プレス成形シミュレーション技術を駆使した 高効率プレス成形技術の開発

平成20年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
プレス成形シミュレーション技術を駆使した
高効率プレス成形技術の開発
生産技術部
永倉寛巳
自動車に対しては,1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)に代表される燃費や排
気に関する規制が強化されてきており,燃費の向上や低CO2 化のためには特に車両の軽量
化が重要かつ緊急な課題となっている.本研究は,省エネ部材,軽量化部材として期待さ
れているマグネシウム合金の高効率かつ低コストなプレス成形技術を確立することを目的
とする.本年度は,各種マグネシウム合金のパイプ材及び板材のプレス曲げ試験を行い,
パイプ曲げ,板曲げにおける材料間の曲げ加工性の違い,曲げ半径の成形限界について明
らかにした.また,板曲げに関してプレス成形シミュレーションによる曲げ解析を行い,
解析結果と実際の成形試験結果との比較照合を行うことにより,プレス成形シミュレーシ
ョンの有効性についても検討した.そして,プレス成形シミュレーションが実際のプレス
成形の解析ツールとして有効であることを示した.
1.はじめに
マグネシウム合金のプレス成形技術は,軽量化
を目指す自動車の大型部品の製造技術として欠くこ
とが出来ない技術であり,今後,必要となる技術と
して大きな期待が寄せられている.しかし,マグネ
シウム合金のプレス成形は常温での成形が困難なた
め,その成形は金型や材料を高温に加熱した状態で
行わざるを得ない.そのプロセスは非常に複雑であ
り,成形温度や速度の適正化などが技術的課題とし
てあげられている.
本研究においては,各種マグネシウム合金のプレ
ス曲げ加工における成形限界域を明らかにするた
め,(1)マグネシウム合金パイプ材の冷間回転引き
曲げ試験,(2)マグネシウム合金板材の温間90゜V
曲げ試験を行い,材料間の曲げ加工性の違い,曲げ
半径の成形限界を追究した.また,板曲げに関して
は割れ,スプリングバックに関しプレス成形シミュ
レーション1),2) による解析を行い,実成形試験結果
との比較照合を行う事により,曲げ加工におけるシ
ミュレーションの有効性についても検討した.
2.実験方法
2.1 パイプ材の冷間回転引き曲げ試験
各種マグネシウム合金のパイプ材における曲げ半
径の成形限界を明確にするため,冷間域での回転引
き曲げ試験を行った.試験に用いたパイプ材は直径
25.4mm,肉厚 1.5mm,長さが 400mmの押出し材で
あ る.パ イプ材 種は市 販の マグネ シウム合金 の
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AZ31B材及びその焼鈍材(焼鈍条件,300℃×2時
間,炉冷)の AZ31O材,それから難燃性マグネシ
ウム合金 AMCa602材及びその熱処理材(熱処理条
件 390∼ 400℃× 18時間,水冷)の AMCa602T4の4
種類である.
試験にはCHIYODA製の回転引き曲げ試験機を使
用し,回転曲げ半径R(パイプ中心)が50,60,75,
92.5mmの4条件で曲げ試験を行い,材料間の曲げ
加工性の違い,曲げ半径の成形限界を追究した.
2.2 板材の温間90゚V曲げ試験
各種マグネシウム合金板材における曲げ半径の成
形限界を明確にするため,温間域での90゚V曲げ試
験を行った.試験に用いた板材は長さ 100mm(押
出し方向 ),幅 40mm,厚さ 1mmの板材,試験に用
いた材種はAZ31B圧延材,AZ31O圧延材,AMCa602
押出し材, AMCa602T4押出し材の4種類である.
試験に使用したプレス機械はAIDA製200tのディ
ジタルサーボマシンである.金型温度は常温,100,
200, 250, 300℃の5条件,パンチの先端半径Rは
1,2,3,4,5mmの5種類を使用して曲げ試
験を行い,材料間の曲げ加工性の違い,各金型温度
での曲げ半径の成形限界,スプリングバック量を追
究した.
2.3 プレス成形シミュレーション
割れ,スプリングバック挙動に関しプレス成形シ
ミュレーションにより90゚V曲げ解析を行い,実成
形試験結果と比較照合することにより,シミュレー
ションの有効性について検討を行った.
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3.実験結果
3.1 パイプ材の冷間回転引き曲げ試験
図1にパイプ材の冷間回転引き曲げ試験の実施状
況を示す.図2は各種マグネシウム合金のパイプ材
の曲げ試験結果の写真である.図中で,回転引き曲
げ試験機の回転曲げ半径R=50,60,75,92.5(単位
mm)をそれぞれ 50R, 60R, 75R, 92.5Rと表してい
る.
表1
パイプ曲げ試験結果
50R
60R
75R
92.5R
AZ31B
×
×
○×
○
AZ31O
●●
●●
○●
○
AMCa602
×
×
×
×
AMCa602T4
×
×
×
○×
○ 亀裂、破断なし ● 内R部に亀裂
× 破断
図1 パイプ曲げ試験実施状況
92.5R
75R
60R
50R
AZ31B
AZ3 1 O
92.5R
75R
60R
50R
AMCa602
AMCa602T4
図2 パイプ曲げ試験結果写真
表1はパイプ曲げ試験結果をまとめたものであ
る.表中で○印は曲げ部に破断も亀裂もなく曲げが
成功した場合を,●印は曲げ部内側に亀裂が発生し
た場合を,×印は完全に破断した場合を示している.
試験結果を詳述するとAZ31B材においては曲げR
が92.5mmでは曲げ部の破断も亀裂もなく曲げが成
功したが,曲げRが75mmでは2回の試験のうち1
回は成功,1回は破断,曲げRが 60mmと 50mmで
はいづれも曲げ部で破断した. AZ31O材において
は曲げRが 92.5mmでは曲げが成功したが,曲げR
が75mmでは,2回の試験のうち1回は成功,1回
は曲げ部内側に亀裂が発生,曲げRが60mmと50mm
ではいづれも曲げ部内側に亀裂が発生した.
AMCa602材においてはいずれの条件でも破断した.
AMCa602T4処理材においては曲げRが92.5mmでは
2回の試験の内1回は成功,1回は破断,それ以外
では曲げ部にて破断という結果となった.今回の試
験において確実に曲げが成功する条件は,AZ31B材
とAZ31O材で曲げRが92.5mmの条件のみであった.
材料間のパイプ曲げ加工性の比較では AZ31O材が
最も曲げ加工性が良く,次いでAZ31B材,それから
AMCa602T4処理材,AMCa602材の順となっている.
パイプ材の冷間での回転引き曲げ試験の結果はかな
り厳しい結果を示した.
今回の試験では機械式のベンダーを使用し,曲げ
速度を90゚で1∼2秒程度の速度で試験を行ってい
る.成形可能領域をさらに拡大するためには,速度
制御が可能なNCベンダー等を使用して曲げ速度を
もっと遅くするか,あるいは温間での成形を考える
といった方策が必要である.
3.2 板材の温間90゚V曲げ試験
ここではマグネシウム合金板材の温間90゚V曲げ
試験結果について述べる.図3にマグネシウム合金
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板材の温間90゚V曲げ試験の実施状況を示す.
表2に温間90゚V曲げ試験の緒元を示す.本試験
ではV曲げ金型の横に設置したホットプレート上で
試験材を3分間各々の試験温度に加熱保持し,その
後金型ダイ上に試験材を移し金型ダイ上でさらに2
分間試験温度に加熱保持した後,成形試験を行う方
法でV曲げ試験を行った.
図4は温間90゚V曲げ試験結果の一例を示したも
のである.試験材は AZ31B材,金型温度は300℃の
条件として,下から先端半径Rが1,2,3,4,
5mmのパンチで曲げ加工を行ったものである.図
中で,パンチの先端半径R=1,2,3,4,5(単
図3
温間90゚V曲げ試験実施状況
表2
温間90゚V曲げ試験緒元
位mm)をそれぞれ1R,2R,3R,4R,5R
と表している.
図5に1Rのパンチで90゚V曲げ試験を行った場
合における成功例と失敗例を示す.同図の左側は亀
裂も破断もなく曲げが良好に進行した場合を,右側
は曲げ線にそって亀裂が発生し曲げが良好に行われ
なかった場合を示している.
表3は無熱処理材における90゚V曲げ試験の結果
をまとめたものである.同表の上はAZ31B材,下は
AMCa602材のV曲げ試験の結果である.
それぞれ表タイトルの横に金型温度,縦に曲げR
を取っており,V曲げにより亀裂が発生しなかった
場合を○印,多かれ少なかれ亀裂が発生した場合を
×印で示している.両者,V曲げ加工性にはそれほ
ど大きな差はなく,常温でのV曲げの成形限界は
AMCa602材で3R, AZ31B材では4Rとなってい
る.また,金型温度が上昇するに従いV曲げの成形
限界は次第に減少し, AZ31B材では金型温度250℃
で1R成形が可能,AMCa602材では300℃で1R成
形が可能の状態となっている.
表4に熱処理材の AZ31O材, AMCa602T4処理材
における90°V曲げ試験結果を示す.表3の結果と
ほとんど差異のない結果が得られており,90゚V曲
げ加工における材料熱処理の効果はみられない.
図6は各種材料のV曲げにおける成形限界Rをグ
ラフで示したものである.横軸に金型温度,縦軸に
曲げ速度:5 mm/s
曲げ方向:押し出し方向と曲げ線が直角
ダイV肩幅:23.66mm
ダイV肩R:2 mm
ホットプレート上保持時間:3分
金型ダイ上保持時間:2分
5R
4R
3R
2R
亀裂なし
亀裂発生
1R
AZ31B材,300℃
図4 温間90゜V曲げ例
300℃,1R
常温,1R
図5 温間90゜V曲げ成功,失敗例
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表3
AZ31B
金型温度
1R
2R
3R
無熱処理材V曲げ試験結果
常温
100℃
200℃
×
×
×
全クラック ヘヤークラック
二つ折れ
浅い
8,3,11mm
×
×
全クラック 全クラック
○
浅い
浅い
×
全クラック
○
○
浅い
表4 熱処理材のV曲げ試験結果
250℃
300℃
AZ31O
金型温度
○
○
1R
○
○
2R
○
○
3R
常温
100℃
200℃
250℃
×
×
×
×
全クラック 全クラック 微小ヘヤー
全クラック
浅い
浅い
クラック 極
×
×
×
全クラック 全クラック ヘヤークラック
○
浅い
浅い
7,12mm
×
全クラック
○
○
○
浅い
300℃
○
○
○
4R
○
○
○
○
○
4R
○
○
○
○
○
5R
○
○
○
○
○
5R
○
○
○
○
○
AMCa602
金型温度
常温
100℃
200℃
1R
2R
250℃
×
×
×
×
全クラック
二つ折れ 二つ折れ 全クラック
浅い
×
×
×
ヘヤークラック
○
二つ折れ 全クラック
8,10mm
AMCa602 T4
金型温度
常温
300℃
○
1R
○
2R
100℃
200℃
250℃
×
×
×
×
全クラック 全クラック
全クラック 全クラック
浅い
非常に浅
×
×
ヘヤークラック
○
○
二つ折れ
8,16mm
300℃
○
○
3R
○
○
○
○
○
3R
○
○
○
○
○
4R
○
○
○
○
○
4R
○
○
○
○
○
5R
○
○
○
○
○
5R
○
○
○
○
○
成形限界Rをとっている.常温では AMCa602系が
曲げ加工性がやや良く,高温側では 250℃近傍で
AZ31Bがやや良い結果となっているが,各材料の曲
げ加工性にそれほど大きな差はみられない.
V曲げに関しては,成形材を金型からはずしたあ
と,角度の戻り,いわゆるスプリングバックが発生
するので,金型設計に当たってはスプリングバック
量を知ることが重要で,それを見込んだ金型設計が
必要となる.
図7は90゚V曲げにおけるスプリングバック量を
測定したものである.左はAZ31B材,右はAMCa602
材の場合で,金型温度をパラメータとして横軸に曲
げRを,縦軸に金型から成形材をはずした後のV角
度を示している.
図中の赤の横線が90゚ライン,赤の横線より上は
成形材を型からはずした後に角度が戻ったスプリン
グバックの領域,赤線より下は角度がさらに深くな
ったスプリングゴーの領域である.ここでは,曲げ
Rが大きくなるに従いスプリングバック量が次第に
大きくなり,また金型温度が上昇するに従いスプリ
ングバック量は小さくなる傾向がはっきりと現れて
いる.また曲げRが1Rと2Rの場合は成形材を金
5
AZ31B
AZ31O
AMCa602
AMCa602(T4)
成形限界R(mm)
4
3
2
1
0
常温
100
200
250
300
金型温度(℃)
図6
成形限界R
型からからはずした後,曲げ角度がさらに深くなる
スプリングゴーの状態となることが結果から観察さ
れた.
3.3 プレス成形シミュレーション
図8,9はプレス成形シミュレーションにより
AZ31B材の90゚V曲げのシミュレーション解析を行
ったものである.図8は金型温度が 250℃の条件で
各曲げRにおける歪み(FLD割れ)解析を,図9は
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平成20年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
AMCa602
100.00
98.00
98.00
96.00
96.00
94.00
94.00
92.00
常温
100゚C
200゚C
250゚C
300゚C
90.00
88.00
V角度(゜)
V角度(゜)
AZ31B
100.00
92.00
常温
100゚C
200゚C
250゚C
300゚C
90.00
88.00
86.00
86.00
84.00
84.00
1R
2R
3R
曲げR(mm)
4R
1R
5R
2R
3R
4R
5R
曲げR(mm)
図7 スプリングバックの測定結果
スプリングバック解析を行ったものである.
歪み,割れ解析においては,曲げRが1Rの場合
は歪み量は 250℃における AZ31B材の FLD成形限界
曲線を僅かに越えており,割れるか割れないかとい
った微妙な状況が示されており,実際の成形試験の
結果と近いものが得られている.スプリングバック
解析においては,曲げRが1Rではスプリングゴー
の解析結果が得られているが,2Rではスプリング
バックの解析結果が得られている.2Rの実成形試
験では1゜程度のスプリングゴーの状態が得られて
おり,このあたりでは実成形結果と解析結果が必ず
しも一致していない.しかしながら,解析結果にお
いても曲げRが大きくなるに従いスプリングバック
量は次第に大きくなっており,実成形の試験結果と
一致した傾向が得られている.
1R
2R
3R
4R
5R
割れ
割れ
図8
プレス成形シミュレーションによる
歪み(FLD割れ)解析
1R
4.おわりに
本研究においては,マグネシウム合金のプレス曲
げ加工における成形限界域を明らかにするため,各
種マグネシウム合金のパイプ材の冷間回転引き曲げ
試験及び板材の温間90゚V曲げ試験を実施した.そ
の結果,以下に示すようなことが確認された.
(1) 冷間でのパイプ材の曲げ加工性の良さはAZ31O,
AZ31B, AMCa602T4, AMCa602の順となった.
成形限界はAZ31O, AZ31Bの場合,92.5R程度
であることが明らかとなった.
(2) 板材の温間90゜V曲げの加工性については材料
間の差はそれほど大きな違いはみられなかっ
た.曲げRの成形限界は,金型温度が常温では
3R∼4R,300℃では1R程度となることが
明らかとなった.
2R
3R
スプリングゴー
スプリングバック
スプリングバック
ス プ リンク ゙ハ ゙ック
スプリングバック
4R
5R
図9 プレス成形シミュレーションによる
スプリングバック解析
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平成20年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
(3) スプリングバック量は曲げRが大きくなるほど
大きくなり,また金型温度が上昇するほど減小
する.曲げRが1Rと2Rの場合は1゜∼2゜程
度スプリングゴーの状態となることが明らかと
なった.
(4) 温間90゜V曲げシミュレーションの解析結果は,
割れ,スプリングバック挙動に関して実成形試
験に近い結果を示した.
参考文献
1) 安部重毅,釜屋昭彦,森下勇樹:プレスシミュ
レーションの実行例,広島県立西部工業技術セ
ンター研究報告,No.43(2000),P105-108.
2) 安部重毅,森下勇樹,坂元康泰,釜屋昭彦:テ
ーラードブランクのプレスシミュレーション,
広島県立西部工業技術センター研究報告,
No.44,(2001),P86-89.
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