「最適発想」による 創造的行政経営の構築

「ドラッカー」と行政経営改革の実践(3)
「最適発想」による
創造的行政経営の構築
淡路富男
行政経営総合研究所
UR:http://members.jcom.home.ne.jp/igover/
※ 未定稿につき誤字などはご容赦下さい。
ドラッカーの知見
ドラッカーは、公的組織のリーダーの重要な仕事の一
つが、「個別的な問題と全体的な問題、短期的な問題と
長期的な問題など、二つのもののバランス(最適)をと
ることである」とする。
非営利組織をマネジメント(経営)するということは、
二つの浮材をつけたカヌーを漕ぐことに似ている。常に
バランス(最適)を考えなければならない。全体に気を取られすぎれば、助け
を待つ孤独な若者という個としての人間の存在を忘れてしまう。保健について
の統計に気を取られすぎれば、救急治療室の赤ん坊を忘れてしまう。
非営利組織と企業との最大の違いは、非営利組織には多様な関係者がいるこ
とである。非営利組織には、一つのステークホルダー(利害関係者)を満足さ
せるだけでよいという贅沢は許されないとする。
1.民間を超える行政活動がある
◆民間と肩を並べる行政
存在意義を問われている行政も多いが、片方では、組織全体としても部分的
な領域にしても「民間を超えた」と評価される行政経営も存在している。青森
県の政策マーケティングシステム、滝沢村の理念型行政経営、太田市のISO
9001・バランスシート・行政評価システム、荒川区の「GAH:荒川区民
幸福度」を掲げた経営の核心に迫る行政活動、三鷹市の深みのある市民との協
働活動、浜松市の戦略経営、三重県のトータルマネジメントシステム、これ以
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外にもいくつかの成功事例があり、それぞれが素晴らしいものがある。
少し詳しく見てみると、荒川区は、市役所改革の基本的な考え方の改革の柱
に「GAH:荒川区民幸福度」を掲げ、人の協働体を区民のために最適に機能
させる「経営モデル」の構築を志向している。太田市の清水市長は、市長にな
った時から市民基点のマーケティングを意識してきたと明言している。「バラ
ンスシート」「市民満足度調査」「ISO9001」の三本柱がしっかりして
いれば「行政の使命」を満たすことができると市民基点の行政を実践している。
三重県では自分たちの行政活動を、県民から見て価値ある行政サービスを提
供するための活動であると考えている。その際、ある行政サービスの一部分だ
けを切り出して、その良し悪しを議論するのではなく、常に「県民から見たそ
の行政サービスの本来の目的から見てどうなのか」という視点で考えている。
発想の根幹が、組織の特定部分の最適化を目的にした「部分最適志向」ではな
く、顧客である県民から見た組織全体の最適化を目指す「全体最適志向」に移
行している。
具体的には、総合計画の「県民しあわせプラン」を実現するため、さまざま
な県政運営の仕組みが、より体系的・効果的に機能するよう「全体最適」の考
えに沿った創造的改革を追求するトータルマネジメントシステムを構築してい
る。
住民から一定の評価を受けている行政は、多様なステークホルダー(利害関
係者)との関係から、自組織の最適なポジショニングを追求できる行政改革を
強めている(図表参照)。行政に必要とされる環境対応の仕組みと方法は、そ
の水準を大きく引き上げ始めている。
最適なポジションはどこか
創造的改革での対応
最適は
◆最適を追求する企業
これら住民の視点に立って常に最適なポジションを求める経営の考え方とや
り方は、顧客満足を獲得し高い業績をあげている民間企業でも重要な経営概念
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である。
日本経済新聞社と日経リサーチが共同開発した多角的企業評価システム「P
RISM(プリズム)」で毎年上位を占めているキャノンは、全体最適の発想
で組織を活性化し高収益をあげ続けている。
キャノンの強さは、環境変化に合わせて自社の強みを最大限に発揮していく
持続的な「柔軟性」と「変身力」にある。「部分最適」から「全体最適」へ意
識改革を徹底し、顧客に視点をおいた全体最適の経営の仕組みを構築しながら
「創造的破壊(イノベーション)」を実行し、効果的、効率的な組織をつくり、
顧客の支持を獲得している。
これから構築すべき経営モデルは、顧客と組織構成員と組織の間に相互信頼
感をベ-スとした全体最適を目指した「最適発想」の創造的経営だと言われて
いる。
◆より多様な顧客への対応
行政組織の顧客には0歳から100歳を超える住民がいる。地域社会で生活
し、衣食住とそのニーズは幅広く多様である。さらに税金の支払者としての住
民、行政サービスの受け側としての住民、主権者としての住民特性をもつ。
その多様な特性を有する住民が生活する地域社会は、多くの深刻な悩みを抱
え地域社会を蝕みつつある。地域社会の安定と発展に大きな責任がある行政の
役割発揮が求められるが、活用できる経営資源は限られている。その状況下で
「最適解」を求めるイノベーション的な行政行動が要請される。
ドラッカーは、社会の問題解決は公的機関の機能であるとし、
問題を「機会」に転換することで社会の要請に応え、社会での存
在を確かなものにすべきとする。これには「顧客を理解するマー
ケティング力と新しい満足を創造するノベーション力が必要になり、これをど
のように実現するかが、組織の社会的責任を果たすことになる」とする。
2.失敗している行政活動の方が多い
◆手法が闊歩する庁内
そこで、住民を基点(マーケティング)とし、常によりよい状態実現(イノ
ベーション)を志向する最適発想の創造的経営といった視点から、行政経営改
革で積極的な取り組みをしている行政を参考にしながら、地域を再生できる「行
政経営」のあり方や構築方法を検討する。
その前に、ここで忘れてはならないのが、前回の「強み」の展開で述べてき
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手法のてんこ盛り経営
PF I
SWOT分析
ト
ン
市場
メ
アセス
化テ
行政評価
方針管理
スト
ISO
プロセス改善
経営会議コンビテンシーモデル
事務事業評価制度
アウトソーシング
目標管理
議
戦略会
ベンチマ-キング
ナレッジ・マネジメント
パランス・
スコアカ
ード
庁内自己改革の回避
たような優位点がありながら行政経営改革に失敗している行政が多いことであ
る。失敗する行政に見られる共通のことは、民間以上に改革に関する方法や手
法がこの世の春を謳歌していることである。いわゆる「手法てんこ盛り運営」
である。
首長が何かの講演会で刺激されて「民間経営的手法の導入」と宣言すると、
途端に庁内には、トータルクォリティマネジメント、バランススコアカード、
ナレッジマネジメント、ベンチマーキング、ベストプラクティス、マネジメン
トアセスメント、といった横文字が飛び交い、それぞれに予算が付けられて導
入される。
しかし、多くは学者の講演で終わり、バランススコアカードは消化不足に、
ナレッシマネジメントは浸透せず、ベンチマーキングは従来の視察と変わりな
く、ベストプラクティスは数回の発表会で終了し、マネジメントアセスメント
は徒労に終わる。予算を使って導入したことは事実であるが、その効果は問わ
れない。導入したこと自体が成果でありその効果には関心がない。
こうして一度導入された制度は、よほどのことがない限り、その効果に関係
なく数年は継続して使用される。庁内には個々の手法とそのマニュアルが闊歩
し、手法使用のための業務が増加する。
◆イチロー製のバットでもヒットは打てない
行政は、ほぼ3年単位で「行政改革計画」を書き変えるが、
その成果は乏しい。行政改革として取り組まなくてはならない
現在の課題は、手法の導入といった部分的な方法で解決するも
のではない。
首長選挙を通じて行政が取り組むべき「住民満足を向上させる」目標は既に
明らかになっている。これまでの審議会や研究会の答申から、行政が解決すべ
き課題も提示されている。改革に必要な個々の手法や制度も揃っている。だが、
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実効性のある行政改革はほんとうに少ない。
それは「イチロー製」の高価なバットを購入したからといって、明日の試合
でヒットが打てるわけではないことと同じである。野球に関する基本的な考え
方を学習し、それを具現化する「打つ」「走る」「守る」をバランスよく組み
合わせ、それを目標とした水準まで持ち上げる基礎体力を身につけなければな
らない。現在の行政経営は、用具は立派だが、試合の当日しか練習をしない「草
野球」のレベルである。これでは現在の疲弊した地域を担うことはできない。
エラー続出で自滅してしまう。
-ビジョナリーカンパニーのコリンズの指摘-
コリンズは、ビジョナリーカンパニーで「すばらいアイデアを持つのは、悪
いアイデアかもしれない」とし「ビジョナリーカンパニーには、
すばらしいアイデアや卓越した製品を出発点
とする企業はほとんとない。偉大な組織を築
くために必要なことは、何よりもまず偉大な
組織なのであって、ひとつの偉大なプログラ
ム(手法・技法)ではない」としている。
◆ラストチャンスか
前回述べたように、首長と職員の能力はある、信頼を失いつつあるが「腐っ
ても鯛」である。まだ住民との協働の可能性もある。それでいながら失敗を繰
り返す組織は、それらの「強み」が消失する前に改革しなければ、何もできな
いし何も残せない。
日本の公的機関は、地方財務も含め全体で1000兆円にもなる負債を抱えて
いる。国債購入の投資家が、日本の返済能力に疑念を持つ前に、その信任を確
保しなければならない。それは何を目的に、どのような考え方に基づいて、ど
のように行政改革と財政改革を
行うのかを明らかにして、それ
最後の機会
を実行できる組織への改革を宣
ラストチャンス
言することである。
かって大騒ぎした「失われた
10年」が終わりかけたと思わ
れた頃、半分冗談として「これ
膨張する
借金
からの改革が不徹底なら失われ
た20年もある」と言われたが、
悲しいかなそれが現実にものに
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なった。国家経営改革はまったく骨抜きになり、地方経営改革は手法導入の形
式的な内容になった。公的組織のリーダー陣には「猛省」が必要である。
「公的組織の怠慢による人災」ともいえるこの長い不況からの脱却には、民
間の自助努力の継続と合わせて、国家経営、地方経営を担う行政の改革が必要
である。毎年、特別会計も入れると純計で約214兆円を取り扱う公的組織が、
これまでのように「後手、前例、先送り」といった自分たちに都合の良い行動
を続けるのでは、日本は確実に破綻国家になることは間違いがない。
この連載では、住民や国民から見て最適と評価される、環境変化に対応でき
る創造的な行政とはどのようなものなのかを検討していきたい。
※ドラッカーの言葉は「マネジメント」「チェンジリーダーの条件」
「明日を支配するもの」「非営利組織の経営」「ドラッカー365の
金言」「経営の哲学」(全てダイヤモンド社)などからの引用です。
ー著者紹介ー
淡路富男(あわじとみお)
行政経営総合研究所
民間企業を勤務後、民間大手コンサルティング会社、
(財)日本生産性本部主席経営
コンサルタントを経て、現在は行政経営研究所を主宰する。
民間企業の経営コンサルティングと並行して、
「行政経営導入プログラム」を開発し地
方自治体での行政経営改革コンサルティング、総合計画の策定、行政経営研修、管理
職マネジメント研修、自治体マーケティング研修、講演で成果をあげている。自治体と
民間、経営とマーケティングのそれぞれ両方を熟知したコンサルティングである。
◆並職
(財)日本生産性本部自治体マネジメントセンター主席コンサルタント、
(財)日本生産性本部コンサルティング部、パートナー経営コンサルタント
各自治体 長期総合計画審議学識委員
各自治体 行政改革推進学識委員
各自治体職員研修所 自治体経営研修講師、管理職向けマネジメント研修講師
◆専門領域:総合計画、行政経営改革、マネジメント、公共マーケティング
◆主な著書:
『自治体マーケティング戦略』
(学陽書房)
『民間を超える行政経営』
(ぎょうせい)
『首長と職員で進める「行政経営改革」
』
(ぎょうせい)
◆コンサルティング、研修、講演のお問い合わせは下記に
電話・FAX 03ー6760ー7306
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