Chapter 11 正準変換

Chapter 11
正準変換
今回の内容
/// 前回までの復習
§11 正準変換
/// レポート課題
§12 ポアッソン括弧
前回までの復習
• 一般化座標
• ラグランジュ形式の力学
• 相空間
• ハミルトン形式の力学
1
11.1. 座標変換の必要性
11.1
2
座標変換の必要性
ハミルトン形式の力学では、基本方程式である正準方程式が
∂H
(q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
∂pi
∂H
ṗi = −
(q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
∂qi
q̇i =
という形をしているので数値計算と相性が良く、この方程式をそのまま数値積分
プログラムに移すことができて便利であるということを前回まで紹介した。これ
はラグランジュの運動方程式にはない利点である。
とはいえ、方程式が上の形をしていれば常に数値積分プログラムに渡せると
は限らない。たとえば、ハミルトニアンが以下で与えられる系を考える。
H(q, p) =
mg
q 4 p2
+
2m
q
(11.1)
このハミルトニアンから正準方程式を作ると次のようになる。
∂H
q4 p
=
∂p
m
∂H
2q 3 p2
mg
ṗ = −
=−
+ 2
∂q
m
q
q̇ =
(11.2)
(11.3)
この方程式を、これまでの例題で何度か使ってきた 4 次ルンゲ=クッタ法を使っ
た数値積分プログラムに入れてみよう。
1
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Listing 11.1: free fall ball q
v o i d e q u a t i o n o f m o t i o n ( d o u b l e ∗ pos , d o u b l e ∗ dpos , d o u b l e dt )
{
//
Hamiltonian
//
H( q , p ) = q ˆ4∗p ˆ2/2 + 1/ q
//
dq/ dt = q ˆ4∗p
//
dp/ dt = −2q ˆ3∗pˆ2 + 1/ q ˆ2
//
d o u b l e q = pos [ 0 ] ;
d o u b l e p = pos [ 1 ] ;
double
double
double
double
}
q02
q03
q04
p02
=
=
=
=
q∗q ;
q02 ∗q ;
q03 ∗q ;
p∗p ;
dpos [ 0 ] = ( q04 ∗p ) ∗ dt ;
dpos [ 1 ] = ( −2∗q03 ∗ p02 + 1/ q02 ) ∗ dt ;
シミュレーションのための解析力学
11.1. 座標変換の必要性
3
これを実行すると・
・
・計算が破綻する!式 (11.3) の右辺第 2 項の分母の q がゼ
ロになったせいかではないかと思うかもしれないが、そうではない。調べてみる
と q や p の値が途中で値が急に大きくなり始めて、最終的には数値的に発散して
しまっている。なぜだろうか?
解がこのように発散するのは数値計算手法に問題があるためはなく、実は方
程式を正しく解けているためである。上の正準方程式は正確に解くことができて、
その解は
1
q(t) =
2
1 − gt2
√
なのである。この q(t) は t = 2/g で発散する。ルンゲ=クッタ法のような数値
積分ルーチンがいくら汎用性が高いといっても、途中で発散するこのような解を
求めることはさすがにできない。
q
1
t
この問題の場合、解こうとしている系に設定した正準座標 (q, p) の取り方がま
ずかったのである。 別の正準座標 (Q, P ) で解いていれば問題は生じなかった。こ
シミュレーションのための解析力学
11.1. 座標変換の必要性
4
の場合の適切な(数値的にもきちんと解ける)正準座標 (Q, P ) の取り方の例は後
で見ることにして、まずは正準座標の座標変換を一般的に考えてみよう。
一般に、N 自由度系のハミルトニアン
H(q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
が与えられたとき、正準変数
(q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
を座標変換
(Q1 , . . . , QN , P1 , . . . , PN )
に変換することで、正準方程式
∂H
(q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
∂pi
∂H
ṗi = −
(q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
∂qi
q̇i =
(11.4)
(11.5)
は、別の形に変換される。
ラグランジュ形式の力学では、一般化座標
(q1 , . . . , qN )
から別の一般化座標
(Q1 , . . . , QN )
への点変換
Qi = Qi (q1 , . . . , qN )
を施してもラグランジュの運動方程式は変換前
(
)
∂L
d ∂L
−
=0
dt ∂ q̇i
∂qi
と変換後
d
dt
(
∂L
∂ Q̇i
)
−
∂L
=0
∂Qi
で同じ形になることを前の章で確認した。
いま考えているのは、相空間全体での座標変換
Qi = Qi (q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
Pi = Pi (q1 , . . . , qN , p1 , . . . , pN )
(11.6)
(11.7)
である。一般化座標と一般化運動量を自由に混ぜてしまうわけであるから、ある
特定の k に対する Qk と Pk は、互いに共役な 2 つの座標の対としての意味はあ
るにせよ、どちらが座標で、どちらが運動量か、という区別は意味がなくなる。
シミュレーションのための解析力学
11.2. 正準変換の例
5
この座標変換で方程式が正準方程式でなくなってしまっては不便である。つま
り上の座標変換 (11.6) と (11.7) を施しても、変換前の正準方程式 (11.4) と (11.5)
と同じ
∂H
(Q1 , . . . , QN , P1 , . . . , PN )
∂Pi
∂H
Ṗi = −
(Q1 , . . . , QN , P1 , . . . , PN )
∂Qi
Q̇i =
という正準方程式が成り立って欲しい。このように正準方程式を変えないような
正準変数の座標変換を、正準変換 という。
11.2
正準変換の例
自由落下問題の例に戻ろう。ハミルトニアン (11.1) をここに再掲する。
H(q, p) =
q 4 p2
mg
+
2m
q
(11.8)
このハミルトニアンの正準変数 (q, p) を別の座標に
(q, p)
⇒
(Q, P )
と変換しよう。ここでは具体的に
Q = Q(q, p) = q 2 p
P = P (q, p) = 1/q
(11.9)
(11.10)
という変換を考える。(証明はしないがこれは正準変換である。)
この新しい正準変数でのハミルトニアンは
mg
q 4 (Q, P )p2 (Q, P )
+
2m
q(Q, P )
Q2
=
+ mgP
2m
H(Q, P ) =
(11.11)
なので、正準方程式は
∂H
= mg
∂P
∂H
Q
Ṗ = −
=−
∂Q
m
Q̇ =
である。この微分方程式は数値計算しても全く問題ない。
(実際には手で解けるが。)
シミュレーションのための解析力学
Chapter 12
ポアッソン括弧
12.1
ポアッソン括弧
2N 次元の相空間中で定義された二つの関数 f , g に対して {f, g} は ポアッソン括弧
と呼ばれ
)
N (
∑
∂f ∂g
∂g ∂f
{f, g} =
−
(12.1)
∂qj ∂pj
∂qj ∂pj
j=1
と定義される。
定義から
{g, f } = − {f, g}
(12.2)
{f, f } = 0
(12.3)
である。また、c1 と c2 を定数として
{c1 f1 + c2 f2 , g} = c1 {f1 , g} + c2 {f2 , g}
(12.4)
{f, c1 g1 + c2 g2 } = c1 {f, g1 } + c2 {f, g2 }
(12.5)
{c1 , g} = {f, c2 } = 0
(12.6)
が成り立つ。
次の式は ∂qi /∂qj = δij 等の関係を使えば確認できる。
{qi , f } =
∂f
∂pi
∂f
∂qi
また、式 (12.7) と (12.8) の特別な場合として、
{pi , f } = −
(12.7)
(12.8)
{qi , qj } = 0
(12.9)
{qi , pj } = δij
(12.10)
{pi , pj } = 0
(12.11)
という関係が得られる。
7
12.2. ポアッソン括弧を使った運動方程式
12.2
8
ポアッソン括弧を使った運動方程式
ポアッソン括弧を使うと様々な量が簡潔に表現される。たとえばある物理量
が位相空間中の(時間に陽には依存しない)関数としてかけているとき、系の時
間発展に伴う f の時間微分は
∂f
∂f
df
=
q̇j +
ṗj
dt
∂qj
∂pj
∂f ∂H
∂f ∂H
=
−
∂qj ∂pj
∂pj ∂qj
= {f, H}
(12.12)
である。
式 (12.12) の f に(時間に陽に依存しない)ハミルトニアン H を代入すると、
dH
= {H, H} = 0 [式 (12.3) より]
dt
(12.13)
これはエネルギー保存を意味する。
式 (12.12) において f = qi と f = pi の場合には
ポアッソン括弧よる正準方程式
q̇i = {qi , H}
(12.14)
ṗi = {pi , H}
(12.15)
を得る。こう書くと 2 つの式がどちらも同じ形式になる。
12.3
正準変換としての運動
ある時刻 t = 0 で系の状態が r = (q1 (0), q2 (0), . . . , pN (0)) にあるとする。時間
が経過して t = T になったときの状態は相空間中の別の点 R = (q1 (T ), q2 (T ), . . . , pN (T ))
に移る。これを座標
r = (q1 , q2 , . . . , pN ) = (q1 (0), q2 (0), . . . , pN (0))
から座標
R = (Q1 , Q2 , . . . , QN ) = (q1 (T ), q2 (T ), . . . , pN (T ))
への座標変換 r ⇒ R と考えてみよう。運動で結びついているので明らかに r と
R は全単射である。この変換は正準変換になっていることを証明することができ
る。正準変換である、というのは運動の重要な性質である。
シミュレーションのための解析力学
12.4. 数値積分と正準変換
9
p
t=T
t=0
q
12.4
数値積分と正準変換
数値積分法を使って力学の問題を解く場合を考える。陽的 1 次オイラー法正
準方程式
∂H
∂pi
∂H
ṗi = −
∂qi
q̇i =
を解いたとしよう。
ある時刻 t = tn にこの系が r = (q1 , q2 , . . . , pN ) = (q1n , q2n , . . . , pn
N ) にいたと
し、時間刻み ∆t で 1 ステップだけ数値積分すると、
∂H n
(r )
∂pi
∂H n
(r )
= pni − ∆t
∂qi
Qi := qi (t + ∆t) = qin+1 = qin + ∆t
Pi := pi (t + ∆t) = pn+1
i
によって新しい時刻 t = tn+1 = tn + ∆t における状態は R = (Q1 , Q2 , . . . , PN ) =
(q1n+1 , q2n+1 , . . . , pn+1
N ) となる。
数値積分によって相空間上の点 r が R に移されたわけであるが、これは正準
変換になっていない。このことはポアッソン括弧を使って確認することができる
が省略する。
ある力学の系を陽的 1 次オイラー法によって数値的に積分して得られた解は、
本来の満たすべき「運動は正準変換である」という重要な性質を破ってしまって
いることになる。
シミュレーションのための解析力学