第 II 部 数学的準備 6 確率・統計 6.1 離散分布 飛び飛びの値をとる確率変数 Xi (i = 1, 2, . . .) とその確率分布 P (Xi ) について、次のことが成立する。 1. 0 ≤ P (Xi ) ≤ 1 2. 規格化条件 ∑ P (Xi ) = 1 i 3. 平均 hXi = ∑ Xi P (Xi ) i 同様に、確率変数の関数 f (X) の平均値は hf (X)i = ∑ f (Xi ) P (Xi ) i となる。 4. 分散 ∑ ( )2 2 h X − X̄ i = (Xi − X̄)2 P (Xi ) = X 2 − X i 分散の平方根は標準偏差と呼ばれ、確率変数がどの程度、その平均値からはずれるかの目安となる。 6.2 連続分布 実数値をとる確率変数 x (−∞ ≤ x ≤ ∞) とその確率密度関数 p(x) について、次のことが成立する。 1. 0 ≤ p(x) ≤ 1 2. 規格化条件 ∫ ∞ p(x) dx = 1 −∞ 3. 平均 ∫ hxi = ∞ x p(x) dx −∞ 同様に、確率変数 x の関数 f (x) の平均については ∫ hf (x)i = ∞ f (x) p(x) dx −∞ が成立する。 12 4. 分散 ∫ ∞ 2 h(x − x̄) i = −∞ 2 (x − x̄) p(x) dx 7 ガウス積分 物理学で用いられる数学のなかで非常に重要なものとして、ガウス積分 ∫ ∞ √ π (34) tz−1 e−t dt (35) e−u = 2 −∞ がある。これは以下では既知とする。 8 ガンマ関数・スターリングの公式 8.1 ガンマ関数 ガンマ関数は ∫ ∞ Γ(z) = 0 で定義される関数であり、以下に述べるように自然数 n の階乗 n! と深い関係があるため、統計物理学では非 常に重要である。 まず、ガンマ関数の最も重要な性質として zΓ(z) = Γ(z + 1) (36) がつねに成立していることが挙げられる。これは以下のように示される。 )0 ∫ ∞( 1 z t · e−t dt (37) tz−1 e−t dt = z z 0 0 {[ } { } ∫ ∞ ∫ ∞ ∫ 1 z −t ]∞ 1 z ( −t ) 1 ∞ z −t =z − t e t −e dt = z 0 + t e dt = t(z+1)−1 e−t dt (38) z z z 0 0 0 0 = Γ(z + 1) (39) ∫ ∞ zΓ(z) = z ここで、式 (37) から (38) は部分積分を用い、式 (38) から (39) はもちろん定義式 (35) を用いた。 次に z = 1 での関数の値は、 ∫ ∞ 0 −t ∫ ∞ t e dt = Γ(1) = 0 ]∞ [ =1 e−t dt = − e−t 0 である。 従って、 Γ(1) = 1 Γ(2) = 1 · Γ(1) = 1 = 1! Γ(3) = 2 · Γ(2) = 2 × 1 = 2 = 2! Γ(4) = 3 · Γ(3) = 3 × 2 × 1 = 6 = 3! .. . 13 0 (40) であるから、n が自然数のとき、n! = Γ(n + 1) であることがわかる。また、この関係式から 0! = Γ(1) = 1 と決めるのが自然であることもわかる。 この、n の階乗とガンマ関数の関係を用い、n が非常に大きいときに成立するスターリングの式を次節のよ うに導くことができる。 8.2 スターリングの式 統計物理学では N を系の構成粒子数として、ln N ! を含む関係式が非常に多く得られる。一般にこの N は アボガドロ数 6 × 1023 の程度であり、莫大な数である。この場合には実質上 ln N ! ≈ N ln N − N が成立し、 ln N ! は N に比例する因子を持つ。この近似式がスターリングの式であり、統計物理学において、非常によく 使われる近似式である。これは以下のようにして求められる。 まず、 ∫ n! = Γ(n + 1) = ∞ tn e−t dt = ∫ 0 ∞ en ln t e−t dt = 0 ∫ ∞ en ln t−t dt (41) 0 であるが、積分変数 t が 0 から ∞ まで変化する間に、指数 n ln t − t は −∞ から正のある値まで増加し、最 大となった後、また ∞ まで減少する。今、n が非常に大きい場合を考えると、この指数の最大値は n に比例 する値であり、やはり非常に大きくなる。従って、この積分の結果は、この指数の最大値を中心とした、非常 に狭い積分区間の積分によってほとんど決まってしまう。この考え方(積分の漸近評価という)を用いて、ガ ンマ関数の積分を次のように近似計算しよう。 指数 n ln t − t の最大値を与える t の値は ∂ n (n ln t − t) = − 1 = 0 ∂t t より、t = n となる。従って、指数の最大値は n ln n − n である。(実は、これだけで、もうスターリングの式 は得られているのであるが。)そこで、 n ∂2 (n ln t − t) = − 2 2 ∂t t であることに注意して、指数を t = n のまわりで 2 次まででテーラー展開すると、 1( n) 2 n ln t − t ≈ (n ln n − n) + − 2 (t − n) 2 n 1 2 = (n ln n − n) − (t − n) 2n となる。 従って、 ∫ ∞ n! = Γ(n + 1) = en ln t−t dt 0 ∫ ∞ [ ] 1 2 ≈ exp (n ln n − n) − (t − n) dt 2n 0 ∫ ∞ 2 1 e− 2n (t−n) dt = en ln n−n 0 √ となる。積分変数を u = (t − n)/ 2n に変換すると、 n! = Γ(n + 1) √ ∫ ∞ 2 ≈ en ln n−n 2n √ e−u du n − 14 2 となる。次にこの積分の下限は n が非常に大きいことから、今の近似の範囲内では −∞ と考えてよく、そう √ すれば、この積分はガウス積分となって、 π を与える。以上より、 √ √ n! ≈ en ln n−n 2πn = nn e−n 2πn と近似されることになる。(この近似式をスターリングの式とする本もある。) よって、 ( ) √ ln n! ≈ ln nn e−n 2πn √ = ln nn + ln e−n + ln 2πn 1 = n ln n − n + ln(2πn) 2 1 1 = n ln n − n + ln n + ln(2π) 2 2 ( ) 1 1 = n+ ln n − n + ln(2π) 2 2 ≈ n ln n − n (42) 最後の近似式 (42) がスターリングの式である。 9 n 次元球の体積 Vn (r) および表面積 Sn (r) 半径 r の n 次元球面とは、r が与えられたとき、n 個の変数 x1 , x2 , . . . , xn に対して、 x21 + x22 + · · · + x2n = r2 の関係式によって定まる n 次元ユークリッド空間内の面のことである。2 次元や 3 次元空間の場合にはよく 知っているように、 V2 (r) = πr2 , S2 (r) = 2πr, 4 V3 (r) = πr3 , S3 (r) = 4πr2 3 となる。 これらの形から予想されるように、常に d Vn (r) = Sn (r) dr が成立している。n 次元空間においては Vn (r) ∝ rn であるから、Vn (r) = Cn rn とおいて、係数 Cn を求める ことにする。この Cn の求め方にはいろいろあるが、ここでは、次の方法を取る。 n 個の変数についての定積分 In = ∫ ∫ ∞ −∞ dx1 ∫ ∞ dx2 · · · −∞ ∞ −∞ dxn e−a(x1 +x2 +···+xn ) 2 2 2 を考えよう。複雑に見えるが、これは単に n 個のガウス積分の積になり、 ∫ In = ∞ −∞ ∞ (∫ = = dx1 e−ax1 2 dxe−ax ∫ 2 ∞ −∞ dx2 e−ax2 · · · 2 )n −∞ ( π )n/2 ∫ ∞ −∞ dxn e−axn 2 (43) a 15 と計算できる。 一方、この積分は n 次元空間における極座標を用いて計算することもできる。被積分関数は e−a(x1 +x2 +···+xn ) = e−ar 2 2 2 2 であるから、原点からの距離 r にのみ依存する。従って、積分を行う場合、まず原点からの距離 r を一定に 保っておいた上で、全方向について積分をすることができ、これは半径 r の球面の表面積 Sn (r) = nCn rn−1 となるから、 ∫ ∞ In = dr e−ar nCn rn−1 = nCn 2 0 In = nCn a ∞ dr rn−1 e−ar 2 0 √ となる。ここで積分変数を u = ax に変更すると、 −n/2 ∫ ∫ ∞ du un−1 e−u 2 0 であり、さらに、ξ = u2 に積分変数を変更すると、 In = nCn a −n/2 1 ∫ 2 ∞ dξ ξ 2 −1 e−ξ n 0 となる。 最後の式の中の積分はガンマ関数の定義式 (35) から Γ(n/2) であるから、結局 1 (n) In = nCn a−n/2 Γ 2 2 (44) であることになる。 二通りの方法で計算した In の結果 (43) と (44) を比較して、 Cn = π n/2 π n/2 ( ) ) ( = n n Γ n2 + 1 2Γ 2 を得ることができる。最後の変形にはガンマ関数の性質 zΓ(z) = Γ(z + 1) を用いた。 以上により、n 次元空間における半径 r の球面の囲む体積 Vn (r) および表面積 Sn (r) は、この Cn を用い、 Vn (r) = Cn rn , Sn (r) = nCn rn−1 と計算されることになる。 この式が n = 2 と n = 3 の場合に、よく知っている結果になるかどうかは、練習問題としておこう。 16 第 III 部 統計物理学 10 小正準分布における理想気体の状態方程式の導出 小正準分布は他の系とエネルギーの交換をしない、閉じた系の計算に用いられる。この分布において最も重 要な関係式は、エントロピー S と状態数 W の関係式 S = kB ln W である。このエントロピーは系の全エネルギー E および体積 V の関数として計算される。 エントロピー S(E, V ) が計算されれば、熱力学的関係式 dE = T dS − P dV を逆に解いた関係式、 1 P dE + dV T T dS = から、 1 = T ( ∂S ∂E ) , V P = T ( ∂S ∂V ) E を用いて、状態方程式を計算することができる。 さて、この小正準分布を用いて、理想気体の状態方程式 P V = N kB T を導出してみよう。 統計物理学における理想気体とは、N 個の内部自由度を持たない自由粒子が一辺が L の立方体(体積は 3 L = V )の中に閉じ込められたものである。自由粒子の集合体であるから、全系のエネルギーは単に個々の 粒子の運動エネルギーの総和となる。粒子どうしの衝突は完全弾性衝突であるとし、衝突によって全系の運動 エネルギーは変化しない。 小正準分布において、まず行わなければならないのは、状態数 W の計算である。統計物理学では、運動量 dpdq につき一つの状態があると数えればよいことがわかっ 2π~ ている。ここで、~ はプランク定数である。一辺の長さが L の立方体の中に、N 個の同種粒子(質量 m)か p と位置 q の 1 つの自由度がある場合、微小領域 らなる気体が閉じ込められているとしよう。粒子ひとつにつき 3 つの自由度があるから、全体で 3N の自由度 があることになる。このような孤立系では気体全体の持つエネルギー E= p2 p2 p21 + 2 + ··· + n 2m 2m 2m は一定である。従って。この条件下での気体の取り得る状態数 W̃ は ∫ ∫ ∫ dp1 dq1 dp2 dq2 dp3N dq3N ··· 1 2π~ 2π~ 2π~ ∫ L ∫ L ∫ L ∫ ∫ ∫ 1 = dq dq · · · dq dp dp · · · dp3N 1 1 2 3N 1 2 (2π~)3N 0 0 0 ∫ ∫ ∫ VN = dp dp · · · dp3N 1 1 2 (2π~)3N W̃ = 17 ここで、気体は一辺 L の立方体内に閉じ込められていることから、qi における積分を実行し、さらに L3 = V とおいた。もちろん V は気体の体積である。最後に、運動量 pi についての積分が残るが、これは全エネル ギー E が一定であるという条件下で実行されなければならない。ところが、 E= が一定なのだから、これは単に半径 √ p21 p2 p2 + 2 + ··· + n 2m 2m 2m 2mE の 3N 次元球面の表面積を計算することと同じである。前節によ り、この表面積は √ √ S3N ( 2mE) = 3N · C3N · ( 2mE)3N −1 = 3N · π 3N/2 ) · (2mE)(3N −1)/2 ( 3N Γ 2 +1 であるから、運動量積分を実行した結果得られる状態数 W̃ は W̃ = VN π 3N/2 ( ) · (2mE)(3N −1)/2 · 3N · (2π~)3N Γ 3N 2 +1 となる。ところが、この状態数 W̃ は N 個の同種粒子から構成される気体においては不十分であることが統 計力学の創始者 Gibbs によって指摘された。N 個の同種粒子から成る気体の状態数を数える場合には、その N 個の粒子の識別不可能性を考慮して W = W̃ /N ! を状態数としなければならないのである。以上すべてま とめると、この気体の状態数は W = 1 VN π 3N/2 ( ) · (2mE)(3N −1)/2 · · 3N · N ! (2π~)3N Γ 3N + 1 2 となる。 次に、ln W を計算しよう。この計算は繁雑であるが、系の粒子数 N がアボガドロ数程度の莫大な量である ことを考慮して、N に比例する項のみ残すことにする。 まず、単純に対数を取れば、 ln W = − ln N ! + ln V N − ln(2π~)3N + ln π 3N/2 − ( ) 3N ln Γ + 1 + ln(2mE)(3N −1)/2 2 3N = − ln N ! + N ln V − 3N ln(2π~) + ln π − )2 ( ) ( 3N 3N 1 ln Γ +1 + − ln(2mE) 2 2 2 である。 ここで、N が莫大な数であることからスターリングの式 Γ(z + 1) = z! ≈ z ln z − z を用いて、 ( ln Γ ln N ! ≈ N ln N − N ) 3N 3N 3N 3N +1 ≈ ln − 2 2 2 2 であるから、 3N ln π − ln W ≈ − (N ln N − N ) + N ln V − 3N ln(2π~) + 2 ) ( ) ( 3N 3N 3N 3N 1 ln − + − ln(2mE) 2 2 2 2 2 18 となる。 この中から N に比例する項のみを残す近似をすると ln W ≈ −N ln N + N + N ln V − 3N ln(2π~) + 3N ln π − 2 3N 3N 3N 3N ln + + ln(2mE) 2 2 2 2 3N = −N ln N + N ln V − 3N ln(2π~) + ln π − 2 3N 3N 5N 3N ln + ln(2mE) + 2 2 2 2 3N 3N 3N = −N ln N + N ln V − ln + ln E − 2 2 2 3N 3N 5N 3N ln(2π~) + ln π + ln(2m) + 2 2 2 V 3N 2E = N ln + ln + N 2 3N { } 3N 5 − ln(2π~)2 + ln π + ln(2m) + 2 3 { } V 3N 2E 3N π · 2m = N ln + ln + ln + ln e5/3 N 2 3N 2 (2π~)2 ( 5/3 ) V 3N 2E 3N me = N ln + ln + ln N 2 3N 2 2π~2 となる。 (項をこのようにまとめるには意味があるのだが、それはここでは述べない。) 従って、エントロピー S = kB ln W は { ( 5/3 )} V 3 2E 3 me S = kB N ln + ln + ln N 2 3N 2 2π~2 (45) となる。 あとは、関係式 1 = T ( ∂S ∂E ) , V P = T ( ∂S ∂V ) E を用いて、 1 31 = kB N , T 2E P 1 = kB N T V から 2E , 3N (46) P V = N kB T (47) kB T = を得ることができる。第 1 の式は絶対温度 T をエネルギーに換算した値 kB T が粒子 1 個当りのエネルギー E/N と関係していることを表わす式であり、第 2 の式が理想気体の状態方程式である。 ‘v (以上) 19
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