錆び止め塗料の火災後の変質状態に基づく 火災加熱を受けた鉄骨部材

錆び止め塗料の火災後の変質状態に基づく
火災加熱を受けた鉄骨部材の受熱温度推定に関する
実験的研究
Experimental study on the estimation method of maximum temperature
of building steel member during fire by the deterioration conditions of
anti-rust paints after fire.
安村
栄晃(K112618)
Hideaki Yasumura (K112618)
1.研究背景および目的
火災後の鋼構造物の補修・補強を考える場合、加
熱による鋼材の材料特性の変化等、火害の程度は鋼
材の受熱温度に大きく依存する為その推定が重要と
なる。通常、建物の鉄骨部材には工程の違いはある
が、汎用塗料の下にさび止め塗料が施されており、
火災による加熱を受けると低温域で表面の汎用塗料
が消失し高温域でさび止め塗料が変色やひび割れ
等、熱変質する。変質の程度は部材が受ける受熱温
度によって異なり、その変質の程度を把握すること
で鋼材の受熱温度が推定でき、火害調査に利用でき
る。特に鉄骨部材に明らかな変形・座屈等が生じて
いない場合、鋼材の火災加熱による材料特性の変化
や被害範囲を、火災後の現場で速やかかつ非破壊で
できるだけ正確に見積もる為には、受熱温度の推定
を簡易に行える手法・根拠が必要であり、火災後の
錆び止め塗料の目視による外観性状は火害調査の重
要な推定根拠となる。
そこで本研究では、建物の火害診断および補修・
補強方法指針(案)・同解説 1)に示される変形量調
査や機械的性質調査等、二次調査の前段階として、
目視でわかる明らかな残留変形や柱の倒れがある場
合を除いた一次調査における、火災後建築用鉄骨部
材上の錆び止め塗料の変質状態による受熱温度の推
定について、知見を収集するべく、加熱・冷却実験
を実施した鋼板上錆び止め塗料の変色・ひび割れ・
剝がれ等の変質状態を、条件毎に目視観察し取りま
とめることで、火害調査の一助とすることを目的と
する。
2.研究概要
本研究では、上記指針(案)で扱っていない近年
図1
試験体概要図
の環境配慮による鉛廃止への流れを汲む最新錆び止
め塗料、鉛クロムフリー錆び止めペイントを含む一
般的に使用される錆び止め塗料 3 種類を、ガス炉を
用い通常火災を想定した標準加熱曲線に基づいて、
目標到達温度・加熱方法・冷却方法をパラメータと
して、加熱・冷却実験を実施した。また先行研究で
一般的に使用されている、到達温度を基準として昇
温速度が一定の電気炉による加熱実験も平行して実
施し、2 種類の炉による試験結果の差を確認した。
3.実験計画
3.1.試験体と実験パラメータ
図 1 に試験体概要図、表 1 に実験パラメータを示
す。試験体は、鋼板の鋼種に、小梁・間柱・トラス
等、二次部材に用いられる SN 建築構造用鋼材を使用
した。また鋼板片面をペーパーバフがけで素地調整
し、熱伝対を設置後、錆び止め塗料を施工した。錆
び止め塗料はシアナミド鉛錆び止めペイント・一般
表1 実験パラメータ
番号 炉種類 試験体名
1
DG300-1
2
DG300-2
3
DG300-3
4
WG300-1
5
WG300-2
6
WG300-3
7
DG400-1
8
DG400-2
9
DG400-3
10
DG500-1
11
DG500-2
12
DG500-3
ガス炉
13
DGL500-1
14
DGL500-2
15
DGL500-3
16
WG500-1
17
WG500-2
18
WG500-3
19
DG700-1
20
DG700-2
21
DG700-3
22
DG800-1
23
DG800-2
24
DG800-3
25
DE300-1
26
DE300-2
27
DE300-3
電気炉
28
DE500-1
29
DE500-2
30
DE500-3
さび止め塗 鋼板の目標到達
冷却方法
料種類
温度(℃)
①
②
③
①
②
③
①
②
③
①
②
③
①
②
③
①
②
③
①
②
③
①
②
③
①
②
③
①
②
③
300
空中徐冷
300
水中急冷
400
500
空中徐冷
500(30分維持)
500
水中急冷
700
800
空中徐冷
300
500
D:空中所例 W:水中急冷 G:ガス炉 E:電気炉 L:30分維持
①:シアナミド鉛錆び止めペイント②:一般用錆び止めペイント ③:鉛
クロムフリー錆び止めペイント
用錆び止めペイント・鉛クロムフリー錆び止めペイ
ントの 3 種類、加熱方法は目標到達温度到達後 30
験パラメータは炉はガス炉・電気炉の 2 種類、鋼板
の目標到達温度は 300,400,500,700,800℃の 5 種類、
目標到達温度到達後 30 分温度維持の有無で 2 種類、
冷却方法は空中徐冷・水中急冷の 2 種類として、以
上 30 条件について実験を実施した。
3.2 実験方法
3.2.1 ガス小型加熱試験炉による加熱実験
写真 1 にガス炉内観、図 2 にガス小型加熱試験炉
概要を示す。ガス炉による加熱実験は一般財団法人
日本建築総合試験所の耐火実験棟内にあるガス小型
加熱試験炉を用いて実施した。それぞれ別の錆び止
め塗料を施した試験体 3 体について、炉平面の中央
で対称になるようダミー鋼板を一枚加えて、各塗料
面が内側になるよう、四方に吊るした。加熱は、
ISO834 で示さ
れる標準加熱曲
線に炉内温度が
沿うよう加熱
し、試験体 3 体
とダミー1 体の
平均温度が目標
到達温度に達し
写真 1
ガス炉内観
図 2 ガス小型加熱試験炉平面図
た時点で加熱を
中止する。試験体
番号 13-15 で
は、目標到達温度
到達後すぐに加
熱を中止せず、
500℃に達した時
点から 30 分間平
均試験体温度を
500℃に維持する
試験も併せて実
施した。加熱後の
冷却は、空中徐冷
と水中急冷の 2
種類の冷却方法
を採用した。空中
徐冷では、加熱終
了直後に試験体
を炉外へ出し塗
料面を上向きに
寝かせて冷却し
た。水中急冷で
は、消防水による
急激な温度低下
を想定して、水槽
を用意し加熱終
了 直後に試
験体を水槽内
に浸漬して冷却した。
3.2.2 電気加熱試験炉による加熱実験
写真 2 に電気炉外観、図 3 に電気加熱試験炉概要
を示す。電気炉による加熱実験は一般財団法人日本
建築総合試験所の耐火実験棟内にある電気加熱試験
炉を用いて実施した。電気加熱試験炉は、内寸 300
×400×250mm、最高使用温度 1100℃、電源 200V、加
熱面左右 2 面の仕様のものを使用した。試験体は、
レンガにより試験体 1 体の一部を挟み垂直に立て、
塗料面(試験体温度用熱電対側)と背面の中央から
垂直 4cm に炉内温度用熱電対を設置した。目標到達
温度は、ガス小型加熱試験炉との比較を行うため
300℃、500℃とした。加熱は、炉内温度を 10℃/
分で上昇させ、試験体が目標到達温度に達した時点
から 15 分間温度を維
持した後、加熱を終了
した。加熱後の冷却は、
炉内温度が 200℃まで
低下した後、炉扉を開
放し常温の空気をファ
ンより送り除冷した。
写真 2 電気炉外観
図 3 電気加熱試験炉概要
3.3 測定項目・観察項目
測定項目は、試験体温度と炉内温度とした。観察
項目は錆び止め塗料の、変色・ひび割れ・剥がれ等
目視でわかる外観性状とした。
4.実験結果
4.1 シアナミド鉛錆び止めペイント
図 4 に試験体温度、写真 3 にガス炉による加熱後
の状態、写真 4 に電気炉による加熱後の状態を示す。
ガス炉では 300℃で空中徐冷・水中急冷共に黒く
変色し、300、400、500℃と上昇するにつれて黒味
が薄れた。500℃空中徐冷・水中急冷では大きな違
いは見られなかったが、30 分加熱では均一な変色を
した。700℃で褐色に変色し、800℃でひび割れ・剥
がれは初めて生じた。 また 300℃ではガス炉・電
気炉ともに黒く変色したが電気炉では黒味の中に薄
い褐色も見られた。ガス炉 500℃では一部黒と白味
を帯びた褐色が混在しているが、電気炉 500℃では
均一な褐色に変色しまたひび割れが生じた。
4.2 一般用錆び止めペイント
図 5 に試験体温度、写真 5 にガス炉による加熱の
状態、写真 6 に電気炉による加熱後の状態を示す。
ガス炉では 300℃の空中徐冷・水中急冷共に赤さ
び色からの変化は見られず 400℃で黒味を少し帯び
た。500℃では水中急冷で試験体中央の表面が黒く
変色した。空中徐冷では黒味が無くなり、30 分加熱
では白桃色に変色した。700℃で白桃色、800℃で白
く変色し剥がれが生じた。また 300℃ではほとんど
変化が見られなかったガス炉に比べ電気炉では少し
黒味を帯びた。500℃では一部灰色と白味を帯びた
褐色が混在しているガス炉に比べ、電気炉では均一
に白桃色に変色した。
4.3 鉛クロムフリー錆び止めペイント
図 6 に試験体温度、写真 7 にガス炉による加熱後
の状態、写真 8 に電気炉による加熱後の状態を示す。
ガス炉では 300℃の空中徐冷・水中急冷共に少し黒
味を帯び 400℃で黒く変色した。500℃では空中徐
冷・水中急冷・30 分加熱共に褐色と白桃色が混在し、
初めてひび割れが生じた。700℃で白桃色に変色、
800℃でさらに色が薄くなり大きな剥がれが発生し
た。 また 300℃ではガス炉・電気炉ともに少し黒
味を帯び大きな違いは見られなかった。500℃では
斑な褐色に変色したガス炉に比べ、電気炉では均一
な白桃色に変色した。
5.考察
シアナミド鉛さび止めペイントは、電気炉の
300℃とガス炉の 400℃、電気炉の 500℃とガス炉の
700℃の性状と類似しており、電気炉試験の結果は
ガス炉試験に比べ劣化進行が大きいと考えられる。
また 300℃、500℃の各条件の比較では変色に大きな
違いが見られず、加熱時間や冷却方法による変質へ
の影響は小さいと考えられる。
一般用さび止めペイントは、電気炉の 300℃とガ
ス炉の 400℃、電気炉の 500℃のガス炉の 700℃の
性状と類似しており、電気炉試験の結果はガス炉試
験に比べ劣化進行が大きいと考えられる。また加熱
時間 30 分 500℃と 700℃の性状が近い為、他の塗料
に比べ加熱時間による影響が大きいと考えられる。
冷却方法による変質への影響は 300℃では見られな
かったが、500℃では表面が黒く変色した。これは
さび止め塗料がとれ、鋼板素地が現れたと考えられ
図5
図4
試験体温度(一般用錆止めペイント)
試験体温度(シアナミド鉛錆止めペイント)
写真 3 ガス炉による加熱後の状態
(シアナミド鉛錆び止めペイント)
写真 4 電気炉による加熱後の状態
(シアナミド鉛錆び止めペイント)
写真 5 ガス炉による加熱後の状態
(一般用錆び止めペイント)
写真 6 電気炉による加熱後の状態
(一般用錆び止めペイント)
るが、この実験では断定できない為、化学的調査が
必要と考える。
鉛・クロムフリーさび止めペイントは、300℃で
は炉種による変色の違いはないが、電気炉 500℃は
ガス炉 700℃に近い性状にあったため、電気炉試験
の結果はガス炉試験に比べ劣化進行が大きいと考え
られる。また加熱時間 30 分 500℃と 700℃の性状が
近い為、加熱時間による影響が大きいと考えられる。
また 300、500℃の比較により冷却方法による変質へ
の影響は小さいと考えられる。
6.まとめ
全ての錆び止め塗料で電気炉による試験体の変質
の進行がガス炉に比べ早まる傾向がある。
加熱方法(30 分加熱の有無)の影響は、シアナミ
ド鉛さび止めペイントでは大きくないが、一般用さ
び止めペイント・鉛クロムフリーさび止めペイント
では影響は大きい。
冷却方法の違いによる影響は、一般用さび止めペ
イントでは判断ができないが、シアナミド鉛さび止
めペイント・鉛クロムフリーさび止めペイントでは
影響は小さい。
7.日本建築学会指針(案)への提案
本実験の結果と考察を考慮して、日本建築学会指
針(案)に対し、指針(案)で扱っていない鉛クロム
フリー錆び止めペイントを含む、一般的な錆び止め
塗料 3 種類の火災後の変質状態とガス炉の知見とし
て、表 2 ガス炉加熱による錆び止め塗料劣化状態一
覧を提案する。
表 2 ガス炉加熱による錆び止め塗料劣化状態一覧
推定
受熱温度
800℃
700℃
500℃
400℃
300℃
図 6 試験体温度
(鉛クロムフリー錆び止めペイント)
写真 7 ガス炉による加熱後の状態
(鉛クロムフリー錆び止めペイント)
シアナミド鉛
さび止めペイント
一般用
さび止めペイント
鉛クロムフリー
さび止めペイント
表面色:赤さび色
表面色:赤さび色
表面色:赤さび色
褐色を基調とし
800℃で著しい
剥がれが生じる
800℃で著しい
剥がれが生じる
段階的に褐色
が薄れる
800℃で著しい
剥がれが生じる
段階的に褐色
が薄れる
500℃で薄い灰色 500℃ひび割れ発生 500℃ひび割れ発生
に変色。
400~500℃程度で
300~400℃で黒く 一部黒く変色。
400℃で黒く変色
変色。段階的に黒 みが薄れる。
8.今後の課題
電気炉のシアナミド鉛さび止めペイント・一般用
さび止めペイント共に 300℃で黒味を帯びるがこれ
は既往の研究結果に沿うものであり、試験体仕様の
整合が図れていると考えられる。
ガス炉と電気炉の加熱後試験体の比較より、電気
炉では錆び止め塗料の変質の進捗を過剰に評価して
しまう傾向がある。電気炉による加熱実験は、通常
火災を想定した標準加熱曲線に基づいたガス炉加熱
実験に比べ、目標到達温度までの加熱時間が大きい
為、劣化進捗を大きくしてしまう可能性がある。し
たがってガス炉と電気炉の熱源に関する正確な比較
実験を行う場合、到達温度のみを基準とせず、昇温
速度や加熱時間も考慮していくべきである。
また外観性状において 500〜700℃で錆び止め塗
料の変質状態からの受熱温度推定の判断根拠が乏し
いため、引張調査等の機械的調査や、受熱による成
分の反応等化学的背景の調査も必要と考える。また
本実験では塗装は下塗りのみの試験体であったが、
上塗り・膜厚等、塗装仕様や経年劣化をパラメータ
とした実験も必要であり、今後とも継続してこれら
を検討していきたい。
<参考文献>
1)建物の火害診断および補修・補強方法指針(案)同解
説
日本建築学会
2)鋼構造耐火設計指針
3) 巽 昭夫
写真 8 電気炉による加熱後の状態
(鉛クロムフリー錆び止めペイント)
富岡 洋
日本建築学会
火災を受けた鋼構造物の熱履歴温
度推定法に関する研究(その 2、400℃以下の場合)
日本建築学会大会学術講演梗概集
昭和 56 年 9 月