に近付けることが可能になる。
検討委員会)
・経営の透明化が図られ、消費者志向の経営が消費者から評価される
・経営方針等を外部に示し、消費者等とのコミュニケーションを通じて信頼を得ていく
http://www.consumer.go.jp/
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【別表2
主要な企業倫理遵守態勢のフレームワークの概要】
① 連邦量刑ガイドライン
(米国)
・制定年度:1991 年
・米国連邦上のほとんどの犯罪について損害賠償や罰金について規定している。
・企業が違法行為を行った場合の罰金の算定方法を定めているが、同時に、犯罪防止策の実施を奨励
している。(例:企業が法令遵守の教育を行っていると刑罰が軽くなる。)
・「有効なコンプライアンス・倫理プログラムの7つの規準」
① 犯罪防止と発見のための規準と手続の確立
② 統治機関、上席役員の関与、特定の担当責任者の任命、日々の報告体制等
③ 違法行為を行った者を権限者に含めない努力
④ 規準・手続・プログラムの定期的なすべての階層での研修
⑤ 監査、プログラムの有効性の評価の実施、匿名の通報システムの設置・公開
⑥ プログラム遵守のインセンティブ、違反の懲罰
⑦ 犯罪発覚後の合理的措置、再発防止、プログラムの改善
http://www.ussc.gov/2004guid/8b2_1.htm
② 金融検査マニュアルの
・制定年度:1999 年
法 令 等 遵 守 態 勢 の 確 認 ・最終改定:2004 年 2 月
検査用チェックリスト
・金融検査の基本的考え方及び検査に際しての具体的着眼点等を整理したマニュアル。内部統制のフ
(旧金融監督庁検査部)
レームワークについてはCOSOをベースとしたと言われており、金融機関にとどまらず一般企業
のコンプライアンス体制の整備にも十分通用する内容となっている。
http://www.fsa.go.jp/manual/manual.html
③ 内部統制の統合的枠組 ・制定年度:1992 年
み(COSO)
・COSOは「トレッドウェイ委員会支援組織委員会」の略。米国公認会計士協会、米国会計学会、
財務担当経営者協会、内部監査人協会および全米会計人協会(その後管理会計士協会)の 5 団体が参
画
・企業およびその他の事業体が内部統制システムを評価する際に、また、その改善を図るための方法
を決定する際に役立つ基準を提供する。
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・内部統制を、統制目的を達成するためのプロセスであり,組織に属するあらゆる人間によって遂行さ
れるものであると定義し、会計統制だけでなく、事業活動全般にわたるきわめて広義の内部統制概
念を採用している。
・米国では,『企業改革法』404 条に基づく、上場企業の内部統制報告の基準として利用されている。
http://www.coso.org/publications.htm
④ COSO ERM
『全社的リスクマネジ
メントのフレームワー
ク』
(COSO)
・制定年度:2004 年
・全社的リスクの評価と管理に関するガイダンス
・COSO 内部統制の外縁に ERM 概念枠組みを構築したものであり、COSO 内部統制概念をその一部として
含む。COSO 内部統制の構成要素を拡張し、精緻化したもの。
・COSO 内部統制のリスク評価概念を拡張し、かつ、事象の識別、リスク評価、リスク対応に細分した。
・2001 年末のエンロン事件以後の状況を受けて、より深刻なリスクヘの対応を図るために、公表が再
三にわたって延期され、
『企業改革法』以後の制度改革が一段落した現段階に至って、漸く公表され
た。
http://www.coso.org/publications.htm
⑤ 倫理法令遵守マネジメ
ント・システム規格
ECS2000
(麗澤大学経済研究セ
ンター 企業倫理研究
プロジェクト)
・初版が 1999 年 5 月、最新版は 2000 年 5 月に公表。
・企業倫理とコンプライアンス(法令遵守)に関する一般基準
・日本で作成・公表された唯一の倫理法令遵守に関する規格
・ISOのマネジメントシステム規格に準じて構成されていることから、実施事項の文書化を強調し
ていることに特徴がある。
http://www.ie.reitaku-u.ac.jp/~davis/html/ecs-jpn-main.html
⑥ リスク新時代の内部統 ・制定年度:2003 年 6 月
制 ~ リ ス ク マ ネ ジ メ ン ・企業不祥事等で顕在化した問題に対処しつつ、企業がその価値を維持・増大していくために何をす
トと一体となって機能
るべきかについて検討。取り組むべき重要な課題として、
「リスクマネジメントと一体となって機能
する内部統制の指針~
する内部統制」のあり方に関して指針を示した。
( 経 済 産 業 省 リ ス ク http://www.meti.go.jp/report/data/g30627aj.html
管理・内部統制に関する
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研究会)
⑦ 企業行動憲章 実行の ・制定年度:2004 年 6 月(第 4 版)
手引き
・企業が企業行動憲章の精神を自主的に実践していく上で必要と思われる項目を例示したもの
(日本経済団体連合会)
従って、内容はマストの項目にとどまらず、ベストプラクティスを含んでおり、有効な指針となっ
ている。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/rinri.html
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