現地事例 北部は山々がひろがり、合間に民家や牛舎が見られる 安房地域は日本の酪農発祥の地であり、現在も酪農が盛んです。酪農経営の厳 しい現状と高齢となった酪農家の毎日の搾乳作業などの体力問題等に対応するた め、酪農家8名が昭和63年から和牛の導入事業に着手しました。家畜導入への補 助事業や技術指導などの関係機関の熱心な支援もあって、現在では会員は45名、 繁殖雌牛頭数317頭を数えるほどになりました。取り組むべき課題はまだまだあ りますが、ここに至る経緯と今後の目標について紹介いたします。 (社)千葉県畜産協会 事業部 経営支援課 技師 宮上 竜也 � 南房総市の概況 1)地域の概況 16年)。乳用牛の農家戸数・飼養頭数は216戸・ 5,890頭、肉用牛の農家戸数・飼養頭数は49戸・ 1,920頭となっています(平成18年2月現在) 。 南房総市は、千葉県の南端にあり、東京から2 安房地域は酪農地帯といわれており平地が広が 時間程度の距離に位置し、近々、東関東自動車道 るイメージがありますが、実際の地形は起伏に富 ∼館山道の全線開通を控え、さらなる利便性の向 み、南房総市の北部には、県下最高峰の愛宕山 上が期待できます。市の三方を海に囲まれ、沖合 (408m)、富山(349m)などの山々が連なって を流れる黒潮の影響を受ける海洋性気候により、 おり、山々の合間に牛舎が多く見られるのがこの 夏は都市部に比べ涼しく、冬は暖かく、霜の降り 地域の特徴です。 ない地域も一部あります。夏は海水浴・びわ狩り、 2)安房地域畜産の歴史 冬は苺狩り・花摘みをはじめとして、釣り・農業 安房地域の畜産の歴史は、16∼17世紀に軍馬生産 体験を含め観光資源の豊富な地域として、年間を のため嶺岡山系に牧が開設されたことから始まりま 通じ多くの観光客が訪れる地域です。また、歴史 した。1728年(享保13年)に、徳川幕府八代将軍吉 と伝統文化豊富な地域で、多くの城跡や史跡があ 宗の時代に白牛を輸入し、この嶺岡牧に飼養し、 り、南総里見八犬伝ゆかりの地でもあります。 市の産業としては、観光産業として多くの直売 所・観光農業施設が整備され、農業では畜産をは 「白牛酪」という乳製品を製造、幕府に献上したこ とから、日本における酪農の歴史が始まったといわ れ、千葉県は酪農発祥の地とされています。 じめとして、野菜や花き、みかんやびわなどの果 明治から大正時代にかけて牛乳の需要が急増す 実などの産地として、漁業では豊富な資源に恵ま ると、安房地域には多くの乳業会社が所在し、各 れ、和田町は捕鯨基地として有名です。 農家が少頭数のホルスタイン種を飼養する小規模 酪農が中心でその産出額は、 南房総市の畜産は、 16 乳用牛が39億円、肉用牛が2億6千万円です(平成 な酪農を中心として発展してきました。 � 南房総伏姫和牛改良組合の概要 酪農発祥の地として安房地域は現在も酪農の盛 んな地域ですが、酪農経営の厳しい現状に活路を 見いだす乳肉複合経営を推進するため、また、乳 牛の飼養を続けてきた多くの酪農家が高齢を迎 え、毎日の搾乳作業など体力的問題に対応するた め、昭和62年4月に富山町酪農家8名により、現組 合の前身「富山町酪農部会和牛部会」が設立され、 和牛子とり経営の導入検討を始めました。昭和63 年4月には地域農協の合併を機に「富山町肉牛生 産組合」を設立、旧富山町支援のもとに和牛導入 事業に着手しました。 その後、平成8年に地域農協の合併に伴い「安 房農協和牛部会」として広域化、組織充実が図ら れました。 平成18年3月には安房郡の富浦町・富山町・三 芳村・白浜町・千倉町・丸山町・和田町の6町・ 1村が合併する南房総市誕生に伴い、南総里見八 犬伝ゆかりの地として、そのなかの登場人物であ る「伏姫(ふせひめ)」の名前をとり、現在の「南 房総伏姫和牛改良組合」と改組されました。 平成18年現在で会員は45名を数え、現在も30名 が旧富山町内、15名が安房地域内に、また乳肉 複合経営を行っている会員は10名います。会員の 多くは60歳以上の元酪農家ですが、近年では若手 の酪農家が新たに繁殖経営を開始する事例もあり ます。 表-1 20年来肉用牛増加に尽力している 南房総伏姫和牛改良組合会長 羽山 健三さん � 肉用牛増頭への取り組み 1)増頭事業 旧富山町の酪農家8名から始まった和牛部会は、 昭和63年に繁殖雌牛導入に対する半額補助を行う 旧富山町の事業にも支えられ、東北地方から8頭 導入したことから始まり、3年間で32頭の導入を 行いました。設立当初は雌が生まれると全頭保留 し、増頭に努めました。その後、平成2年には、 受精卵移植事業にも取り組み増頭を試みました。 平成4年頃には、和牛繁殖への取り組みが地域に 広く知られるようになり、旧富山町以外の酪農家 から新たに加入希望者も増加しました。 昭和63年に8頭から始まった和牛改良組合は、 平成12年には318頭までに増えましたが、組合設 立から十数年経ちリタイアする会員もいて、頭数 は、近年しばらく横ばいで推移しています。南房 総伏姫和牛改良組合は設立から約20年と歴史は浅 南房総伏姫和牛改良組合の会員数 と繁殖和牛飼養頭数の推移 いですが、増頭に対する地道で熱心な活動の結果、 千葉家畜市場で行われる和牛子牛セリにおいて、 平成17年度は160頭を販売し、千葉県内でも有数 の和牛繁殖地域となっています。 2)黒毛和牛改良の推進、生産・経営技術向上事業 平成2年から開始した受精卵移植事業をはじめ として、研修会の開催や平成8年から始まった安 房和牛共進会は平成18年で第11回を迎え、会員相 互の生産技術向上を図っています。安房和牛共進 会の会場は、南房総市(旧富山町)の乳牛育成牧 場でもある「富山畜産ふれあい牧場」で毎年行わ れています。また、会員の技術向上と平準化を図 17 現地事例 肉用牛ヘルパーによる牛荷下ろし 第11回を迎えた安房和牛共進会(畜産ふれあい牧場) るため、2カ月に3回会員全戸を対象にした巡回 を行っています。 2カ月に1回開催される千葉家畜市場で行われる 和牛子牛セリの開始前には、毎回県内の和牛子牛 � 地域の特徴的な肉用牛増頭に係わる事例 1)酪農経営から乳肉複合経営へ(旧富山町・池 田牧場) を対象に県産子牛品評会が開催されています。こ 平成2年から和牛繁殖を始め、現在約40頭のパ の品評会では、千葉県畜産総合研究センターと千 イプライン牛舎に乳牛と和牛が約半数ずつ飼養さ 葉県肉牛生産農業協同組合の職員による評価と技 れています。増頭により別に和牛用牛舎も整備し 術指導が行われ、和牛生産のレベルアップに大き ました。和牛繁殖を始めた動機は、改良組合から な役割を果たしています。 の勧めと旧富山町の導入事業があったことが大き な後押しとなりました。肉用牛の増頭は、成績の 悪い乳牛を更新せず、替わりに繁殖和牛を導入す る手法で行い、徐々に繁殖和牛の割合を増やして いきました。今後の目標として、2∼3年後に全て の入れ替えを行い、繁殖専業となる予定です。 千葉県産子牛品評会 3)肉用牛ヘルパーの活用 2カ月に1度行われる和牛子牛セリに各会員が個人 で1∼3頭ずつ出荷することは大きな負担となり、高 齢化を迎えている会員にとって和牛繁殖を進める上 18 池田牧場での牛舎内 ホルスタインと和牛繁殖雌牛が並ぶ での課題となっていました。そこで、平成16年度か 2)厳しい土地制約下での増頭(旧富山町・川名牧場) ら地域肉用牛振興特別対策事業を活用し、安房肉用 平成4年にホルスタイン10頭規模の酪農経営か 牛ヘルパー利用組合を立ち上げ、和牛子牛の共同出 ら繁殖経営へ転向し、繁殖和牛を数年で9頭ほど 荷体制整備を行いました。 導入、現在では約15頭飼育されています。牛舎 その結果、体力的に制約のある高齢者でも、和 は傾斜地にあり、増頭にあたって傾斜地の谷奥へ 牛子牛の生産から販売までが可能となり、肉用牛 広げるしかない厳しい条件下にありますが、それ ヘルパー利用組合は和牛生産拡大活動の一翼を担 でも増頭が可能なことは繁殖経営ならではともい っています。 えます。もともとは地域の特産であるびわ生産と ・・ の複合経営ですが、びわ生産は酪農経営と同様に 大変労力がかかるため、今後は繁殖経営に比重を 多くする予定です。 � 今後の課題と目標 今後の組合の目標は、「伏姫和牛」としてのブ ランド化を目指し、現在7千4百万円の年間出荷 を1億円とするための出荷頭数の安定的な確保で す。そのためには、1頭でも多くの和牛繁殖を進 めること、また今後新たに和牛繁殖を始める酪農 家を増やすことが必要となります。 千葉県では、平成18年度から「県産和牛ブラン ド事業」として、千葉県肉牛生産農業協同組合が 主体となり、県内の優秀な繁殖雌牛を供卵牛とし 傾斜地の奥へと牛舎を拡張 卵を買い取り、雌が生産されれば必ず保留する 等々の条件はありますが、和牛の受精卵を希望す る県内の酪農家等に低価格で提供し受精卵移植を 行うことにより、肉用牛増頭を推進する事業が開 始されています。(【参考】参照) 酪農をリタイアした高齢者が肉用牛増頭推進の 中心である現状ですが、今後はそれに加えて若い 新規参入者を加えることによって、さらなるこの 南房総伏姫和牛改良組合の増頭に向かっていける よう、今後も行政機関と関係団体、繁殖農家及び 写真手前牛の高さに奥の牛が並ぶ � まとめ 南房総伏姫和牛改良組合が約20年で千葉県内 有数の和牛繁殖地域となった要因として、各会員 酪農家等が力を合わせ、肉用牛の振興を図ってい けるよう願うとともに、畜産協会としては地域肉 用牛振興特別対策事業を活用し、支援していきた いと考えています。 参考:県産和牛ブランド化事業パンフレット の熱心な活動があったことはもちろん、もともと 乳牛のブリーダーとして盛んな地域であり、酪農 家である経験を生かし、繁殖管理上重要な発情に 対するきめ細やかな観察力を十分に持ち合わせて いたという地域の特色が、和牛繁殖に適合してい たと考えられます。加えて、旧富山町の家畜導入 に対しての補助事業をはじめとする地域や県など の行政機関、農協や農済連の家畜診療所などの支 援、千葉県肉牛生産農協の家畜導入時の技術指導 を含めた肉用牛増頭に対しての支援、地域肉用牛 振興特別対策事業の活用による肉用牛ヘルパー組 合の整備などが、安房地域の肉用牛増頭に大きく 貢献してきたといえます。 19
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