地方人口ビジョン・地方版総合戦略:地域コミュニティや産業の変化に

地方人口ビジョン・地方版総合戦略:地域コミュニティや産業の変化に対応した政策に関する研究
岡本 義行,山本 祐子, 穂刈俊彦,渡辺修誠(法政大学地域研究センター)
Keyword:まち・ひと・しごと創生,地方人口ビジョン,地方版総合戦略,地域コミュニティ,産業
岡山県鏡野町をケーススタディの対象にしたのには 4
【問題・目的・背景】
まち・ひと・しごと創生法を受けて、地方公共団体は「地
つの理由がある。1 つ目は、全国には約 900 の町村があ
方人口ビジョン」と「地方版総合戦略」を策定しなければ
り、うち 300 程度は人口が 1 万人台である。鏡野町の人
ならない。策定内容は都道府県と市町村では異なる。たと
口は 13 千人であり、まち・むら分析においての代表性を
えば地方版総合戦略では、都道府県には広域的政策や市町
有すると考えられるためである。2 つ目は、鏡野町は町村
村との連絡調整を盛り込むことを求める一方、市町村には
合併によって形成され、多様な地域コミュニティを内包
地域の特色や地域資源を活かした「身近な」政策作りや市
しつつ緩やかに衰退している。多くのまち・むらと質的
町村連携を盛り込むことを求めている。
問題を多く共有しており、一般的なまち・むらの地域コ
国は「身近な」政策の例として、
「起業創業支援・新規就
ミュニティ要因についての代表性を有すると考えられる
農者の確保・サテライトオフィスの推進・都市農村交流の
ことである。3 つ目は、産業の変容から新たな産業の創出
促進・子育て世代包括支援センターの整備・小さな拠点の
が求められている地域であることである。4つ目は、調
整備」を挙げた。国によるこうした「例示」を受けて、市
査協力が得られたので実地調査が可能となったという実
町村では地方版総合戦略の策定が開始されているが、模倣
践的理由である。
か独自の路線か、のビジョン描きで苦戦している。
インタビュー調査では、地域コミュニティに関する活
特に、過疎化の進展している地域では、少子・高齢化の
動状況、若年層・移住者への雇用状況、結婚、子育てお
進展や平成の市町村合併等により、コミュニティの再編が
よび住み続けることへの意向等を収集し、整理を行う。
必要とされている。また、農林水産業や製造業を中心とし
また、地元の産業の現状と課題では、複数の自治区(集
た産業構造にある地域が多く、これらの産業を取り巻く環
落)住民との意見交換を行い、出された意見を整理して
境は厳しい状況にある。求められているのは、地域資源の
上で、新たな方向性を検証する。
潜在的可能性を生かす新たな産業の創出である。
本稿では、まち・むらレベルという中範囲に射程を絞っ
【研究・調査・分析結果】
た上で、まち・むらの将来展望作りのプロセスにおいて、
1. 鏡野町の概要
地域コミュニティがどのような影響を与えているかを調査
鏡野町は、2005 年(平成 17)に旧富村、旧奥津町、
して報告するものである。また、将来展望において必須と
旧上齋原村、旧鏡野町の2町2村が合併してできた自治
なる地域の産業を取り上げ、現状と課題を整理する。
体である。面積は 419.69ha、うち林野面積が 88%を占め
ている。2015 年 5 月現在の人口は 13,704 人、世帯数は
【研究方法・研究内容】
5,642 世帯である。岡山県の北部に位置し、北は鳥取県、
先に述べたことを明らかにするため、岡山県鏡野町を
東と南は津山市、西は真庭市に接している。
対象として、
「地方人口ビジョン」と「地方版総合戦略」
近年、多くの地域で近隣自治体との広域による政策や
の策定プロセスにおいて地域コミュニティがどのような
連携が多くなっている。鏡野町は津山圏域(津山市、勝
影響を与えているかの点と、また産業と雇用の現状と課
央町、奈義町、鏡野町、美咲町、久米南町)として多様
題の点の2つを、住民を対象とするインタビュー調査(質
な政策が実施されている。津山圏域の特徴は、勝中町以
的調査)や町の自治区で開催した意見交換会での意見を
外はいずれも過疎自治体(一部過疎を含む)である(図
用いて分析する。また、これまでに実施してきた政策の
1)
。
成果と課題を検証する。
鏡野町の地勢は、中国山地南面傾斜地で準平原地であ
以上から得られた知見をもとに、まち・むらにおける
る。気候は内陸型気候で、夏冬の温度較差が大きい。年
平均気温は 12.0℃、年間降水量は 1,842mmであるが、
将来展望政策作りのインプリケーションを述べる。
1
北部では積雪量が多く、2mに達する地域がある。
(2015 年)では、
「多様な子育て支援があるから、この町
鏡野町の産業構造を特化係数にそくして検討する。男
に引っ越してくる子育て世代が多い」
、
「津山市との境の
性就業者の特化係数が格段に高い産業は、農業・林業、
地域では田圃を埋め立て、アパートを建設する農家が増
製造業である。女性就業者の特化係数が格段に高い産業
加している」と述べている住民が複数あった。鏡野町の
は、医療サービスである。女性による労働市場への参加
子育て支援策を見ると、さまざまな手厚い支援が行われ
が格別積極的でないことを踏まえると、鏡野町は第一次
ている(表1)
。中でも、
「病児・病後児保育」や「おむ
産業と第二次産業が産業全体を特徴づけているといえる。
つの提供」は、先進的な支援として保護者の支援策にな
っている、との声が多かった。また、町で実施している
町民アンケート調査によれば、
「子育てしやすいと思う町
民の割合」が多少の上下はあるものの 2010 年(平成 22
年)を機に、高い水準で推移している(図 2)
。
表1 鏡野町の子育て支援事業
資料:鏡野町
図1 鏡野町の位置
出典:
「全国過疎地域自立促進連盟」筆者加筆
2.2005 年に策定した総合計画の成果
鏡野町では 2005 年に総合計画を策定した。そこで定め
られた人口の数値目標は達成された。ここでは、どのよ
うな施策やビジネスが達成を可能にしたのかを検討した
い。検証する事項は、本稿に関係する、①人口ビジョン、
②地域コミュニティ、③雇用、の 3 点とした。
図2 子育てしやすいと思う町民の割合
(1) 人口ビジョン
資料:
「鏡野町民アンケート」筆者加筆
2005 年の策定時における 2015 年の鏡野町の人口推計
(コーホート変化率法で推計)は、12,355 人であった。
次に、アパート建設による人口増加について検証する
そこで、実施された政策は若者定住策である。雇用の場
と、津山市との境にある地域住民等は、
「農業では儲から
を創出し、子育て支援策を手厚くすることで、人口を確
ないから、アパート経営をはじめる者が近隣に多くなっ
保する方針を立てた。そして、その目標人口(2015 年)
ている」
「ここ数年の建設が非常に多い」と述べている。
を 13,000 人とした。結果は、現在(2015 年 5 月)の鏡
実数はさらなる調査を実施しなければならないが、津山
野町の人口が 13,704 人であることを鑑みれば、数字の上
市との境に多くの新築アパート(2LDK)が建設されて、
では、目標は達成されている。
賃貸情報誌に新築物件が掲載されていることが確認でき
達成の要因は何か。筆者等が実施したヒアリング調査
る。
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以上のことから、人口ビジョンが達成できた要因は、
C操作が可能な程度)との意見があった。若年労働力を
①町の子育て支援策、②子育て世代向けのアパートの増
欲しているということができる。さらに、この地域で人
加、が示唆される。
が確保できないならば、別の地域への移転を考えなけれ
(2)地域コミュニティ活動の充実
ばならなくなるという見解も聞かれた。
これまでの政策における基本方針は、①コミュニティ
若手労働者の親世代からヒアリングして労働供給側の
施設の整備、②コミュニティ活動の支援、③ボランティ
ニーズを調べた。その結果、大学卒業程度の知識水準を
ア・NPOの活動支援、④地域間コミュニティの推進、
活用できる職種がないとの意見があった。もしもその条
の 4 点である。
件を満たす職種があれば、子供たちが地元に U ターンす
コミュニティ施設の整備に関しては、温泉湧出地域の
る可能性があるとの見解も聞かれた。
周辺住民に交流の場を新設した例がある。
子育てに関する世代内および世代間の知識の交換を図
3.
「地方人口ビジョン・地方版総合戦略」具体化に向け
るために、子育ての担い手間のネットワークを形成した。
て住民が想定する手法
2005 年の総合計画で目標とした人口目標は達成され
ボランティア・NPO の活動支援に関しては、設立にあ
たっての人的支援を行った。
た。ここもとの課題は、地方人口ビジョン等の策定と、
地域間コミュニティの推進に関しては、ミニ運動会を
その具体化である。ことに住民の意向を踏まえた政策形
組織して、スポーツを通じた地域間の交流を促した。
成が必要とされており、住民自らが地域の課題を把握し、
鏡野町は従来から公民館活動が盛んな地域であった。
その課題解決策を提示することが現下の目的になってい
町の中央に位置する公民館は、町の行事・祭事等にお
る。
いては各地区の住民の活用があった。また、地区を跨い
国が示している「地方版総合戦略」の柱は、①地方に
での活用もあった。しかし、周縁地区にある公民館では、
おける安定した雇用の創出、②地方への新しいひとの流
地区住民の活用はあるものの、地区を跨いでの交流は希
れをつくる、③若い世代の結婚・出産・子育ての希望を
少であった。
かなえる、④時代に合った地域をつくり、安心なくらし
活動の支援状況においては支援の以前の問題として、
を守るともに、地域と地域を連携する、の 4 点である。
人口減少・高齢化により発生しているコミュニティ支援
これらに対する住民の意向がどのようなものか、を調査
のための担い手不足の課題がある。こうした課題は、旧
するために12の自治区(合併前旧町村の単位)で意見
町村において多くあげられていた。特に、子供を介した
交換会を実施した。以下に 4 点の項目における意見の集
活動は、
「少子化の影響から人を集めることが課題であ
約を記す。
る」との意見が多かった。
(3)雇用
表2 各地区の現状と課題
鏡野町の産業就業者の割合は、第一次産業 17.5%、第
二次産業 25.0%、第三次産業 57.4%(平成 22 年度国勢
調査)である。第一次産業就労者は徐々に減少しており、
その分第三次産業就労者が増加している。現在の有効求
人倍率は 1.0 を超えており、希望職種の選好を度外視す
れば労働需給はほぼ満足の状況にあるといえる。
そこで、希望職種に関する労働の需要と供給のギャッ
プがなぜ生じるのかが問題になる。
地元企業からヒアリングして労働需要側のニーズを調
べた。その結果、地元で求人しても人が集まらない、給
与を高目に設定して正社員として採用する待遇にしても
人が来ない、多くの能力を要求しているわけではない(P
資料:筆者作成
3
(1) 雇用
災害を免れる地理的条件が身体生命の安全を確保して
1) 現状と課題
いる。これが大きな地域資源である。高齢化して身体能
雇用の場はあるが、希望する職種が希少である。雇用
力、運動能力が低下したときの地域内での支え合いが確
者と雇用される側の職種がマッチングしない。
保されるようにネットワークを強化することを考えてい
2) 住民が想定する手法
きたい。
多様な職種の職場があれば、子供達は外部に出ないで
地元に残る可能性がある。さらに、雇用の場の充実は移
【考察・今後の展開】
住者の確保に繋がる。
鏡野町の人口ビジョン等の策定に際しては、産業構造の
(2) 人の流れをつくる
変化、
就労構造の転換、
地域間連携の必要性が認められた。
1)現状と課題
これらの前提としてあるものは、地域コミュニティの質を
みどりの協力隊として入って来た者が任を終えても、
いかにして強化するのかという課題である。
各自が雇用の場を作り、多く残っている。個人で移住し
鏡野町の地域コミュニティの課題は大きく分けて 2 点あ
てきた者の定着率があまり高くない。課題は、近隣住民
る。1 つめの課題は、合併前旧町村単位の間、換言すれば、
との交流と雇用の問題である。
「もとのまち」
、
「もとのむら」の間での連携である。合併
2)住民が想定する手法
後 10 年経過しても、なお、住民間では差異を強調する傾向
「みどりの協力隊」や「地域おこし協力隊」など一定
があることが認められた。
「もとのまち」
、
「もとのむら」ど
の審査基準を通過した者や地域住民と馴染める人の移住
うしの差異化志向が、旧町村間の連携に支障を生じさせて
者を望んでいる。できるかぎりは若年層の移住者が望ま
いる。2 つめの課題は、合併前旧町村単位の内部でさらに
しいが、健康な者であれば年齢は問わない。
細分化されている集落単位のコミュニティ間での連携であ
(3) 結婚・出産・子育て
る。分析単位を細分化していくと、
「まち」
、
「むら」単位の
1)結婚・出産・子育て
内部において、さらに異質な「集落コミュニティ」どうし
最も重要な問題は、結婚の相手探しである。出会いの
がことさらに差異を強調していることがわかった。
場が少なくなっているため、どのようにして相手を見つ
本稿は最終的に、まちレベルの地域戦略作りにおいては、
けるのかが課題である。男女ともに未婚者が多くなって
旧町村間レベルでのコミュニティ間差異化の希求と、その
いる。
内側の集落単位レベルでのコミュニティ間差異化の希求と
出産・子育に関する支援は、住民の満足度は高い。手
いう二重の構造があることを明らかにした。本稿の発見事
厚い支援体制を目的として、近隣の自治体から転居を検
実は、
「まち」
レベルの地域戦略作りにおけるこのような
「差
討する子育て世代がいる。
異化の二重構造」がもたらす課題とその克服の必要性であ
2)住民が想定する手法
る。
自治体主導で、結婚相手との出会いの場を多く設定す
このことはひとり鏡野町にとどまる問題ではない。
「差異
る。昔のように結婚の世話役を引き受ける人を育てる。
化の二重構造」がもたらす問題は、鏡野町と同様な合併経
また、現状では世話役を受け入れる姿勢が若年層にはな
緯と産業構造及び人口構成を擁する自治体にあてはまる、
いため、世代間での交流の場づくりを設定する。
いわば中範囲の射程にある問題である。今後は、
「差異化の
(4) 安心・安全な暮らし・連携
二重構造」が生じるメカニズムを解明し、その課題解決策
1)現状と課題
を模索していくことが課題である。
家に鍵をかけなくとも安心な暮らしができる地域があ
る。一部の地域を除けば災害の心配はなく、天候にも恵
【引用・参考文献】
まれた地域である。課題は他地域との連携である。自治
鏡野町(2005)
「鏡野町総合計画」
区が違うだけで交流は希少となる。ましてや地区(旧町
村)が違えば、連携や交流は稀である。
2)住民が想定する手法
4