平成25年(ワ)第515号,第1476号,第1477号 原 告 遠 藤 行 雄 外 被 告 国,東京電力株式会社 第39準備書面 (損害総論補充 避難の合理性) 2015(平成27)年10月30日 千葉地方裁判所民事第3部合議4係 御中 原告ら訴訟代理人弁護士 福 武 公 子 同 中 丸 素 明 同 滝 沢 信 外 1 避難の合理性の判断基準 (1)通常人・一般人を基準とすべきこと 原告らは,これまで,低線量の放射線被ばくであっても健康影響が生じるこ とについて,科学的知見を踏まえた主張立証を行い,区域外からの避難にも合 理性が認められることを主張してきた。 しかし,避難が合理的であるか否かは,科学的一般人を基準に決せられるべ きではなく,あくまでも,通常人・一般人を基準に決せられるべきである。 1 なぜなら,本件原発事故後,政府等の公的機関や専門家,科学者に対する 国民の信頼が崩壊して,科学的合理性なるものへの強い懐疑が存在する上, とりわけ低線量被ばくによる放射能被害については,科学的知見も対立して, 放射線の危険性に関する情報提供の不全や混乱がいまだに存在しているた め,科学的合理性にこだわることは適切ではなく,通常人・一般人が危険だ と感じることには社会的合理性があるとみるべきだからである(甲二共6 7・214頁)。 この点については,潮見佳男教授も,「予防原則と結びつけられる合理性 の判断において科学的合理性が求められる(社会的合理性では足りない)と の立場に依拠し,科学的合理性の基準を不法行為損害賠償における裁判規範 としての因果関係判断に持ち込む場合は,因果関係が認められる余地が今よ りも狭くなるのではないかとの懸念が頭をかすめる。因果関係に関する現在 の理論と実務は,通常人・一般人を基準としたときに合理的と考えられるも のが何かを基準にして,因果関係の存否を判断しているようにも思われるか らである。」旨指摘している(甲二共65・116頁)。 (2)平穏生活権 そして,原告ら第27準備書面において主張したとおり,通常人・一般人 の多数の者が,放射線被ばくによって健康不安を抱くことが合理的であるこ とは,精神医学や心理学の観点からも裏付けられているが,このことは,リ スク認定の観点からも明らかである。 すなわち,専門家のリスク認知が,「分析的システム」に基づいて,精密 的・理性的・抽象的に行われるのに対し,一般人のリスク認知は, 「経験シ ステム」に基づいてハザードを主観的・直感的に認識して行われる上,放射 線災害は,他のハザードと比較して,一般人が,恐怖感・不安感をより強く 感じやすく,また,本件原発事故に関与した被告東京電力,原子力安全・保 安院に対する信頼が低いことからすれば,一般人が,放射線被ばくによる恐 2 怖感・不安感を抱き続けることは,当然のことなのである(甲二共68,6 9) 。 よって,健康不安を抱いた区域外避難者が,健康被害を防ぐために避難を 選択したことは,平穏生活権に基づく行為として,正当化されるべきである。 2 科学的予測とリスク分配 低線量被ばくによる健康影響は,時を経てから,深刻に現れることが分かって いるところ(甲ニ共52,22頁 崎山意見書),本件原発事故の放射線被ばく によって,この先,どのような健康被害が,どの程度の割合で生じるかについて は,科学的知見に基づいた科学的予測をするほかない。 しかし,法律家が,科学的知見に基づいて,将来の健康被害について正しい科 学的予測を見極めることは,極めて困難である。 本件においては,放射線被ばくによる健康被害が生じる高度の蓋然性が科学的 に認められるかという点ではなく,健康被害が生じた際に,その被害結果を,区 域外避難者個人に引き受けさせることを正当化できるかという点が重視される べきである(甲ニ共66・56頁参照)。 3 結論 何ら過失のない区域外避難者らに健康被害を案じて避難した(通常人,一般人 の行動である)原告らの避難慰謝料,生活再建(居住用不動産,家財取得)費用 が賠償されるべきは当然である(リスクを被害者に引き受けさせることは到底正 当化されない)。 以上 3
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