大空の安全を担う 川崎重工の航空機づくり

大空の安全を担う
川崎重工の航空機づくり
川崎重工の担当部位(赤色部分)
﹁
﹂の も の づ く り を
進化させる新工 場
「ボーイング787」生産の一翼を担う川崎重工は、名古屋第一工場内に3つ目となる
「787専用工場」、
東工場を完成させた。
最初の工場の完成から9年、新たな東工場には
この間の経験と知見が凝縮されている。急増する航空機の世界需要とその安全性を担う、
川崎重工の最前線を訪ねた。
主脚格納部
は座席数が200∼300台の中型機で、
先
進的な空気力学と新しいシステム・エンジン
% 、運航コスト を約 %
の採用、
また軽量化により、
従来の同型機に
比べて燃費を約
30
ボーイング社によれば、2015 年3 月末
ま で に3 機 種 で 総 計 1 1 0 5 機 を 受 注 し
型﹂の生産
10
する手法について制限はない。そこにメー
られる﹂
ことが重要なのだ。
ただ、
それを実現
﹁求められる機能や品質を、
正確につくり続け
得しなければならない。
カーは、
生産設備について国際的な認証を取
的な安全性だ。そのために航空機関連メー
航空機に求められるのは、
乗客を守る絶対
のづくりを実現する。
経験と実績を活かしさらに進化させたも
最新鋭設備を導入するとともに、今までの
開 始 に 向 け て 、北・南 工 場 と 同 様 に 各 種 の
型﹂の前部胴体を生産 。 特に
﹁
専用工場﹂
だ。
この東工場では﹁ 9 型 ﹂と﹁
場は、
北工場、
南工場に続く3つ目の
﹁787
る。
今回、
名古屋第一工場内に竣工した東工
縁、
③主脚格納部、
の3つの部位を担ってい
る川崎重工では、
①前部胴体、
②主翼固定後
﹁787﹂
の生産パートナーメーカーであ
と増産体制の整備を進めている。
ており、世界中の生産パートナーメーカー
,
カーの創意工夫が発揮される余地がある。
10
﹁ 型﹂で﹁787ファミリー﹂をなしている。
胴 体 を 長 く し て 座席数を増やした﹁9 型﹂
支 持 を 獲 得 。基 本 型 で あ る﹁8 型 ﹂の 他 に 、
的に延び、世界中の航空会社から圧倒的な
向上させた。 そ れ に 伴 い 航 続 距 離 が 飛 躍
20
主翼固定後縁
前部胴体
﹁ボーイング7 87 ドリームライナー﹂
7
8
7
10
新工場
完成
【特集】
04
Kawasaki News 178
Kawasaki News 178
05
Special
Feature
「ボーイング787」は、開発段階で
は
「7E7」
、つまりEfficiency=効率
と冠されていた通り、抜群の燃費の
向上と運航コストの低減を実現。川
崎重工をはじめとする日本の航空
機関連メーカーは、全体の35%の
生産を担っている。
2015.3.13
有し、
長い胴体の硬化を行うため、
均一性
のオートクレーブは世界最大級の胴径を
順守や短期化にも直結する。特に東工場
ない。
また炉内温度の均一性能は、
納期の
には、全体を均一に硬化しなければなら
炭素繊維複合材の強度・性能を確保する
達成すること 、
これに尽きます﹂
と語る。
で孔を明けてボルトを入れ、それに内側の
ていくイメージだ。具 体 的には外 側の機 械
内側から挟み込み、
その上を機械が移動し
を自動で行う。長いレールが胴体を外側と
孔を明け、
ボルトを締めるという一連の作業
とそれに仮り付けされたフレームに同時に
で活躍するのが
﹁パネルリベッター﹂
だ。胴体
布についてさまざまなシミュレーション
きた熱解析技術を活用し、炉内の温度分
度確保が大きな課題です﹂
と説明する。
確な位 置 決めや機 械 同 士の同 期など、精
ても、前部胴体は長さがかなりあるので正
和彦は、﹁孔を明けてボルトを入れると言っ
産技術部787組立技術一課基幹職の三輪
を繰り返したと言う。﹁プラントやボイラ
前部胴体では、
多数のボルトの孔明けと
打鋲を行なう。
その孔位置の誤差は0・3
設備で培ったものづくりの総合力によっ
現できました﹂︵前川部長︶
㎜ 以内でなければならない。
作業時は全自
動だが、﹁必ず人の五感を添えることが、
精
度の向上と品質の確保につながります﹂
と
三輪基幹職は言う。
安定した作業を続ける
この検 査工程で使われる超 音 波 非 破 壊 検
型の一体 成 形 胴 体としての威 容 を 見せる。
精度を人の目で確認するのが必須になっ
は必ずテストピースをつくり、
自動作業の
練の作業員が不可欠で、
作業前と作業後に
ためにはドリルの摩耗具合を感知する熟
造しました。
胴体の回転角度や速度なども
ために、
現場の人が作業しやすい機械を創
で作業ができる。﹁正確な打鋲を実現する
ることで内側にいる作業者は一定の姿勢
胴体側が回転して次の打鋲に入る。
こうす
転するのだ。
リベッターの位置は同じで、
入されている。
打鋲作業のために胴体が回
この工程では、
川崎重工の独自技術も導
ている。
査装置は、
川崎重工が世界で初めて開発し
のフレームを取り付ける作業へと進む。
ここ
非 破 壊 検 査が終わると、胴 体に補 強 用
たものだ。
焼 き 固められた炭 素 繊 維 複 合 材は、大
自 動リベッターに
﹁ 人の五 感 ﹂を 添 えて
て、精密品レベルのオートクレーブを実
連会社の川重テクノロジーなどが培って
パネルリベッターの導 入 を 担 う787生
機械が同期して打鋲していく。
の課題解決のために、技術開発本部や関
能の達成は何より重要な課題なのだ。こ
オートクレーブ で 焼き固 められた 前 部 胴 体 。内 側 の 鋼 鉄 の 治 具 が 外されたも の が 胴 体となる( 写 真 は 北 工 場 の も の )
含め、
絶え間なくプログラムや機器類の見
炭素繊維複合材による
前部胴体の一体成形
破壊検査、⑤胴体内への補強部品の取り付
け、⑥床やダクトなどの取り付け、
という6
工程を経て完成する。
宇 宙カンパニー生 産 本 部の白石 明 裕・副 本
層 装 置﹁
まず、炭素繊維複合材の積層は、自動積
部長は、﹁毎日、
きっちりと同じものをつくり
先 端 部から複 数 本の複 合 材が出て筒 状の
︶﹂
が担う。装置は
﹁蚕﹂
のイメー
Placement
ジだ。蚕が口先から糸を吐 くように、装 置
﹁787﹂生産の一翼を担う川崎重工航空
続けることが最も難しい。
日進月歩で進化
治具に貼られる。
787生産技術部787
︵P A u t o m a t e d F i b e r
AF
しているのは、
同じものをつくり続けるため
の技術。
川崎重工では、
治工具類はできるだ
することが課題でした﹂
と語る。例えば、貼
プロセス技術課主事の多田章二は、﹁炭素繊
﹁787﹂
が航空機づくりに革新をもたら
り付きの良し悪しが決まる粘度は、時間の
け自社製として改善効果を高める一方、徹
したと言われる象徴が、
胴体や主翼などの一
経 過により 変 化 するのである。﹁ 複 合 材を
維複合材は、
いわば
〝気分屋の生鮮品〟。
その
次構造部にまで採用された軽量・高強度の
積層するヘッドの構造や貼り方、
作業場の湿
性 質を見 抜 き 、安 定した積 層 手 法を確立
炭素繊維複合素材だ。
炭素繊維複合材は加
度など、
あらゆる要素の相関について知見を
底的に情報共有してものづくりの力を高め
工過程で材質が変化するため、
生産メーカー
深め、
最適な手法の確立に挑んできました。
てきました﹂
と語る。
は材質と形状の両方を保証する
﹁プロセス保
東工場に導入された
は、
これまでの
証﹂
の責任を負うことになる。﹁プロセス保証
オートクレーブと呼ばれる加熱・加圧窯で
次に、積 層 された 炭 素 繊 維 複 合 材 を 、
てアップグレードしています﹂︵多田主事︶
特に川崎重工が担う前部胴体は、﹁ワン
焼き固めて硬化する。東工場に設置された
787生産のすべての経験と知見を投入し
ピースバレル﹂
と呼ばれるつなぎ目が一切
オートクレーブは全 体の重さが
が787生産の最も難しいところ﹂
と言われ
ない炭素繊維複合材による一体成形。
これ
、
は民間航空機で初めて試みられた技術で
硬 化 炉の内 径が約8 、長さ約 mという
貼り、焼き固め、
精 度 を 極 限 まで 追 究 す る
﹁787﹂
の一体 成 形 構 造の前 部 胴 体は、
型﹂
では
型﹂
にも対応できるように関連会社
プラント部長の前川完二は、﹁オートクレー
ブのポイントは 炉内温度の均一性能を
開発を担う川崎エンジニアリング産業
位置決めの孔を開ける、④超音波による非
トクレーブという 窯で焼 き 固める、③ 部 品
磨工場で製作した。
である川崎エンジニアリングが川崎重工の播
は、﹁
だいぶ長 く なる。東工場のオートクレーブ
型﹂
の前部胴体と比較すると、﹁
巨 大なもの。﹁787﹂
の基 本 形である﹁8
19 9
0
0
t
10
の真価であった。
あり、
この技術課題の克服こそが川崎重工
るゆえんだ。
A
F
P
m
る、② 積 層された炭 素 繊 維 複 合 材 をオー
①筒状の治具に炭素繊維複合材を積層す
10
06
Kawasaki News 178
Kawasaki News 178
07
4
直しを続けています﹂︵三輪基幹職︶
本 格 稼 働 に 向 け て 準 備 が 進 む 東 工 場 。複 合 素 材 を 貼り重 ねる A F P の 調 整( 右 上 )
や 、パ ネ ルリベッター の 設 置 作 業( 右 下 )も 進 む 。左 下 写 真 は 、屋 外に突き出 て いる
オートクレーブ の 燃 焼 装 置 などの 部 分
2
上 )川 崎 エ ンジ ニ アリン
グの前川完二産業
プラント部 長
下 )右 か ら 川 崎 重 工
787生産技術部の
多 田 章 二 主 事と三 輪
和彦基幹職。
時
代を
切 り拓
く
Leader’s
Voice
Epoch
Maker
【vol.005】
川崎重工航空宇宙カンパニー
生産本部副本部長
(理事)
油圧ポンプ
白石明裕
世界の建設現場を席巻する日本メーカーの油圧ショベル。
その心臓部である油圧ポンプで国産初号機の開発以来、圧倒的な性能で
建設機械産業を支えてきたのが川崎重工だった。
Akihiro Shiraishi
Working Togetherに賛同し、
確固たる生産体制を整える
「 787 」は、世界 中のメーカーが 協 力して生 産する
き、内部を報道関係者にも公開しました。
動油を送り出すピストンが斜 板の上を摺動することで往復 運動す
東工場は延床面積が約 6 万 m 3 で、2013 年 12 月か
しかし意外に歴史は浅く、日本初の純国産油圧ショベルが誕生し
るタイプのことだ。81 年に登場した NV シリーズからは、斜 板の角
ら建設を開始していました。竣工式にはボーイング社
たのは1965 年のこと。この純国産初号機向けの油圧ポンプを開発
度を深くして高圧・高速運動を可能にし、各種部品もミクロン単位
したのが川崎重工だった。油圧ポンプはモーターやシリンダなどに
で 精度を磨き上げることでさらなる高出力密度化を実現した。最
作動油を供給する、いわば油圧ショベルの“心臓部”。川崎重工は純
新の K7V シリーズは、K V シリーズに比べて約 10 倍の高出力密度
国産初号機で採用された「 KVシリーズ」を1968 年に開発し、油圧
化を達成。川崎重工は、油圧分野の立役者となっている。
Kawasaki News 178
右 対 称 だ が 、使 わ れ る
定した斜 板ポンプの開発」をめざした機種で、斜 板ポンプとは、作
されている。
部品は微妙に異なっ
さ、多機能性、低 騒 音性、そして高い信 頼性によって世界から支 持
Q
S
K
Y
て い る た め 、取 付 け 部
名古屋第一工場内に新設された東工場の竣工式を開
﹁
﹂が 育てる
世 界で最も効 率の良い工 場
る。KVシリーズは「 50メガパスカル( MPa )の超高圧化の時代を想
品を間違わないよう
型機から大型機まで、優れた油圧技術による操作性や機動性の良
東工場の竣工で、川崎重工の生産体制
川崎重工は、2015 年 3 月 13 日に愛知県弥富市の
14
に 治 具 を 改 善 。ま た 、
動 油を高 圧 で 高 速に 送り出し、一方 で は 本体 の 小 型 化を 追 求 す
News
10
機に増える見込
占めており、
“ Made In Japan ”を象徴する工業製品の一つだ。小
建 いが、日本メーカーの 油 圧ショベルは世界シェアの5 割を
ポンプ事業を軌道にのせた。
機から
油圧ポンプの進化は「高出力密度化」に尽きる。より大容量の作
竣工式で、東工場の全容を
関係者に公開
設現 場の花形と言えば油圧ショベル。あまり知られていな
は従来の月間
安全な航空機を造るために投入されているのです。
各工程での作業員の
ションもなされています。
“ALL KAWASAKI”の力が、
K3VさらにK5Vへと受け継がれた省エネ化などへの
。使用圧
対応をさらに進化させたのが
「K7Vシリーズ」
力は最大40MPaで、出力はK3Vと同じ重量で20%以
上向上している。効率も従来比+3ポイントの高効率化
を実現した。
みだ。
そもそも
﹁787﹂
の生産は、
大型機
ジュールなど、3工場体制の最適な生産管理シミュレー
動きをビデオで撮影
発され、東 工場 の 建 設に際しては仕 掛 品や搬 送 スケ
高出力密度で環境性能も
高度化した「K7Vシリーズ」
し て 動 線 を 分 析 し 、ム
用刃具や超音波非破壊検査装置の分析手法などが開
2014
の量産という経験のないものづくりへの
連企業の協力も得ています。これまでも複合材の切削
挑 戦 で あ っ た 。航 空 宇 宙 カ ン パ ニ ー で
そのノウハウを確立するために、技術開発本部や関
ダのないスムーズな
されます。
は、ボーイング社の量産手法や川崎重工
た 点にも航 空 機づくりの 知られざるノウハウが 発 揮
動 き を 探 る こ と で 、工
ンの同期をスムーズに実現しなければ ならず、こうし
程時間の短縮を実現
げることも重 要な 課 題 でした。部 品 調 達や 生 産ライ
「NVシリーズ」
は、
ピストンの加工形状
状
81年に登場した
の変更や摺動面の素材開発、
2つのポンプを直列に結
合するアイデアの採用などにより高圧・高速・小型化を
実現。使用圧力は最終的に32MPaにまで向上、それで
いて高い信頼性を実現した。
している。
機 数を見 越し、増 産に 対応 で きる工 場として立ち上
社から﹁世界で最も効率の良い工場﹂と
型」
「 10 型」を 生 産しますが、階 段 状に増 加する生 産
さらなるイノベーションの
の
黎明「NVシリーズ」
独 自 の 生 産 改 革 手 法﹁
新 工 場 の東 工 場で は、
「 787 」の 派 生 機 である「 9
1981
09
4
K︵
PS Kawasaki
ゼンスを高めています。
︶
﹂
の源流である二輪車
Production System
事業などからもそのノウハウを学んだ。
ロ」などの輝かしい成果につながり、川崎重工のプレ
こ う し た 地 道 な 活 動 が 、ボ ー イ ン グ
び 改善する活動は、安定 品質や「納期遅れ / 欠品率ゼ
それは﹁愚直な実行﹂を基本とし、さら
源流で、両者は高い親和性を備えています。互いに学
賞賛される成果を生み出した。﹁サプラ
BPS はトヨタ自動車の改善運 動に学んだものです
が、川崎重 工の改善 運 動である「 KPS 」もまた同社が
に
﹁ QSKY
︵ Quality
・ Safety
・危険予知︶
﹂
と
いう標語に集約された﹁品質安全と安全
NVシリーズの革新を踏襲しながらも、さらに信頼性や
「K3V
標準化、生産性を向上させ誕生したのが88年の
シリーズ」
。部品点数を30%削減して価格競争力を強化。
日本製油圧ショベルが世界を席巻していく原動力に
なった。使用圧力は最終的に38MPaにまでなった。
創造するための新たな取り組みでした。
イヤー・オブ・ザ・イヤー﹂などのさまざ
部品点数を大幅に削減した
「K3Vシリーズ」
を 生み 出そうとしたのです。これは安 全な 航 空 機を
作業は同じもの﹂
という考え方だ。
このポ
1988
の 演 奏 の 如く協 和し、スムーズ なものづくりの 流 れ
ま な 表 彰 に つ な が る だ け で な く 、川 崎
建設機械などに組み込まれ、
小さい力を大きい力に変える。
生 産 パートナーメーカ ーが 、あた か も オー ケストラ
リシーによって作業の改善内容は広く
Sys tem( BP S )」へ の 同 調 を求めました。世 界 中 の
重工のものづくりは大空の安全に貢献
純国産油圧ショベル初号機用に開発・採用されたのが
「 KVシリーズ」。使用圧力は21MPa 。当時の開発者は
「使い物になるまで1年かかり、アメリカのライバル品と
山梨県の河原で連続500時間の比較運転を行い、川崎
重工の油圧ポンプが採用された」
と振り返る。
は 生 産 現 場 に お け る「 B o e i n g P r o d u c t i o n
共 有 さ れ 、良 い 事 例 は ど ん ど ん 真 似 す
ング 社は「 Working Together 」を掲げ、具体 的に
油圧機械産業の基礎と
なった「KVシリーズ」
しているのである。
1968
る こ と が 奨 励 さ れ た。
例えば航空機は左
初代
モデル
東工場空撮
パートナー比 率 の 高 い 航 空 機です。このためボーイ
静 か に 稼 働 を 待 つ オ ートクレ ー ブ 。胴 体 の 長 い
「 7 8 7 - 1 0 型 」にも 対 応して いる
の関係者や愛知県の大村知事が出席、中部地区の航
空宇宙産業の新たな一歩を祝いました。
ボーイング 787 の生産能力を増強するとともに、高
品質の製品提供を通じて本プロジェクトに貢献し、さ
らには民間航空機事業の拡大を目指していきます。
Kawasaki News 178
08