『年金の情報発信について』研究報告書

『年金の情報発信について』研究報告書
「年金の情報等発信についての研究」
1 はじめに
社会保障制度改革国民会議報告書において、年金教育や広報といった情報発信の重要性
が盛り込まれたが、現状ではまだ十分な情報発信が行なわれているとはいえない。そこで、
この研究会は、公的な組織からの情報発信とは別に、民間の組織としてどのようなことがで
きるのかという視点から様々な検討・議論を重ね、最終的には、実際に加入者やこれから加
入者になる人達に対して、年金の情報を発信していこうというものである。
公的年金制度が国民の老後を支える基盤的役割を果たし続けるためには、国民の公的年
金に対する信頼というものが必要不可欠となる。社会的な支え合いのもとに成り立つ制度
である公的年金制度の持続性をより強固にするためにも正しい情報発信を行い、公的年金
に対する理解度を高めることが必要である。しかし、特に若い世代を中心に不信感が根強い
状況にあるといえる。また、公的年金に関して発信される情報は多いが、その中には不安や
誤解を生むものもあり、必ずしも全てが正しい情報を伝えているとは限らない。また、行政
側からも様々な情報発信を行っているが、仮に同じ内容の情報発信を行ったとしても受け
手側の反応や理解が異なる場合も考えられる。
そこで、当研究会では、正しい情報を適切な方法で発信していくことを目指して、情報発
信について様々な角度から検討を行った。その際には、特に、制度の理念・意義・役割など
について広く周知し、それらの知識をもってもらうことで、国民の公的年金制度に対する不
信・不安・誤解を払拭することに重点をおいた。このような活動は、公的年金制度への信頼
というものを確立する一助となり、また間接的ではあるが制度の持続性にもつながると考
えられる。
以上を踏まえて、この研究会では、公的年金制度の理解の促進を国民へ図るために、情報
発信の内容・情報発信の手法について検討・研究を進めた。具体的には、①情報発信すべき
層をどう考えるか、②情報発信すべき内容をどう考えるか、③情報発信をどのような方法で
行うのかの3点を中心に検討が行われた。
2 情報発信すべき対象層について
年金の情報を発信していく際、まずはどのような層・ターゲットに向かって発信していく
のかという検討が必要になる。年金に対する興味度合や興味内容、年金とのかかわり方は、
年齢層ごとやもっと細かく言えば職種ごとに異なる。それに応じて、発信すべき情報も異な
るものと考えられる。それゆえ、全ての層を一度に対象とする情報発信の内容や手法を検討
するのではなく、まずは年齢層ごとに年金情報が必要な理由を整理し、さらにそれぞれに必
要な情報例を整理した。そのうえで、今回の研究で情報発信をしていくターゲットを決定し、
その層に合わせてどのような内容を発信するのが適切なのか、またどのような手法がよい
のかを決めるという段階を踏んだ検討を行っていくこととした。
(1)情報発信すべき対象層の検討
年齢層ごとに年金情報が必要な理由を整理したものが(図表1)と(図表2)、年齢層ご
1
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とに必要な情報例をまとめたものが(図表3)と(図表4)である。
(図表1)
(図表2)
2
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(図表3)
(図表4)
このように、年齢層ごとに年金の情報が必要な理由は異なり、またその必要性から発信を
した方がよいと考えられる情報例も異なってくる。対象層を絞ることについては様々な意
3
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見も出たが、対象層を絞ったとしても、実際に情報発信をしてみると、対象層以外の層にも
影響を及ぼし良い効果を生むことも想定されるため、柔軟に考えてもよいのではないかと
いう結論に至った。
(2)情報発信すべき対象層の決定
以上の検討を踏まえて、情報発信をどういう対象層を念頭において行うのかについて最
終議論を行った。本来であれば、全ての年齢層を対象とするのが望ましいが、効率性という
観点からも今回の研究会では、高校生から大学生および 20 代といった「若年層」を中心に、
その層に届くような情報をその層に届くような方法で発信するという結論に達した。主な
理由としては以下の3点が挙げられる。
①若い世代に届く言葉・情報は、その上の世代にもわかりやすいこと
②若い世代を通じて、親の世代にも情報が波及する効果を期待することができること
③学生納付特例など公的年金制度の具体的な手続きが初めて必要となる年代であり、
手続きを怠ると不利益が生じてしまう恐れがあること
3 情報発信すべき内容について
(1)公的年金に関する情報発信に係る調査研究結果
情報発信すべき内容の検討に入る前に、厚生労働省にて平成 26 年1月から3月に実施
(委
託先:電通)された「公的年金に関する情報発信に係る調査研究」の結果概要についてヒア
リングを行った。この調査は、有識者の意見を取り入れながら、主に若年者等の公的年金に
対する意識・行動の調査・分析を行ったものである。(図表5)から(図表7)は、調査概
要と結果の一部である。
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(図表5)
(図表6)
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(図表7)
この調査結果にもあるように、「年金制度への不安や不信の解消」は不可欠である。保険
料の滞納行動の例でみても、最初は小さな要因から始まることが多いが、離職や失業などと
いった環境の変化により滞納が長期化し、さらにこの段階で、公的年金制度への不安や不信
感というものが保険料を支払わないことを正統化する格好の口実として若年層の頭の中に
浮上し、滞納行動を長引かせてしまうことが指摘できる。
したがって、このような事態にならないよう、若年層、特に制度への認識がまだ中立的な
段階にあるエントリー層(高校生や大学生、新社会人など)への教育機会の増大や、偏りの
ない、正しい啓発情報がマスメディアから発信される環境づくりが必要である。また、若年
層にとっても自分ごと化しやすい情報発信を第三者からの発信を含めて進めていくべきで
あることも指摘できる。
(2)情報発信すべき内容の検討
① 重点項目の検討
若年層に向けた情報発信の内容を検討するにあたって、まず原幹事より、情報発信すべき
と考えられる8つの項目とそれぞれの項目に該当する内容案の一覧が示された。それが(図
表8)である。
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(図表8)
これらの項目の中で、どこに重点をおいて情報発信をするのか検討を行った。これまでの
議論の中で、この研究会では、若年層に向けた情報発信の目的として、公的年金制度に対す
る不信・不安・誤解を払拭するために、制度の理念・意義・役割について広く周知し、公的
年金制度を正しく理解してもらうことを掲げている。まずは、その観点から、「2 年金制
度の意義・特徴」の項目について、その内容をよく吟味したうえで、重点的に情報発信をす
べきではないかという結論に達した。また、表現方法に工夫する必要はあるが、「知らない
と損をする」ことをしっかりと伝えるべきであるという意見で一致した。さらに、第二段階
として、
「3 年金制度の仕組み・給付」の項目にあるような公的年金の基礎知識について、
情報発信していく方向性で合意が得られた。
② 重点項目の内容についての検討
①で決定した情報発信における重点項目(公的年金の意義・特徴・理念・役割等)につい
て、その発信内容(テーマ)をいくつかに絞り、それぞれのテーマの解説内容案を検討した。
研究会では、若年層に特に不安・不信に思われているテーマが何かを議論し、最終的に7つ
のテーマに絞った。その際には、できるだけ若者目線で若者が抱く否定的な意見を取り上げ
るような形でテーマ出しを行い、それらの疑問の声に対してひとつひとつ論理的に答えて
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いくことで、「不安解消」、「疑問解決」ができるように解説することを基本的な方針とし
た。(図表9)がテーマ案とそれに対する解説内容の概要案である。
(図表9)
「知らないと損する!公的年金7つの疑問(仮)」
③ テーマへの解説ストーリー付け
今年度は、このメインとなるテーマ案7つについて、どのような展開で解説するのかを議
論した。なお、議論の過程で、テーマ1については、「もし年金がなかったら」と「もし年
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金に入らなかったら」の2つのテーマに分けるべきであるという意見で一致し、最終的には
テーマを8つに分けることとした。以下がそのストーリー展開・解説案である。
◆テーマ1「もし年金がなかったら」
(1) 年金のない世界は大変!-年金のない世界その1
・ 公的年金は保険料を払っていれば老後などにお金が受け取れる仕組みである。
・ 寿命の不確実性などから、貯蓄だけで老後を暮らすのは難しい。
(2) 年金のない世界は大変!―年金のない世界その2
・ 都市化や核家族化などから、私的扶養だけの老後も難しい。
(3) 将来のことはわからない(何歳まで生きるか自分ではわからない)
・ 公的年金では、生きている限り受け取ることが保障されている(終身)。
・ しかも、実質的な価値に配慮した年金を支給。
・ 「老後安心プラン」であること。
(4) 社会的扶養・支え合いの制度
・
私的扶養の限界と社会的扶養の意義を示す。公的年金は、世代間の仕送り・共助の
制度。
(5) まとめ
・ 現在の高齢者世帯の所得のうち平均で約7割が公的年金である。
・ 以上のようなことから公的年金は必要な制度であり、保険料の納付が義務付けられ
ている。
高齢者世帯1世帯あたり平均所得金額
資料:厚生労働省「平成 25 年国民生活基礎調査」
◆テーマ2「もし年金に入らなかったら…」
(1) 年金は保険である

老後の所得保障である老齢年金のほか、現役時代の障害や死亡に対応する障害年金・
遺族年金といった給付もある。

もし若いときに障害の状態に至った場合は障害年金が受け取れるし、亡くなった場
合は大切な家族に遺族年金を残せる。
(2) リスクに備える

色々なリスクを考えれば、公的年金はとても重要な国の制度。公的年金に入って保
険料を払うことは、何か起きてしまった時のために準備をしていることになる。
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◆テーマ3「少子高齢化が進み公的年金制度が維持できなくなるのでは?」
(1) 少子高齢化と公的年金制度

日本の公的年金制度は、その時代の現役世代が払った保険料をもとに、高齢者など
給付を必要としている人へ、社会全体でお金を仕送る「賦課方式」という仕組みを
とっている。

年金は、確かに少子高齢化の影響を受けるため、それに対処していくことは必要。
そこで、5年ごとに年金財政のチェック(検証)を行い、制度の維持のために必要
な対応をとっている。
(2) 2004 年の年金改正(パラダイムシフト)

給付と負担の均衡(バランス)を図るための改正が行なわれた。現役世代が負担す
る保険料率に上限を設けて、その範囲内で高齢者への年金給付が行えるよう、給付
水準を自動調整する仕組みが導入された。
①上限を固定した上での保険料の引上げ
②基礎年金国庫負担の2分の1への引上げ
③積立金の活用
④財源の範囲内で給付水準を自動調整する仕組み(マクロ経済スライド)の導入
資料:厚生労働省サイト「教えて!公的年金制度」

この仕組みにより、現在の制度は、日本の今後の急速な高齢化の状況を組み込んだ
ものとなっており、持続可能なしくみとなっている。

ただし、現役世代(支え手)の人数が減ってしまうと、給付水準は今後少しずつ低
下することになる。しかし、少子高齢化によって給付が全くなくなってしまうとい
うことはない。

さらに、支え手を増やすことができれば、給付水準の低下を緩和することができる。
そのためにも労働市場と社会保障の改革を同時に進めることで高齢者・女性が働き
やすい環境づくりを行うことが必要。

いうまでもなく、日本経済が安定的に成長し続けることも重要である。
◆テーマ4「保険料の未納が多いから公的年金制度は破たんするのでは?」
(1) 未納期間については年金給付が行われない。

確かに未納者の存在は保険料収入を減らす。しかし、その分は積立金の一時的な取
り崩しでまかなえる。さらに長期的に見た場合、未納期間については年金給付が行
われないため、年金財政への影響はほとんどない。
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(2) 公的年金全体で見れば未納者は少ない

それだけでなく、公的年金全体で見れば、保険料未納者の数は少ない。平成 25 年度
末現在、保険料を直近2年間全く払っていない未納者は約 259 万人いるが、20 歳以
上の国民が加入する国民年金の被保険者数は約 6700 万人である。

約 4000 万人の勤め人は、国民年金と同時に厚生年金や共済年金という公的年金に加
入しており、それぞれの制度の保険料を給料から自動的に支払っている。その一部
が、勤め人本人とその被扶養配偶者の負担分として、国民年金の財源になっている。
公的年金加入者の状況(平成 25 年度末)
資料:厚生労働省年金局・日本年金機構
「平成 25 年度の国民年金保険料の納付状況と今後の取組等について」
(3) まとめ

この二つの理由から、未納が原因で公的年金が破綻するとは言えない。なお、保険
料を未納している場合、老後だけではなく、若い時に障害の状態に至った時にも年
金が支給されなくなることに注意する必要がある。

一方、未納問題を放置すれば、公的年金に対する不信感を高める恐れがある、また、
将来、無年金や低年金のために生活に困窮する高齢者が増え、それを支える家族の
生活も苦しくなる。さらに、生活保護など別の制度の財政負担が重くなる可能性も
ある。それゆえ、年金財政に影響がなかったとしても、未納を減らすための対策が
求められることに変わりはない。
◆テーマ5「世代間の格差があるので不公平では?」
(1) 公的年金は引退した高齢者を支える仕組みのひとつ

世代ごとに生涯の保険料負担総額と年金給付総額を推計した場合、後世代ほど保険
料負担総額に対する年金給付総額の倍率が減少し、前世代ほど有利で後世代ほど不
利になると指摘されている。

ただし、公的年金は引退した高齢者を支える仕組みのひとつである。公的年金がな
ければ、別の形で誰かが高齢者を支えることになり、例えば、同居や仕送りの形で
家族が高齢者を支えることになる。

それゆえ、公的年金の給付水準が低かった時代に働いていた前世代は、確かに公的
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年金の負担は少なかったかもしれないが、その代わりに別の形での負担をしていた。

逆に、公的年金が成熟化した時代に働いている後世代は、公的年金の負担は多くな
るが、その代わりに別の形での負担が少なくなる。
資料:『社会保障の教育推進に関する検討会報告書―資料編―』
(2) 年金の世代間格差の捉え方

こうした私的な扶養負担の大小を考慮に入れれば、公的年金の負担と給付の関係で
見た世代間格差だけで不公平と言い切ることはできないのではないか。

さらに、現在の年金受給世代が若かった頃の生活水準や経済状況を考えると保険料
は低く設定せざるを得なかった。例えば、現在に比べると昔の家計に占める食費の
割合が高かったことなどがあげられる。このような歴史的経緯も考慮する必要があ
るのではないか。

また、少子高齢化が進めば、どのような形であっても、高齢者を支えるための一人
あたりの負担は重くなっていく。現在、公的年金があるので、若い人の負担が重く
なっているように見えるが、少子高齢化が進めば、仮に公的年金がなかったとして
も、同じようなことが起こり得る。
(3) 世代間格差を完全に無視することはできない

ただし、現在の若年世代の状況を考えれば、世代間での負担の格差にかかわる不公
平感を完全に無視することはできない。

若者の雇用環境を改善することや若年世代に対する社会保障を充実させること、
(将
来世代の給付水準にマイナスの影響がでないように)予定されている年金給付の引
き下げを確実に実施することなどで、不公平感を減らしていくことが必要になる。
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◆テーマ6「公的年金は積立方式で運営すべきでは?」
(1) 賦課方式

現在、日本でも他国でも、公的年金は原則として賦課方式で運営されている。賦課
方式では、徴収した保険料をその時点で支給される年金給付の財源としている。

現在の現役世代が高齢者になったときの年金給付は、将来の現役世代が負担する保
険料によって賄われる。このように、現役世代が年金制度を通じて高齢世代を支え
る世代間扶養を繰り返していく仕組みである。
(2) 積立方式

一方で、年金の財政方式には積立方式もある。積立方式では、徴収した保険料を積
み立てておき、その積立金と運用収入を将来の年金給付の財源とする。

賦課方式では、少子高齢化が進めば、保険料を負担する現役世代が減少し、年金を
受給する高齢者世代が増加するため、他の条件が変わらなければ、公的年金の総収
入が減少、総支出が増加する。その結果、少子高齢化の影響が、公的年金の財政問
題として明示的に現れる。

こうした問題を解決する方法として、公的年金の財政方式も積立方式にすべきとの
主張がなされることがある。
(3) 積立方式に移行すべきか

しかし、積立方式化の主張には批判も多くなされている。

まず、積立方式であったとしても、少子高齢化が進めば、生産物の産出量が増加し
ない限り、物価の上昇や資産価値の下落によって、公的年金の給付削減と同じよう
な結果がもたらされる可能性がある。

また、歴史的に見て、賦課方式の方が年金の実質的な価値や年金で購入できる財・
サービスの量の維持という点に強みがあった。

特に過去の高度成長期のような賃金上昇やインフレが生じた場合、それに応じた年
金額の引き上げをしなければ、老後生活費の基本的部分を保障するという公的年金
の役割が果たせなくなる。

しかしながら、事前に積み立てられた積立金の範囲内で給付を行う積立方式では、
これらの引き上げの財源を確保することは困難であった。それに対して、現役世代
から徴収する保険料をその時点での給付に充てる賦課方式では、保険料収入の増加
によって、その財源を確保することができた。

そして、一旦、賦課方式で運営されるようになった公的年金を積立方式に移行させ
ることは極めて困難である。仮にある年に積立方式に移行したとしても、それまで
の賦課方式のもとで給付を約束した年金の支給は継続することになる。その財源は、
追加的に国債が大量に発行できるのでなければ、移行期の現役世代が負担すること
になる。移行期の現役世代は、積立方式のもとで自分たちの将来の年金のための保
険料も負担する必要があるため、負担が二重に課されることになる。このような二
重の負担に合意は得られないと考えられる。

さらには、積立方式の公的年金では、巨額の積立金を金融市場で運用することの難
しさなどもある。

公的年金の運営ということで考えると、市場や経済の動きに合わせて調整できる賦
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課方式のほうが適しているといえる。ただし、保険料負担の上限を考慮すると賦課
方式である公的年金のみに頼るのではなく、公的年金をベースとして補足的に積立
方式の私的年金と組み合わせて老後資金の確保を目指すべきではないか。
◆テーマ7「保険料は払い損になるのでは?」
(1) そもそも公的年金は、個人ごとの貯蓄とは異なる。

公的年金は、利回りを競うものとは違う。

安心をかっているもの。たとえ 64 歳で亡くなったとしても「65 歳から生涯にわた
って年金を受け取れる」という安心感を持ち続けることができる。結婚相手や結婚
相手の親が将来ずっと年金を受け取れないとしたら到底安心はできない。
(2) 現役時代の万一の際に備える機能もある

公的年金は、社会全体の支え合いの制度であり、社会保障制度の社会保険の中の保
険の1つである。

公的年金は保険であるから将来受け取る老齢年金だけではない。現役時代の万一の
際に備える機能もある。それが障害年金や遺族年金である。

公的年金の保険料を払わないと、老齢年金だけでなく、障害年金や遺族年金も受け
取れないことになる。
(3) 公的年金には税金も投入されている

公的年金制度のなかでも全員が加入する国民年金には国庫負担がある。

国民年金の給付の半分は税金が投入されている。

保険料を払っても損だと思って払わないと、消費税などで日常的に払っている税金
分も受け取れないということになる。
◆テーマ8「公的年金がなくても生活保護を受ければよいのでは?」

生活保護は公的年金とは目的が違う制度であり、「救貧」制度である。

生活保護の目的は最低限の生活を守ること。つまり、最低限の生活に欠けている部
分を補う制度。

保護の申請があった場合、家族や親族に連絡がなされ、扶養の照会が行われる。ま
た、原則として、資産の処分も求められる。

保護の受給開始後は、ほかの収入があれば保護費が減額される。資産の保有や預貯
金にも制限がある。

生活保護の受給者が増えれば、税負担の上昇だけでなく、受給の条件や給付額が厳
しくなる可能性がある。
4 情報発信の方法について
(1) インターネットを使用した情報発信
本研究会では、情報発信すべき対象層と情報発信すべき内容の検討に加えて、情報発信の
方法についても議論した。民間組織で可能な情報発信の方法として、インターネットを使用
した方法と印刷物を使用した方法の二つが考えられるが、それぞれのメリット・デメリット
を以下のように整理した。
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特に若年層をターゲットにする場合、インターネットを使用した発信方法のメリットが
大きく、今回の研究に基づく情報発信はインターネットを通じて行うことで意見の一致を
見た。なお、研究会のメンバーからは以下のような意見も出されており、ウェブサイトのコ
ンテンツ作りにおいて参考にすることにした。
(2) ウェブサイトの全体像
研究会での議論の結果、以下のようなウェブサイト構想図を作成した。
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メインとなるコンテンツのひとつは、情報発信すべき内容として絞り込んだ 8 つの疑問
に対する解説であり、これはサイトオープン時にアップロードする。その他のコンテンツと
しては、年金にゆかりのある著名人に対するインタビュー記事、後述の動画コンテスト、研
究者や実務家が寄稿する年金コラムなどがあり、これらはサイトオープン後に徐々にアッ
プロードすることが予定されている。
また、年金トピックスというコンテンツを設けて、現行制度の解説や年金改革に関するニ
ュースなどを分かりやすく説明した記事を随時掲載していく。サイトオープン時には、公的
年金の概要を説明した「公的年金制度とは」をアップロードするが、その次の記事としては、
若者にとってすぐに直接役立つような記事、例えば学生納付特例の申請書の書き方などを
アップロードする予定である。
(3)8 つの疑問に対する解説
前述の 8 つの疑問に対する解説を行う方法として、①漫画、②動画、③(プレゼンテーシ
ョンソフトウェアの)スライドの 3 つが考えられる。ここで、漫画については、すでに厚生
労働省によるコンテンツが存在すること、動画については、後述する動画コンテストの形で
実施することから、研究会では、音声付きのスライドで解説を行うことが検討された。
しかし、この方法では目新しさに欠けるだけでなく、若年層に興味を持ってもらうことが
難しいため、幹事より、若者を中心に広範に普及しているメッセンジャーアプリを参考とし
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た方法が提案された。若年層により親しみをもってもらえるよう、また、より理解してもら
えるよう、できる限り短文の会話形式で解説を行うというものである。
研究会ではこの提案が了承され、その後、WEB サイト制作業者によるコンテンツ作りが進
められた。具体的には、WEB サイト制作業者が、本研究会で作成したストーリー展開・解説
案を二人の登場人物が短い会話やスタンプによる感情表現をやり取りする会話形式に改変
し、メッセンジャーアプリ風のコンテンツを作成した。実際のコンテンツの一部は以下の通
りである。
8 つの疑問に対する解説は、正確性を保ちながらも、くだけた表現を用いて、できる限り
簡素にしている。それを補う詳しい解説はサイト開設後の更新作業で追加していくことが
予定されている。
(4)動画コンテスト
公的年金に関する情報発信の方法として、動画の使用も考えられる。実際に、前述の厚生
労働省の委託研究「公的年金に関する情報発信に係る調査研究」や 2014 年度に厚生労働省
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が実施した「公的年金の分かりやすい情報発信モデル事業」においても、動画が作成されて
いる。
本研究会でも、動画による情報発信の可能性について検討した。検討にあたって、民間組
織が作成した年金情報発信動画の一例として、アメリカの全国社会保険協会(National
Academy of Social Insurance)が作成した動画 Social Security: Just the Facts を取り
上げた。
全国社会保険協会は、社会保険の専門家約 1,000 名で構成される非営利超党派の組織で
ある 1。1986 年に設立された同協会は、社会保険に対する国民の理解を高めるために、研究
活動や啓蒙活動を実施している。2012 年に発表された動画 Social Security: Just the
Facts は、社会保障年金の目的、給付、財政、将来に関する入門動画であり、Youtube で閲
覧できるほか、同協会のウェブサイト内でも埋め込み動画として公開されている。
以下は、3 分 45 秒の本動画の全訳である。
あなたは、社会保障年金は財政的に維持できないと聞いたことがあるかもしれません。し
かし、事実を知れば、きっと驚くでしょう。
社会保障年金は保険です。これは、高齢になった時、障害状態に至った時、遺族を残して
死亡した時に、稼働所得の一部を代替する保険です。生命保険と障害年金をあなた、そして、
あなたの家族に提供します。
労働者は、社会保障年金のために、給料 10 ドルにつき、たった 62 セントだけを納付しま
す。雇用主が同額を負担してくれます。
あなたは、ベビーブーム世代の引退に社会保障年金が耐えられないと聞いたことがある
かもしれません。実際には、注意深い計画と積み立て 2のおかげで、ベビーブーム世代の引
退コストを支払うことができます。
社会保障年金を監督する専門家達は、ベビーブーム世代がちょうど今頃に引退すること
を知っていました。そして、今後、20 年間で引退期に入っていくベビーブーム世代のため
の対策を講じていました。
良いニュースは、私達が社会保障年金を強固に維持できるということです。
現在、社会保障年金の支出は、経済全体の 5%を占めています。この割合は、予測される
ベビーブーム世代の引退につれて、少し増加します。しかし、社会保障年金の支出は、経済
全体の 6%で平衡が保たれます。
私達はそれを負担することができます。
アメリカ人の大部分は、支持政党、年齢にかかわらず、社会保障年金のための拠出をする
ことを厭いません 3。なぜならば、それが受給者に安心と安定を提供してくれるからです。
彼らは、社会保障年金が、家族とコミュニティにとって重要なことを知っています。4 世
帯中 1 世帯では、世帯の誰かが社会保障年金を受け取っています。
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著名な会員として Peter A. Diamond がおり、彼は設立メンバーの一人でもある。
1983 年改正により、満額受給開始年齢の引き上げと積立金の増加を図ったことを指している
動画では全国社会保険協会の実施した調査結果が紹介されている。
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『年金の情報発信について』研究報告書
老齢年金の平均額は、月 1230 ドルでそれほど多くありません。それでも、この給付が大
部分の高齢者の主要な所得になっています。高齢者 3 人中 2 人は、自らの所得の半分以上
を社会保障年金から受け取っています。そして、3 人中 1 人は、自らの所得のほぼすべてを
社会保障年金から受け取っています。
また、650 万人以上の児童、言い換えれば、児童 100 人中 8 人は、本人あるいはその同居
家族が社会保障年金からの所得を受け取っています 4。社会保障年金は児童に対して、他の
どの連邦制度よりも多くの給付を行っているのです。
社会保障年金は効率的でもあります。1 ドルにつき 1 セント未満しか運営費に使われてい
ません。残りはすべて、受給者 5500 万人のために使われます。
企業年金の削減、医療費の増加、住宅の評価額や個人貯蓄の縮小に伴い、以前よりも社会
保障年金の重要性は高まっています。
今引退する人たちは、これまでの労働生活の間に、多くの難局を経験してきました。彼ら
は、7 度の景気後退を体験しました。急速なインフレやその他の予期せぬ災害も切り抜けて
きました。また、失業率の約 10%への倍増、賃金の停滞や企業年金の消滅事例にも遭遇しま
した。社会保障年金は、こうした不測の出来事を経ても、継続してきました。なぜならば、
この制度は困難を乗り切るように設計されたからです。
社会保障年金は永続します。なぜなら、アメリカ人がそれを支持し、そのための負担をす
る意志があるからです。だから永続するのです。
本動画には、次のような特徴が見られる
・ 事実だけを数字とともに淡々と示すことで説得力を持たせている。
・ アニメーションではあるが、すべての人に受け入れられるような作風になっている。
・ 動画は導入の位置づけであり、発信する情報は最小限に抑えている。詳しく知りたい場
合は、協会のサイトに誘導するようにしている。
・ 公的年金の意義と持続性を強調している。意義としては、障害年金や遺族年金の存在、
受給者の多さ、公的年金が高齢者の所得に占める割合の高さが挙げられており、持続性
の根拠としては、国民の支持、これまでの実績、制度改革の影響などが挙げられている。
・ 保険料の本人負担、公的年金が高齢者の所得に占める割合、公的年金の運営費の割合が、
パーセント表記ではなく、より直観的に理解できる形で示されている。
研究会では、このような動画を作成するという方向の検討もなされたが、その一方で、メ
ンバーからは以下のような指摘があった。
・ このような動画を作成する場合、少なくとも 2、3 分の再生時間が必要となるが、これ
は長すぎるのではないか?
・ 再生数(2014 年 5 月時点で 4 万強)が多いとは言えず、こうした動画を閲覧してもら
うことは難しいのではないか?
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児童は、遺族年金の受給者となることがあるほか、各種年金の家族加給年金(日本で言えば子の
加算に相当)の対象者になることがある。また、児童本人が年金を受け取っていない場合でも、受
給者と同居していることがある。650 万というのはそれらを合計した数値である
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『年金の情報発信について』研究報告書
・ 作成された動画を閲覧してもらうことよりも、若者に動画を作成してもらった方が公
的年金に対する関心を高めることにつながるのではないか?
以上の意見や研究会のメンバーが学生に対して行ったヒアリング結果などをもとに、幹
事より、学生を対象とした動画コンテストの実施が提案された。ただし、動画作品そのもの
の募集をかけることは、製作技術の問題等があり、応募のハードルが高くなる。そのため、
学生から公的年金に関する動画作成のアイデアを募集し、動画の作成そのものは、年金綜合
研究所が業者に委託して行うという方法で同意が得られた。
なお、学生から公的年金に関する動画のアイデアを募集するという企画は、これまでのと
ころ日本では実施されていないが、韓国では、国民年金公団が過去に実施している。実際に
学生のアイデアをもとに作成された動画は Youtube で公開されている。また、日本では、神
奈川国民年金基金が、地元大学の学生から国民年金基金に関する動画のシナリオを募集し、
選考後に NPO と学生が共同で動画を作成するという取り組みを実施している。本企画の具
体的な実施方法などについては、これらの事例も参考にしながら、今後決定していくことに
なる。
5 今後の予定について
以上のように、2014 年度の本研究会では、年金の情報発信をすべき対象層、発信すべき
内容、さらには発信方法について広く議論を行った。そして、具体的に WEB サイト(「情報
発信ホームページ」)という成果物作成へ向けての作業も並行して行った。
2015 年度以降は、委員会という形へ移行することになるが、今後の課題としては、オー
プンした WEB サイトについて、まずは内容を充実させるために定期的に更新し改善してい
くことが挙げられる。さらに、より多くの人に WEB サイトを見てもらうためにはどうすべき
かについても検討を続け、そのための企画や仕掛けを考えていかなければならないといっ
たことも課題として挙げられる。
また、今後の「年金情報の発信等委員会」においては、2014 年度の研究成果である WEB サ
イトを使って、定期的に年金情報の発信を続けることを中心に置きながらも、さらにより広
い枠組みで、情報不足により発生している年金制度への不信・不安・誤解等を払拭するため
の情報内容と伝達手段について、さらなる検討も行っていくこととなっている。
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2014 年度 「年金の情報等発信研究会」プロジェクトメンバーについて
2014 年度の研究会プロジェクトのメンバー一覧は以下のとおりである。
(敬称略)
○研究会リーダー
猪熊律子(読売新聞社東京本社)
○研究会幹事
原佳奈子(社会保険労務士原佳奈子事務所)
百瀬優(流通経済大学経済学部)
佐々木裕子(佐々木社会保険労務士事務所)
増田郁代(増田社会保険労務士事務所)
○研究会メンバー
成松英範(厚生労働省年金局)
佐藤裕亮(厚生労働省年金局)
佐々木一郎(同志社大学商学部)
○研究会アドバイザー
椎野登貴子(社会保険労務士椎野事務所)
酒井英幸(全国生活協同組合連合会)
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