独立行政法人国立病院機構東京医療センター 東京医療センター公開医局講演会 2014 年 9 月 18 日 平成 26 年度東京医療センター てんかんにおける CHRNA4 遺伝子変異を皮切りに、てんかん の責任遺伝子は次々に明らかになってきました。 CHRNA 4 は アセチルコリン受容体遺伝子で、その後、 Na、K、Ca イオン 公開医局講演会 チャネルや GABA 受容体の遺伝子変異が同定され、それらの 「小児神経疾患と遺伝子検査」 てんかんはチャネル病とも言われるようになりました。チャネ 小児科医師 有馬 ふじ代 登録医ニュース 【てんかんと遺伝子検査】1995 年、常染色体優性夜間前頭葉 ル遺伝子異常のてんかんの多くは、家族性ですが、いくつかの 第29号 地域医療カンファレンス 2014 年 7 月 10 日 特発性てんかんとも臨床的類似点を認めており、チャネル遺伝 2014年10月発行 分子抗体薬ベバシズマブにより、QOL を改善することも可能となって おり、補助 療 法などの新しい知見により、悪 性神 経 膠腫の 再発のさ らなる制御が期待されています。 子異常と特発性てんかんとの関連に対しても研究が進められ 第 95 回 ています。最近では、マイクロアレイ染色体検査を用いて乳児 「悪 性 神経 膠腫 は 近い 将 補 助 療 法 は進 歩 していますが、残 念ながら劇 的 には予 後は改 善 し 来治るのか?」 ておりません。これは、神経 膠 腫が浸潤 性 発育と呼ばれる脳 の中を 早期てんかん性脳症を中心に遺伝子解析がおこなわれ、さらに 【どこで治療すべきか】このように悪性神経膠腫に対する診断、手術、 【はじめに】小児神経疾患の診断に用いられる遺伝学的検査は、 次世代シーケンサーを使って新たなてんかんの責任遺伝子が これまで染色体 G-band 法、FISH 法といった染色体の構造異 同定されています。(表2) 常を明らかにする検査でしたが、最近ではゲノム DNA を使っ 【最後に】新たな検査技術の進歩で、多くの遺伝情報を 手にす て PCR 法、マイクロアレイ染色体検査、次世代シーケンサー ることができるようになってきました。一般臨床において新し 【はじめに】悪 性 神 経 膠 腫 は、他 臓 器 の悪 性 腫 瘍 に比 べて発 生 頻 す。言い換えれば、手術と補助療法で制御が良くてもいつか再発す といった分子生物学的検査も行われるようになってきました。 い遺伝子検査がより身近になり、得られた遺伝情報が多くの患 (表 1) 度が少なく、悪性脳腫瘍に興味のある脳神経外科医以外では遭遇 る腫瘍です。再発時には麻痺が進行したり、痙攣を起こしたりするた 者様の役に立つものと期待しています。 する機 会は少ないと思います。また、臓器の特殊 性から片 麻痺、意 め、遠くの病 院に通 院したり、入 退院 を繰り返したり、夜間 に搬 送さ 識障害を呈することが多く、長く外来通院をされる患者さんが少ない れることは、ご本人、ご家族にとって、次第に大 変なことになります。 こともその一因かもしれません。私が脳神経外科医になった頃は、術 ごく一部の検査を除けば悪性神経膠腫の診断、治療は中核病院で 前 の画 像 所 見 で悪 性 神 経 膠 腫 であれば、星 状 細 胞 腫 でも稀 突 起 あれば可能であり、むしろメリットも大きいと考えます。 【精神遅滞と染色体検査】1991 年に脆弱 X 症候群患者におい て、精 神遅 滞の 原因 遺伝 子 が初め て同 定さ れま した 。 脆弱 X (表1) 症候群は精神遅滞と長い顔、大きい耳、下顎の突出、巨大睾丸 などの外表奇形を伴う症候群で、精神遅滞患者の 100~200 人 脳神経外科 林 拓郎 “滲み込むように”発 育するため、腫瘍だけを摘 出することが困難で あり、過 度に摘 出することで新 たな神 経脱 落 症 状を引 き起こすため です。また、他の癌と同 様に化 学 療 法のみで縮 小することも困 難で 膠腫でも起源とするグリア細胞が異なるだけで “このぐらい取って、 前任地、藤田保健衛生大学 病院は日本一の病床数を誇り、脳神 あとは放射線”というように治療されてきました。しかしながら、最近の 経 外科は日 本でも有数の脳 腫 瘍症 例を誇っております。悪 性神 経 知 見 では悪 性 神 経 膠 腫 でもいくつかの遺 伝 子 発 現 により、予 後 に 膠腫の治療症例も多く、その経験に基づきお役に立てればと考えて 相 違 があることが分 かってきました。また、新 しい診 断 法 、治 療 法 も おります。 常が同定され、X 連鎖精神遅滞症候群という疾患概念が生まれ 報告されてきました。 (図 1) ました。現在では、遺伝子異常の検出率の高さから、欧米では 【遺 伝 子 解 析】病 理 学 的 にグリア細 胞 のうち星 状 細 胞 を起 源とする 精神遅滞の遺伝子検査はマイクロアレイ染色体検査が第一選 星 状 細 胞 腫 (astrocytoma)と希 突 起 膠 細 胞 を起 源 とする稀 突 起 膠 択と考えられており、保険診療として検査可能です。 腫 (oligodendroglioma)、悪 性 度 が進 んだ退 形 成 性 、そして最 も悪 に一人といわれています。 脆弱 X 症候群の責任遺伝子が X 染色体上に存在する FNR1 遺 伝子であることがわかってから、次々に X 染色体上の遺伝子異 【自閉症スペクトラム障害(ASD)と染色体検査】近年、発達 障害は増加傾向にありますが、中でも ASD で遺伝子研究が盛 んです。ASD の原因は染色体・ゲノム異常が 7~20%、単一 遺伝子疾患が 5~7%、代謝異常症が 5%以下で、70%以上は 原因不明といわれています。基礎疾患の一症状として自閉症症 状を認める症候性 ASD は、従来の遺伝子検査で診断をつける ことが可能ですが、特発性 ASD では、マイクロアレイ染色体 性 度 の高 い多 形 膠 芽 腫 に分 類 されます。これらは悪 性 度 に応 じて (表2) 同 一 に治 療 されていましたが、一 部 の稀 突 起 膠 腫 の患 者 さんの予 後が多いことが分かり遺 伝 子 解 析が行われるようになりました。その 結果、1p/19q 共欠失により、予後の化学療法の反応しやすいもの、 比較的予後の良いものがあることが分かってきました。また、IDH1 と 呼ばれる酵素の変異の存在により予後が良いことも知られるようにな っています。また、現在の術後 の化学療法ではアルキル化剤である 検査や次世代シーケンサーといった新たな検査法を用いての テモゾロミドが第一選択ですが、テモゾロミドへの抵抗性の獲得が問 解析が進んでいます。欧米では既に、マイクロアレイ染色体検 題となっております。これに対しても MGMT という遺伝子の発現の有 査を使った大規模研究が始まっており、その研究から、特発性 無により、効果の差異が明らかになっております。 ASD では「様々な頻度の一塩基変異やコピー数変異と、新た に発生したデノボ変異が相互に影響し合って ASD 発症のリス 【術中/術中診断・手術】現在では、診断技術の向上により、術前に MR スペクトロスコピーでより正確な術前診断を行うことができるように クを高めている。」という仮説が出てきました。コピー数変異 なりました。術中ナビゲーションや 5 アミノレブリン酸による蛍光励起 とは、マイクロアレイ染色体検査で検出される構造異常のこと 法で腫瘍の局在と正常脳を可視化しながらの摘出術も可能となって で、数百塩基対以上の大規模なゲノム構造の多型で、ゲノムの おります(図 1:術中所見で赤く光っているのが腫瘍、周囲の黒い部 一部の欠失や重複を認めます。また、ヒトの遺伝子変異は親由 分は正常 脳)。腫瘍 摘 出腔に留置 可能 な抗 腫瘍 剤、BCNU ウェハ 来とデノボが混在していますが、ASD では優位にデノボ変異 ーにより、局所制御も可 能となっております(図 2:術中所見 の白い が多いといわれています。これまで明らかになった変異に共通 円盤、術後 CT の赤矢印がウェハー)。これは化学療法の効果の減 する点は、これらがいずれも、シナプス機能に関連する遺伝子 弱する脳脊髄 関門に関係なく抗腫瘍効果が得られる新しい治療法 であり、このことから ASD の発症はシナプス機能 です。 となんらかの関連があることが示唆されています。しかしなが 【術後補助療法】前述のテモゾロミドと放射線療法により、無増悪生 ら、ASD では共通のゲノム異常が存在せず、さらに疾患発症 存期間も延長してきています。また、テモゾロミドの別の耐性 獲得経 には、遺伝的要因ばかりでなく、環境因子、遺伝―環境相互作 路の研究も各施設でさかんに行われています(Hayashi T, Hirose Y 用、確率的要素が関わると考えられており、今後の更なる研究 et al. J Neurooncol 2013 など)。残念ながら再発した症例に対しても、 が待たれるところです。 (図 2) 東京医療センター公開医局講演会 2014 年 9 月 18 日 平成 26 年度東京医療センター 一方、最近はインターネットなどで根拠の乏しい遺伝子検査が医療 機 関 を介さずに実 施されるサービスが急 増 していて懸 念されます。 人間の遺伝情報は極めて重要な個人情報であり、安易に外部に出 東京医療センター公開医局講演会 2014 年 9 月 18 日 す事は大変危険です。遺伝子検査の結果の正確な解釈と正しい活 平成 26 年度東京医療センター 公開医局講演会 用には熟練した医師、遺伝カウンセラーの関与が必須です。 公開医局講演会 「臨床遺伝センター開設のご案内」 【 臨床遺伝センターの特徴と体制 】 「乳がんの遺伝子検査と治療」 臨床遺伝センター長 松永 達雄 当臨床遺伝センターでは、安全、安心を第一に、患者の皆様の気 持ちを何よりも大切に取り組んでまいります。小児疾 患からがんまで 幅 広 い疾 患 が対 象 となりますので、各 疾 患 の診 療 を担 当 する専 門 科 の医 師 、臨 床 遺 伝 専 門 医 、臨 床 遺 伝 センター看 護 師 らによるチ 【 臨床遺伝センターの役割 】 ーム医 療で、患 者 様の不 安や問 題の理 解から、遺 伝 子 検 査 とその 本年 8 月より当院に臨床遺伝センターが開設されました。近年にな 判断、結果のご説明とその後 の診療への橋渡しを適 切かつ親身に って遺 伝 医 学 が著 しく進 歩 し、医 療 における遺 伝 医 学 の重 要 性 が 行います。 社会 的に広く認 知されたため、当院の患者 様に遺 伝医 療を適切か 遺伝子検査は少量の採血を 1 回行うだけで可能ですが、精度の つ効果的に提供することが目 的です。大学病院では遺伝の診 療科 高い解析には熟練した技術と判断、そして充実した設備が必要にな が国内でもかなり普及しましたが、それ以外の病院ではまだ取り組ん ります。私達は最先端の技術、知識、設備で対応致します。 でいる施設は少なく、国立病院機構でも全科的な取り組みは初めて 遺伝を扱う際にはプライバシーの保護が極めて重要となります。この です。まずは、患者様からのご要望が多く、既に遺伝医療の有効性 ため、当臨床遺伝センターでは診療とそれに付随する様々な案件に と安 全 性 が確 立 している乳 がん、小 児 遺 伝 性 疾 患 、難 聴 を対 象 疾 十分に配慮して、特別なシステムの下で管理しています。 患として診療開始しておりますが、今後、他の疾患や遺伝的体質に 遺伝 医 療では十分な理 解に基づいた本 人の自 発 的な意 思決 定が 応じた薬剤の選択などへの取り組みも順次進める予定です。 重要です。このため、倫理的な側面を含めて、個人の意志を尊重し、 【 遺伝医療の社会背景と課題 】 時間をかけて遺伝カウンセリングを行います。 以 前は、遺 伝疾 患は稀であると考えられていましたが、今では遺 伝 【 遺伝医療の展望 】 がほとんどの疾 患 に関 係 していることがわかっています。このため、 今はまだ根本的に治療できない遺伝性疾患に対しても、iPS 細胞 欧米では遺伝医療が広く普及している国もあります。また、遺伝疾患 などの再 生 医 療 や新 薬 開 発 で治 療 できる日 が近 づいています。そ というと、原因不明の疾患、治療できない疾患、あるいは特定の家系 のような希望を持ちつつ、私たちは目の前にいる患者様に最善の診 に代々伝わる疾患といったイメージを持たれる場合もありますが、医 療を提供する使命を果たしたいと考えます。このために日々の研修、 学の進歩により原因や病態も解明され、予防や治療もある程度可能 研究にたゆまず取り組みます。 な遺伝性疾患も増えています。そして決して一部の家系だけの問題 ではないことも明 らかになっています。遺 伝 に関 する知 識 や技 術 を 正しく活用することで、効果の高い薬剤や 副作用の少ない薬剤の選択にも役立つ場合があります。 乳腺外科医長 松井 哲 【はじめに】 乳がんを発症する女性が非常な勢いで増加しており、女性の 悪性腫瘍の中で罹患率が第 1 位になっています。今や日本 人女性の 12 人に 1 人が乳がんを発症すると言われています。 乳がんの発 症には食 生 活 や喫 煙 などの環 境 要 因 と、生 まれ つきに受け継いでいる遺伝要因が関わっています。遺伝性に 発症する乳がんは全体の 5-10%程度ですが、遺伝子解析の 進歩とともに、乳がんに直 接関連した原因遺伝 子の BRCA1 および BRCA2 が発見され、日常診療のレベルにまで遺伝子 診断が応用できる環境が整ってきました。 【HBOC について】 乳がんと卵巣がん全体の 5~10%は、遺伝要因が関係して発 症 する遺 伝 性 腫 瘍 (家 族 性 腫 瘍 )と考えられています。遺 伝 性乳がん・卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer; 以下 HBOC)では生来もっている遺伝子に病的変異 があるため、若い年齢での乳がんの発症、両側の乳がん発症、 乳がんと卵巣がんを共に発症するなどの特徴があります。また、 複数の血縁者での乳がんや卵巣がんが生じ、男性の血縁者 でも乳がんを発症する場合 もあります。膵臓がんや前 立腺が んが発症することもあります。(表 1) BRCA1 遺伝子と BRCA2 遺 伝 子 と い う 2 種 類 の 遺 伝 子 に 病 的 変 異 が ある 場 合 に、 HBOC と診断されます。HBOC と診断された女性では生涯で 41-90%の確率で乳がんを発症するため、検診や予防につい て特別な対応が必要になります。(表 2) 【遺伝子検査の進め方】 若い年齢で乳がんになり、家系内に乳がんや卵巣がんの方 が複数いる場合には HBOC を疑って遺伝子検査をすることが 可能です。(表 3) 遺伝子検査を希望される場合にはまず、 遺伝子外来を受診していただき、十分なカウンセリングを受け た後に最終的な検査の実施を決めていただきます。乳がんを 発症した発端者については、BRCA1 遺伝子と BRCA2 遺伝子 の全 塩 基 配 列 を調べ、病 的 変 異の有 無 を確 認します。遺 伝 子変異が判明した家系の血縁者については、発端者で異常 が判明している部分の変異を確 認する事が可能です。 BRCA1/2 遺伝子に異常があると、こども(次世代)にその変 異が引き継がれる確率は 50%です。 BRCA1/2 遺伝子に病的変異があったとしても、必ず乳がん や卵巣がんを発症するわけではありませんが、リスクが高い素 因があると認識して、その後の綿密なスクリーニング検診が推 奨されています。場合によっては、予防的に卵巣や 乳房の切除手術を検討するケースもあります。 【検査における注意点】 遺伝子外来の診察や遺伝子検査、その後のカウンセリングは 健康保険ではカバーされていない自費診療となっています。 非常に重大な個人情報を取り扱う事になりますので、セキュリ テイ ーには十 分 に 配 慮 し た取 り 組 みをおこ なっております。 不明な点は担当者にお問い合わせ下さい。
© Copyright 2024 ExpyDoc