お気に入りの一首を見つけ

特集 文学教材で何を教えるか
お気に入りの一首を見つけ、それについて熱く語る授業を
千葉聡
「どんな短歌が気に入ったの?」
「たとえば、穂村弘の『校庭の地ならし
用のローラーに座れば世界中が夕焼け』
とか。いい歌でしょう?」
す る と 同 僚 た ち は「 い い ね。 情 景 が
目に浮かぶなぁ」とか、「これだけだと、
だれがやっている行為なのかが分からな
いよ」とか、さまざまな意見を言ってく
れる。
「地ならし用のローラーなんて、今の生
り、なかなか書店に流通しない。与謝野
だ。歌集は少部数の自費出版が主流であ
多くの生徒が国語の教科書を通して、
初めて短歌に触れる。それは教員も同じ
「そうだよなぁ。それでも授業では、何
なってしまうことが多いですからねぇ」
白 い よ 』 と 解 説 す る と、 逆 に 味 気 な く
り し ま す が、 短 歌 も 俳 句 も、『 こ こ が 面
業では作品の意味内容を詳しく解説した
把だけれど、そのあとに『夕焼け』が出
「確かにそこは大げさ、というより大雑
「 そ う で す か? 『 世 界 中 が 』 な ん て、
大げさすぎてついていけません」
なかなか面白い」
「いや、分かるでしょ! 歌の主人公の
小ささと、世界の大きさを表現していて、
徒たちは知りませんよ」
晶子の何首かを知っている人はいるだろ
かそれらしいことを解説しないといけな
てくるのが、意外で面白いんじゃないか
「いやぁ、私にもよく分かりません。授
う が、
『みだれ髪』を読みとおしたとい
いんだよなぁ」
一 一首をめぐって議論する喜びを
う人は、一体どれくらいいるだろうか。
放課後、多少余裕があるときには、こ
んなことを訊かれる。お茶の香りの向こ
詠もうと思ったの?」
「千葉先生、さっきの一首を書いてみて
してるんですか?」
そこへ生徒たちが、何かの用事でやっ
てくる。
なぁ」
「千葉さん、短歌って、どうやって教え
われわれ国語教師たちはうなずき合う。
「それにしても、千葉さんはなぜ短歌を
歌集を何冊か上梓している。それを同僚
うの同僚に、私は答える。
くださいよ」
たらいいの?」
にも寄贈しているので、勤務校の国語科
「もちろん、短歌を好きになったからで
連絡用のホワイトボードに、私がさっ
「なんだか盛り上がってますね。何を話
準 備 室 内 に は「 短 歌 の こ と は 千 葉 に 訊
すよ」
よく質問を向けられる。私は二十代の
頃から短歌誌「かばん」に所属しており、
け」という雰囲気があるのだ。
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きの一首を書くと、今度は生徒の一人が
「いかにも青春って感じですね」と意見を
述べたりして、さらに議論は盛り上がる。
手に触りたかった 永田紅
終バスにふたりは眠る紫の〈降ります
式的でも「この歌の、この言葉がいい」
と発言したとたん、人は魔法にかかる。
「自分はこれが好きだ」と認識すること
り歩いてゆくはずでした 東直子
また、言葉にこだわりを持つことで、
人はその一首を深く読み解きたいという
だわりや思い入れを持つようになるのだ。
で、人はその歌に、歌の中の言葉に、こ
ここに並んだ三首は、どれも歌の奥に、
何か深い人間ドラマを隠し持っている。
意欲をかきたてられる。生徒の口から、
ランプ〉に取り囲まれて 穂村弘
夜が明けてやはり淋しい春の野をふた
だが、字面を追うと、どれも分かりやす
ここまで引き出すことができたら、授業
これこそ、文学の喜びだ。国語教師も
生徒も、一人の人間として、自らの感性
を口にすることで、本来の自分に立ち返
い言葉ばかりだ。
は面白い議論に向けて動き出すだろう。
こういう心楽しいひとときを、授業中
に持てないだろうか。
を信じて、議論を繰り広げるのだ。意見
る。ときに誰かと思いを共有できる。
そこで、生徒たちに訊いてみる。
「どの歌が気に入りましたか?」
気をつくることが大切だ。教員が教科書
短歌をめぐっての楽しい話し合いを生
み出すには、まず意見を言いやすい雰囲
「その歌の中の、どの言葉をいいと思っ
これはやや難易度が上がる。だから、
そっと助け舟を出しておきたい。
思ったのですか?」
「では、その歌のどんなところがいいと
いい。生徒にとっては楽な質問だ。
れ た 一 首 を 取 り 上 げ た い。 そ の 謎 に 向
教室では、そんなふうに、想像力をい
たく刺激させられるタイプの、謎の含ま
の全体像を掴むために、想像力を用いる
える。生徒たちは、歌の背景となる物語
前掲の「ふたり」三首のように、優れ
た一首は、ときに物語の一部のように見
謎の含まれた一首を
掲載歌の解説をし、そのあとで「どう思
たのか、教えてくれればいいですよ」
議論は大成功であろう。
いますか?」と言ったところで、生徒た
短歌は磨き上げられた言葉の一連だ。
だ か ら、 一 首 の 中 の ど の 言 葉 を 取 り 上
三
ちは、教師の気に入る無難な答えを返さ
げ て も、 格 好 が つ く。 生 徒 は、「 永 田 紅
『 明 解 国 語 総 合 』 に は、 謎 の 含 ま れ た
短歌が多く掲載されている。どれも清新
作品の世界に深く入り込んでいなくて
も、三首のうちのどれか一つを挙げれば
ないといけない、と思うだけだろう。
の 歌 の『 つ ま ず き な が ら 』 と い う 言 葉
な現代短歌である。ぜひ、ご覧いただき
二 言葉にこだわりを持つこと
たちに、自由に短歌を味わうようにさせ
に ハ ッ と し ま し た 」 と か、「 穂 村 作 品 の
たい。
(ちば さ とし・横浜市立桜丘高等学校)
かって、さまざまな意見が出されれば、
しかない。
て み た。
『 明 解 国 語 総 合 』 所 載 の「 遠 い
〈降りますランプ〉が印象に残りました」
そこで私は、作品そのものの力を信じ
て、授業で私が解説することなく、生徒
片手 短歌九首」には、ひとつのテーマ
のもとに三首が並べられている。
とか答えればいい。だが、こうして、形
ふたり
対岸をつまずきながらゆく君の遠い片
文学教材で何を教えるか
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