日中対照研究から見た「テイル」の習得 に関する一考察

日中対照研究から見た「テイル」の習得に関する一考察 1
日中対照研究から見た「テイル」の習得
に関する一考察
鄧曉梅
應用日語系
摘要:「テイル」の習得は、中国語を母語とする日本語学習者にとって、難しい文
法項目の一つと言われている。本稿では、
「テイル」の習得が困難な原因を
深く探るために、
「テイル」の意味分類の日中対照研究を展開した。さらに、
学習者の母語の中国語がどのように「テイル」の習得に影響を与えるかに
ついても分析した。
關鍵詞:中国語を母語とする日本語学習者/以中文為母語的日語學習者、「テイ
ル」の意味分類/「teiru」的意思分類、
「テイル」の習得/「teiru」的習
得
中文摘要:「teiru」的習得對於以中文為母語的日語學習者來說是困難的文法項目
之一。本篇論文為了深入探討「teiru」習得困難的原因,而展開了「teiru」
意思分類的日中對照研究,進而也分析了學習者的中文母語如何影
「teiru」的習得。
1. はじめに
アスペクト形式の一つである「テイル」の習得は、中国語を母語とする日本語
学習者にとって、難しい文法項目の一つと言われている。そのため、中級や上級
になっても、しばしば誤用が見られる。その難しさの原因は、「テイル」の意味
分類が中国語との不一致にあると思われる。その不一致について、簡単に見てみ
よう。日本語教育の現場では、「テイル」について、一般的に以下の四つの意味
が導入される。
(例文の右側は中国語の訳文である。下線は日中対応のある所で、
下線のない文は対応がないという意味である。また、( )にある文字は省略可
能を意味する。)
1)動作の継続
彼は今テレビを見ています-他正在看電視
2)結果の状態
陳さんは白いシャツを着ています-陳先生穿著白色襯衫
木が倒れています-樹倒了
3)習慣や職業などの繰り返し
私は毎朝お茶を飲んでいます-我每天早上(會)喝茶
~ 479 ~
2 吳鳳學報 第 18 期
あの人は銀行で働いています-那個人在銀行工作
4)特殊な動詞(知る・住む・持つ・結婚するなど、常にテイル形でしか用い
られない動詞。)
会社の電話番号を知っていますか-你知道公司的電話號碼嗎
1)と2)の意味は日中の対応があるが、3)と4)はほとんどないと言える。
学習者にとって、一番分かりやすいのは1)の意味である。4)は対応がないが、
教科書で紹介される特殊な動詞の数が尐ないし、また、学習者に「知っています」
「住んでいます」のようにチャンクとして覚えさせるので、誤用が尐ないほうで
ある。誤用が出やすいのは2)と3)の意味である。学習者はよく「陳さんは白
いシャツを着ます」
「あの人は銀行で働きます」のような現在形の文を作り出す。
また、2)の中国語の「了」との対応がある文は、学習者にとって一番難しいよ
うである。中国語の「了」は完了を表す助詞なので、「木が倒れました」のよう
な誤用がかなり多いわけである。
本稿では、
「テイル」の習得が困難な原因を深く探るために、まず、「テイル」
の意味分類に関するいくつかの先行研究を概観したあと、「テイル」の意味の日
中対応をさらに詳しく考察し、学習者の母語の中国語がどのように「テイル」の
習得に影響を与えるかを明らかにする。
2. 先行研究
ここでは、吉川、藤井、寺村の3つの先行研究について紹介する。
Ⅰ. 吉川(1976)
「テイル」は次の5つの事柄を表すと述べている。
(1)動作・作用の継続
(2)動作・作用の結果の状態
(3)単なる状態
(4)経験
(5)くりかえし
吉川は「テイル」の意味について、(1)と(2)は基本的な意味だと言って
いる。また、(3)~(5)の意味と(1)と(2)の関係について、以下のよ
うに説明している(pp.164~165)。
(3)「単なる状態」というのは(2)から派生したものと考えることが
できる。(2)も(3)も静的な状態をあらわす点が共通である。(中略)
(4)「経験」は(2)「結果の状態」から派生したものと考えることが
できる。「すでに読んでいるからよくわかる。」と言うときの「読んでいる」
とは、「読んだ」結果の状態であるが、…(中略)。
同じことばであらわされる個々の過程がいくつかあつまったものの全体
~ 480 ~
日中対照研究から見た「テイル」の習得に関する一考察 3
を一つの過程と見て、個々の過程が次々に行なわれることを「くりかえし」
という。個々の過程がいくつかあつまったものの全体を一つの過程と見る点、
これは(1)「継続」から派生したものと考えることができる。(中略)
Ⅱ. 藤井(1976)
動詞の分類との関係を示しながら、「テイル」の意味を6つに分類した。それ
らは以下のように整理されている。
(1)動作の進行
動作がある時間内継続すること、または現在継続中であることを表わすもの
である。例えば、
「読んでいる」の例が挙げられた。
(○は言える文、×は言え
ない文)
○今読んでいる
○いつも読んでいる
○長い間読んでいる
○いつからいつまで読んでいる
○読んでいる間
○読んでいる最中
○読んでいられる
○読んでいよう
(2)持続
(1)に非常に近いものであるが、(1)が「こきざみな運動」の連続であ
るのに対し、これは「同一の状態の継続」である。また、(1)と異なるのは
「-最中」の形を持たない点だけである。例えば、「じっとしている最中」が
言えないのがそれにあたる。
(3)結果の残存
「過去の動作・作用の結果が現在に残っている」ことを表わすものである。
「今」
「現在」などで修飾され得るが、
「長い間」などでは修飾され得ず、また、
「-間」「-られる(可能)」などの形もない。例えば、「結婚している」の例
を挙げた。
○今は結婚している
×いつも結婚している
×長い間結婚している
×いつからいつまで結婚している
×結婚している間
×結婚している最中
×結婚していられる
~ 481 ~
4 吳鳳學報 第 18 期
(4)経験
「過去の動作・作用を現在から眺めた」場合に用いられるものである。「す
でに」「今までに」「以前」「その時」などで修飾され得るが、「今」「現在」な
どで修飾され得ない。例えば、「知り合っている」の例である。
×今知り合っている
○すでに知り合っている
○今までに知り合っている
○以前知り合っている
○その時知り合っている
(5)単純状態
例えば、
「すぐれている」
「おもだっている」などである。また、この「単純
状態」の用法を考えてみると、(1)や(2)などの持つ用法を全く持たない
と説明している。つまり、以下の言い方はすべて不可である。
×今おもだっている
×いつもおもだっている
×長い間おもだっている
×いつからいつまでおもだっている
×おもだっている間
×おもだっている最中
×おもだっていられる
×おもだっていよう
(6)反復
「瞬間の動作のくりかえしがつづくこと」を表わす。例えば、「今有名人が
どんどん死んでいる」がそれにあたる。
Ⅲ. 寺村(1984)
「テイル」の意味を以下の5つに分類している。
(1)動作や現象が継続していることを表わす場合
・赤ン坊ガ泣イテイル。
・村ノ人ガモチヲツイテイル。
・雪ガ降ッテイル。
(2)ある過去(以前)のできごとが終わって、その結果がいまある状態とし
て残っていることを表わす場合
・金魚ガ死ンデイル。
・筑波デハ、繭玉行事が始マッテイル。
~ 482 ~
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・アソコニ百円玉ガ落チテイル。
(3)現在の習慣を表わす場合
・父ハコノ頃6時頃ニハ起キテイル。
・父ハ最近朝 30 分程ジョギングヲシテイル。
(4)過去の事実を回想して、頭の中に再現させるような場合
・ソノ年、東京ニハ二度大雪ガ降ッテイル。
・アノ人ハタクサンノ小説ヲ書イテイル。
(5)形容詞のような、物事の様子、性質、形状、印象などを表わす場合
・コノ作品ガ一番スグレテイル。
・団子ハ繭ノ玉ノ形ヲシテイル。
・窓ノ外ハ白ク、冷エビエトシテイル。
3. 考察
藤井(1976)の分類は6つあるが、
(2)の「持続」は(1)の「動作の進行」
の下位分類とみなしてもよいと思う。よって、3つの先行研究の分類は多尐異な
っているが、
「テイル」という形式に代表されている意味は5つあると言える。
ここでは、一番簡潔な吉川(1976)の意味分類に従い、「テイル」の日中対応に
ついて考察する。
(例文の右側は中国語の訳文で、
( )にある文字は省略可能を
意味する。また、< >にあるのはもう一種類の中国語の訳文である。)
(1)動作・作用の継続
・彼がバスを待っている-他“正在/正/在”等公車
<他(正在/正/在)等“著”公車>
・子どもが泣いている-小孩“正在/正/在”哭
<小孩(正在/正/在)哭“著”>
・鳥が飛んでいる-鳥“正在/正/在”飛
<鳥(正在/正/在)飛“著”>
・水が流れている-水“正在/正/在”流
<水(正在/正/在)流“著”>
・彼らは楽しそうに歌を歌っている-他們“正在/正/在”愉快地唱歌
<他們(“正在/正/在”)愉快地唱“著”歌>
・外は雨が降っている-外面“正在/正/在”下雨
<外面(“正在/正/在”)下“著”雨>
上の例で示した通り、
「テイル」に対応する中国語は“正在”、“正”、“在”、
及び“著”の4つである。“正在/正/在”は話し手の発話時点とできごとの実
現が同時であることを示すので、「テイル」の現在進行している動作を表わす意
味と対応できる。また、木村(1982:30-31)は、中国語の“著”の意味につい
て、以下のように述べている。
~ 483 ~
6 吳鳳學報 第 18 期
「着」は、動作・作用が既に実現し、而も未だ実現し終えず、まさに現実
の世界(時には眼前)にいま立ち現れている状態のままのあり方、言い換え
れば持続のままのあり方において捉えられたことを示す、すなわち持続のア
スペクトの形式である。
以上のように、この(1)の「テイル」は中国語の“正在/正/在”あるいは
“著”に対応すると言える。
(2)動作・作用の結果の状態
・花が咲いている-花開“著/了”
・車が止まっている-車停“著/了”
・電気がついている-電燈亮“著/了”
・店が閉まっている-店關“著/了”
・傘をさしている-撐“著”傘
・人が死んでいる-人死“了”
・財布が落ちている-錢包掉“了”
・太陽が出ている-太陽出來“了”
・お皿が割れている-盤子破“了”
・包丁で刺されている-被菜刀刺“了”
この(2)の「テイル」の意味は、中国語の“著”あるいは“了”にあたる。
“著”は動作・作用が行われた後、あるもののそのままの状態を表わす意味を持
っている。また、“了”は動作・作用の完了の結果として存続している状態を指
す意味がある1。“著”と“了”はここでは大体同じ意味で使われているが、
“著”は「持続の状態」、“了”は「完了」のところに重点が置かれているとい
う違いがある2。
(3)単なる状態
1.この道は曲がっている-這條路彎曲“著”
2.山が聳えている-山聳立“著”
1
2
ここの中国語の対応語“了”は、
「完了」の意味以外に、「語気詞」の意味にも解釈できる。相原
(1996:98)では、語気詞の“了”について、「新しい状況の変化を話し手がそうだと認める気
持ちを表す」と書かれている。また、次の例で説明している。
下雨了(雨が降ってきた-これまで降っていなかった)
相原(1996:98)では、“著”と“了”は2つともアスペクト助詞で、“著”は「持続相」、“了”
は「完了相」という名称で分類されている。
~ 484 ~
日中対照研究から見た「テイル」の習得に関する一考察 7
3.あの子は父親に本当によく似ている-那個孩子真的跟父親很像
4.この論文は一番優れている-這篇論文最優秀
上の例で分かるように、この「テイル」の中国語の対応は二つある。一つは
“著”で(例文1と2)、もう一つは中国語の対応がない(例文3と4)。
(4)経験
・あの人はたくさんの論文を書いている-那個人寫“過/了/過了”很多論
文
・私は学生時代にその本を読んでいる-我學生時代讀“過/了/過了”那本書
・先月までに二回戒厳令が発せられている-到上個月為止,發布“過/了/
過了”兩次戒嚴令
この「テイル」は中国語の“過”、“了”あるいは“過了”で対応できる。 中
国語の“過”は「あることを経験したことがある」という意味を持っている3。
また、「経験」という「テイル」は過去のことを表わすので、完了の意味を表わ
す中国語の“了”と対応できるわけである。
(5)くりかえし
1.彼は毎朝バイブルを読んでいる-他每天早上(“會”)閱讀聖經
2.毎週水曜日には、へやの掃除をしている-每週三(“會”)打掃房間
3.この頃は栄養失調で人がどんどん死んでいる-最近不斷地有人因為營養
失調而死掉
4.チューリップの花が咲き出している-鬱金香開始綻放
この「テイル」の対応は基本的に無対応であるが、個人の習慣を表わしている
文(例文1と2)は、中国語の“會”をつけて翻訳することもできる。
4. まとめ
3の考察をまとめると、「テイル」の意味分類に関する日中対照は以下の6つ
のパターンに分けられる。
中国語
日本語の「テイル」の意味
①正在/正/在
動作・作用の継続
②著
動作・作用の継続、動作・作用の結果の状態、単なる状態
③了
動作・作用の結果の状態、経験
④過/過了
経験
3
相原(1996:98)によると、“過”は「経験相」という名称のアスペクト助詞である。
~ 485 ~
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⑤會
くりかえし(個人の習慣の文のみ)
⑥×(無対応)
単なる状態、くりかえし
5. 「テイル」の習得について
中国語を母語とする日本語学習者に対して、次のような習得状況が考えられる。
(1)中国語の“正在/正/在”と対応できる「動作・作用の継続」の「テイル」
は学習者にとって、一番習得しやすいと思われる。そのため、日本語教育の現
場では、この意味の「テイル」が一番早く導入されている。
(2)中国語の“著”の用法が多いが、習得が難しいとは限らない。基本的に、
「動
作・作用の継続」の「テイル」は“正在/正/在”でほとんど対応できるので、
“著”に頼らなくてもいいということになる。また、中国語では、“著”は「状
態」を表わす用法が一番多く、「動作・作用の結果の状態」の「テイル」の習
得もそれほど難しくないはずである。そして、「単なる状態」の「テイル」の
場合、学習者は「優れている」「似ている」のように、動詞のテイル形そのま
まを覚えることが多いので、この意味の「テイル」は練習すれば、身に付くは
ずだと思われる。
(3)学習者にとって、一番習得しにくいのは、中国語の“了”あるいは“過”に
対応のある「テイル」だと思われる。“了”あるいは“過”は中国語では、過
去あるいは完了を表しているからである。そこで、学習者はよくこの場合の「テ
イル」を「タ」で表わし、誤用を犯す。日本語能力が上がっても、なかなか習
得できないタイプの「テイル」である。
参考文献
相原茂(1996)『中国語学習ハンドブック 改訂版』大修館書店
加藤泰彦・福地務(1989)『外国人のための日本語例文・問題シリーズ15 テンス・
アスペクト・ムード』荒竹出版
木村英樹(1982)「テンス・アスペクト-中国語-」『講座日本語学』11 .19-39 明
治書院
許夏珮(2005)『日本語学習者によるアクペクトの習得』くろしお出版
寺村秀夫(1984)『日本語のシンタクスと意味Ⅱ』くろしお出版
藤井正(1976)「『動詞+ている』の意味」『日本語動詞のアスペクト』金田一春
彦編 97-116 むぎ書房
吉川武時(1976)「現代日本語動詞のアスペクトの研究」『日本語動詞のアスペク
ト』金田一春彦編 155-327 むぎ書房
~ 486 ~